第五十三章 ~明日の光は~
方角にして、クルード本陣から西部にある海岸の沖に、十人ほどの隊員を乗せる事が出来る小船が十五隻浮かんでいた。
小船に待機しているのは全て白鳳の兵達であり、出動命令を今か今かと待ちわびている。
昨日に入った樹楊の申請により、こうして待機しているのだが未だに指示が来ない。中には樹楊の死を憶測から仄めかす者もいた。
そんな中、顔を隠すようにローブを羽織り、隅っこに座る光凛が居る。
樹楊の拒絶により皇帝から出動禁止令が下されていたのだが、樹楊やクルスへの有り余る好奇心を抑えきれずに着いてきてしまった次第である。
だが、先程から団子を貪り食べている所為で、素性はしっかりと割れていた。ただ皆が皆、空気を読んで話し掛けないだけである。
光凛は、暗部になれるかもと甚だしい勘違いをしながら通算十本目となる団子に手を伸ばした。
「なあ、何時まで知らんぷりを続けるつもりだ?」
「知るかよ。気になるならお前が話しかけろって」
「無理だって。ただでさえ話しかけ辛いってのに」
こそこそと、光凛を横目で見ながら話す白鳳の兵士二人。
「でもよ、もし光凛様に危険が及んだら……」
「ああ、でも……なあ?」
「おお」
ちら見されている光凛だが、ばれていないと勘違いをして次の団子に手を伸ばす。しかし、その団子をフードを深く被った一人の兵が奪い、荒っぽく口へと運ぶ。
「ああ! 私の団子!」
慌てて手を伸ばす光凛だが、団子はその者が呑み込んだ。
「ああぁ……私の団子がぁふぅ……」
「光凛、お前!」
団子を奪った者が自分のフードを払い退ける。
露わになった顔に光凛は驚いて後退り、周りの兵達も驚愕に声を失った。
そして誰もが思っただろう。
アンタも着いてきてたんかい、と。
そう、その者の正体は光凛を呼び捨てに出来る地位を持つ、光宿だった。
短髪でありながら、襟足は細い馬の尾のようで束ねられているという変わった髪型で、血の気の荒い事を証明するかのような瞳は雄々しい。
「何でここに居るんだ、光凛!」
それはアンタもだよ……、と言わんばかりに周りの兵達が肩を落とす。
「光宿、嫌い。何時も最後にとっておいた団子を横取りする」
「んーな事訊いちゃいねぇ! お前は白鳳に帰れっての」
「やだもん。光宿こそ帰って」
「俺だってやだもん。俺も戦いたいんだもん」
駄々っ子兄妹の間に見えざる火花が散る。
その頃、白鳳では。
『団子は一日にして成らず。だから私はスクライドへ』
という意味不明な光凛の置手紙に泡を食った白鳳の皇帝が、光宿の自室へと駆け込んだ。
そして机の上にあった、
『大戦勇猛主義』
と、書いてある謎の置手紙に堪忍袋の緒を切らし、
「ぶあぁあああああああか息子共があぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そう、絶叫して手紙を破り捨てたそうな。
そして白鳳に戻れば拳骨確定済みの兄妹は、互いに帰路を促すより手を組んで二人とも戦に参加するという意思を疎通し、無言で固い握手をする。
「私は光宿の妹」
「俺は光凛の兄」
二人の声がピタリと重なる。
「二人は兄妹」
「あの……もう帰って頂けます?」
訳の解らない誓いもどきを立てた二人に、あまり目付きがよろしくない女性が割って入る。この者は光宿らとは付き合いが長く、遠慮というものを考えずに発言出来る。
光凛と光宿は一度だけその者に目を合わせるが、すぐに見つめ合い、無言で頷き合う。固い決意を瞳に宿して。
「ですから、帰れ」
遂には指の骨を鳴らされて、光凛はしぶしぶと船の先にまで移動する。その途中で捨て犬ばりの悲しげな瞳で振り返ってみるも、目を鋭くされて追い払われるだけだった。
◆
スクライド本陣はあと一歩で陥落寸前だった。
防衛線の隙を突かれた挙句みすみすと侵入を許してしまったのだ。
しかしいち早く気付いたアギの報告により、南下する事で奇襲を受ける事はなかった。
それでも窮地には変わりなく、ラクーンは持ち前の頭脳を駆使し、何通りものルートを探った。
その中で、異彩なる輝きを見せたのは樹楊が残した奇策。
それが功を成し、今は安全と言える。
ラクーンが見下ろすのは、大瀑布とも言える激流が、今や穏やかになりつつある河。隣りには、殲鬼隊のサイが居る。
「何とか命拾いしたねー」
「そうですね。流石に死を覚悟しましたよ」
互いの口調は軽く、事の重大さを感じさせないものだった。しかしラクーンは、言葉通り死を覚悟していた。
「助かったのはいいんだけどさ、樹楊くんの策……だよね、これは」
サイが河を指差し、それに対してラクーンは冷や汗交じりに頷く。
数十分前、この河には水など流れていなかった。上流のダムで『何故か』塞き止められていて、数えるほどの水溜りしかなかったのだ。
だが今は普通の河となっている。
ラクーンは、樹楊の策に気付いて敵兵をこの河に誘い込んだ。
橋を落とす事で、対岸に渡るには一度下に降りなければならない状況を作り出し、それにまんまと引っ掛かったのがクルード兵である。
目標を目の前にして焦りが生じたのだろう。
雨季でもあるこの時期に河が干上がっている事に少しでも疑問を抱けば、回避出来たはずだ。
一度、干上がった川底へと足を踏み入れたクルード兵を襲ったのは、鉄砲水と何本もの丸太だった。
その丸太こそ、樹楊が大戦直前になって部下へ『木こりの元へ』と促した時の産物である。
上流に無数の丸太を頃がし、そこへ決壊したダムから生まれた鉄砲水が加わった。クルード兵は、一人残らずこの策に呑み込まれた。
タイミングが何よりも重要だったのだが、そこは領政管管長であるラクーンが計算を誤るわけがなかった。
正直、この策に気付けたのは幸いだ。
樹楊ならどうする、と思案し、そこへ木こりの元へ向かっていた砕羽の隊員が帰ってきてくれたお陰で気付けたのだ。もし、砕羽の隊員が半刻でも遅れれば、この策を成功させる事は出来なかったと言える。
「凄い策なんだけどさ」
サイは感心しつつも、苦笑を浮かべて続ける。
「まともな人間が思い付く策じゃないよね? 例え思い付いたとしても、やろうとは思わないだろうね」
サイの言いたい事は解る。
激流と丸太に呑み込まれたクルード兵は、今頃ソリュートゲニア大河の危険区域に流されている事だろう。
特にソラクモの下を潜るように出来た洞窟の入り口は流れが激しく、また、壁面は這い上がって来れる程の高さじゃない。
落ちたら最後、とまで言われている場所だ。まず、死体は上がらない。
そうなれば、クルード兵達の遺体が上がる事はないという事であり、遺族の元へ帰る事も出来ないのだ。遺族としても、遺体が変換されないのは悔やみきれないだろう。
樹楊が練っていた策とは、ヒトの全てを葬るものだ。
人権など完全に無視。そういった策なのだ。
「私もそうは思います。決して褒められるべき策でもなければ、後世に残していい策でもありません。ですが、そう言えるのはこうして生きているからです。もしあのままクルード兵に攻め込まれて死すれば、ただの間抜けです。私達は負けるわけにはいかないんです。例え悪魔の条件を揃えても」
ラクーンの固い決意に、サイは頷かなかった。しかし責める事もなく、
「確かにね」そう言うだけだった。
◆
砂嵐のメンバーを引き連れて、先頭をバイクで走るクルスは脇腹の痛みに耐えていた。いくら痛み止めを飲もうが、抑えきれるほど優しい痛みではない。
クルスの背後を走る現・頭領は、それに気付きながらも知らぬふりを続けていた。しかし、何度もクルスの背中を見ては、悔しそうに眉を下げてる。
そんなかつての部下の心境になど気付けずに目的地へと向かっている途中、その道を遮るようにクルード軍とスクライド軍が争っている形跡が見られた。
荒野に広がるのはクルード軍であり、森の中へと身を潜めたスクライド軍を討つべく陣形を整えている。
クルスはクルード軍との接触を避け、そして気付かれる事なく森の中へとバイクを進めた。だが、やはり森というのはバイクの走行に不向きな地形であり、クルスは仕方なく降り立つ。
クルスの行動に疑問を感じている砂嵐の面々だったが、
「俺はスクライド軍じゃんね。それにここを突破するには、もうちょい力が必要だ」
それだけ言うと、納得してくれた。
既に退路を探し始めているスクライド軍だったがクルスの姿を目に認めると、怯える者や罰が悪そうに視線を逸らす者と、それぞれが反応を見せる。
「逃げる、のか? クルード軍は目の前だら?」
「で、ですが……戦力の差が、その……。隊長も戦線を離脱しましたし……」
答える若い兵士にクルスは歩み寄り、軽く胸倉を掴む。
「逃げるその先で、お前らは何をする? まさか、逃げっ放しっつーんじゃねぇだろうな?」
「それはっ……。仕方ないじゃないですかっ。僕達がどう足掻いても、戦力差は縮まりません! 最初から解ってた事じゃないですか、クルード軍には勝てない事は! 負け戦なんですよ」
言い切った少年兵だったが、クルスの真っ直ぐな瞳に歯を食い縛って目を瞑る。
弱音を吐くのであれば、用などない。ここで斬り捨てるまで。
以前までのクルスであれば、間違いなくそうしていただろう。
だがクルスの心は、自分でも信じられないほど落ち着いていた。
「死ね、とは言わない」
穏やかな口調のクルスに、少年兵は目を見開き始める。
「命は大切にしろ。でも、窮地で懸けられない命に何が残る? 今も何処かで勝利だけを信じて戦う仲間が居て、必死に剣を振る仲間が居て、護たい全てを護ろうと命を懸けている仲間が居て、それでもお前は逃げると言うのか? 負け戦だと決めつけて、このままクルードに呑み込まれるのを待つだけなのか?」
クルスは笑った。
「俺は嫌じゃんね。俺には対等でありたい仲間がいる。そいつらは命を懸けてんだ。ここで逃げだしたら、一生、俺は胸を張って肩を並べる事が出来なくなる。一緒に馬鹿な事も出来なくなる。何より、ダチって言えなくなる。それだけは嫌じゃんねー。俺はずっと、ダチが思い描く俺でいたい」
少年兵は目に薄らと涙を浮かべ、唇の震えを見せまいと歯を食い縛った。その後ろに居るスクライド兵達も視線を地に落とし、拳を握り締めている。
彼らも解っているのだ。己の誇りと護るべきものを。だが、圧倒的なまでの力を見せつけるクルード軍に絶望を抱かされた。故に、足が、心が動かないのだろう。
だからこそ、クルスは問う。
「お前の胸倉を掴む俺は誰だ?」
唐突な問いに戸惑う少年兵に、クルスは言い切る。
「俺はクルス・ラッケン。全てを呑み込む砂嵐の元・頭領のクルスじゃんね。俺が居て、負ける戦なんかない」
「クルス……さん」
「任せろ。俺が道を『斬り』拓いてやるじゃんね」
少年兵は徐々に笑顔となっていくが、すぐに気を引き締めた顔付となる。まさしく、戦士の顔だ。
他のスクライド兵達の顔付も、頼もしいものとなっていく。自信に満ち溢れるクルスの静かな鼓舞に、恐怖を吹き飛ばされたようだった。
「いいか、お前ら。これから突撃する。けど玉砕なんかじゃねぇ。生き延びる為、勝つ為に突っ込むんだ。今は敵も油断してるはずじゃんね」
皆が皆頷き、砂嵐のメンバーも不敵な笑みで応えてくれる。
クルスは剣をホルダーから引き抜くと、先頭に立ち、息を深く吸い込んだ。
森が、制止する。
「ぶっ潰せ、テメェら!」
吠えるクルスの背に、怒号のような雄叫びが叩きつけられる。
そして突撃。
あたふたと逃げ回っていたスクライド兵が雄々しく森から飛び出した事で、クルード兵達は驚きを隠せない様子だ。
先程までは、正に兎だったスクライド兵が野犬に変わったのだ。その驚愕は当り前と言えよう。
それに加えて、クルスと砂嵐のメンバーが居る。
クルード兵達の陣形は崩れ、各々が平常心をお手玉するように慌てている。
「生きて帰れ、テメェら! 絶対に死ぬんじゃねぇ!」
クルスを先頭に置いた猛攻は、たちまちクルード兵達を叩き潰し始める。実力差がありすぎて不様な攻撃陣形だが、心に宿した闘争心でそれを補うスクライド兵達は、確実に押していく。
中でも、手負いであるはずのクルスが猛威を振るっていた。
乱雑であるフォームなのだが、持ち前の力強さと技術、それにしなやかさがある為、防ぎきれる者は皆無だ。
しかし、離れた位置で身を潜めていたクルードの伏兵の数名が、脅威となっているクルスの背を弓で狙っている。
矢はすぐさま放たれる。クルスが察知した頃にはとても避けきれないほど、矢が迫って来ていた。
不味い。
そう思うよりも早く、先程の少年兵が身を盾にしてクルスを庇った。
交差させた腕で身を庇ったお陰で急所への直撃は免れたものの、六本の矢が深々と刺さっている。
「うう、く」
少年兵が膝を着くと、砂嵐のメンバーが伏兵を殲滅に向い、それを成す。
クルスを討てなかったクルード兵は勝機を失い、撤退を始めた。しかし、それをクルスが許すわけもなく、仲間達に追撃を命じ、自分は庇ってくれた少年兵の肩を抱く。
「っはは……僕にはこんな事しか出来ません。役に立てましたか?」
激痛に顔を歪めながらも自嘲気味に笑う少年兵に、クルスは鼻を鳴らす。
「誇っていいぞ?」
「え?」
「お前は、この戦を勝利に導く俺の命を救ったんだ。お前は、スクライドの勝利条件を護ったんだ。だから誇ってもいいじゃんね」
「ク、ルスさん……」
今度こそ少年兵は涙を流し、クルスの胸に額を押しつける。
「お願いします、スクライドに勝利を」
「おう。約束、じゃんね」
クルスは少年兵の搬送を他のスクライド兵に頼むと、残った全てのメンバーを見渡す。
「俺はこれからキョークンの救援に向かう。相手は、恐らくクルード本隊だ。だけど恐れる必要なんかねぇ。勝つのは俺達だ」
皆が皆、力強く頷いてくれた。
「急ぐぞ! 勝利は目前だ!」
そして、敗北も迫ってきている。
◆
樹楊の陽動作戦を経て北部へと大きく移動をした赤麗。
当初こそ単独行動だった紅葉も、今や部下を引き連れている。
赤麗は森林の出口に面している湖畔で休憩を兼ねた作戦会議をしているのだが、現時点の状況が不明では策を立てようもなかった。
「やっぱ樹楊っちの救援に向かった方がよくねーか?」
スレートが腕を組みながら発言をする。
「それでは意味がないでしょう。相手はクルード本隊。何の策も練らずに向かうのは早計です。ここは慎重に行動しないと」
「ですが、このままでは蓮さまも……」
依然として動きを見せないイルラカに対してタシュアが反論する。クレハはおろおろしていて、合流したカヲルは少しばかり距離を取ったまま黙している。
その中心でずっと黙っていた紅葉に、必然と目が集まった。
意見を求めているのだろう。しかし、まとまらない話し合いに何の決定を下せば良いのやら。
そうは思うが、個人的な意見はあった。
「戦力を整えるのが先よ。スクライド軍と合流して、こちらの準備を整える。確かに策士の樹楊や蓮の力は必要不可欠とも言える。けど、あの二人を失ったからと言ってスクライド軍の敗北に直接繋がるわけじゃないしね」
反論しようとしてくるタシュアを見つめるだけで制し、続ける。
「見捨てるってわけじゃない。誰かにそう言われたとしても願い下げよ。けどね、私達は戦争をしてるの。それも大きな、ね。私達がすべき事は、スクライド軍の勝利への貢献。そこは曲げちゃ駄目」
冷静に説く紅葉だが、拳が微かに震えている。この場に居る誰よりも樹楊と蓮の命を護りたいはずなのに、傭兵の首領としての意識を崩さずにいた。
イルラカはそれを悲しげな瞳で認めた後、一度だけ目を瞑り、やがて意を決した顔付となった。
「首領の言う通りです。私達はスクライド軍と合流し、その後で南下。抗戦中と思われる樹楊さまと蓮さまの救援に――――……皆さん、構えて」
言葉を区切り、何を言うかと思えば敵襲を意味する指示をしてくるイルラカ。目は鋭く尖り、森を睨みつけている。
カヲルは既にナイフを手にしており、イルラカと同じ方角を見ていた。
気配に敏感なイルラカの言う事に間違いはないと、総員、迎撃態勢を整える。
「そこ。気付かれてんだから、早く出て来なさいよね。時間が惜しいの」
紅葉が挑発気味に誘うと、森の草木が揺れてそこからクルード軍の鎧を纏った兵士が次々と姿を現す。
赤麗が抗戦意識を一層高めるのだが、紅葉は自分の記憶を遡っていた。
何か見覚えがある、と。
特に先頭の優男が……うーん、誰だったか。
たった一人で腕を組んで思案する紅葉に、イルラカは驚いて肩を揺さぶっている。敵です首領っ、と。
「ちょっと待って。なーんか、こいつらに見覚えが」
「そ、そんな悠長な事をっ」
二人のやり取りに、先頭のクルード兵が笑みを含んだ。そればかり後ろの隊員達も穏やかな顔をしている。殺意がまるで無い。
「忘れるのも無理はありません。ですが、僕達は紅葉さんを忘れていませんよ」
「や、忘れてるって言うかね、うん、忘れてるんだけど。でも何か見覚えがあるのよねー。特にアンタ」
「隊長の最後を引き取ってくれた、と言えば思い出せますか?」
隊長? 最後?
…………お。
ぽん、と手を打ち、失礼にも指を差す紅葉。
「ああっ、あの時の。思い出した思い出した、うんうん」
「思い出して頂けましたか」
えへへ、あはは、と握手を交わす紅葉とそのクルード兵であるテンレイだが、置き去りになった赤麗の部下達の視線が背中にぶっ刺さっている。
「首領? 私達はこの剣をどうすればよいのでしょう……か?」
「あ、そうね。こいつらは敵だし、やっちゃおう」
「え? そんなに親しげなのにですか? いえ、まあ敵ですし解りますが、でも……いえ、首領がそう仰るのならやりますけど。そ、総員、戦闘態勢」
いいの? とばかりの視線にイルラカはぎこちなく頷くが、
本当に? とばかりに強く訴える視線には微かに首を傾げる。
さて、殲滅しよう。
躊躇なく剣を構える紅葉だが、テンレイは慌てて両手を前に突き出す。
「ちょ、僕達に紅葉さんと戦う気はありません」
「でも敵でしょ? 見逃すわけにはねー。抵抗しないって言うんなら楽に殺してあげない事もないけど」
「違うんですって! にっこーって握手をしといて、怖い事言わないで下さいよ」
イマイチ理解が出来ない紅葉だが、既に剣を収めたイルラカが前に出てきて事の真相を求めた。
テンレイは深い安堵をすると、真剣な眼差しで訴えてくる。
姉であるレイティを侮辱された怒りや、クルードに対する思い。自分達がどんな立場にいるのか、そして反旗を翻す意思など。
テンレイ達は、ここに来るまでクルードの小隊と一戦交えたらしく、反乱した事は知れ渡っているらしい。
「僕達はこのままクルードを討ちます。そこで相談なのですが、僕達を赤麗の傘下に入れて頂けませんか? 勿論、この大戦中だけなのですが」
「首領、私は反対です。首領とどんな面識があるかは聞きましたが、それでも易々と受け入れるわけにはいきません。それ自体が策である可能性も」
「私は構わないわ。テンレイ、よろしくね」
「首領!」
慌てながらも怒り気味に遮ってくるイルラカ。しかしそれも当然だろう。
「首領、アナタの首にどれ程の功績が掛っていると思っているのですか! どんな手を使おうと、アナタを討ったともなれば大きな武勲になります。この者達の立場からすれば、尚更です!」
「イルラカ、大丈夫よ」
「何がですか!」
「全部よ。テンレイは信用するに値する。私は鈍感だけど、そんな私にでも伝わって来たのよ。テンレイ達が言う事は信じられる」
敵は全て葬ってきた過去を持つ紅葉とは思えぬほど寛大な言葉に、イルラカは眉を下げた。単に心配なのだろう。心配で心配で仕方ないのだろう。それを口には出来ないが、暖かくなる胸にこそばゆい。
「イルラカ、たまには私の直感を信用しなさい。みんなも私を信用して…………って、クレハはもう信用してるみたいだけど」
冷や汗交じりに見つめる先には、テンレイの部下と握手をするクレハが。
「クレハですーっ」と、馬鹿面を下げてもいる。
武の権化とも言える赤麗からは想像出来なかったのか、テンレイの部下達も戸惑っていたが、クレハの無垢な笑みに当てられたのか自然と笑顔になっていく。
「もう諦めなさい、イルラカ」
「……そのようですね。ですが、クレハには後で説教です」
「ははっ……大変そうですね」
頬を掻くテンレイを仲間に加える事となり、イルラカも紅葉に従う意思を見せた。事を慎重に運ぶのがイルラカであり、そのお陰で何度も助けられた。今のそうしたいのだろうけれど、時間がないのだ。無理にでも納得してもらう他ない。
「イルラカ、ごめんね……心配ばっか掛けて」
「いえ、気を使わないで下さい。何があろうと、首領の命は私が護りますから」
「ありがと。信用してる」
「はい」
二人の会話をテンレイは微笑みながら聞いている、少しだけ寂しそうな顔で。
だが吹っ切れた顔になると、部下達へ声を掛ける。
「僕達はこれより、赤麗の槍となる。それと、紅葉さん。先陣は僕達に任せて下さい」
「へぇ、私達の前を? 随分自信あるのね?」
「ええ、期待して下さい。これまで培った力をお見せします」
頼り甲斐のある言葉に紅葉は不敵に微笑み、南の空を見つめる。
向かう先は樹楊と蓮の元だ。
すぐに行くから、それまで耐えていて。