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94話:エーテルイーター


 レドの視界に再び青い空が映る。口から血の塊を吐き出し、レドが立ち上がった。


「……馬鹿な」


 少し離れた位置に立っていたヘネシーが驚いたように目を開く。その瞳の中には瞳孔が無数にあり、まるで複眼のようになっていた。その顔には血管が浮き出ており、心なしか身体の線も細い。ヘネシーが少しの間に随分と様変わりした事にレドは驚くも、恐怖はなかった。


 遠くで倒れているグリムから、微かに魔力を感じる。倒れているセインの鼓動も聞こえる。二人とも生きていることにレドは安堵した。


「まさか心臓を潰されるなんて経験をするとはな」


 レドは自分の身体が問題なく動くことを確認すると、ゆっくりと地面に落ちていた剣を拾い、懐から取り出した煙草に魔術で火を付けた。


「なぜ……生きている」

「さてな。そのマーテル様とやらに聞いたらどうだ?」


 レドが紫煙を吐き出しながら笑う。なぜだろうか、あれほど絶望感があったはずのヘネシーに、もはや何も脅威を感じていなかった。


「まさか……いやありえない。いくら新人類といえど、そんな簡単に【真血】に適応できるわけがない!」


 ヘネシーの声になぜか女の声が混じる。


 レドは、ヘネシーの中に目に見えないほどの小さな存在が血の中で蠢いているのを感じ取れた。それが【真血】と呼ばれる物で、それが唯一残った旧人類であるマーテルの血液だということをレドは知っていた。学んだ覚えも記憶した覚えもない膨大な量の知識が頭の中にある違和感にレドは顔をしかめた。知識の洪水の大半にはノイズが掛かっており、理解するのに時間が掛かりそうだが、すぐに飲み込めるのもいくつかあった。


「お前にこの力はまだ早い!!」


 ヘネシーが一瞬で自分の目の前へと()()してくることも予測できたし、そのまま自分の頭を潰そうと手刀を突き出してくることも――全て見えていた。


 ゆえにレドは煙草を器用に口だけで前へと飛ばすと、詠唱すらせずに魔術を発動させた。


「――【黒爆葬(メギド)】」

「ッ!!」


 煙草を中心に、小規模に抑えられた闇色の爆発が起こる。それは火属性の上位魔術であり、火属性の適性が多少あるレドでも本来なら無詠唱で放てる魔術ではない。


 だが結果として、転移先で起きた黒い爆発によってヘネシーの右腕が吹き飛んだ。


「ふはは! 生命を超越した私には無駄だ」


 ヘネシーが片腕を無くしながらも笑う。しかし、レドにはやはり見えていた。ヘネシーの中の【真血】が魔力を周囲から集めて、肉体を再生させようとしていることを。


 レドは右手に持っていた赤い曲剣を無造作を振った。


 それは離れた位置にいるヘネシーには届かず、空振りするだけだったが――それだけでレドは剣を通して魔力が自分の中へと吸収されるのを感じた。


「肉体再生が阻害された?……まさか」


 ヘネシーの右腕は傷こそ塞がったものの、再生には至っていなかった。理屈は簡単だ。再生する為の魔力を周囲から十分に吸収できなかったからだ。


「ああ、これがエーテルってやつか。なるほどな、そうやってあの膨大な魔力消費量を誇る()()()を保っていたのか」


 本来、魔力は自身の肉体から生まれる物しか使用できないとされていた。だが、古の時代の人類は、大気に含まれる魔力の素――エーテルと呼ばれるもの――を体内で生成される魔力と合わせて使用する術を編み出した。


 しかし、度重なる戦争と、活動するだけで膨大な量のエーテルを消費する古竜によってこの星の大気に含まれるエーテルの量は激減した。とはいえ、エーテル濃度はゼロにはならず、長い年月をかけて少しずつその濃度は増えていった。


「お前のその魔導術は、大気に含まれるエーテルがないと維持が出来ない。だから、セインの風刃によって大気を乱されただけで、解除されてしまった。なんせ今の時代は昔に比べエーテル濃度が薄いからな。その指輪型デバイスの性能だと安定したエーテル吸収は無風に近い状態でないと難しい」

「なぜその知識を」


 ヘネシーは周囲からエーテルを吸収できる指輪型デバイスを装備しており、それによって吸収したエーテルと自身の魔力を合わせて【重星の巨王(グラヴィオリオン)】を維持していた。そうした魔術と科学の複合によってのみ使用可能な魔術は、かつて【魔導術】と呼ばれ、科学兵器、生体兵器と並ぶ人類の武器として猛威を振るった。


「俺もなぜ知識があるのか知りたいぐらいだ。まあ、まだ大半は理解出来ていないが、それでも知識は力だ。それにエーテルも見える。これは便利だな……相手の身体の中の魔力の流れも見えるし、大気のエーテルの揺らぎも見えるおかげで、次の動きの予測が立てやすい。ふむ……しかし魔術理論が根本から崩れるな……弟子を鍛えるのに使えそうだ」


 レドはマーテルが言っていた〝多少の力〟もそうだが、マーテルが与えてくれた知識の方に驚いていた。何より、自分に伸び代が出来たことよりも、もはや自分以上の存在になってしまったとある弟子に、教える事が色々と増えたことが嬉しかった。


 そんなレドをよそにヘネシーがエーテル吸収をしようと左手を掲げるが、レドは剣を軽く振るだけだ。


 ただそれだけでヘネシーの肉体再生が阻害された。


「なぜ肉体再生が行われない……そうか……お前まさか……」


 そこでようやくヘネシーは、()()()()()について思い出していた。


 戦争終結後、旧人類は自らを【真血】へと姿を変えて眠りについた。しかし、マーテルと彼女に従う古竜による旧人類の排除が始まると、それに対抗すべく一部の旧人類が目覚め、造り上げた新人類を依り代に肉体を取り戻した。


 そうして【真血】をもって覚醒した新人類は、デバイスすらも必要なくなり、自在に大気のエーテルを吸収し自身の魔力として使えるようになった。しかし、その量は限られており他者のエーテル吸収を阻害できるほどの力はない。


 だがときおり、異常にエーテル吸収量が多く、他者のエーテル吸収を阻害するどころか、魔術となって放たれた物すらも魔力に分解し喰らい尽くす――そんな力に目覚める者がいた。


 旧世界の末期において、古竜についで忌み嫌われた存在であり、それらの覚醒者はそれゆえにこう呼ばれていた――【()()()()()()()()】、と。


「うそだ……ありえない! くそ、ひねり潰せ!! 【重星の巨王(グラヴィオリオン)】」


 ヘネシーが指輪型デバイスを起動し、魔導術を発動させる。レドの阻害を警戒し、少量の魔力でも維持出来るように自分の身体を覆う程度の大きさまで、巨人を縮小させた。


 不可視の――既に大気のエーテルすら見えているレドにとっては魔術を使うまでもなく視認可能の――右拳がレドへと迫る。


「なるほど、これだけ魔力があると――()()()()()()()()()()()


 レドは頭の中の覚えのない記憶のまま、赤い曲剣を構えた。先ほど吸収したエーテルが心臓に集まり、膨大な魔力へと変換されていく。


 レドの茶色だったはずの目が赤みを帯びていき、怪しく光る。


「【害為す(レーヴァ)――」


 レドはその魔導術を発動させるため、その名前を紡いでいく。膨大な魔力が右手に持つ曲剣へと流れていき、大気に触れた濃い魔力がバチバチと赤い雷のように唸りを上げた。

 

「――赤き魔杖(テイン)】!!」


 レドが禍々しく荒れ狂う赤い魔力を帯びた曲剣を、迫るヘネシーと【重星の巨王(グラヴィオリオン)】へと振り払った。


「ああ……アアアアアア!!」


 【重星の巨王(グラヴィオリオン)】の拳は腕ごと、レドの赤い魔力によって形を保っていられずに消し飛んだ。更にその斬撃の余波だけで、ヘネシーの右半身が分解され、魔力となってレドに吸収されていく。


 レドの放った魔導術の名は――【害為す赤き魔杖(レーヴァテイン)

 それは当時の最新デバイスですら再現不可能なほどのエーテル吸収が可能な、エーテルイーターのみが使える代名詞的な魔導術だ。エーテル吸収によって得た異常な量の魔力を圧縮し、通常の魔術のように魔力を属性に変換するプロセスを飛ばしてそのまま純粋な魔力として放つ。それをまともに喰らってしまうと、魔力の素となるエーテル同士の反発によって、物理、魔術問わずあらゆる存在がその素となるエーテルにまで分解されてしまう。そうして生じたエーテルを再び吸収できるので、相手さえいれば再び放つ事ができるのもこの魔導術の強みだった。


 古竜すらも屠れる可能性があるこの魔導術を、ヘネシーは防ぐ術など持ちあわせてはいない。


「うそだ……なぜだ……私は……僕は……それになぜ黙っているのですマーテル様!! 答えてよ!! マーテルさ――」


 左半身のみになってなお、生きているヘネシーの慟哭が響く。レドがトドメを刺そうと剣を振るおうとした瞬間にヘネシーの足下に魔法陣が現れ――


 ヘネシーが()()()()


「っ!! 何が起きた!?」


 レドには見えていたが、理解が追いつかない。魔法陣が発動すると同時に、()()()()()()()()()()()()()のだ。


 それが一種の転移魔術である事はわかったが、身体の一部分だけを転移させることが可能とは知らなかった。


 床が微かに揺れるのと同時に、【天輪壁(リング)】の外周部が回転しはじめる。


「これは魔術阻害か?」


 周囲の大気からエーテルが消え、体内の魔力が上手く流れない感覚にレドは襲われた。

 どうやら、誰かが再び【天輪壁(リング)】を起動させたようだ。


「よっと。まさか間に合わなかったとはね。色々想定外だが……どうしたものか」


 レドの背後にある【転移陣(ポーター)】のあった部屋の天井に開いた穴から、赤髪の中年男性がぼやきながら現れた。


「あんたか」


 レドは振り向きながら曲剣を向ける。魔族の王……イグレス。真の魔王ではないにせよ、魔族は依然として人類の敵だ。


「いやあ、参ったね。まさか【(グレイル)】に危機が迫ると自動発動する魔術が仕込んであるとは……まったく、どこまで用意周到なんだか。怖いのはやはり竜族でも魔族でもなく――人類か」


 イグレスがペラペラと喋りながらも、まっすぐにレドを見つめ、対峙する。


「転移魔術が発動したのは見えた。予めヘネシーの心臓にそれを仕込んでいたということか?」


 【真血】を取り込んだヘネシーの心臓となれば、そこはいわば血の中心地だ。つまり、ヘネシーが【真血】を自らに取り込むことを想定し、万が一ヘネシーが死にそうになれば、心臓だけでも転移させる。そうすれば、【真血】の回収に失敗することはない。

 

「そこまで見えていたのか。その通りだよ。それを防ごうとお嬢ちゃん達にあれこれしてもらって魔術阻害を起動させたんだが……まさかこんなに早くあのヘネシーがやられるとはね。この時代の人間に、【重星の巨王(グラヴィオリオン)】は突破不可能のはずだが……君、人間をやめたのか?」

「死にたくなかったもんでな。で、お前はどうする」


 返事によっては戦う、という意志をレドはイグレスへと見せた。


「心臓を回収しに行きたいところだが……。誰のもとにあるかは見当が付くが、そいつが今どこにいるかは分からない。まだ王都にいるのだろうけどね。残念ながら奴の庭ではこちらも分が悪い」

「それは誰だ? あんな物を欲しがる奴なんてどうせろくな奴じゃないだろ」


 レドはまだ剣を下げなかった。目の前の男がまだ敵か味方かは分からない。マーテルには協力し合えと言われたが、向こうがどう思っているのかは分からない。


「そりゃあもちろん……【黄昏派】のトップにして、勇者の後見人。冒険者ギルド最大のスポンサーにして、ディランザルの大貴族――マドラ・ヴォス・エルデンシュラ、その人さ」


レドさんアップグレードのお知らせ

というわけで、三章もぼちぼち終わりです。四章はこれまでと違い、世界各地を旅する感じになりますね。勿論弟子達も活躍しますし、変わらず弟子育成もしていきます。新たな弟子? も登場するとか。まさに万アド☆ザ☆ロードムービー! アメ車に乗ってルート66を爆走します。嘘です。


次話更新は11月20日(金)になります!


いつもの書籍情報:

内容についてはWEB版をベースに、細かい修正やシーンの追加削除、更に一万字超えの読み切りが付いてくるなどかなりパワーアップしております!

担当イラストレーターの赤井てら様の素晴らしいイラストがこれでもかと楽しめる作品になっております(表紙からはじまり口絵、挿絵ともに素晴らしいクオリティです)


少しでもWEB版を気に入っていただけた方には自信を持ってオススメできる物に仕上がったと思っております。是非とも予約、またご購入していただければ幸いです!


タイトル:冒険者ギルドの万能アドバイザー ~勇者パーティを追放されたけど、愛弟子達が代わりに魔王討伐してくれるそうです~~

出版社:双葉社

レーベル:Mノベルス

イラストレーター:赤井てら

発売日:11月30日予定


発売と同時に三章完結させる予定でしたが、もしかしたら四章スタートと同時になるかも! WEB版、書籍版共に楽しんでください。

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新作! 隠居したい元Sランク冒険者のおっさんとドラゴン娘が繰り広げる規格外なスローライフ!

「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ



興味ある方は是非読んでみてください!
― 新着の感想 ―
[良い点] レドさんの曲剣から結界を食い破る赤い竜鱗の爆流破が! そのうちダイヤモンドの散弾や次元断裂飛ばすようになりそうですね。
[一言] 弟子に続き師匠も人間やめちゃった! 冒険譚が成立するんだろうか…
[良い点] やっぱりアドバイザーとして最適の能力獲得ですね。しかしレド、適合能力高すぎ。 [気になる点] シース達は大丈夫でしょうか。マドラにはなんか逃げられそうな気がします。 [一言] 書籍もweb…
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