序章
「あぁ! もう、何なのよっ。このポンコツ!」
ざんざんと雨が降りしきる森の中、深紅の長衣を纏っている少女は軍用バイクの横っ面に苛立ちの全てを集約した蹴りを見舞う。
少女、というのは背の丈と声音が判断材料であり、実際の所は深く被っているフードの所為で、最後の判断材料の顔が見えていない。
フードの傘から僅かに出ている鼻の頭が、少しだけ赤みを帯びている。やはり冷たい。
「ったく、やっぱりこの旧式じゃ全然役に立たないわね。もう少し慎重にパクって――じゃない、拾えば良かった」
誰も聞いていないのに言い直す少女は長嘆し、視界を遮る大雨に鬱陶しさを感じながらも歩き出す。
背には革のホルダーに収められた剣。
柄の部分は長衣と同じく深紅。
剣士、なのだろうか。
持って来ていた地図もいつの間にやら紛失していて、少女は徒労感で満たされた。
「……まっずいなぁ。今日、戦があったハズ。これじゃ報酬が引かれるかも。……うぅ、どれもこれもパクッ――じゃない、拾ったポンコツの所為なのよ!」
雨音が支配する森の中で、ぎゃんぎゃん騒ぐ少女だったが、そのヒステリックはピタリと止まる。不快な雨音の中に人の声が混じっているのが、耳に引っ掛かったのだ。それも複数。
少女は身を低くし、声がする方へと高速で駆けて行く。足音は最小限。
雨音が少女の気配を消すのに加担してくれた。
我が物顔で、しかも雑に棒立ちする大木達。
その間を縫うように駆け抜けたその先、少しだけ高い崖の上からその光景を捉えた。
鎧を纏った男ら三人が、一人の男を行き止まりへと追い詰めたようだ。
「あの戦衣は確か……。ふふっ、見〜つけたっ」
少女は背のホルダーから深紅の刀身をしている両刃剣を抜くと同時に、三人と一人に向って跳び降りる。