10話:廃墓地
「薄気味悪いわねえ……」
「怖いなら帰りなさい」
「怖くないわよ! 薄気味悪いって言っただけじゃない!」
すっかり仲良くなったリーデとイレネがギャアギャア喚きながら、暗い森の中の道を行く。
森には霧が立ちこめており、確かにイレネの言う通り薄気味悪いなとシースは思った。
「廃墓地の門の鍵は、脇にある小屋にあるそうだ。多分墓守が住んでいるんだろう。まずはそこで鍵を貰おう」
「分かった。それで、戦闘が発生したら……僕とエリオスが前衛であの二人が後衛、だよね」
シースが道中決めた役割について改めて確認した。
「ああ。俺については盾になるぐらいだと思ってくれ」
「僕は、一対一なら多分大丈夫……多分」
師匠に教えてもらった事をシースは頭の中で反芻する。
「あの二人を守れば俺らの勝ちだ。油断はしないが肩に力を入れすぎないようにしよう」
「うん」
「きゃあ!」
前で突然イレネが悲鳴を上げた。同時にシースとエリオスが地面を蹴る。
「どうしたの!?」
駆けつけた二人の前にはへたり込んだイレネと、呆れた表情をうかべるリーデ、そして一匹のリスがいた。
「もう! いきなり出てきてびっくりしたじゃない!」
どうやらリスが森の中から飛び出してきたのを見て、イレネが悲鳴を上げたようだ。
「そんな調子でアンデッドを倒せるの?」
「魔術が効く相手なら怖くないもん」
そんな事を言いながら、リーデはイレネへと手を差し出した。その手を取ってイレネが立ち上がる。
「ねえ、エリオス。なんか視線感じるけど僕の気のせいかな?」
シースがそう言いながら周囲を警戒した。イレネの悲鳴と同時にどこからか視線を感じたような気がしたからだ。
「いや、俺は感じなかったが」
「そっか。んー気のせいかな」
「……警戒して進みましょう」
シースの言葉にリーデが背後を注視する。
「そうだね。さあ急ごっか」
シースの言葉で四人が再び歩き始めた。
森の中の道を進むほどに霧が深くなっていく。そしてそのぼんやりとした視界の中、四人の目の前に鉄で出来た門が現れた。鉄格子の向こう側には墓地が広がっている。
その横には、お世辞にも立派とはいえないボロ小屋があった。
「墓守の家か」
「……あんなところに本当に誰か住んでいるの?」
自分は絶対に無理だと言わんばかりの表情を浮かべるイレネ。
「そういう事言わないの」
それをリーデが窘めた。
「やっぱり門は施錠してあるよ」
門を確かめにいったシースが駆けて戻ってくる。
「とりあえず鍵を探しましょうか」
四人がその小屋へと入る。入口のドアはボロボロになっており、ドアとしての機能を為していない。
「ねえ……本当にこれ墓守か誰か住んでいるの?」
イレネの言葉を誰も否定出来なかった。小屋の中は荒れており、何より埃が溜まっていた。
「鍵もないし、人の気配もないわ」
四人が部屋を捜索するが、鍵は見当たらない。
隣の部屋を見るもやはり人の住んでいる気配も鍵もなかった。
「……ここではない場所に住んでいるのかもしれない」
納得できない顔でそう言ったエリオスの耳に、金属音が届く。
「っ! 今のは?」
同じく聞こえたシースが斧剣を抜いた。
「見てください、そこに……」
鎌の刃を畳んだまま構えたリーデが最初の部屋に戻ると、テーブルの上を指差した。
その上には大きな鉄の鍵があった。
「さっきまでそんな鍵無かったわ!」
「ええ。私も一緒に見ましたけど無かったです」
二人の言葉にシースとエリオスが顔を合わせた。
明らかにこの小屋は様子がおかしい。
「……とにかく、依頼をこなそう」
「夜までには帰らないとだしね」
小屋から出て、シースが鍵で門を開けた。
まるで数十年振りといった様子で、さび付いた音を奏でながら門が開く。
その先は廃墓地という名に相応しい場所だった。
霧の中にまばらに立っている崩れた墓標。湿った土の匂い。どこからかうめき声が風に乗って微かに聞こえる。
「じゃあ予定通りに」
シースとエリオスが前へと出る。盾を構えて、右手の槍を突き出すエリオス。その右手側でシースが斧剣を構えながら慎重に進む。
「じゃあ私も用意しておくわ」
イレネが弓を構える。なぜか、彼女は射るべき矢を持っていない。
「では、まず……“輝け内なる心の灯火よ”【浄体祝福】」
畳んだままの鎌はどうやら杖代わりになるようだ。リーデが詠唱しそれを掲げると、リーデを中心とした円状に魔法陣が現れ、その上に立つシース達の身体が微かに発光する。
「アンデッドを浄化できる祝福を付与しました。その状態で攻撃すればアンデッドでも復活できません。あとは負属性や闇属性の攻撃を和らげる効果もありますが、それを過信しないで攻撃は全て避けるか防ぐつもりでいてください」
「おお、なんか凄い」
シースがその淡い黄金色の光を嬉しそうに見つめた。
「やはり聖職者は必須だな」
「ふーん……まあまあね」
エリオスもイレネも、その実力を認めた。リーデは簡単にやってのけたが、複数人に支援魔術を掛けるのは実は難しい技術なのだ。本来は自分だけ、もしくは一人ずつなのだが、リーデは全員に一度で支援魔術を掛ける事が出来た。
レドが見ていれば高く評価しただろう。
「っ! エリオス、来るよ。全員戦闘準備!」
「了解。怪我は絶対しないようにしよう。ちょっとでもまずいと思ったらまずは固まろう」
「さあ、あたしの魔弓を見せてあげる!」
霧の向こうから、ゆっくりとこちらに向かって来ているのは、茶色に汚れている白骨死体だ。カタカタと歯を鳴らし、窪んだ眼孔には青い炎が揺らめいている。
「スケルトンだ! 五体はいるぞ!」
エリオスがそう言いながら槍の穂先を向けた。
「“黄金色の波よさざめく麦穂の香りを纏いて舞い降りろ……我は黄金の収穫者、財する者の簒奪者……」
リーデが歌うように詠唱を開始する。
それと同時に、二体のスケルトンがシース達へと駆けてくる。
「ふん、後ろの三体はあたしがやるから、そいつらよろしく!」
そう言って、イレネが矢もつがえず弦を引いた。
「“我は孤独な月、顕現せよ降臨せよ炎を飲みし猛き鱗よ”【火炎蜥蜴】」
詠唱と共に手に赤い矢が現れ、イレネが弓でそれを放つ。
赤い矢が風を切り裂きながらシース達の上を弧を描くように通り過ぎ、後方のスケルトン三体の真ん中に着弾。
同時に、火炎が巻き起こりその炎はまるで竜のような姿になるとその周囲一帯を焼き尽くし、消えた。
一瞬で、三体のスケルトンが灰も残さず消滅。
「す、凄い!」
シースが驚愕しながらスケルトンの引っ掻きを斧剣で弾くと、隙だらけになったスケルトンの頭を叩き割った。
スケルトンが淡い光を放ちながら消滅する。
「道中でも言ったが、イレネの魔弓は強力だが範囲が広い分魔力消費が激しい。そう連発は出来ないので過度な期待はしないで欲しい」
そう言いながらエリオスが盾で防ぎつつ槍でスケルトンの足を払い、転ばしたところを盾で押しつぶした。リーデの祝福を受けているおかげで、スケルトン達はあっけなく消滅していく。
「“奪い払いそして穢れなき大地を再起させん”【神聖領域】」
リーデが長い詠唱を終えると同時に彼女を中心とした広い範囲に魔法陣が出現。そこから幻のような麦畑が出現し、光が立ちのぼる。
それが消えると同時に、辺り一帯の霧が払われた。
同時に見えていなかっただけで、近くにいたスケルトンやゾンビが浄化され消滅する。
「とりあえずこの周囲は浄化しましたからしばらくは安全です。とはいえ、この廃墓地の全てを浄化できたわけではありません。おそらく、あと数カ所、浄化をすれば依頼達成かと」
「……これだけの範囲を一気に浄化できるのか……」
「中々やるわねあんた」
「そっちもね。魔術を弓で射るなんて初めて見た」
どうやらお互いを認めたらしいリーデとイレネ。
「僕たち……要らないんじゃ」
「言うなシース。俺もそれは思った」
「何を言っているんですか。詠唱の時間を確保していただいたから出来た事です。守っていただき感謝ですよ」
肩を落とすシースとエリオスだが、リーデがそう言って微笑む。
うんうんと頷くイレネが声を上げた。
「ほら、さっさと奥に行くわよ。霧が晴れたおかげで、この墓地がさほど広くないのが分かったしさっさと依頼をこなしましょ」
「先ほどの浄化も祝福も連発は出来ませんのでここからは私も前線に出ます」
「あたしもそんなに数撃てないからね!」
そう言って、鎌の刃を出すリーデと曲剣を抜いたイレネ。
「分かった。それじゃあ油断せず各個撃破でいこう。何が出てくるか分からないから、リーデとイレネの魔術は温存しないと」
シースの提案に全員が頷く。ただし、いざとなったら全部使うつもりだ。レドに、“出し惜しみして死ぬぐらいなら全部出しておけ”、と言われたからだ。
「奥にまだいるわ。うわ、気持ち悪い……ゾンビにスケルトンね……それと……あれは何かしら……」
流石射手だけあってイレネは目が良く、奥で蠢くアンデッドが見えるようだ。その更に奥に人影が見えたような気がして、イレネは目を凝らすがその辺りは浄化の範囲外で霧が深すぎて見えない。
「さあいこう!」
そう言って、シースが油断なく斧剣を構えた。
アンデッドの群れが四人へと迫る。
イレネの魔弓術はベイル独特の魔術形式です。魔術を矢として具現化し、放つというプロセスが必要な分、通常の魔術より使いにくい印象ですが、メリットもあります。ちなみに、弦は魔術触媒になっているので、普通の矢を放つと簡単に切れてしまいます。なのでイレネは弓を持っていますが普通の矢は持ち歩いていません。
弓で魔物に挑むなどとwwwと煽られる事もありません。安心安心。
今日も総合一位感謝です!
これからもバリバリ更新していくんでよろしくお願いします!




