手掛かり
戦人の心に触れる事が出来る剣と魔法のファンタジーです。ライトノベルのように軽く読めますが、本格的です。
手を伸ばしてみれば分かると思います。
戦火の中を生きる彼らの歪なココロの輪郭が――。
塗装が剥げた扉を開けると、左右に建ち並ぶ本棚以外何もない部屋の奥、窓辺にその男は居た。
大きな窓からは太陽の光が惜しげもなく差し込み、その男に神々しさを与えている。
「おや? お客さんとは珍しい」
全身を黒の服でまとめた男は、珍しいと言う来客に微笑みかける。
深く被ったハットの所為でよく分からないが、男は微笑んでいた。
男は自分が座っていた席の正面の席に来客を招くと、林檎の香りが心を落ち着かせる紅茶を淹れる。
白い陶器製のカップの中から立つ湯気は、暖かさと芳醇な香りを舞い上げていた。
「このような所までよく来られましたね。ここには本しかありませんよ?」
まともな本、ではありませんがね。と男は身の丈の高さを活かして本棚の一番上から適当な本を取る。
手で払うと舞う埃は太陽の光を受ける事で、寄り鮮明に姿を現した。手入れを怠っている証拠だ。
来客は紅茶で唇を湿らせ、乾いた喉を潤すと一人の男の名を上げる。
それは、ぽつりと独り言のように。
その名を聞いた男は一瞬だけ目を丸くしたが、来客の姿をよく確認すると納得した面持ちで二度ほど頷く。
「この本を読めば、その足取りが分かるかと思います」
そう言って、床下の収納から出された本はえらく古ぼけていた。
黒い革張りの表紙がその演出に一役買っているのだろう。中を開けば、それほど古くはなかった。
しかし、全て手書き。万年筆で書いたのだろう。
「え? 本なんか読みたくない? 素直に足取りを教えろ?」
男は苦笑し、
「すみませんが、私の記憶も曖昧でして。その本を読めば分かるのですが、探しているのはアナタでしょう?
それならアナタが読まないと。大丈夫です。時間はアナタが読み終えるまで待ってくれるくらいの優しさを持っています」
男は窓の外を眺めながら紅茶を聞く。
そして、視線だけを投げかけてきた。
「さあ、お読み下さい。その≪罪跡の抄本≫である【錆の章】を――――」
来客は漆黒の表紙に刻まれている≪錆の章≫という文字を指でなぞると、すがる思いで捲る。