14 美少女ペット、命を売る
サブ武器であるハンドラーウイップを決めたところで、次はメイン武器を選ぶことにした。
ハンドラーのメイン武器は特に決まりがないそうなので、アクトはなんとなくクロスボウなんてどうかなぁと弓コーナーへと向かったのだが、
「……? 剣じゃないんですか?」
と、ぽちから突っ込みを受けた。
「ハンドラーのメイン武器は、剣じゃなきゃダメなの?」
「いいえ、なんでもかまいませんけど……ご主人様なら剣以外ないじゃないですか」
アクトは「どうしてそう思うのさ?」と言いかけたが、言葉を飲み込む。
この少女を相手に、とぼけてもしょうがないと思ったからだ。
「……剣は、もう持たないって決めたんだ」
するとぽちは、アクトの両手を熱烈な握手会のようにギュッと掴んで、とんでもないとばかりに訴えた。
「そんなのダメです! ご主人様は剣を持たないと! せっかくオリンピック選手に勝つだけの実力があるんですから!」
「……そんな昔から見てたのか……」
オッサンの胸の内は気恥ずかしさと、底から湧き上がってきた苦い思い出に満たされていた。
……中学一年の時だ。
剣の道に憧れ、初めて入った剣道部で、有段者の先生に圧勝してしまったのだ。
実力を認められ、選手にも選ばれたのだが……外された上級生が不祥事を起こしてしまい、部はバラバラになってしまった。
……高校一年の時だ。
剣の道への憧れはなおもあったが、剣道部には入る気にはならなかったので、フェンシング部に入った。
そこで、コーチに来ていたオリンピック選手に圧勝してしまったのだ。
その選手はアクトに負けたことによりスランプに陥り、成績悪化……ハジキカンパニーとのスポンサー契約を打ち切られ、引退してしまった。
……自分が剣を握ると、誰かが不幸になる……。
アクトは自分を責め、それから剣を握るのはやめた。
稀代の剣豪の血を、捨ててしまったのだ……!
……もう何十年もの前の出来事ではあるが、思い出すと今でも胸が苦しくなる。
アクトは顔をあげて意識を現実に戻すと、ぽちはまだ手を握りしめていて、その瞳は溺れそうになっていた。
「ぽちは……ご主人様がどれだけ剣を好きだったのかを知っています。それに……前世での思いやりの深さも……。だからこそ、この世界で好きなだけ剣を振ってほしいんです……!」
「……!!」
アクトは言葉を失う。
オッサンの心の内から、怒涛のような気持ちが溢れ出していたからだ。
生まれてこのかた、女の子から……いや、肉親からすらも、こんなことは言われたことがなかった……!
……この子は……この子は本当に、俺のことを思ってくれている……!?
そして同時に、自分が少しだけ許されたような気持ちになった。
「……お前には、かなわないな……。でも、ありがとう……。俺はぽちを信じて、もう一度だけ剣を握ることにするよ」
するとぽちの顔は、曇天を吹き飛ばし快晴に変える太陽のように、パァァ……! と明るくなった。
「わ……わんっ! わんわんっ! そ、それじゃ……ぽちが、ぽちがご主人様の使う剣を選んでもいいですかっ!?」
アクトが「うん、任せた」と言うと、ぽちは「うわぁーいっ!!」と遊園地に来た子供のように駆け出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
剣選びをぽちに任せたアクトは、しばらく店内をぶらつく。
気がつくといつの間にか、ぽちは会計カウンターの近くにある椅子に座っていた。
なぜか美容院にでもいるかのように、散髪用のケープを被っており、その後ろにはハサミを持った武器屋の店主がいる。
「……ぽちちゃん、本当にいいのかい?」
「わんっ、バッサリやっちゃってください」
店主はひたすら戸惑い、何度も意思確認をしていたが、ぽちはそのたびに切腹の覚悟を決めた武士のように頷き返していた。
「ぽちちゃんの髪なら、たしかに高値で売れるけど……本当に、短くしちゃっていいのかい? こんな綺麗な髪を……それに、家のローンもまだ残ってるんでしょ?」
「わんっ。ご主人様の剣のためなら、ぽちの髪なんて惜しくありません。それに家のローンのほうは、お野菜を売ったお金でちゃんと返していますので、心配いりません」
「……そ、そうかい? そこまで言うなら、切らせてもらうけど……」
ぽちのポニーテールの間に、開いたハサミの刃が入る。
それが、ジョッキンと閉じられようとした寸前……!
「ちょっ……!? ちょっとまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
血相を変えたアクトが割り込んだ。
ひっくり返らんばかりに驚くぽち。店主はひっくり返ってしまった。
「わあっ!? どうしたんですか、ご主人様!?」
「剣を買うために、髪を売ろうとしてたの!? どうしてそんなことを!?」
「この店でいちばんいい剣を買おうとしたんですけど、お金が足りなかったんです。もうローンも組めませんから、それで……」
ぽちがそう言って視線を移した先は、店のカウンターの壁に掛けられた巨大な剣。
『スーパーグレードデンジャラスバスタースレイヤーソード』 8,000,000¥
「は……はっぴゃくま……!?」
ゼロの数に、目玉が飛び出しそうになるアクト。
高級車が買えるほどの値段の剣が存在していることにまず驚きだったが、それ以上に、ぽちの髪の毛がそれと引き換えになるという事実がまた驚愕だった。
アクトはぽちの肩をガッと掴んで、揺さぶりながら叫んだ。
「ぼ……僕はあんなものいらない! 普通の剣でいい! だからやめろっ! やめるんだ!」
思わず唾が飛んでしまったが、ぽちは嫌がる様子もない。
そんなことよりも、なぜそんなことを言うのか信じられない様子だ。
「どうしてですか? ぽちはご主人様には良い物を持っていただきたいと考えています。ご主人様にはあれだけの剣を持つ資格があるのですから」
「だからって、髪の毛を売ることはないだろう!? 女の子の命なんだよ!?」
それはオッサンくさい物言いだったが、ぽちはそれすらも受け入れるようにコクリと頷いた。
「わんっ。髪は女の子の命です。そしてぽちの命はご主人様のためにあります。ご主人様のために、こうして命を使うことが、なぜいけないのですか? むしろぽちは、ほめられることだと思っていたのですが……」
だが少女の言葉は、アクトの心に響かない……!
なぜならばそれは、度の過ぎた献身……!
腹を空かせた旅人の前で、焚き火の中に飛び込むウサギのような行為だったからだ……!
「ち……違うんだ! 違うんだよ、ぽちっ! 僕のためを思うなら、やめてくれ!」
「どうして、どうしてなのですか? どうして髪を売らないことが、ご主人様のためになるのですか?」
初めて鏡を見た赤ちゃんのように、目をぱちぱちさせるぽち。
どうやら彼女は、本当にわかっていない……!
ならば言うしか……言うしかないんだっ……!
……アクトは猛然と息を吸い込むと、腹の底から声を絞り出した。
顔どころか、全身を紅潮させながら……!
そしてそれは、オッサンにとって一世一代の、魂の叫びとなったのだ……!
「……好きだからだよっ! ぽちの揺れるポニーテールが……! 嬉しいときにぱたぱた揺れるポニーテールを見てると、こっちも嬉しくなっちゃうんだ……! だ……だから切るなっ! ぼっ……ぼ……! おっ……俺のために……! 俺のためにポニーテールのままでいてくれっ、ぽちっ……!」
それはオッサンにとって、生まれて初めての告白……!
ついに本当の意味で、オッサンは勇気ある一歩を踏み出したのだ……!
『歩くハーレム』と呼ばれるようになる、第一歩を……!
唐突ではありますが、このお話はこれにて完結とさせていただきます。
今更ながらにテンポの悪さを自覚してしまい、同じ設定を使って新作を構想中です。
ここまで読んでいただいて誠に申し訳ないのですが、そちらのほうにご期待いただければと思います。




