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第二十話 固まる覚悟

2023/11/20改稿済

「眠そうだな。なんかあったか?」


 翌日、一輝は相変わらず前の席を占拠してそう言った。


 あれから勉強を始めたのはいいものの、あまり身が入らなかった。

 それは麗香さんとの騒動があったことと、らしくない自分の言動によるものだ。以前ならしないであろう言動に、考え事をして集中しきれなかった。


「……ちょっと勉強でわからないところがあってね」


 わからなかったことがあるのも事実。

 そんな言い訳を心の中でして、僕は一輝に向き合った。


「そか。言っても直らんだろうけど、無理はすんなよ」


 一輝とは長い付き合いだ。

 僕の性格をよくわかっている。


「……それで、昨日のことなんだけどさ」


 だから、僕もその一言だけで、一輝が何を言おうとしているのか察することができた。


「学校でも集まりたい、って話だよね?」

「ん、ああ」


 昨日の帰り道。望月さんが言った言葉。

 けれど僕一人、言葉を濁してしまった件だ。


「やっぱりまだ、怖いか?」

「……少しだけ」


 そろそろ向き合わないといけない問題だと思いつつも、直視したくはない問題だった。

 それは、僕の過去に起因する話。


 両親を亡くし、自暴自棄になった僕はまだ未熟で、学校でもその感情を制御できなかった。

 そしておかしくなった僕に自然と友達も離れて行き、学校でも悪目立ちするようになり始めた。

 自分の所為でもあるけれど、それでも悪目立ちした僕はコソコソと陰口を言われる。それから僕は、目立つことから逃げるようになった。

 ある種のトラウマだ。それ以降、僕が目立つことをする際にはブレーキがかかってしまうようになってしまった。


「七瀬さんも朱莉も、昔のやつらとは違うと思うけどな」

「うん、わかってる」


 ここ数日で、身に沁みてわかっている。

 もし僕の過去を知った時、どう反応されるかは怖いけれど。それでも今、麗香さんは僕のことを思った行動を何度もしてくれている。

 それは昨日だって……


 だから──


「まだちょっと、怖い部分もある。でも、それ以上にみんなの気持ちに応えたいって部分もあるんだ。だから、大丈夫だと思うよ」


 僕の返事に、一輝は一瞬腑抜けた顔をする。しかしやがて、優しく笑った。


「そっか。お前がそうやって言えるなら、安心だな」

「うん。でも、あと少しだけ待ってほしい」

「ん、待つよ」


 麗香さんは僕のためを思ってあれだけのことをしてくれている。悩みも話してくれて、少しずつ信用もしてくれている。

 だから僕も、その麗香さんに応えたいのだ。


「大丈夫」


 その覚悟が、もう少しでできそうだから。




 ◇




 昼休み。トイレで席を立った時だった。


 偶然、麗香さんを含む集団とすれ違う。

 数人の女子を周りに、周囲の視線を掻き集める様子は相変わらずだ。けれども、普段の麗香さんを見てきたからこそ、違和を感じずにはいられなかった。


 周りの子たちとの距離感は、望月さんのそれとは程遠い。

 慕われてはいるが仲がいいと言うには一歩遠く、仲良くなりたいのに気を遣ってしまう。

 そんな印象が先に来た。


 きっとそれは麗香さんのまとう雰囲気によるもの。


 完璧だと思われるが故に、対等に接してもらえない。それなのに、周囲の期待に応え続けているのは麗香さん自身。

 なにか、そうしなければならない理由が麗香さんにはあるのだろう。

 そうでなければ、昨日のように抱え込んだ顔はしない。


「……っ」


 ぼうっと遠目から見ていると、目があって小さく微笑んだ。じっと見ていなければ気がつかないほど一瞬で、でも、確かに。


 僕らは学校では絡まない。

 それは家にお邪魔する時に決めた最初のルールで、僕自身、麗香さんにとって迷惑になると思ったから。


 しかし、今向けられた笑顔。


 ──もしかしたら、一番学校で集まりたいと思っているのは麗香さんなのかもしれない。


 すれ違いざま笑顔を向けてくるのも、小さく手を振ってくるのも。つい最近になってするようになった出来事だ。

 本当は、麗香さんが誰よりもそれを望んでいるのかもしれない。


 しかし、だとすればなぜ、麗香さんは期待に応え続けようとするのだろう。普段の麗香さんを見せることができれば、みんな対等に接してくれると思うのに。

 以前抱いたその疑問を胸に、さりげなく手を振りかえした。


 ──それに僕も……


 そんな些細な出来事に心躍らせているのだから、心の奥底ではそれを望んでいるのだろうか。




 ◇




 テストが近づき、夜のバイトを減らしてもらった。

 代わりに増えたのは、麗香さんとの勉強の時間。


 リビングには二人、黙々と勉強に勤しむ姿がある。佳奈はもう試験が始まっているから、自室で最後の振り返りをするのだとか。

 だから、今は二人だけ。


 カツカツ、カツカツ。


 ペンが走る音が心地良い。お互いが喋らない静かなこの時間も、もう気まずさはなかった。


「──麗香さん、ここなんですけど……」

「ん、どれ?」


 ペンを止め、質問をすると麗香さんは答えてくれる。縮まる距離はいつまで経っても慣れそうにない。

 けれど今回は、いつも返ってくる返事とは違うものだった。


「あれ、そこもテスト範囲だった……?」


 焦りを含んだ声は、麗香さんにしては珍しい。

 思わず自分が間違えているのかと見直した。けれど授業中にメモした筆跡は残っていて、間違えるはずもなかった。


「授業中に先生が言ってました。ちょっと遠回しな言い方でしたけど……」


 ──この一問は解けるようにしといたほうがいいかもな。


 なんて、迂遠な言い回しだったから印象に残っている。


「……あっ、そういえばそうだったね」


 思い出した、と言うように。慌ててペンを走らせる。


「ごめん、ありがとう。すごく助かったよ」

「いや、僕は何も……」

「ううん。ほんと、このままテストだったらどうなってたことか……」


 ──そんな、大袈裟ですよ。


 そう口に出そうとして、言葉が出なかった。

 視界に映った麗香さんの表情が、あまりにも真剣で、焦りを含んでいたから。


「ちょっと待っててね」


 そう声をかけて、急いで麗香さんは問題を解き始める。

 それはきっと、僕に教えるためだ。

 自分のことを後回しにしてでも、いつもすぐに教えてくれる麗香さんだ。焦りながらも、その優しさがブレることはなかった。

 

 しかし、だからこそ僕にはその姿が危うく映って……


「──どうして、そこまでしてみんなの期待に応えようとするんですか?」


 つい、言葉として出てしまった。


「…………」


 忙しなく動いていたペンは止まり、シンと静寂が場を包む。

 何処となく、空気も変わったような気がした。


 けれど、少し間を置くとそんな空気は過ぎ去り。

 どこか寂しげに、儚げに麗香さんは呟く。


「そうすることで、居場所ができたから、かな……?」


 止まっていた手は動き出し、麗香さんは自嘲気味に笑う。


「そう、なんですね」


 その侘しげな表情に、意味を聞くことはおろか、僕はそれ以上の言葉が出なかった。

 だけど、そんな表情をした麗香さんを見ていたくないと言う気持ちだけが膨らんで。

 僕の胸には決意が灯る。


 一段落つくと、麗香さんは言う。


「あと少しで、テストだね」


 気を引き締めるような力んだ仕草に。

 戦いに挑むような強張った声に。


 僕も、今朝一輝と話した覚悟が着々と固まっていくのがわかった。

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