12話:火焰の古鉄兵
廃墓地の薄霧の中。
囁くように会話をする二つの影があった。
「グリム、臭うぞ、人間の臭いだ」
「ガルデ、浄化の光を感じたよ。中規模クラスのね。そこそこの聖職者がいるわ」
一人は筋骨隆々の大男だった。赤黒い肌に、燃えるような赤髪。額に短い角が一本生えており、瞳は白目と黒目の色が反転しているせいか人ならざる者の雰囲気を醸し出していた。
ほぼ半裸の姿で下半身だけ服を着ており、上半身には斜めがけにした分厚い鎖、手には巨大な両刃剣が握られていた。
その剣はあまりに大きく分厚い。およそ常人の筋力では持てない重さだが大男は平然とそれを担いでいる。剣はまるでついさっきまで炉で熱せられていたかのように、ところどころが赤く燻っていた。
もう一人は、大男とは対照的に背の低い少女だった。同じような色の肌と髪と瞳だが、この少女の角は先にいくにつれ枝分かれしており、頭部の左右から一本ずつ生えている。
幼く小さな体躯だが、踊り子のように胸と股間しか服で隠れておらず、そのゾッとするほど美しい顔には少女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべていた。
何よりこの二人の目を引くところは、それぞれの胸の中心に丸い宝石のような物があり、まるで埋め込まれているかのように皮膚と一体化していた。
少女の宝石は赤色、大男のはくすんだ黄色で、まるで脈打つかのように微かに光を放っている。
「グリム、呼んだのは、新人ではなかったのか?」
「ガルデ、きっと有能な新人よ。摘みがいのある冒険者だといいわね」
少女――グリムがくすくすと笑い、大男――ガルデがゆっくりと剣を構えた。
「さて、ゾンビやスケルトンの相手も飽きているだろうし、もう少し骨のある奴をけしかけようかなあ。どの程度で壊れるかしっかりと見とかないと」
☆☆☆
「盾を持つ俺がゾンビを相手する!」
「リーチが長い私も出ます」
こちらに向かって走ってくる腐乱死体――ゾンビへエリオスとリーデが飛び出す。
ゾンビの爪には毒が含まれており、喰らえばただではすまない。
この場合、盾で攻撃を防げるエリオスと、リーチの長い大鎌で敵が近付く前に攻撃が出来るリーデが、ゾンビを相手するには最適だった。
毒液の含んだ引っ掻きをエリオスは確実に盾で防いで、槍で突いていく。何度か穂先が刺さると、ゾンビの肉が崩れ、溶けていく。リーデの祝福のおかげだ。
リーデはその場から動かず、近付くゾンビの足を大鎌で斬り払う。くるんと柄の中心で大鎌を回転させ、遠心力を乗せた石突が足を切断されたゾンビに命中。頭部が爆ぜ、そのまま身体も消失していく。
「スケルトンはこっちで!」
「足引っ張らないでよシース!」
互いに背を預け、シースとイレネがスケルトンへと向けて刃を振るう。
シースが愚直に一対一で相手の攻撃を見極め、確実にカウンターを叩き込んでいく。横からスケルトンが掴みかかってきたので、シースはバックステップ。
「馬鹿! 危ない!」
「っ! ごめん!」
しかし、すぐ近くで戦っていたイレネに身体がぶつかってしまう。幸い、イレネは武器を構えているだけの状態だったのでシースに曲剣が当たる事はなかった。
「気を付けなさいよ!」
そう言いながらイレネが円舞のようにステップを踏みながら、曲剣をスケルトンへと叩き込む。シースと真逆で、先手先手で攻撃を繰り返し、相手に反撃させる隙を与えない。
イレネは、ベイル式舞踏武術という独特の技術を身に付けている。踊りに剣術や体術を組み合わせた物で、その動きの緩急やしなやかさ、回転しはじめると止まらない連撃が持ち味であり、彼女自身の身体能力が高いせいもあって、新人冒険者らしからぬ動きなのだが……スケルトンにはさほど効いていなかった。
曲剣によって、スケルトンの骨に何本もの剣線が刻まれていくが、一撃一撃が軽いせいで、破壊するまでに至っていない。
「骨のくせに!」
「イレネ!」
「しまっ――」
苛立って連撃を止めたイレネの右側からスケルトンが飛び込んでくる。シースは咄嗟に斧剣の柄のスイッチを押しながらそれを振った。
振っている最中で斧剣が変形。リーチが大幅に伸び、その切っ先がスケルトンの頭部へと直撃。
イレネにスケルトンの攻撃が届く直前で、祝福によってその存在自体が消える。
「っ! ありがと! 今のはやばかった!」
「大丈夫! あと一体!」
「私が攻撃させないからあんたがトドメを!」
「うん!」
イレネが最後の一体のスケルトンに向かって曲剣を振る。一撃、二撃と回数が増せば増すほど速度が上がっていく。
スケルトンがそれによって身動き出来ない間に背後へとシースが回り込み、斧に戻した斧剣でその頭をかち割った。
手応えと共にスケルトンが粉々に砕けて浄化され消えていく。
「こちらも最後です!」
足を斬られ、地面でのたうち回るゾンビを見下ろしながらリーデが大鎌を振った。
首が綺麗に切断され、宙で淡い光を放ちながら溶けていく。
「警戒は続けて! リーデ、この辺りでもう一回浄化かけよう」
「はい。では――」
リーデが詠唱を開始しようとした瞬間、ぞわりと空間が震えた。
「っ!! 今のは!?」
「わからん!」
「やばいやばいやばい。今のは――魔力震よ」
「ありえません……アンデッドにそんな……」
イレネが顔を真っ青にして、リーデが信じられないと言った表情を浮かべている。
「……魔力震は……過剰な魔力を使って魔術を行使すると起きると言われているのですが、人間の魔力量ではまず不可能です。アンデッドで魔術を使える者と言えばレイスですが……」
「今のはやばいよ! レイスにあんな魔力震を起こせるわけないって!」
「――逃げよう! 師匠も言ってた! 不測の事態の時はとにかく逃げろって」
シースがそう叫びながら、退路へと向く。
その判断は正しい。だが――遅すぎた。
「っ! 皆さん固まってください!」
リーデの声と共に、シース達四人の左右に炎の壁が立つ。
その壁は四人の後ろで繋がり、退路を塞いだ。
「どうなっている!」
「知らないわよ!」
「みんな――来るよ」
シースが苦い顔で斧剣を構えた。
その先から、金属が擦れ合う音と肉の焼ける臭いを纏って現れたのは、一体の鎧をまとった骸骨兵だった。
鎧全体が焦げており、未だに火が燻っているのか、風が当たるたびに全身が赤く発光し、火の粉を散らしている。その鎧はボロボロで、隙間から骨の身体が見えた。
兜も裂けており、焼けた頭蓋骨が晒されている。
手には鎧と同じように燻る、黒い波打つ蛇のような形の刃を持つ剣――フランベルジュが握られていた。
「あれは……なんだ」
「アンデッドに見えるけど……僕には分からない」
「燃えているアンデッドなんて聞いた事がありません」
「なんだっていいわよ! とにかく逃げ場がないなら――倒すしかないわ!」
イレネが曲剣を構える。
「俺が前に出る。何をしてくるか分からないが、あの剣は危険だ」
「分かりました。おそらく上位アンデッドなので皆さんに付与した祝福はさして効果がありません。なので光魔術で直接攻撃する他ないです。詠唱に時間が掛かりますので……お願いします」
「じゃああたし達が時間稼ぎね! 残念ながらあいつにあたしの魔弓は効かなさそうだし!」
「――倒すしかない!」
シースの号令と共に、エリオスが盾を前面に出し、その骸骨兵へとじわじわと近付く。左右にシースとイレネが展開する。
「“堕ちし天の祝杯、金の月と銀の星を混ぜ合わせ水面を削れ。我は黄金の収穫者、罪の調停者……」
リーデが詠唱を開始する。
同時に骸骨兵がゆっくりとフランベルジュを振った。
「くっ!!」
それはゆっくりに見えるだけで、切っ先の速度は見える以上の速度でエリオスの盾へとぶつかる。
その衝撃だけで、盾が弾かれた。
骸骨兵がゆっくりとフランベルジュを振り回す。振るたびに熱気がシース達を襲う。
「リーチが長い! それに熱い」
シースもイレネも迂闊に骸骨兵に近付けないでいた。
とにかく間合いの広いフランベルジュが行く手を遮る。波打つ刃は、その特殊な形状で傷口を深く広げ、何より見た目からして恐怖を煽る。
だがそれだけではない。
隙を縫ってイレネが飛び込むも、その鎧と身体から発せられる熱気によって、肌が焼けるのだ。
たまらず、間合いを取るイレネの皮膚が軽い火傷状態になっている。
「キッツいわねこいつ!」
「俺がなんとかする!」
フランベルジュを盾で防ぎながら、エリオスが熱気によって汗を滝のように流しながら骸骨兵へと槍を突いていく。
しかし、鎧のせいか、槍は弾かれるばかりだ。
シースは、正直なところ怖くてたまらなかった。ゴブリンやスケルトンとは訳が違う。
死の気配を濃厚に感じるのだ。本能が逃げろと叫んでいるのが分かる。
だけど、このまま突っ立っていたって何も変わらない。
師匠の言っていたことを思い出せ!
“いいか、シース。武器に囚われるな。その武器は相手を殺す為の道具に過ぎない。雑に扱えとは言わないが、後生大事に抱える物じゃない。頭を使え。武器が効かない相手なら武器は捨てろ。方法を模索しろ。視野を常に広く保て”
方法を模索……視野を広く……。
エリオスの盾が熱気と炎によって焦げていく。エリオスは踏ん張っているが、長い事保つとは思えない。イレネは果敢に飛び込むが、やはり骸骨兵にダメージは与えられていない。
シースは冷静に観察する。
炎の壁で囲まれたこの空間に逃げ場はない。
リーデは詠唱していて動けない。その魔術がどれほどのダメージを与えるかは分からないけど僕らの唯一の武器だ。エリオスは防ぐので手一杯で、イレネはなんとかその負担を軽減しようと骸骨兵の阻害に徹している。
なんとか、遠距離から攻撃してエリオスの援護をしないと。
地面は熱せられ、崩れた墓標の破片がそこら中に転がっている。
そうか――あれなら攻撃が届くかもしれない!
シースは思い付いたと同時に、斧剣を地面に置いた。
そして、斧剣を装着させていた革製のベルトを腰から外す。
これを上手く使えば……。
「あんた何やってるのよ!」
見かねたイレネがシースへと叫ぶ。
しかしシースは気にせず落ちている墓標の破片を拾うと、ベルトの幅広の部分に破片を乗せた。
村に住んでいた時、狩人さんに教えてもらったやり方。矢が無くなったらどうするんですかという僕の質問に彼はこう答えたのだ。
石を投げればいいと。そして教わったのだ。ただ投げるだけでなく、紐状の物があればもっと上手く投げられる事と、その方法を。
シースは教わった方法で、ベルトを縦に振り回す。
遠心力が乗り、ベルトから放たれた破片がまっすぐに飛んでいく。
「出来た!」
「あんた遊んでる場合じゃ!」
「次は当てる!」
エリオスに当たらないように骸骨兵の横へと回り込んで、シースが再び破片を拾い、同じ要領で投げた。
まっすぐ飛んだ破片が今度は命中し、鈍い衝撃音を響かせた。それで骸骨兵の動きが一瞬止まる。
「うそ……やるわね」
シースが飛ばす破片は、手で投げるよりも速く、そして重い。鎧を纏う骸骨兵もその投石を見かねて、矛先をシースへと向けた。
「お前の相手は――俺だろうが!」
その隙に、エリオスが盾で突撃。シールドバッシュを骸骨兵にかまし、大きくよろけさせた。そこへ、シースの投石が追撃するように頭部へと命中。金属音と共に、兜が砕けた。
「いけるぞ!」
間合いを取ろうとする骸骨兵へとエリオスが詰める。あのフランベルジュは間合いを詰められると振りづらいようだ。熱気で肌が焼けるが、エリオスは歯を噛み締めて耐える。
「“光の円環と共に舞い、奏で、邪なる者を滅せよ”【聖葬槍】」
リーデが詠唱を終え、大鎌を掲げた。
大鎌の先端から光り輝く槍が出現し、それが骸骨兵へと放たれた。
エリオスがバックステップしたところで、光槍が骸骨兵へと命中。
「グゴアアアアア!!」
光を撒き散らしながら、骸骨兵が苦悶の声を上げた。鎧に亀裂が入り、ぼろぼろと地面へと落ちていく。
「今よ!」
「ああ!」
エリオスが渾身の力で盾を骸骨兵へとぶつける。鎧が砕け、軽くなった骸骨兵が吹き飛ぶ。
「はあああ!!」
斧剣を拾ったシースが疾走。斜めに崩れた墓標を駆け上がり、宙へと舞う。
振りかぶった斧剣に重力を乗せ、立ち上がろうとする骸骨兵の頭へと振り下ろした。
骸骨兵が未だに身体から放つ熱気のせいで、シースの皮膚が焼けていくが、気にせずそのままシースは斧剣を振り抜いた。
「グアア……」
頭蓋骨が粉々に砕けた骸骨兵が灰となって消えていく。
「倒した!」
炎の壁は消え、熱気が消える。
「やりました!」
「凄い! やったわねあたし達!」
「危なかった……。一旦帰還すべきだと思うが」
駆け寄ってくる三人にしかしシースは一瞥もくれず、前をまっすぐ見つめていた。
そしてその奥に見える影を見てぽつりと呟いた。
「まだ、何かいる。しかも――戦ってる?」
「っ!! シースさん! あれは!」
リーデがその正体に気付き驚愕の声を上げた。
「何……あいつら……それと――あれ誰?」
「どうするシース!」
エリオスがそう聞く前に――シースはそちらへと走り出していた。
なんだか悪そうな奴らが登場!奴等については次話!
シース達が倒した炎上骸骨(生前はWeb作家で迂闊な発言で炎上した。嘘です)は、中位アンデッドです。今のシース達からするとギリギリ倒せるか倒せないかぐらいの敵で、下手すると簡単に全滅するポテンシャルは秘めています。フランベルジュによって斬られても熱気で傷口が焼けて止血されるので、あんまり意味ないよね感はありますが、仕方ないです。格好いいんだもんフランベルジュ。アンデッドだけに腐乱ベルジュ……ナンツッテ




