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04 美少女ペット、ぺろぺろする

 漆塗りの膳の上には、焼き魚、刺し身、煮魚と魚のフルコース。

 切り干し大根やひじきの小鉢に野菜サラダ、しかも茶碗蒸しまで付いていた。


 目の前のいろりには鉄鍋がぶら下げられ、具がいっぱいの豚汁がくつくつと煮立っている。



「……うん、おいしい!」



 まずは焼き魚を口に運んだアクトは、追ってかきこんだ白飯とのハーモニーに思わず唸っていた。


 塩を振られた魚の皮はパリッと、身はほくほく……ほどよいしょっぱさで、甘みのある米とよく合う。

 てんこ盛りのご飯を渡された時にはどうなることかと思ったが、これなら食べ切れるんじゃないかとアクトは思った。


 豚汁をお椀によそっていたぽちは、にっこり笑う。



「うふふ、よかったです。たくさん食べてくださいね。今日はお祝いですから、腕によりをかけたんです」



「お祝い? なんの?」



「ご主人様に手料理を食べていただきたくて、ぽちはずっとお料理を勉強してきたんです。その願いが叶ったお祝いです」



「……僕に手料理を食べさせたかった、って……どうして?」



「わんっ。ご主人様って、お昼もお夕飯もずっと残りもののお弁当だったじゃないですか。コンビニのお弁当って、ぽちは食べたことがないですけど……あまり身体に良くなってテレビでいってましたから、ずっと心配だったんです」



「そ、そんな所まで見てたのか……もしかして、ここに茶碗蒸しがあるのも……?」



「わんっ。ご主人様の好物なんですよね? ちゃんと銀杏と百合根も入ってますよ!」



 自分の一番の好物、しかも具のこだわりまで知られているとわかり、ちょっとこそばゆい気分になるアクト。

 なんだか急に恥ずかしくなってきて、話題を変えた。



「……こ、この幻想界(フェイブル)って、テレビやゲーム機もあるんだね。僕がいた世界とほとんど同じなのかな?」



「わんっ。といっても人間界(レアル)にあるものと違って、電気で動いているわけではないです。『ミンツ』という魔法水晶の力で動いているんです。ミンツを簡単に言うと、魔力が詰まった電池みたいなものですね」



「なるほど、だから家の外には電線がなかったのか……なかなか便利そうだね」



「わんっ。レアリテがもたらしてくれた、発明のひとつなんですよ。……あ、レアリテっていうのはご主人様のように、人間界(レアル)からやってきた(ヒト)族のことです」



「僕と同じように、この世界に呼び寄せられた人間が他にもいるんだね。……ああ、だから僕がいた世界のテレビも映るのか」



「わんっ。月額1980(エンダー)の有料放送ですけどね。あ、エンダーというのはこの幻想界(フェイブル)の共通通貨のことです」



 「ふうん……」とアクトは唸る。

 1980という値付け感からいって、価値は日本円と同じくらいなのかな、と思った。



「あっ、ご主人様、おべんとう、ついてますよ」



 着物の袖を押さえつつ、そっと顔に手を伸ばしてくるぽち。

 アクトは思わずドキリとしてしまった。


 袖の間から脇が見えそうだったからではない。

 もちろんそれもあったが、オッサンにとっての憧れのシチュエーションだったからだ。


 女の子に、口についたご飯粒を取ってもらえるなんて……非モテにとっては百回輪廻を巡ってもありえないこと。

 たとえ、取ったあとの粒をピンと弾いて捨てられたとしても、何の文句があろうか。



「あ、ありが……」



 自分にもその瞬間がついにやって来たのだと、アクトは高鳴る胸を抑えつつ動かずにいのだが……端正な顔がすっと近づいてきたかと思うと、



 ……ぺろり



 と唇の端を舐められてしまった。


 ご飯粒を取って捨てるどころか、食べられてしまった。

 それも、ダイレクトに……!


 それだけならまだしも、



 ……ぺろり、ぺろり、ぺろり……。



 続けて舌を当ててくるぽち。



 ……ぺろ、ぺろ、ぺろ、ぺろ、ぺろ、ぺろ。



 とうとう止まらなくなってしまった。



「ちょ!? 待って待って待って、ぽち!」



「も、もう少し、もう少しだけ……!」



 ゲームのコントローラーを離さない子供のように、しがみついてくるぽち。



 ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ。



「……や、やめるんだっ! ぽちっ! そんなところ、舐めちゃダメだっ!」



 ぽちが取り憑かれたように舐めるのをやめないので、アクトは肩を掴んで引き剥がした。

 ショックを受けたように固まるぽちに、胸がチクリと痛む。



「……舐めたのは、ご主人様の顔ですよ!? なのに、そんなところって……! それはスカートの中をぺろぺろした犬に言うことです!」



「と、とにかく、舐めるのはやめるんだ! だいいち、食事時に汚いじゃないか!」



「き、汚いって……ぽちの舌、そんなに……」



「あっ、違うよ! ぽちの舌はぜんぜん汚くないよ!」



 普通、唾液というものは臭いものだが、ぽちのはなんだか花の香りの化粧水みたいだった。

 それにくすぐったいけど気持ちいい。


 アクトは体験したことはなかったが、フェイシャルエステというのはこういうものなのかな、と思うほどだった。


 「汚いのは、僕の顔だ!」と言い切るアクトに、ぽちは複雑な表情を返す。



「……よ、よくそんなにハッキリと、自分の顔の悪口が言えますね……もしかしてご主人様、『生まれてきてすいません』とか素で言っちゃうタイプですか?」



「だって……僕、脂性でいつも顔ギトギトだし……そのせいで、身体も臭うし……」



「最高じゃないですか! ぽちはご主人様の顔の脂だけで、ごはんワシワシいけますよ!? お料理にも使いたいくらいです! それに、その身体の匂いも大大大好きですっ……!」



 ぽちは不意にとびかかってきて、アクトの胸にばふっと顔を埋めた。

 顔をグリグリ動かして、これでもかと脂肪にめりこませたあと、すぅー、すぅーと深呼吸をはじめる。


 シンナー中毒のように夢中になって吸気しているところを、「ぽ、ぽち……?」と声をかけると、布団に潜り込んだ子犬のような視線を向けてきた。



「……ご主人様のことを『異界の卵』で()ているあいだ、ずっと気になっていたんです……。音は聞こえるので、声はわかるんですけど……匂いだけは伝わってこなかったから、気になって気になって……でも、想像よりもずっと素敵な匂いでした……。許されるなら、ずっとこうしていたいくらいに……」



 澄んだ宝石のような上目遣いと、甘える子犬のような声。

 ほんのりと赤くなった頬に、もじもじと恥じらうように毛先丸まるポニーテール。


 突如オッサンの胸で、「ロン!」と倒牌がなされた。


 晒された手牌は、『美少女大三元』……いや、それを超える『大四元』……!!

 振り込んだ者は、一発で飛んでしまう……!!



 ……ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



 オッサンのハートが、大口径の風穴によってブチ抜かれる……!!



 かっ……かわいすぎるやろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!



 そしてアクト、思わずエセ関西弁が飛び出すほどの、魂の叫び……!!


 思わず理性が飛んでしまいそうになる。

 激情のままに、身体ごとぎゅっと抱きしめたくなってしまう。


 しかしすんでのところで、お姫様にキスをせがまれた怪盗のように、ぐっとこらえた。


 ……そして生前、何度も口にしていた言葉を絞り出す。



「そ、それは、マズいよ……」



 すると、心がすうっと冷めていくような気がした。



「ぽち、もう舐めるのはやめるんだ。……いいね?」



 大人が子供に言い聞かせるように、肩に手を当てて諭す。


 ぽちは悲しそうな顔をしたまま答えなかったが、何度も言い聞かせてようやく、



「わん……」



 と答えた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 アクトは食事を終えたあと、入浴を勧められた。


 居間から向かって左の廊下を行くと仕切りのカーテンがあって、その奥には大きな脱衣所があった。

 浴室へと繋がるガラス戸と、トイレへと繋がる扉。乾燥機つきの大きな洗濯機、それにドレッサーまである。


 アクトは入ってきたカーテンをカッチリ締めたあと、服を脱いで洗い物を入れるカゴに放り込んだ。

 誰もいないから隠す必要もないだろうと思い、素っ裸のまま浴室へと向かった。


 浴室は総ヒノキ作り。

 湿った湯気に乗って、独特のいい香りが迎えてくれる。


 アクトは前世では忙しくて、風呂に入らない日がほとんどだった。

 たまに入ってもシャワーのみ。


 こうしてお湯に身体を浸すのは、本当に何年ぶりだろうか。

 しかもかなり大きな湯船だったので、余裕で手足が伸ばせた。



「……はぁぁぁぁ~~~っ!」



 今日一日の疲れが溶けていくような気持ちよさに、思わず溜息が漏れる。


 お湯の中で身体をさすっていると、ふと、左肩のあたりになにか模様のようなものが入っているのに気づいた。


 こすっても落ちない。まるで肌に彫り込まれているかのようだ。

 タトゥーのようなそれは、壁画に描かれた犬みたいな形をしている。



「い、犬……? これってもしかして……」



 ……カラカラカラカラ……。



 不意に、ガラス戸が小気味よい音とともにスライドした。

 そして、湯気の中から小さな影が現れる。



「ご主人様……お背中を流しにきました……!」



 その正体は、噂の犬……!

 いや、とても犬には見えない肢体をバスタオルに包んだ、絶世の美少女だった……!

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