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05 美少女ペット、入浴する

「うわあっ!? ぽちっ!?」



 肩のタトゥーのことなど忘れ、湯船が逆巻くほどに驚いてしまうアクト。

 薄布一枚に湯けむりをまとっただけの美少女は、大好きな主人に呼ばれたものと勘違いする。



「わんっ、ぽちですよ!」



 嬉しそうに、トトトトと小走りで湯船に駆け寄っていくぽち。

 あてがっているタオルの丈が短いので、太ももが動くたびにヒラヒラとめくれあがり、大事なところが見えてしまいそうだった。


 アクトはとっさに顔をそらし、拒絶するように背を向けた。

 そのまま、浴槽の隅へと逃げる。


 ぽちは水の妖精のような白いつまさきを湯船にちょんと浸け、湯加減を確かめたあと、しなやかな太ももをちゃぷんと沈めた。


 タオルが外れ、ぷかぷかと漂うなか、人魚のようにすいすいとアクトの後を追う。



「どうしたんですか? ご主人様? そっちになにか面白いものでもあるんですか?」



 背中ごしに、アクトの肩にちょこんとアゴを乗せてくるぽち。

 正気を失わせるに十分な柔らかさが、肩甲骨のあたりにむにゅりと発生した。



「ちょっ……! そ、それはマズいよぽちっ!」



 慌てて振り返り、肩に手を当てるアクト。

 とてもではないが直視できないので、視線を真上に逃しながら。


 天井の水滴を数えて必死に自我を保とうとしたが、手の感触だけでもうヤバかった。

 衣類ごしではない、少女の剥き出しの肩はしっとり濡れていて……肌は手のひらに吸い付いてくるようなハリがあるのだ。



「あの……今度はなにがマズかったですか?」



 ご機嫌を伺うようなぽちの声。



「その……ぽちはご主人様に会えて、うれしくてたまらなくて……だからつい、はしゃいじゃってます……。でも、ダメなことはダメなので、ダメだと思ったら、ぽちのことをメッて叱ってください。叱られたら、ちょっと落ち込んじゃいますけど、ちゃんと守りますから……」



 すがるように言いながら、アクトの腕に手を添えてくる。



「ぺろぺろも、ご主人様がいいって言うまでグッとガマンします……! だから、ぽちのこと……ご主人様のペットとして、ちゃんと躾けてほしいんです……!」



 ……プシュッ!



 天然すぎる一言に不意を突かれ、アクトの鼻から鮮血が噴出した。



「ああっ!? 大変です、ご主人様! 鼻から血が出てます……! じっと、じっとしててください……!」



 ぽちは言うが早いが、アクトの頬を両手でガッと挟み、グイッと前を向かせる。



 ……ぺろっ……!



 そしてまさかの、ぺろぺろ解禁……!

 意志の弱すぎる喫煙者のような、ガマン宣言して数秒後の出来事……!


 ぽちは一生懸命に、オッサンの鼻血を舐め取りはじめる。

 瞳を閉じ、熱っぽい吐息を漏らしながら、鼻の下の窪みに何度も舌を這わせていた。


 表情がもうヤバい。完全にキスしている最中の顔。

 顔の位置がもうヤバい。完全にキスしてる最中のポジション。

 距離がもうヤバい。完全にキスしてる最中の距離。


 これ以上寄りようがないほどの、ド・アップ……!

 長い睫毛の一本一本の艶、桜の花びらのような瞼の美しさが、オッサンの腕の中に……!


 ……腕の中? そう、腕の中……!

 と、いうことは……!



 むにゅり、むにゅり。



 あの弾力、再び……!


 しかも今度は、真正面……!

 ゴムマリのように押しつぶされた白い物体が、胸いっぱいに広がる……!


 それだけではない……!

 中では乾電池の極面が合わさるように、先端同士が触れ合っていたのだ……!


 ビリビリビリっ……!

 アクトはしびれて、うごけない……!!



「……ぽちの舌はキレイキレイするだけじゃなくて、ケガを治す力もあるんですよ。こうすれば鼻血くらいだったら、すぐに……」



 どばーっ。



 ぽちがいったん顔を話すと、壊れた蛇口のように血があふれ出る。



「あ、あれ……? ええっ……!? ご主人様!? ご主人様っ!? きゃーっ!? ご主人様ぁーっ!?!?」



 オッサンは白目を剥いたまま、そのまましばらくマーライオンと化していた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 アクトが再び気がつくと、見慣れぬ天井と、泣きそうな顔で覗き込んでいる、ぽちの顔があった。



「……ご、ごめんなさいっ! まさかご主人様が、お風呂が苦手だったなんて……!」



「あ、ああ……お湯に浸かるのは久しぶりだったから、湯あたりしちゃったみたいだ」



 もちろん苦手なのは別のモノだったのだが、それを言うと泣かしてしまいそうだったので、アクトは勘違いさせたままにしておくことにした。


 身体を起こすと、そこはぽちの家の寝室のようだった。


 行灯の、控えめなオレンジの明かりだけが広がる空間。

 畳敷きの床に、洗いたてのような白い布団がひとつ敷かれていて、アクトはその上にいた。



「ああっ、まだ起きちゃダメです」



 肩を掴んで引き戻された先は、ほどよい弾力の枕だった。

 それがあまりに心地よかったので、アクトは抵抗することなく素直に頭を沈める。


 これ、すっごくいい枕だな……ものすごい高級枕なのかな? と思わず感心してしまうほどの、具合のいいブツ。


 見上げた先にはファーストフードチェーンのロゴマークを逆さまにしたような、柔らかなM字の突起があった。

 そしてその向こうには、まるで山の間からのぞくお月さまのような、ぽちの顔が。



「ぅわぁあっ!?」



 慌てて飛び起きてみると、案の定……正座したぽちがいた。

 オッサンがずっと横たわっていたのは、少女の膝枕だったのだ。



「あぁん、まだ起きちゃダメですってばぁ」



 駄々っ子のように迫ってくるぽちを、アクトは手で遮る。



「も、もういいから。もう大丈夫だから。ありがとう」



 「本当に大丈夫ですか……?」と不満そうなぽち。

 アクトは強引に話題を変えた。



「……ところでぽち、コレは君がやってくれたのかな?」



 いまの自分が身にまとっている浴衣の襟を、つまんで引っ張って尋ねる。


 犬の好物であろう骨の柄があしらわれた、あずき色の浴衣だ。

 ちなみにぽちはブーメラン柄で、水色の浴衣を着ている。



「わんっ。ご主人様がお風呂で倒れたので、なんとか脱衣所まで引っ張っていって、着せてあげたんです。あっ、ちゃんと身体はふきふきしましたよ? 本当はぺろぺろしたかったんですけど、緊急時だったのでグッとガマンしました」



 まだしっとり濡れているポニーテールを左右に揺らして、人なつこい笑顔を浮かべるぽち。

 そのまぶしいほどの笑顔を、アクトは直視できなかった。



「……ということは、見たんだよね?」



 気まずそうに目をそらしながら、そう聞くと……ぽちはキョトンとする。



「えっ? なにをですか?」



「その……僕のハダカ的なやつ……」



「もちろんバッチリ見ましたよ! ご主人様のハダカをリアルで見るのは初めてだったので、感激でした!」



「えっ、リアルでは初めて? ってことは……」



「わんっ! 『異界の卵』ごしのハダカでしたら、毎日見てましたよ!」



 それは、衝撃の告白だった。



「えっ、そうなの!?」



「わんっ! ご主人様といっしょにお風呂に入る気分を味わいたかったので、お風呂に異界の卵を持ち込んだりして見てました! でもご主人様ってばたまにしかお風呂に入らないうえに、スズメの行水でしたから、タイミングを合わせるのが大変で……」



 『異界の卵』……時折、話題に出てくるアイテム。

 ぽちが言うには卵の形をした水晶玉で、この異世界である幻想界(フェイブル)から、かつてアクトがいた現実界(レアル)を自由に()ることができるらしい。


 さんざん視ていたとは聞かされていたが、まさかプライバシーまで丸見えだったなんて……!


 アクトは背筋が寒くなる。

 彼が風呂場でしてきたことは、入浴だけではなかったからだ。



「……その『異界の卵』……ボクにも見せてくれないかな?」



 拒絶もありえるかなと思ったが、「もうありませんよ」とあっさり返されてしまった。



「『異界の卵』は現実界(レアル)にいるレアリテをこっちの世界に呼び寄せるのにも使えるんですが、その時に消えちゃうんです」



「そうなんだ……」



 ぽちはアクトを呼び寄せるために、『異界の卵』を消費してしまったというわけだ。

 それが真実かどうかはわからないが、彼女がウソをついているようには見えなかった。



「あの……ご主人様? もしかして、ぽちにハダカを見られたことを、気にしているんですか?」



 いままでハダカを見られていたということは、生き恥のような行為をする自分の姿も見られていたということだ。

 アクトは恥ずかしさを誤魔化すために、ふてくされたように返した。



「……もしかしても何も、その通りだよ。……トイレとかも、見てたりしたの?」



「わんっ! もちろんです! ご主人様が踏ん張ってる姿、とっても素敵でした!」



 悪びれる様子もなく両手の指を絡めあわせ、満開の笑顔を浮かべるぽち。

 さすがのアクトも、これには少しイラッとしてしまった。



「……あのさ、ぽち。もし僕がさ、ぽちがトイレに入っているところを、こっそり覗いてたらどう思う?」



「えっ、どうしてこっそり覗くんですか? ご主人様が見たいのでしたら、いっしょにおトイレに入ってくればいいのに……」



 無垢な表情でそんなことを言われ、「うぐっ」と二の句が告げなくなるアクト。

 そしてようやく気付く。



 あっ、そうか……!

 どうにも噛み合わないと思ってたけど、やっとわかったぞ……!


 この子は、自分のことをペットだと言っていた……!


 返事は「わんっ」だし、犬小屋にも平気で入ってるし……!

 犬族っていうのは、見た目が人間でも、心は犬なんだ……!


 だから羞恥心というものがなくて、平気で男の僕と風呂に入る……!

 だから僕がハダカを見られた気持ち……つまり恥ずかしさもわからないんだ……!



 しかし……その予想は瞬時に覆される。

 今しがたメス犬だと決めつけた少女は、絡め合わせた指をもじもじと動かしていて、



「でも……お風呂に一緒に入るのも、だいぶ勇気がいりましたから……。おトイレともなると、さすがに恥ずかしいです……! でもでも……ご主人様が見たいのであれば、ぽち……グッとガマンして、お見せします……!」



 かぁ~っと赤くなっていく顔を、両手でサッと覆い隠すぽち。

 「キャーッ! 言っちゃった!」みたいにイヤイヤをしている。



 ……ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



 すでに風穴が空いていたところにもう一発ブチ込まれ、オッサンのハートは粉々に砕け散ってしまった

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