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93話:空の狭間で


「ここは……?」


 レドは気付けば水面の上に立っていた。上を見上げれば突き抜けるように青い空と、そこに浮かぶ白い雲。それらを波一つない水面が反射し、まるで空の中に立っているような不思議な感覚にレドは戸惑う。


 そんな一面の空が、前方で生じた波紋で揺らぐ。波紋と共にレドへと向かって歩いて来ているのは一人の女性だった。

 白い絹でできた、シンプルなドレスに身を包んでおり、金色の髪が風もないのにゆらゆらと揺れている。その瞳は金色で、不思議な光を宿していた。


 レドはなぜかその女性を見て――女神、という言葉を連想した。


「久しぶりですね」

「あんたは……誰だ?」 


 そう、聞くしかなかった。


「私は……()()()……貴方達の母です」

「……あんたに産んでもらった覚えはないんだが」

「そうでしょうね。あまりに長い年月が過ぎてしまいました」

「どういうことだ? あんたは何者だ? ここはどこだ? 俺は……死んだのか?」


 レドが矢継ぎ早に質問するが、その女性は微笑みを浮かべるだけだった。


「私はかつて、マーテルと呼ばれていました」


 レドはその名前に聞き覚えがあった。そう【欲災の竜星(ディザイアスター)】に中にいると言われていた……最後の人類。


「我々は……遙か昔にこの星で科学と魔術を発展させ、栄華を極めていました。そして――神になりました。いえ、神の如き行為を行ったといった方が正しいでしょう」

「……神だと?」

「我々は生命を創造したのです。魔術や科学で作った擬似的なものではなく。そう、例えばレド、貴方が使える土属性魔術の中でゴーレムを生成するものがありますが、あれは仮初めの命であり、魔力供給がなくなればすぐに崩れてしまいますね。そうではなく、独立した生命……それが生み出されたのです。」


 なぜ自分の名前を、なぜ自分の魔術特性を知っているのか。一瞬レドの脳裏に疑問がよぎる。


 しかしそんな事はお構いなしにと、マーテルが言葉を続ける。


「最初は興味本位で作られた生命はやがて、軍事利用されるようになりました。それによって我々は後戻りのできない戦争へと足を踏み入れたのです」


 レドは直感で理解した。今語られているのは……この星の真の歴史だ。足下の水面に映るのは、どうしようもなく荒れ果て、燃え続ける大地。天を貫く塔が何本も立ち並び、飛行する鉄塊が爆炎を吹き上げ大地へと落ちていく。


「過度な科学も魔術も結局最後に作り上げたのは、破壊と虚無だけでした。星も人も荒れ果て、我々はこれを反省し、星の支配者である事をやめました。科学と魔術に毒された我々の代わりとなり、星を正しく支配する者……そんな存在が必要になりました。そうして作られたのが……貴方達です」

「だからあんたが俺の……いや人類の母だって言いたいのか?」

「ええ。そして我々は人という肉体の束縛から離れ、眠りにつきました。いつか……またあの栄華を、夢見て」


 マーテルが、レドの目の前で赤い液体となり、ばしゃりと崩れ落ちた。それは、ヘネシーが飲み込んだあの粘液と同じ物だ。


「……教えてくれ。竜族とはなんだ。魔族とはなんだ。古竜は……なんなんだ」


 レドの言葉に反応して赤い粘液がひとりでに動き、マーテルの姿へと戻った。


 白のドレス姿に戻ったマーテルが口を開く。


「命の創造の過程で、様々なモノが生まれました。野生動物を変異させたもの……一からデザインされて作られたもの……その中でも、戦争用に調整されたモノが、やがて()と呼ばれるようになりました」

「それが……竜族か」

「はい。生体兵器として作られた大型の劣等種と、人類の既存の兵器も運用でき、劣等種を従えることが可能な人型の指揮官種の二種類が造られました。しかし……彼らはいつしか力を持ちすぎてしまいました。やがて一部の人類から、竜族を排除する動きが生じ、結果……人と竜族による戦争が始まったのです」

「魔族も造られた存在なのか?」

「魔族は……失敗作(プロトタイプ)です。人を進化させるというコンセプトの下、人をベースに造られたのですが、繁殖能力が極めて低く、姿も歪なものになってしまいました。その反省を活かし、一からデザインされたのが、後に生まれた竜族です」


 レドは頭の中でマーテルが告げる事実を整理していく。


 マーテル達……つまり旧人類はどうやら自分達――新人類を造った神のような存在らしい。


 彼女達はまず、人を元に魔族を造った。しかしこれを失敗作だという。

 次にその反省を活かし、竜族を造った。兵器として造られた大型のもの――いわゆるドラゴン呼ばれる類いの魔物――とそれを従える人型のもの……それはつまりヘネシー達のことだろう。


 そして、最後に生み出されたのが、新人類――つまり自分達だ。


 マーテルがさらに言葉を紡ぐ。


「失敗作として切り捨てられた魔族達は結束し、人類から独立しました。しかし一部の竜族によって魔族は忌避されるようになり、やがてそれは魔族廃絶の動きへと発展しました。魔族は竜族や一部の人類によって狩られ、その後はひっそりと歴史の闇に消えました。まだ現代まで生き延びているとは……」


 魔族は出来損ない、そんな言葉を何度か竜族から聞いたが、なるほどそういうことかとレドは納得した。


 レドは自分の中で、魔族に対する目線が少しだけ変わったような気がした。彼らもまた、犠牲者なのだろう。


「では古竜は……竜族の王的な存在なのか? 上位種とでも呼ぶべきか?」

「貴方達が古竜と呼ぶ存在は……」


 そこで、マーテルが目を伏せた。その物悲しそうな表情にレドはなぜか胸を痛める。


「彼らは人と竜族の架け橋となる存在……のはずでした。人類の中でも極まれにしか生まれない、竜の因子に適合する子供達を私は世界各地から集め、そうとは知らずに育て、そして徐々に竜の因子をその身体へと組み込んでいきました。もしそれが成功すれば、人であり竜でもある新人類が生まれると私達は盲信していたのです。ですが、結果として出来上がったのは、人としても、竜としても逸脱した存在でした。その力はあらゆる人類や竜族、魔術や科学兵器を凌駕し、世界の均衡を崩す存在となったのです」


 水面の下に、小さな孤児院が見え、中で、子供達が遊んでいた。赤髪の少女と黒髪の少女が喧嘩しているのを、マーテルらしき姿の女性が笑いながら窘めていた。その二人の少女の顔に、レドはなぜか見覚えがあった。


「……お前らは、人を、命を、なんだと思っているんだ」


 レドの言葉にマーテルは無言で首を横に振った。


「……やがて、彼らは自身の力によって歪んでいきました。彼らは人類と竜族の戦争にそれぞれが与するようになり、皮肉にも百年以上続いた戦争に終止符を打ったのです。その圧倒的な力によって敵味方問わず破壊し尽くした彼らを、私は私に味方してくれる子達の協力を得て、封印しました。未だに、彼らの大半は世界各地に眠っているでしょう。私に味方してくれた子達は世界の監視者として、後の世……つまり貴方達、新人類を見守る事を選んだのです。エギュベル……リュイカリス……ゼシファ」


 エギュベル……その名を聞いて、レドの脳裏にあの赤髪の超然とした美女の顔がよぎる。なるほど、先ほど見覚えがあった赤髪の少女は……。


「結局、お前らの自業自得で世界が滅んで、その後に生まれたのが俺達なのか?」

「はい。先ほども言いましたが、我々も竜族も力を持ちすぎてしまいました。なので過ぎたる力を持たない、ただの人類を我々は創造しました。そうして我々はいつの日かまたこの星が発展し平和な世界を築くその日まで眠る事にしたのです」

「勝手だな。そんなもん俺らが知るかよ。それでお前らが起きたらどうなるんだ?」

「貴方達――を()()()()()()()()()()()()

「進化?」

「我々は固定の肉体を持ちません。貴方に分かりやすく伝えるとすれば、肉眼で認識できないほどの大きさの器に全てを閉じ込めたのです。そして貴方達新人類を依り代にして……つまり肉体の器として使い、再び目覚めるのです」

「ふざけんなよ。全部お前らの都合じゃねえかよ。俺は、そんなものを認めない」


 憤るレドにマーテルが微笑む。


「……でしょうね。私もそう思いました。私は、貴方達新人類に全てを託す道を選びました。いつか目覚めるのを夢見る全ての旧人類に、私は反旗を翻したのです。結果……私は全ての旧人類を駆逐する事に成功しました。ですが……最後の最後で失敗したのです。私は唯一残った旧人類である、()()()を破壊する事に失敗しました。結果、生き残った竜族とそれに協力する一部の新人類によって私の一部は封印され、生かされ続けていたようです」


 水面下で、赤い粘液が入った筒が【欲災の竜星(ディザイアスター)】へと搭載されるのが見えた。そしてそれが天高く、空へと打ち上げられた。


「竜族の目的は、あんたを目覚めさせて、新人類を器にして旧人類を復活させる事ってことか」


 竜族は、ずっと【欲災の竜星(ディザイアスター)】を地上に落とすことを計画していたのだろう。だが、おそらく、永い時間の間に【欲災の竜星(ディザイアスター)】のアクセスコードとそれを操作する技術を失ってしまったのだろう。


 だが、海の底で眠り続けるはずのそのデータを自分が王都に持ち込んでしまった。知らなかったとはいえ、あまりに致命的なミスだ。


 グリム達はどこまで知っているのだろうか。レドはそれが気になっていた。

 この事態をどこまで見越していたのか。


「竜族はおそらく私を使い、自分達に従順な新人類のみを進化させ……新人類を絶滅させようと動くでしょう。これを彼らは【星の浄化】と呼んでいます」

「くだらねえ。この星は誰の物でもないだろうが」

「レド、貴方の言う通りです。今こうして貴方と話しているのはかつての私の残滓、私の記憶。私の大半は既に意思も記憶もなく、ただ、新人類を変質させてしまう脅威となるでしょう。かつての知識と記憶と力を得た人類が竜族と共に眠る古竜達すらも目覚めさせ、今度こそ【星の浄化】を行うでしょう。そうなれば……虐殺がはじまります」

「それに魔族もいる。奴らは竜族とも俺達人類とも敵対している」


 レドはグリムやその父で魔王と呼ばれる存在の顔を思い浮かべた。敵対はしているが……協力もできると信じたい。


「そうでしょうね。彼らは歴史の犠牲者です。ですが、彼らはどうあがいてもこの星の支配者たり得ないのです。私は、貴方達と魔族が手を取り合う事を望みます」

「それは向こう次第だな」

「貴方なら、その橋渡しができると信じていますよ、レド」


 マーテルがそういって微笑んだ。


「……よしてくれ。俺はただの冒険者だ。そんな大層な事はできない」

「おそらく、貴方達の前には多くの脅威が立ち塞がるでしょう。竜族、彼らに協力することで旧人類の叡智を得た新人類、そして彼らによって目覚めた古竜。ですが、その中でも最大の脅威となるのは……魔族の始祖でありながら竜の因子を取り込んだ私のかつての教え子……【()()()()()()()】でしょう。彼女は……魔族を独立へと導いた聖女でありながら、あらゆる古竜を凌駕する自身の力によって歪み壊れ暴走し、結果、魔族からすらも裏切られ、封印されました。彼女は、あらゆる生命体への憎悪を抱いたまま眠りについたのです。万が一彼女が目覚めれば、再び破壊を撒き散らす存在になるでしょう。かつて、彼女はこう呼ばれていました――【()()】と」

「【魔導竜フレイラ】か……今の魔王とは格が違いそうだな」


 グリムの父を思い出し、レドが笑う。


「これから先、貴方達新人類が直面する相手はあまりに強大です」

「……だろうな。もはや俺の手には負えない事態だ。世界を監視してる古竜とやらが守ってくれるのを期待するしかないな。そもそも俺は死んだんじゃないのか?」


 心臓を潰された感覚を思い出すだけで未だに身体が震える。


「貴方は今、生死の狭間にいます。もし望むのならば、このまま死に向かっても構いません」

「望まなければ?」

「貴方を生き返らせる事は可能です」


 マーテルの言葉を聞いてレドが即答する。


「なら、頼む。弟子共に教える事がまだまだ山ほどあってな。そんなヤバイ奴がいるなら心配でおちおち死んでいられん」

「条件があります」

「だろうな。ここまで長々と話を聞いてやったんだ。聞くだけ聞いてやるさ」

()()()()()()()()()()()

「は?」


 レドは思わず間抜けな声を出してしまった。


「貴方の身体は私によって辛うじて死を免れています。潰された心臓を私が再生しないと貴方は生き返ることができない。そもそもこうして話ができるのも、たまたま私……貴方から見ればただの赤い液体……が貴方の顔に付着し、いち早く貴方の脳に干渉出来たからです」


 レドはその言葉で思い出した。セインがヘネシーにやられた時にあの赤い粘液が自分の顔に掛かったことを。どうやらあれにマーテルが潜んでいたようだ。それがどういう技術でどういう原理なのかはレドにも分からないが、現にこうして話せている以上はきっとそうなのだろう。


「おい、身体を乗っ取られるのはごめんだぞ」

「そこまでの力はもう私にはありません。無数の私によって貴方の心臓を形成する――いわば代理器官となるだけです。貴方が拒絶すれば、私はそのまま貴方の身体の中で死に絶えるでしょう。ですが、もし受け入れてくれるのなら……貴方は命を得て……副産物として()()()()と知識を得るでしょう。竜族に、古竜に、【魔王】に……そして私によって覚醒した新たな人類に……対抗できる力です」

「力ね……まあいずれにせよ選択肢はなさそうだな」

「はい。私は全てを貴方達に託します。どうか……暴走するであろう私達を止めてください」

「とんだ、とばっちりだが……俺にも責任があるのは分かってるさ。どうやら、あんたを受け入れざるを得ないようだ」

「では……」


 レドの視界が白く塗りつぶされていく。

 同時に、潰れたはずの心臓が鼓動しはじめ、胸が熱くなっていくのを感じた。


いよいよ大詰め、物語の核心に触れる内容でした。

レドさんは復活後、ナノマシンの影響で髪色が金髪になり一人称がオラになって、ウユニ拳百倍を使えるようになります。嘘です。


次話更新は11月18日(水)になります!

活動報告にて新たなキャラデザを公開しているので見てね!


いつもの書籍情報:

内容についてはWEB版をベースに、細かい修正やシーンの追加削除、更に一万字超えの読み切りが付いてくるなどかなりパワーアップしております!

担当イラストレーターの赤井てら様の素晴らしいイラストがこれでもかと楽しめる作品になっております(表紙からはじまり口絵、挿絵ともに素晴らしいクオリティです)


少しでもWEB版を気に入っていただけた方には自信を持ってオススメできる物に仕上がったと思っております。是非とも予約、またご購入していただければ幸いです!


というわけで書籍情報おさらい:


タイトル:冒険者ギルドの万能アドバイザー ~勇者パーティを追放されたけど、愛弟子達が代わりに魔王討伐してくれるそうです~~

出版社:双葉社

レーベル:Mノベルス

イラストレーター:赤井てら

発売日:11月30日予定


発売と同時に三章完結させる予定です! WEB版、書籍版共に楽しんでください。

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新作! 隠居したい元Sランク冒険者のおっさんとドラゴン娘が繰り広げる規格外なスローライフ!

「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ



興味ある方は是非読んでみてください!
― 新着の感想 ―
[一言] ウユニ拳千倍を期待(*´∇`*)
[一言] 説明回、キター! レドさん、パワーアップ。
[一言] やっぱりインフレについていかないといけなくなってしまったか! もしかしてレド先生の新しい力って人類を進化させるっていう特性を活かした育成特化の能力では!?
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