95話:アドバイザー
「マドラ様。想定以上の力を観測しています。突破されるのも時間の問題かと」
「ふむふむ……やはりドラグーンは強いねえ」
マドラは傍らに立つ黒髪のメイドの言葉に頷き、同じ格好をしたメイド達と戦闘を行っている、シース達の動きを余裕そうに観察していた。
「さて、勇者シース。私はそろそろ行かないといけない。この屋敷も名残惜しいが、仕方ない。ではまた会う日まで……しっかりと鍛えておくように」
マドラの言葉を聞いたシースが斧剣で目の前のメイドの腕を叩き斬った。血が一切出ず、切断面から機構が露出しているメイドを蹴飛ばして、シースがマドラへと走る。
「待て!」
「さらばだ、勇者シース」
シースの斧剣が笑みを浮かべるマドラへと迫る。
その瞬間、足下に魔法陣が出現。シースは気にせず斧剣を振りぬくが――すでにその場からマドラとその傍らにいたメイドが消えていた。
同時にこれまでシース達が戦っていたメイド達が突如動きを止め、床へと崩れ落ちた。
まるで、糸が切れた操り人形のように。
「逃げられた……」
悔しそうにシースがそう呟いて、斧剣を収めた。
「さっきの心臓は何だったのでしょうか……それにこのメイドのような人形も」
大鎌の刃を畳んだリーデが足下に転がるメイド人形を見て、目を細める。
「人形のくせにめちゃくちゃ強かったけど! ゴーレムの一種かしら? 魔力っぽい流れは感じたし」
イレネがメイド人形を足で小突きながら愚痴る。
「いずれにせよ、早急に冒険者ギルドに報告すべきだ。レドさん達がいる【天輪壁】占領事件と無関係ではないはず」
エリオスの言葉に全員が頷いた。今は王都中が大騒ぎになっている。マドラの策動もきっと何か関係しているに違いないことを、この場にいる全員が確信していた。
「気持ち悪いけど念の為、この斬り落とした腕は持っていこう。何かの役に立つかもしれないし」
「そうですね。それにここも長居しない方が良いかもしれません。マドラの先ほどの物言いだと、なんだかもうここには戻ってこないような気がします。証拠を隠滅させる仕掛けか何かが作動しても不思議ではありません」
リーデの言葉にシースも同意する。
「うん、一旦戻ろう」
結果として、シース達の判断は正しかった。シース達がマドラの屋敷を出てしばらくした後に、突如爆発が起き屋敷が木っ端微塵に吹き飛んだからだ。
後に騎士団によって現場検証が行われたが、そこからは何も見付からなかった。唯一残った証拠は、シース達が持ち帰った人形の腕らしきものだけだ。
☆☆☆
【天輪壁】内、転移室。
「結局何が起こったのかさっぱり……」
「……俺も分からねえけど、レドが何とかしたんだろ」
「パパもなんかしたっぽいけど……」
その隅で、グリムとセインが座り込んでいた。二人は気付けば、ここに運び込まれており傷も癒やされていた。残念ながらセインの義腕は壊れたままだ。
二人の目の前にある【転移陣】から次々と、Sランク冒険者や騎士といった戦力が現れる。彼らは怒声を上げながらすぐに部屋を飛び出していった。
そのおかげか、【天輪壁】内は彼らによって徐々に制圧されていく。残存していた竜族達が全滅するのも時間の問題だろう。
「んで、レドはどこにいったんだよ」
「さてね。パパもいないし。まあ、雰囲気を見るに最悪の事態は避けられたっぽいけど」
結果として王都に目立った被害はなく、郊外に【欲災の竜星】の破片が落ちた程度に済んだという報告はすでに聞いていた。
「兄とあの男なら、ギルドマスターに報告しに王都に戻ってるわよ。事を急ぐからってあの男の転移魔術で移動したわ」
グリム達にそう声を掛けたのは疲れた顔をしたアリアとその後ろにいるイザベル達だ。
「なんか勝手に突入した事について、めっちゃ聞かれました……」
イザベル達は皆、もううんざりとばかりに苦い表情を浮かべた。
「管制室まで辿り着けたんだから褒められてしかるべきだと俺は思うんだけどなあ……」
「きっと学院に戻ったらまた色々聞かれますよ。説教付きでね」
「ヒナたちは悪くない……けど仕方ない」
レダスが、ニルンとヒナの言葉を聞いて意気消沈している。
「生きてるだけ、僥倖だろうよ。ったく学生なのに無茶をする」
「レド先生怒るだろうなあ……」
セインの言葉を受けてため息をつくイザベル。
「なんだ? お前らもレドの弟子か? ほんとこういう事に首突っ込む事のが好きだな……あいつの悪いところを真似してどうする」
「真似してるつもりじゃないですよ!」
イザベルが不服とばかりに頬を膨らませた。
「ま、いずれにせよ、犠牲者はゼロで良かったんじゃない? あとはお偉いさんに任せようよ。私、今回はちょっと疲れた」
グリムがもう考えるのも嫌だとばかりに床へと身体を投げ出した。天井の穴からは青い空が見える。
例の物体の回収が出来たのか。父はこれからどうする気なのか。気になることは多々あるが、今は少し休息したいと思うグリムだった。
☆☆☆
冒険者ギルド本部。
第一秘匿会議室――通称【ガラントの酒場】
座っているのは以下のメンバーだ。
冒険者ギルドのマスターであるアルマス。
情報部のミラゼル。
リュザンが生死不明の為、【血卓騎士団】の団長代理となったコリーヴ。
【塔】の所長であるカリス。
つまり今回の事件において、動いた組織のトップが勢揃いしている。
そして彼らに説明を行っているのが、レドとその傍らに立つイグレスだ。
「つまり……星の王都直撃は防げたものの、その【真血】とやらは回収しそこねたと」
ミラゼルが無表情のままレドへと問いかける。その表情からは如何なる感情も読めない。
「そういうことだ。竜族の心臓に予め転移魔術が仕込んであり、それが発動する条件を俺が満たしてしまった」
「そして、その【真血】とやらの転移先にいるのが……マドラか」
「ミラゼル。元恋人として、何か分かる事は無いのかい? まさかこれほど大それた事を行うとは思ってもいなかったさ」
アルマスの言葉に、ミラゼルは首を横に振った。
「あいつがたかが恋人に情報を漏らすわけがない。それに恋人だったのは遠い昔の話ですよマスター。怪しい動きはありましたし、竜族と繋がりがあっても不思議ではない。だけど、それも全部フェイクだ。奴はきっと我々が生まれるそのずっと前からこの計画を練っていたんだ」
ミラゼルの言葉にイグレスが頷いた。
「そのお嬢さんの言う通りだ。あいつの正体は不明だが……思い付きでやったとは思えない周到さだ。奴は、ガディスの古代遺跡にデータが眠っている事を掴んでいた。だから……それをわざと魔族に漏らし、更に古竜に詳しくデバイスの操作方法も分かる人物を送りこんだ」
イグレスの言葉にレドは納得する。なぜ魔族達があの遺跡にデータが眠っていると知っていたのか。その疑問が解けた。あの、ゾッドも黄昏派だったという。ならばやはり裏で糸を引いていたのは――マドラだろう。
「俺は、その動きを読んでいたからこそ娘を遺跡に送りこんだ。結果データは手に入れたが……成り行きとはいえ、人類側にデータを渡してしまったのはミスだった」
イグレスの言葉にその場の全員が沈黙する。
すでにこの場にいる全員がイグレスの存在については黙認していた。魔族であること、その長であること。全てレドから話が事前にあり、かつ今だけは敵対関係については横に置いておくという事で両者納得した。
「【真血】を手に入れたマドラは世界各地に散らばる【黄昏派】と竜族達を束ね、かつて彼らに与した古竜を目覚めさせるだろう。そして行われるのは虐殺だ。当然、我々魔族もその標的だろうさ。ならば……すぐには無理だとしても人類と魔族は協力すべき……だと隣の男に言われてね。全く、勝手に人の事を魔王と呼んで敵視していた癖に虫の良い話だ」
イグレスの呆れたような言葉にレドはため息をついた。
「お前らがガディスで、いやこれまでの歴史の中の行ったことを、水に流す事は出来ない」
「くくく……それを言えばお前ら人類には随分と酷い目に合わされたぞ? 勝手に造られたあげく、排除ときた。その後もずっと迫害されてきたし、そちらから一方的に戦争をふっかけられた。言いだしたらキリがないな」
「つまり何が言いたい?」
イグレスの言葉にミラゼルが短く返し、それを受けてアルマスが答えた。
「過去をグダグダほじくり返す暇はないってことだよ。政治レベルでの和解は難しいだろうけど……今後の行動や作戦については協力すべきだろうね」
その言葉に、イグレスを除く全員が頷いた。
「まあ、それはこちらも望むところというか……もはやこの隣の男が必要不可欠な存在となってしまったからな」
イグレスが呆れたような目でレドを見つめた。まるで人を化け物みたいな目で見てくる事にレドは若干不服だった。
「今のところ、唯一味方になり得る【真血】の適合者にして、覚醒者だ。話によると、知識も植え付けられたそうだな? 俺ですら知り得ないことも知っているようだし、その力と知識を敵に回す気はない」
レドは自分に何が起きたかを、ある程度隠しつつも大まかな部分は話していた。どうやらイグレスはその隠している部分も色々察しているようだが……。
「といっても俺はただの冒険者だ。力と知識が多少増えたとはとはいえ、敵が多い上に強大だ」
「だろうな。はっきり言うと、ここで手を打たないと間違いなく俺達は負ける。こちらの戦力も知識もあまりに貧弱すぎる。リュザンの復活もムラがありすぎてあてにならんしな」
「あいつ死んだんじゃないのか?」
レドの言葉にイグレスが肩をすくめた。
「まさか。あいつもまあ、レド、君と同類みたいなものだ」
「……嫌だなそれ。あいつと同類なんて」
レドが心底嫌そうな顔をするのを見て、コリーヴが咳払いをする。
「……一応上司なんでな。一応生死不明ではあるが、リュザン団長には、もしそうなったら死亡扱いにしろと言われている」
コリーヴが疲れ切った声を出す。団長代理としてごたつく騎士団をまとめ上げるのに苦労しているようだ。それを見てレドは。頭を小さく下げた。
「そうか……それはすまなかった。間違いなく、リュザンのおかげで被害は最小限に抑えられたのは確かだよ。それで、マスター。これからどうする気だ?」
レドの言葉にアルマスが立ち上がった。
「ミラゼルと、各地の冒険者ギルドの支部の協力で、まずはマドラ達の動向を追う。更に古竜が眠るといわれる……旧時代の遺跡――正式には【古竜遺跡】と呼称することになった場所の特定および、そこの保護もしくは占拠を行いたい。これについては、カリス所長に古いデータの見直しをしてもらう予定だよ。ギルドやディランザル王家に遺された古いデータを提供するつもりだよ」
アルマスの言葉にカリスが小さく頷く。
「分かった。【塔】は破壊されたが……ある程度のバックアップはある。【古竜遺跡】についての情報があるかは謎だが、全力は尽くす」
「頼むよカリス。とにかく古竜が目覚めれば目覚めるほど……敗色が濃くなるのは自明の理だ。古竜覚醒の阻止、マドラ達の追跡。どちらにしてもレドの知識と力は必要となるだろう。特に【古竜遺跡】の調査および覚醒阻止についてはレドが要になる」
「……もう一度言うが、俺はただの冒険者で、講師だったはずなんだがな」
そんな風にため息をつくレドに、ミラゼルが返す。
「ディアスが、君の事を剣も魔術も教えられる〝万能アドバイザー〟と呼んでいた。それに加え、旧世界の知識に力まで手に入れたわけだ。はっきり言おう、魔族の協力を得たとしても、今の人類の力だけではマドラ達を倒す事は不可能だ。かといってレド一人に全てを背負わすのは無理がある。ならば、やはりレドにはマドラ達に対抗しえる後進を育成してもらいつつ、世界各地にある【古竜遺跡】の調査をしてもらうしかない。冒険者ギルドの、いや我々人類にとっての万能アドバイザーってわけだ」
「勘弁してくれ……と言いたいところだが、断る余地はなさそうだな」
その場にいる全員の顔を見渡して、改めて、レドは盛大なため息をついた。
「俺達魔族も協力しよう。とはいえ現場レベルでの協力だけだ。更に一部の魔族は俺に反発し、第三勢力として襲ってくるだろう。これに関しては俺の管理不足ではあるが……まあどこもそんなもんだろうさ」
イグレスがそう言って、手をレドへと差し出した。
「人類はこうするのが協力の証なのだろ?」
レドが無言で視線をアルマスに投げるが、彼は頷くだけだった。
「……良く知ってるじゃないか。次は出来れば、本物としたいもんだ」
レドはゆっくりとイグレスの手を握り返した。
「ならば我々の国に招待しよう。ゆっくりと話さないといけない事が沢山あるしな――特に娘との関係についてだ」
イグレスの、レドの手を握る力がぐっと強くなった。その殺気溢れる視線からレドは目を思わず逸らしてしまう。
「ははは……あいつは一体俺の事をなんて話したんだ……」
苦笑いするレドとそれを睨むイグレス。
後世の歴史書に載る事はないが、この時こそ――人類と魔族が初めて種族の垣根を越えて協力体制を築いた瞬間だった。
というわけで三章のエピローグと四章への助走がしばらく続きます
次話更新は11月23日(月)になります!
いつもの書籍情報:
内容についてはWEB版をベースに、細かい修正やシーンの追加削除、更に一万字超えの読み切りが付いてくるなどかなりパワーアップしております!
担当イラストレーターの赤井てら様の素晴らしいイラストがこれでもかと楽しめる作品になっております(表紙からはじまり口絵、挿絵ともに素晴らしいクオリティです)
少しでもWEB版を気に入っていただけた方には自信を持ってオススメできる物に仕上がったと思っております。是非とも予約、またご購入していただければ幸いです!
タイトル:冒険者ギルドの万能アドバイザー ~勇者パーティを追放されたけど、愛弟子達が代わりに魔王討伐してくれるそうです~~
出版社:双葉社
レーベル:Mノベルス
イラストレーター:赤井てら
発売日:11月30日予定
発売と同時に三章完結させる予定でしたが、もしかしたら四章スタートと同時になるかも! WEB版、書籍版共に楽しんでください。




