13話:燻りの尖兵
シース達が炎の壁に囲まれる少し前。
その奥で、グリムが自らが召喚した【火焰の古鉄兵】がシース達へと向かっていくのを見ていると、
「グリム――来るぞ」
ガルデがそう言いながら、大剣を無造作に背後へと振った。
「ちっ!」
ガルデの背後から舌打ちと共に、金属音。ガルデの大剣が赤い刃を持つ曲剣によってその軌道が変わる。
「あれー? 仲間かな? 全然気付かなかった」
「グリム、油断するな、手練れだ」
ガルデが大剣を構えながら後ろへと振り返った。その視線の先に、周りの背景との同化が解けつつある一人の男が立っていた。
グリムはそれが【透明化】の魔術であると推測。あれは確か人間には難しい魔術のはずだ。なるほど、確かに自分達に気付かれずにここまで近付けた時点で相当な強者だ。
その男は中肉中背で、明るい茶色の髪に灰色の瞳、無精髭。右手にガルデの一撃を防いだ赤い曲剣、左手には青い短剣が握られていた。
「貴様、独りか」
「なんせ仲間に捨てられたからな」
男は自嘲するも、その構えに隙が見えない。
「じゃあ、そいつはガルデに任せる。あたしはあっちのかわいこちゃん達と遊んでこよっと」
グリムが先ほど送った【火焰の古鉄兵】の後を追おうとした瞬間、男が地面を蹴った。ガルデが大剣を振り下ろすも、男は青い短剣をガルデへと突き出しながらそれを掻い潜る。
「“白き柱よ牙を逆立て”【霜咬】」
短剣の剣先をなぞるように霜が地面を三方向へとまっすぐに走っていく。
「っ! あはっ凄いや!【魔法の鎮火】」
グリムが迫る霜に向かって手を払うと、まるで溶けるかのように霜が消えた。ガルデは剣を地面に突き刺し無理やり霜を止めた。
その間に、男がまるで獣のように低い姿勢でグリムへと迫る。曲剣の切っ先が弧を描くようにグリムの胸へと振り払われた。
「そこを狙うんだ! じゃあ!【炎古の錆】」
しかし男の曲剣は、グリムの胸の宝石の直前で突然宙に現れた燃えさかる剣によってその軌道が防がれた。
「ふん!」
背後からのガルデによる横薙ぎを男は青い短剣で器用に受け流し、その分厚い刃を逸らせる。
「いいねいいね! 君凄くいい! さあ見せてよ人間の限界を!!」
グリムがまるで指揮者のように手を振るうと、それと連動して燃えさかる剣が意志を持っているかのように男へと迫る。
その連撃を両手の剣で捌きながら、ガルデによる一撃を避ける。
「ちっ! 手数が違いすぎるか」
男がそう言いながらも、退かずに、前へと出る。
「そんなにあの子達が大事なんだね! ……ガルデ、本気出していいよ」
「グリム、この身体では保たないぞ」
「いいよ、どうせお遊びなんだから」
「っ!!」
その言葉を聞いて、男がバックステップ。
「お前らまさか……【燻りの尖兵】か」
その言葉を聞いて、グリムが目を見開いた。ガルデの動きも止まる。
「あれれー。なんでたかが人間風情がその言葉を知っているのかなあ?」
妖艶な笑みを浮かべるグリムだが、その目は笑っていない。
「知ってるさ。お前らが魔族で、しかもその中でも人類との対話を望まない強硬派、通称【火種】って呼ばれる連中だろ? その派閥の対人類特化の実行部隊は【燻りの尖兵】と呼ばれている」
「グリム、こいつは知りすぎている」
ガルデがそう言って大剣の切っ先を男へと向けた。
「図星か。まあこんな辺境の地に来るのはそいつらぐらいだ。目撃情報とも一致している。偽装依頼をしたのはお前らだな」
「ふーん、おじさん何者なの。もしかして勇者とか? 魔術も剣術も使えるなんて……まるで魔族みたい」
「勇者に魔族? まさかだ。俺はただの教育係だよ」
そう嘯く男の声に嘘はないとグリムには分かった。だけど、真実を言っているとも限らない。勇者という言葉に少し反応があったので、その知り合いか仲間かどれかだろう。
「【緋蜘蛛】の連中は何をやっているんだろうね、こんな奴いるなんて聞いてないや」
「【緋蜘蛛】……こっちで言う情報部か? なるほど勉強になる、魔族と相対するのは久々でな。ついでに目的を教えてくれると助かるんだが?」
「目的? さてなんだろうね」
とぼけるグリムに男は言葉をたたみかけた。
「冒険者を新人のうちに殺しておく。熟練した冒険者は個々がそもそも脅威だし大抵パーティを組んでいるので魔族側にも被害が出やすい。だが、新人のうちに潰しておけば、怪我も少ない――だろ?」
男がそう言い切った。グリムはそれを聞いて、パチパチと手を叩く。
「正解! コスパが良いんだよねえ。脅威の芽は早めに摘んでおくに限る! あ、コスパって言葉知ってる? 魔族の言葉でね、費用対効果のことだよ!」
「ふん、させやしないさ」
「もしかして、二対一で勝てるとでも?」
「なあ、俺が悠長にこうやってダラダラ喋っているのはなぜだと思う?――お前らは援護に徹しろ!!」
男の叫びに思わず背後を振り返ったグリムとガルデ。
しかしそこには――誰もいなかった。奥では炎の壁が立っており、誰もそこから抜け出せてはいない。
「“白き柱よ刃を走り弧を描け”【霜咬の月】」
男が詠唱と共に疾走。赤い曲剣が霜に覆われ、白い煙を上げる。
「ブラフね! ガルデ!」
「分かっている!!」
グリムへと向かう男へと咆吼しながら大剣を突き出すガルデ。胸の宝石から炎が溢れ、身体と大剣が火に覆われる。
「【引なる力】」
男が無詠唱で青い短剣を突き出すと、ガルデの大剣の切っ先が不可視の力で地面へと引っ張られた。
男は地面を蹴って、そのまま斜めになって地面に縫い付けられた大剣に着地、その上を疾走してガルデへと迫る。
「見事」
ガルデの言葉と共に、男の曲剣が胸の宝石を切断。同時に切断面から霜が広がる。そのままガルデが地面に倒れると灰となって消えた。
男はそのまま着地すると同時に今度はグリムへと迫る。
「やっぱり【炎核】が弱点だと知っているのね! あはは! 素晴らしい! だから人間は素晴らしい!」
グリムを守るようにあの燃えさかる剣が男の曲剣を防ぐが、一撃受けるたびに、火が弱まっていく。
ついに火が消えると、あっさりと剣が消失。男がここぞとばかりに攻めてくる。
「じゃあ、次は四本出してみよっかな! 【炎古の錆】」
グリムが今度は燃えさかる剣を四本召喚する。
「ち、無詠唱でどれだけ魔術が使えるんだ! お前ら! 俺が気を引いているうちにトドメを刺せ!」
「二度もその手には引っかからないよ?――っ!!」
グリムが振り返りながら咄嗟に手を払うと、迫っていた赤い矢が溶けるように消えた。
「嘘! あたしの矢が!」
「師匠!」
グリムの方へと走ってきているのは【火焰の古鉄兵】を送りこんだはずのあの四人の人間だった。
先頭を走るのは中性的な顔付きに手斧を持った背の低い人間で、グリムは剣を一本そちらへと振る。
「俺が防ぐ!」
隣を走る人間が焼け焦げた盾でそれを防ぐ。
「じゃあもう一本!」
「させません!」
グリムが二本目の剣を振ろうとしたが、修道女の持つ大鎌によって止められた。
「【火焰の古鉄兵】を倒すなんて君達やるね!」
グリムが三本目を横薙ぎに振ったが、
「おかげで火傷だらけよ!」
全身に軽度の火傷をした少女の曲剣がそれをも弾いた。
「これで、終わりだ。シース、胸の宝石を狙え!!」
四本目は――男によって止められた。
「もう少し遊びたかったけど、残念。今回はここまでね」
「はああああ!!」
気合いと共に振り下ろされた斧剣がグリムの胸の宝石――炎核へと直撃した。
「また――会いましょうね」
そう呟いたグリムの笑顔が崩れ、全身が灰となって風と共に散っていった。
☆☆☆
暗い室内。ただ光るのは二つの炎核のみ。
「負けたか」
「大収穫だったよガルデ」
「【灰体】とはいえ、まさか我らがたかが人間に破れるとはな。直接手合わせしたいものだ」
「だから言ってるでしょ……人間は素晴らしいって。炎核が弱点だと知っていてかつ迷うことなく魔族に有効な冷気を伴う魔術の行使、ガルデや私の攻撃を捌く剣術。そして、散々詠唱しといて、ここぞという時に無詠唱で勝負を決める駆け引き。あの人間は――強いよ」
少女の言葉が彼女の私室の中で響く。
部屋の中には本棚や色んな物品が所狭しと置かれているが、それら全てが人類社会や文化や歴史についての本や資料である事をガルデは知っている。
特に最近は【冒険者】について研究しているらしい。
「【火種】に知られたら……何を言われるか」
「ガルデが黙っていればいいよ。父上にもね」
「魔王に問われれば俺は……嘘を付けないぞ」
「じゃあ問われないようにしよう。さって、【灰体】を二つも勝手に使った言い訳どうしよっかなあ」
少女の気楽そうな声にガルデはため息を付いた。
「遊びはほどほどにしておけ……グリム姫」
魔王の娘であるグリムの騎士ガルデはどうせ聞いてはくれないだろうと思いつつ、そう言うしかなかったのであった。
レドさん頑張るの巻
無詠唱についてはまた作中で説明を入れますが、簡単な魔術であれば比較的簡単に出来ます。【引なる力】は地味ながらも中級魔術であり、これを無詠唱できるのは地味に凄いのですが……地味。若い頃アンデッド相手にひたすら練習した成果ですね〜。レドさんは基本的に幅広い魔術を使えますが、戦闘中に攻撃魔術を使う事はほとんどありません。牽制やはったりに使う程度ですね。なので、一見地味。でもそこがレドさんの持ち味なんです。




