間話2:勇者、パーティ解散の危機
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「我は抜けさせてもらう!」
「は? お前ふざけるなよ! 散々足を引っ張りやがって」
「貴殿の指示が悪かった。あのような短剣で何が出来る」
王都ディザル、【聖狼竜】の拠点兼いきつけの酒場で、グスタフとセインが言い争っていた。
エレーナは怪我の療養中でおらず、ディルはそんな二人を侮蔑の目で見つめている。
「勇者殿……貴殿のパーティと貴殿の指示はとてもSランクとは思えないほど稚拙。あの程度のダンジョンであれほどの苦労をした理由を考えた方が良い。勇者の称号もSランクも全てまがい物、我はそう判断した。よって抜けさせてもらう」
「……剣を抜けグスタフ。俺を侮辱する事は許さん」
怒りで身体を震わせながらセインが剣を抜いた。
「ふん、勇者を倒して勇者になれるならいくらでも相手してやるが……貴殿と争う気はない。貴殿にその価値すらもない」
「逃げる気か?」
「そうやって子供のように剣を振り回していれば、何でも通ると思うな。それでは付いてくる者も付いてこなくなるぞ」
「貴様!」
「もうやめろセイン。グスタフ、お前は黙って消えろ。そして二度とその面をここに出すな」
今にも斬りかかろうとするセインをディルが止めた。
あまりに醜い争いだ。自分が所属するパーティメンバー同士とはとても思えない。これでは自分の品位までも下がってしまう。
「ふん、青二才の魔術師が賢者気取りなのもこのパーティの笑えるところだ。ではさらばだ。報酬金ならいらぬ」
そう吐き捨ててグスタフが酒場から去っていった。
「くそっ!!」
セインが酒場の椅子を蹴飛ばした。そんな事をしたところで余計腹立たしくなるだけなのに。
「セイン。明らかにあのダンジョン攻略は失敗だった。幸い死者は出なかったが、エレーナは……しばらく動けない」
「分かってる。いっそ俺とお前の二人の方が」
「前衛もエレーナもいないなら俺は絶対に行かない」
にべもなくディルがそう言い放った。
「……俺の事が信用出来ないのか?」
「戦力的に不十分だと指摘している」
「もういい。お前が相変わらず臆病で、昔と変わっていない事は分かった。俺一人であそこを攻略する」
「……好きにしろ。そんな事より、パーティメンバーを探す事を優先すべきだと俺は思うがな。セイン、お前エレーナの見舞いすら行っていないだろ。戻ってきてから、ずっと酒を飲んで愚痴っているだけだ」
「もういい黙れ」
「そもそも——いやなんでもない。俺はエレーナの見舞いに行ってくる」
言葉を途中で濁したディルに、セインが反応した。
「待てディル。お前——何を言いかけた」
その声は低く、獰猛な獣の唸り声に似ていた。
「なんでもない、と言ったが。とにかく少しは悔い改めろ。それが出来ないなら……勇者なんてやめてしまえ」
そのままディルは去って行った。
セインは抜きかけた剣を収めて、力なく椅子に座った。
「くそ……くそ……なんでだ……何が悪かった……くそ……」
分かっていた事から目を逸らし続けたセインに、その事実を直視することはもはや不可能だった。
☆☆☆
ディルが扉をノックし、中へと入る。
そこはちょっとした個室で、窓際のベッドに一人の女性が上半身だけ起こして窓の外を見つめていた。
「エレーナ。どうだ調子は」
ディルが持ってきた花束をベッド脇にある花瓶へと挿した。
「ディル……うん、大丈夫。私の怪我はとっくに治っているの、知ってるんでしょ」
「……ああ」
「お花ありがとう……綺麗だね」
「ああ」
ベッド脇でどうしたらいいか分からず、ディルは突っ立ったままだ。
エレーナは小さく笑うとディルに椅子を勧めた。
「セインは?」
「飲んだくれている。グスタフが今日パーティを抜けると言って出て行った。しばらく旅には出られそうにないな。セインは一人でダンジョン攻略すると息巻いていたが……どうだろうな」
「止めないと駄目だよ。セインは今、暴走しがちだから」
「俺の仕事じゃない」
「じゃあ誰の仕事?」
エレーナがまっすぐにディルを見つめる。ディルはその視線を耐えられず、目を逸らした。
「あの時……エレーナも賛成した」
「私が反対したって二人はそうしてたよ。私の意見なんて何一つ聞いてくれなかった」
「違う! いずれにせよ今更そんな事を言うのは卑怯だ!」
ディルが目をつり上げて声を張り上げた。しかしエレーナは何も返さずただ静かにディルを見つめるだけだった。
エレーナも分かっていた。そんな事は今更だという事を。
「……すまん」
「ううん、私もそう思うよ。だけど、やり直せない事なんてないんじゃないかなあ。だからセインが……ちゃんと現実を見てくれたらいいんだけど」
「無理だな。あいつはSランクで勇者だという肩書きに、振り回されているだけのただのガキだ。俺の言葉もエレーナの言葉も聞きやしない。唯一……レドだけだ。あいつをなだめすかして誘導できるのは」
「そうだね。全部レドのおかげだったんだよ。セインが勇者になれたのも、私達がSランクに昇格できたのも。いなくなってやっと、レドの重要さに気付いた私達全員にSランクを名乗る資格はない」
「……」
ディルはその言葉に何も返せなかった。
「私は……今のまま冒険に、旅に、出られる自信がない。魔王なんて無理だよ」
「……そうだな」
「セインにそう伝えてほしい。だって来てくれないから。冷たいよね」
「ああ、伝えておく」
エレーナがまた窓の外を見つめた。王都の空は昔と変わらず綺麗だ
なのにどうして私達は変わってしまったのだろうか。
「どうなるんだろうね、私達」
そう言いながらもエレーナは、自分の事ではなく、レドが今頃どこで何をしているかを考えていた。
心の片隅で、いつものようにやれやれと言いながら現れて、今起こっている問題をぜんぶ解決してくれるのではないかという淡い期待をしていた。
でもそんな事が起こらない事は分かっていた。レドが私の言いたいことや主張したい事に気付く事はあっても、私の気持ちに気付く事は結局最後までなかった。
本当に……女性に対してだけは無能なんだから……。
エレーナは、どこか遠くでまたレドが自分と同じように誰かをやきもきさせていないか心配になった。
冒険者も優秀になればなるほど、自我が強くなっていきます。自由さがウリなのと、自身しか頼れるモノがないせいです。
そんな一癖も二癖もある冒険者の中でも実力も癖もトップクラスな【聖狼竜】のメンバーがこれまで円滑に依頼をこなせていたのはひとえにレドという潤滑油があったおかげでした。
なのでレドが抜けた事によって、戦闘面よりもパーティ管理面での負担が一気にセインに掛かって、結果こうなってます。
エレーナは仮病で保健室の姫状態。ディルは口ばっかりで動かないし、セインはアレでもうやばやばです。
どうなるんだ勇者パーティ! 頑張れ勇者パーティ!




