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03 美少女ペット、お手をする

 アクトが降り立った世界は、幻想界(フェイブル)といった。

 地名でいうなら、スノーバイス王国にあるロガス地方というらしい。


 目覚めた場所は、山の上にある小高い丘で、あたり一面花にあふれていた。

 西側は夕陽が一望できる断崖絶壁で、遮るもののない大空と、地平線がパノラマに広がる絶景。


 そのふもとには小さな街が見える。ぽち曰く、『ロガスの街』だそうだ。


 北側は森を切り出した広場になっていて、丘のすぐ下には一軒の家と庭があった。

 庭を囲むようにして、周囲には畑が広がっている。


 どの畑にも青々とした葉が茂っており、どうやら野菜畑のようだった。

 風に凪ぐ緑の海原を泳ぐように、ぽつんと1体のカカシが立っている。


 何の変哲もないカカシだったのだが、どこかで見たことのあるような服装をしていたので、アクトは少し気になってしまった。


 畑のさらに外側は、藪に覆われたなだらかな斜面になっていて、小さな一本道が走っている。

 あの坂道の向こうには、さらなる山道が続いているに違いない、とアクトは思った。



「こっちです、ご主人様! これが、ぽちのお家です!」



 ぽちは散歩が嬉しい犬みたいに、引き綱のようにアクトの手を引っ張って、丘を降りる。

 家は水色の屋根のログハウスで、和装のぽちとはなんだか合わなかった。


 玄関のすぐそばには、『ぽち』とネームプレートのかかった大型犬用の犬小屋がある。



「まさか、これがぽちの家……?」



 アクトは冗談めかして言ったのだが、ぽちは至って真面目な笑顔で「はい!」と即答する。



「でも、それはぽちの別荘です! たまに入ると落ち着くんですよ! ……あっ、そうだ! ご主人様、『ハウス』って言ってもらえますか!?」



「は……ハウス?」



 するとぽちは、「わんっ!」と元気に返事をして、衣服が汚れるのもかまわずに犬小屋に滑り込んでいった。

 小屋の中で身体を小さく丸めて、キラキラした上目遣いでアクトを見上げている。


 そんな期待に満ちた瞳をされても……とアクトは戸惑ったが、右手がクネクネと招き猫のように動いていたので察した。



「……えーっと、お、お手?」



 しゃがみこんで手を出すと、「わんっ!」シュバッ! と丸めた手を出してくるぽち。

 それは早押しクイズに答えるかのような素早さで、しかも答えがわかっているかのようなドヤ顔だった。


 ぽちは1回の「お手」ではぜんぜん足りないといった様子で、ワクワクテカテカしていたので、アクトは「おかわり」と言って、「わんっ!」シュバッ! を繰り返す。



「じゃあ、次はちん……」



 言いかけて、アクトは寸前で飲み込む。



 ……あ、危なかった……! 調子に乗って危うく、口を滑らせるところだった……!

 こんな中学生くらいの女の子に「ちんちん」と声をかけるオッサンだなんて、ハタから見たら完全なる不審者じゃないか……!



 冷や汗を拭っていると、次の命令をワクワクと待ち望むぽちと視線がぶつかった。



「ぽ、ぽち……別荘のほうはもうわかったから、そろそろ本宅のほうを案内してくれるかい?」



 ペットはまだ遊びたりなさそうだったが、これ以上やると事案になってしまうと、アクトは撫でてごまかした。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「……お帰りなさいませ、ご主人様っ! ささっ、どうぞ! ずずいっと中へ!」



 元気だけが取り柄のうっかりメイドのような掛け声とともに、玄関の引き戸が勢いよく開け放たれる。


 中にはぽちのご両親がいるかと思い、アクトは身だしなみを整えた。

 買ったばかりのワインレッドのベストとスラックスは、車に轢かれた時は血まみれになっていたのだが、今は少しシワが寄っているだけだったので、すぐにキレイになる。



「お、おじゃまします……!」



 緊張気味に敷居をまたぐと、中は土間になっていた。


 ステンレスの流し台の隣に石のカマド、さらにその横には木の冷蔵庫と、今昔がごちゃ混ぜになったような台所が迎えてくれる。



「いまお夕飯の支度をしますから、あがって待っててください!」



 ぽちは壁に掛けてあったエプロンをてきぱきと身に着け、食事の準備にとりかかった。



「……ぽちは、ひとりで暮らしてるの? ご両親とかは?」



「いませんよ? ぽちひとりです」



 三角巾を頭に着けながら、当たり前のように返すぽち。


 ポニーテールがふらふらと左右に揺れているせいで、結ぶのに苦労しているようだった。

 どうやらあの後ろ髪は、お尻のあたりから生えているしっぽと連動して動くようだ。


 アクトはぽちの後ろに立ち、結ぶのを手伝った。


 「ありがとうございます」とぽちが結びやすいように頭を下げると、いじらしいほどに細く、艶めかしいほどに白いうなじが露わになる。

 後れ毛になんとも言えない色っぽさがあって、思わず見とれてしまった。



「……どうしたんですか、ご主人様?」



「あ、いや。なんでもないよ。……ところでぽちっていくつなの?」



「年齢ですか? (ヒト)族でいうところの15歳です」



 持って回った言い方がちょっと気になったが、15歳といえば自分とふた回りも違う……とアクトは思った。


 学年でいえば、中学3年生か高校1年生くらいだ……と想像力が足を伸ばした瞬間、彼の胸にほろ苦いものがこみあげてくる。



 ……それは忘れもしない、中学3年のときの調理実習での出来事だった。


 同じ班の女子生徒が三角巾をうまく結べずに困っていたので、今のぽちにしているように、後ろから結んであげたことがあった。



「あ、ありがとう、(つるぎ)くん……」



 今思えば、彼女の笑顔はだいぶ不自然で……引きつっていたかもしれない。


 そのあと、いつのまにか女生徒の姿は見えなくなっていた。

 家庭科室の窓ごしの廊下に、彼女らしきシルエットがあったので、アクトは呼びに行った。



「……アクト菌が付いちゃったよ……キモい、もうサイテー」



「あーあ、かわいそうに。ソレ、捨てちゃいなよ。ウチが持ってる予備の三角巾、貸してあげっから。授業が終わったら部室のシャワー使いなよ、ちょうど昼休みだし」



「うん、そうする……。あーあ、あいつマジでキモいんですけど。ったく、いいかげん空気読めっつーの」



「空気読めてるんだったら、あんなキモい顔と、あんなクセー身体で環境破壊してないって!」



「それ、いえてるかもー! アハハハハハ!」



 ……あれから20年以上たった今でも、あの残酷なせせら笑いは脳裏にこびりついている。


 こうして蘇ってくるたびに、叫びだしてまわりをめちゃくちゃにしてやりたくなる、アクトのトラウマのひとつであった。


 しかし彼は、歯を食いしばってこらえた。

 震える手を悟られないように、ぽちの三角巾を手早く結びあげる。



「……はい、これでいいよ」



「あ、ありがとうございます……!」



 感激した様子で振り返るぽち。

 その瞳があまりにピュアに輝いていたので、アクトは少しだけ救われた気がした。



「その髪……というかしっぽ? は自分の意志じゃ制御できないの?」



「はい、ぽちの感情に合わせて勝手に動くんです。ああっ、今は嬉しすぎて、もうっ……!」



 ……ぱたたたたたたた!



 壊れたワイパーのような勢いで、激しく左右に暴れだす髪としっぽ。

 せっかく結んだ三角巾とエプロンが外れてしまい、はらりと地面に落ちた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 土間の小上がりの先は、広い居間になっていた。

 真ん中にいろりのある、板張りの部屋で、床には座布団がふたつ。


 片側の壁はホームシアターのようになっていて、幅広のテレビ台の上には大型液晶テレビのような黒い透明の板と、大きなスピーカーらしきものが鎮座している。


 天井にはシーリングランプ、床の補助照明には行灯。

 台所の印象と同じ、現代と大昔とが入り乱れる不思議な空間だった。


 でも、さすがは女の子のひとり暮らし。掃除と整理整頓が行き届いている。

 花も飾られているうえに、ほのかにいい香りが漂ってくる。


 部屋の奥には、別の部屋へと続いているであろう廊下がふたつあって、その間には大型犬用のペットケージが置かれていた。


 外の犬小屋と同じく『ぽち』というネームプレートが入っていたので、もしかしてこのケージにも時たま入っているのだろうか、とアクトは思う。


 そして想像してしまった。

 あの美少女が鎖に繋がれ、檻の中で四足でいる様を。


 背後から「すぐできますから、テレビでも見ててくださいねー!」と鈴の転がるような声が飛んできたので、慌ててイケナイ妄想を振り払った。


 アクトは座布団に腰をおろす。

 視線が低くなったので気がついたのだが、テレビ台の下には大量の漫画と、ゲーム機らしきものが置かれていた。


 近くにリモコンらしき木の板があったので、手に取る。

 電源ボタンらしきところを押すと、透明の板がパッと明るくなった。



『……臨時ニュースです。さきほどスノーバイス王国、ロガス地方の山間部におきまして、膨大なエネルギーの発生が観測されました。地震や山火事による被害は確認されておりませんが……』



 横長の箱のなかで、ウサギみたいな長い耳をしたお姉さんが、ニュースを読み上げている。

 アクトは思った。



 ぽちは『犬族』と言っていたから、あのキャスターは『兎族』だったりするんだろうか……。



 考えてみればすごい事であったが、オッサンの感覚はすでに『すごい事』の連続で麻痺していたので、驚くこともなくチャンネルを替える。


 すると、見覚えのある番組が映った。

 昨日まで勤めていたコンビニのスタッフルームで、廃棄弁当を食べながら毎日のように観ていた夕方のニュースだ。



『……今日の正午に男性が轢き逃げされた事件ですが、その後の調べで男性を轢いたトラックは盗難車ということがわかりました。犯人はなおも逃走中で、警察では目撃証言をもとに、行方を追っています。犯人は水色のパーカーにジーンズ、スニーカーを履いており……』



 耳もシッポも生えていないキャスターの隣には、『被害者の男性』という顔写真が出ている。



 ……あ、僕だ……。



 とアクトは他人事のように思った。



「もう……! ご主人様を轢くだなんて、許せません!」



 ぽちがお膳を抱えながら居間に入ってきて、アクトの前にガチャンと置いた。

 フグのように頬を膨らませ、ポニテもしっぽも逆立てたその姿は、被害にあった本人のように怒りを露わにしている。



「もし見つけたら、ぽちがいっぱい吠えてやります! ワンワンワンって! それでも足りない場合は、後ろ脚でサッサッサッ! って砂かけしてやります!」



 ニュースの画面を睨みつけ、頭部と臀部のしっぽを逆立てながらウーウー唸るぽち。

 それがなんだかポメラニアンのように愛らしかったので、アクトは和んでしまった。



「いいんだよ、ぽち。僕はもう何とも思ってないから」



「ええっ、何とも思ってないんですか!? ご主人様の命を奪ったんですよ!? ガンジーだって迷わずデスノートを使うレベルですよ!?」



 ポニーテールを鞭のようにしならせながら振り返り、責めるような視線を向けてくるぽち。



「うん。轢いたのは誰なのか、気にはなるけど……いまはその人に、感謝してるくらいだよ」



「感謝してる!? どうしてですか!?」



 『だって僕のことで、こんなに怒ってくれる人が、ここにいるってわかったから……』



 素直な気持ちが喉まで出かかったが、アクトは飲み込む。

 かつてのトラウマが「キモーい」という罵りのハーモニーとなってよぎったからだ。



「えっと……あ、そうだ、狭いアパートの中じゃなくて、広い青空の下で死ねたからね」



 とっさにすり替えた言葉に、キョトンとなるぽち。

 誤魔化したのに気づいたわけではないようだった。



「あの……ご主人様? ご主人様が轢かれたときって、大雨でしたけど……?」



 気遣うようなぽちの言葉に、虚を突かれるアクト。



「……あれ? そういえばあの時は大雨だった……でも、たしかに死ぬ前、青空が見えたんだけど……」



「うーん、それはいったいどういうことなんでしょうか……?」



 ぽちはアゴに手を当て、眉を八の字にして可愛く唸っていたが、すぐに考えるのをやめた。



「それはたぶん勘違いですよ! それよりもごはんにしましょう! お腹空いてますよね? たくさん食べてくださいねっ!」



 ハツラツ笑顔で、昔話のようにこんもりと盛られたご飯茶碗を差し出されて……アクトの違和感も消え去ってしまった。

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