09 美少女ペット、卒業宣言
白く冷たい目を向けてくる男たちの集団に囲まれ、アクトは「し……しまった……!」と海より深く後悔する。
この状況は、いわば女子中学生にわんわんプレイを強いている、ド変態オヤジも同然……!
ぽちにせがまれて始めたことだったが、そんな言い訳をしたところで信じてもらえるわけがない……!
なぜならば、ぽちは少女で見るからに清らか、対するアクトはオッサンで見るからに嫌らしい……!
世間がどちらの味方をするかは、火を見るより明らか……!
アクトは痴漢冤罪のような状況にうろたえたが、意外にも、被害者女性は朗らかに笑っていた。
「みなさーん! ぽちの作ったお野菜のために集まってくださって、本当にありがとうございます! 今日はみなさんに、嬉しいお知らせと、悲しいお知らせがあります!」
ぽちは輪の中心で、ばっ! と元気いっぱいにバンザイをする。
掲げた諸手とともに、ポニーテールもピーンと立っていた。
「まずは嬉しいお知らせから! ぽちはついに、前前前前前前前世で飼われていたご主人様と、再び一緒になることができました!」
ぽちの名前が入ったハチマキやTシャツの男たちは、沸騰するかのように、ざわり……! とざわめく。
動物の耳を生やしている者は驚きを表すかのように逆立て、瞳は猫のようにまん丸に見開いていた。
「ええっ!? そのオジサンが、ぽちちゃんがずっと現実界からこっちに招き入れようとしていた、レアリテ……!?」
「わんっ! その通りです!」
「初詣にお願いして、七夕の短冊にもお願いして、ハロウィンでもお菓子の代わりに要求して、サンタクロースにもお願いしてた……ぽちちゃんの飼い主!?」
「わんわんっ! その通りですっ!」
「でも、見るからにパッとしねぇなぁ……『ピープ』なんじゃねーの」
誰かがボソリとそうつぶやくと、ぽちの犬耳がぴくんと震え、人懐こい笑顔が消失する。
そして声の方角をキッと睨みつけると、ドロボウの気配を察知した番犬のように猛然と吠えだした。
「わんわんわんわんっ!! わんわーんっ!! 違いますっ! ご主人様はピープじゃありませんっ! それを証拠に、『ハンドラー』の適性があるんですから!」
すると、ざわめきが一層大きくなる。
「ええっ!? このオジサンが『ハンドラー』だって!?」
「ニセモノじゃなくて、ほんとに、本物のハンドラーなの!? それこそ『ピープ』じゃないの!?」
「だったらさぁ、証拠を見せてよ!」
「そうだそうだ! 本物のハンドラーだったら、ぽちちゃんを飼われてもあきらめがつく!」
ぽちは口が滑ったのか、しまったぁ……と犬耳をしおれさせていた。
話がどんどん進むうえに、知らない単語がポンポンと飛び出して、アクトの戸惑いはさらに深くなっていく。
「ね、ねぇ、ぽち、ハンドラーって、いったい……?」
するとぽちは吹っ切れたかのように顔をあげ、アクトの左腕をとった。
白いワイシャツの袖のボタンを外し、赤いベストの肩口まで、いっきにまくりあげる。
現れた犬型のタトゥーに呼応するかのように、ぽちの額が光りだした。
……おおおおおおお……!! と歓声ともどよめきともつかぬ声が巻き起こる。
「これです……! この『ペトゥー』こそが、ぽちがご主人様の『ペトゥー』となった、何よりの証拠……!」
「ぺ……ペトゥー?」オウム返しにするアクトを置き去りにして、驚愕が街中を駆け巡る。
「ほ、本物だ……! 本物のペトゥーだ……!」
「す、すげえ……! 初めて見た……!」
「ってことはあのオジサン……本物のハンドラー……!?」
「本当にハンドラーの適性を持った、レアリテがいるだなんて……!」
「ニセモノだらけだったから、本物なんて、もう空想上の存在だと思っていたのに……」
「い……いいなぁ……! ぽちちゃんをペトゥーにできるだなんて……!」
「ああ……! 俺もぽちちゃんを、飼うのが夢だったのに……!」
「って、『メルヒェン』はハンドラーにはなれねぇだろ! ハンドラーになれるのは、レアリテだけだ!」
「レアリテだって、ハンドラーの適性があるのは十億人にひとりだそうじゃねぇか! そんな伝説みてぇな確率だったら、メルヒェンの俺でもチャンスはあるかもしれねぇだろ!? 夢見るくらいいいじゃねぇか!」
「お、俺……実をいうと……ハンドラーのペトゥーになるのが夢だったんだ……!」
「じ、実をいうと、俺も……!」
「それも無理に決まってるって! 『ハイ・メルヒェン』のぽちちゃんだから、ペトゥーになれるんだ! 俺らみたいなノーマルのメルヒェンじゃ、見向きもされねぇさ!」
「くっそぉぉぉぉ……!」
次々と膝から崩れ落ち、がっくりとうなだれる男たち。
そこらじゅうで、逆転サヨナラホームランを打たれた高校球児のような光景が繰り広げられている。
人垣が伏せると、見通しのよくなった先に八百屋の店主が立っているのが見えた。
「ところでぽちちゃん……悲しいお知らせってのは、どんな事なんだい?」
「あ……八百屋さんっ! わんっ! ぽちはご主人様のペトゥーになったので、『手作り野菜のお渡し会』はできなくなってしまいました! あっ、ちゃんとお野菜は持ってきましたから、置いていきますね!」
ぽちは新一年生のような溌剌さで、背負っていたランドセルのようなリュックを取り出し、逆さまにした。
……ドサドサドサドサッ!
リュックの大きさに見合わない大量の野菜がこぼれ、大きな山をつくる。
「どうぞ! すでにサインしてありますから、お好きなものをお持ちになってください! ぽちは今日で卒業になりますが、ぽちのことは嫌いになっても、ご主人様のことは嫌いにならないでくださいね!」
ぽちは小悪魔のような笑顔を振りまきながらクルリンと身体を翻し、呆然とするアクトの方を向いた。
「ぽちの用事はこれで終わりです、ご主人様! せっかく街に来たので、お昼ごはんでも食べて帰りましょうか! おいしいパスタのお店があるんですよ!」
「えっ? あ……ああ……でも……みんな『お渡し会』のために並んでくれてたんじゃないの? だったら最後にやってあげたらどうかな? ぼ……俺は待ってるからさ」
アクトは気遣うように、ぽちの足元を見下ろしながら言った。
そこには亡者のように這いつくばり、野菜の山に群がる男たちが。
まるでお釈迦様の垂らした糸にすがる亡者のようで、プチ地獄と化している。
「ううっ……俺たちのぽちちゃんが、ぽちちゃんが、卒業だなんてぇ~」
「でも、しょうがないよ……相手は本物のハンドラーなんだからさ……」
「そうそう、俺たちが逆立ちしたって勝てる相手じゃねぇんだ……」
「今日はこの人参を、抱きしめて寝よう……」
悲壮感漂う眼下の光景にも、アイドル少女は一瞥すらしない。
もはや天使の笑顔は、アクトだけのものとなってしまったのだ。
「ぽちはご主人様だけのペットですから、ご主人様といっしょにいることと、ご主人様のために働くこと以外には、1秒たりとも時間を使いたくないんです! なのでお渡し会は未来永劫やりません! ささっ、行きましょう!」
ぽちは散歩を再開する犬のように、リードをぐいぐいと引いて歩きだす。
アクトもアイドルに入れあげていた時期があったので、推しの子を失ったファンの気持ちはよくわかる。
死屍累々の群れをくぐり抜けていく最中、オッサンの胸はチクチクと痛んだ。
今はやりの追放モノを書いてみました!
★『駄犬』と呼ばれパーティも職場も追放されたオッサン、『金狼』となって勇者一族に牙を剥く!
https://ncode.syosetu.com/n2902ey/
※このすぐ下に、小説へのリンクがあります
追放されたオッサンが、冒険者として、商売人として、勇者一族を見返す話です!
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