98話:聖女エレーナ
王都の中心にそびえ立つ、ヨルハ十字教の大聖堂。
レドはその巨大な建造物の前に立ち、その威容を見上げた。
白亜の螺旋塔がいくつも突き出た大聖堂は、周囲の近代的な建造物の中で異彩を放っていた。
「相変わらずデカいな」
レドは特に何か特定の教えに従っているわけではないが、幼少期は両親の影響でヨルハ十字教を自然と信じていた。ヨルハ十字教はこの王都では最も普及している宗教であり、聖職者といえば、このヨルハ十字教の神官やシスター、聖女達のことを差すほどだ。
大聖堂の中に入っていくと、周囲には聖人ヨルハの像に祈る市民や、解毒や治療を求めてやってきた冒険者で溢れていた。レドは入口近くにある受付へと歩いて行く。
「あーすまない、冒険者ギルドの者だが、会いたい人がいる。取り次いでくれないか?」
レドは、受付に立ち、挨拶代わりに簡易の祈りのポーズをするシスターにギルドカードを差し出した。
「かしこまりました。確認させていただきます」
シスターが手元のカードが本物であるかを手元の機器で確認する。
「え、Sランク!? ……こほん。レド様ですね。それでどなたに取り次げばよろしいですか?」
一瞬だけ驚いた顔をしたシスターだが、気を取り直してすまし顔を浮かべた。レドが手早くエレーナに話を聞きたい旨を告げる。
「もしかして……エレーナ様が前いたパーティの方ですか?」
「あー。まあ、そうだな」
レドがそう言葉を濁すと、シスターがニヤリと笑った。
「なるほどなるほど……。では、奥の部屋でお待ちください。すぐにエレーナ様がいらっしゃると思います」
レドが案内された部屋は、簡素な祈祷台が置かれた小さな部屋で、それに比べやけに豪華な椅子が並べてあった。おそらくは貴族や王族関係者が来た時に使う場所なのだろうとレドは推測する。
流石に煙草はまずいかと思ったが、なぜか小さなテーブルの上には灰皿が置いてあったのでレドは迷った末に煙草を吸い始めた。
レドが吸っているこの煙草は安物であり、独特の香りがするため好みが分かれる物だが、世界中どこに行っても大体売っているせいで結局こればかりをレドは吸っていた。
しばらくすると、祈祷台の横にある扉が開いた。現れたのは、少しくせのある暗い茶色の髪に、簡素なシスター服を身に纏った女性だった。彼女は部屋に入るなり目を閉じて、口を開いた。
「この匂い……懐かしい」
「……元気そうだな、エレーナ」
レドが煙草を咥えながら、手を上げた。
レドは誰だか知らないが、ここで煙草を吸いたいと言いだしたワガママな貴族に感謝した。おかげで、緊張を誤魔化せそうだ。
「レド、久しぶり」
「ああ」
レドは、前の椅子に座ったエレーナをまっすぐに見つめる。エレーナは微笑を浮かべ、膝の上で手を組んだ。
「色々と、話は聞いてるよ。セインと仲直りしたんでしょ?」
「まあな」
「ディルがね、色々話してくれるの。レドが王都に来た! って嬉しそうに話していたよ。会議に一緒に出たんでしょ?」
「一言も会話してないけどな」
あのディルが嬉しそうに自分の事を話す様を想像できないレドだったが、エレーナがそう言うならそうなのだろうと納得する。
「ディルも気まずいんだと思う。私もね、その話を聞いた時にレドに謝りに行こうってずっと思ってたの。なのに結局、レドが来るのを待つだけだった。ずるいよね」
「……別にいいさ。もう過去の話だ。結果論だが、ディルは変わらずSランク冒険者として活躍してるし、エレーナはこの大聖堂の次期大聖女だ。忙しいんだろ? それに俺もまあ、何とか冒険者をやれている」
元々エレーナはヨルハ十字教の聖女として認定されていたが、その聖女達の頂点となる大聖女になるという噂をレドは聞いていた。百年に一度輩出されるかどうかの大聖女が、今年は生まれそうだとヨルハ十字教の司教達は大喜びしているとか。
「聖女としての仕事も大事だし、嫌だと思った事ないけどね、時々みんなで冒険していた頃の事を思い出すの。また、あの頃みたいに冒険したいなあって……思う時もある」
遠くを見るような目をするエレーナに対し、レドは首を横に振った。
「遅かれ早かれ、どこかで【聖狼竜】は解散していただろう。それが、少し早まっただけだ。セインの現状については……行った事の償いだろう」
「うん。分かってる。分かってるの。でも、それでも――これだけは言わせて。レド、ごめんなさい。許してとは言わないけど……」
エレーナがそう言って組んだ手を顔の前に掲げて、そのまま頭を深々と下げた。それはヨルハ十字教において、最も真摯な祈りの所作だ。
「……もういいんだ、エレーナ。頭を上げてくれ。あの件についてはセインが全部償った。それぐらいはパーティリーダーとしてあいつにさせてやってくれ」
「うん……」
エレーナがそう言って頭を上げた。それを見て、レドが紫煙を吐く。
「さて、ゆっくりと話したい所だが……」
「レドの事だから、昔話をしに来たわけじゃないでしょ?」
エレーナがちょっと拗ねたような表情でそう聞いた。どうせレドの事だ、何か必要性があったに違いないとエレーナは推測し、それは概ね当たっていた。
「久しぶりに話をしたいとは思ってはいたさ。とはいえ、その通り、実は聞きたい事があってな」
「セインの事でしょ」
エレーナの言葉にレドが目を丸くした。
「よく分かったな」
レドの知る限り、エレーナは先回りして自分から喋るようなタイプではなかった。自分の知らない間で彼女も成長したのだろう。レドは、彼女に対する考えを改めることにした。もう、あの引っ込み思案の少女ではないのだ。
「分かるよ。私も色々と聞いているからね」
「そうか。知っていると思うが、【血盟】の議長だったマドラが失踪した結果、勇者についての情報が失われてしまった。それが今後の情勢を左右する可能性のある情報なので、少しでも勇者に関する事は知りたいんだ。特に、勇者と認定されてからの【血盟】とのやり取りや、奴ら主催の儀式や式典……そんなんをもし覚えていたら教えて欲しいんだ。なんせほら、俺はそれに関わる前に……な」
レドがため息をついて、煙を吐いた。
「王の前で、勇者宣言するやつとかじゃなくてだよね?」
「ああ。それらについてはただの儀礼的なもので、意味はない事はすでに判明ずみだ」
「だったら……一つ思い当たるのがあるよ。勇者に認定されてから1週間後ぐらいにセインが【血盟】に招待されていたの」
「招待?」
「うん。しかも、必ずセイン一人でって厳命されていた。だから私とディルは行かなかったんだけど、今思えば、なんだかあの後ぐらいから、セインの暴走がはじまったような気がする……」
「何処に、招待されたんだ?」
レドの勘だが、どうもそれが当たりのような気がした。セイン一人で、と厳命した辺りも怪しい。
「具体的にどことは教えてくれなかったけど、3日ほどで行って帰ってきたから、多分ディランザル王国内のどこかだと思う。あとはセインが行く前に、〝高いのは平気だけど、寒いのは苦手だから行きたくない〟ってぼやいてたのをディルが聞いていたみたいだよ」
「ということは、高い、かつ寒い場所か。季節的に春ぐらいだったろ? ディランザル王国内で、その時期に高くて寒い場所といえば、サラザン山脈だが……」
レドは脳内の地図で、該当しそうな場所を検索していく。高い、それはつまり標高が高いということだろう。それに寒いとなると東部にある、サラザン山脈だろう。あそこならば、年がら年中、雪に覆われている。
「いや、違うか……3日ほどで行って帰ってきたのなら、サラザン山脈は不可能だ」
「うん。王都からだと行くだけで3日から4日は掛かるよ」
「秘匿された【転移陣】を使ったという手もあるが……それは一旦考慮しないでおこう。そうなるともはやお手上げだ」
「そうだね。高くて寒い場所……」
エレーナがふと、聖女として修行していた時の事を思い出した。エレーナは高所恐怖症なので、高いところは苦手なのだ。その恐怖と、寒かったという記憶が合致する場所が一つだけあった。
「そっか……高いのは……標高じゃなかったんだ」
「ん? どういうことだ?」
「――【エルゼアス大塔街】、多分、そこだよ」
エレーナの言葉で、レドがポロリと煙草を落とした。
「そうか……高いと言っても別に、地下深くにある塔でも高い場所である事には変わりはない。あそこならば確かに王都からなら1日ぐらいで行けるな……」
レドは、なぜこれがすぐに思い浮かばなかったのかと悔しそうな表情を浮かべた。
エルゼアス大塔街とは王都から西に行った先にある、【大氷洞】と呼ばれる、巨大な縦穴内に作られた街だ。ヨルハ十字教の聖地の一つであり、一般人は基本的に立ち入りのできない場所だ。
縦穴の地下深くに巨大な塔が立ち並んでおり、氷に囲まれた縦穴内にあるので、とても寒い場所なのだ。
高くて寒い場所……それにぴったりと当てはまる場所だ。さらに、閉鎖的な土地なので秘匿性もある。
「しかし、【血盟】はヨルハ十字教とも繋がっていたのか?」
「分からない。でもマドラが消えてから、うちも上層部にも混乱が生じているから、何かあるのかもしれない」
「俺の勘だが、多分そこで正解だ。エルゼアス大塔街にきっと勇者に関する何かがある」
「でもレド、あそこはうちの聖地だから……基本的にはうちの教会に認められた者しか中には入れないよ」
「そうなんだよなあ……それが問題だ」
冒険者ギルドとディランザル王からの依頼を受けているレドだが、ヨルハ十字教は独立した組織であり、政治的な干渉を特に嫌がる。おそらく聖地での調査は丁重に断られる事は目に見えていた。
「……じゃ、私が交渉してみるよ。私が同行することは出来ないけど、巡礼の許可ぐらいは何とかなると思う。レドを敬虔な教徒だって言えば、多分」
「ほんとか?」
「大聖女と担がれるからには、ちょっとはこっちの言う事も聞いて貰わないとね」
そう言ってエレーナがウインクをした。どうやらレドの思っている以上に、彼女は大人になっていたようだ。
「なら、頼めるか? まずは近いところから調査していきたいんだ」
「うん、ちょっとだけ時間ちょうだい。私も色々と調整しないとだし」
「すまないな、エレーナ。大事な時期なのに」
「いいよ。少しでもレドの役に立てるなら、本望だもん」
「ありがたい」
レドが頭を下げるのを見て、エレーナが微笑んだ。
「きっと【聖狼竜】の頃も、私達の知らないところでこうやって頭を下げていたんだね」
「……まあな」
「少しでも、恩返ししないと」
そう言って、エレーナが立ち上がった。
「あんまり長いこと話していると上に怪しまれるから、私もう行くね」
「ああ」
「追って連絡するよ。またしばらく会えないだろうけど……元気でね、レド。無茶しないように」
「ははっ、それを言われるのは久しぶりだ。分かったよ、エレーナ。それじゃあ」
「うん、それじゃあ」
そう言って、レドはエレーナと別れを告げ、大聖堂を去った。
その僅か二日後に、レドはエルゼアス大塔街への立ち入り許可を得たのだった。
レドの旅が、始まる。
いよいよ、四章に突入!
と見せかけて、まだあと一話あります。間章というやつですね。
記念すべき100話で四章スタートの予定です。
次話更新は11月30日(月)――つまり書籍版の発売日です!!
ちなみに電子書籍はすでに発売されているので、そちら派の方は是非に。
いつもの書籍情報:
内容についてはWEB版をベースに、細かい修正やシーンの追加削除、更に一万字超えの読み切りが付いてくるなどかなりパワーアップしております!
担当イラストレーターの赤井てら様の素晴らしいイラストがこれでもかと楽しめる作品になっております(表紙からはじまり口絵、挿絵ともに素晴らしいクオリティです)
少しでもWEB版を気に入っていただけた方には自信を持ってオススメできる物に仕上がったと思っております。是非とも予約、またご購入していただければ幸いです!
というわけで書籍情報おさらい:
タイトル:冒険者ギルドの万能アドバイザー ~勇者パーティを追放されたけど、愛弟子達が代わりに魔王討伐してくれるそうです~~
出版社:双葉社
レーベル:Mノベルス
イラストレーター:赤井てら
発売日:11月30日予定




