13 美少女ペット、鞭でぶたれたがる
食後のデザートと、クールダウンを兼ねてキャロットアイスをついばむ、アクトとぽち。
やおらオッサンは顔をあげると、高らかに宣言した。
「俺……冒険者になる!」
すると少女は、さんかくお耳でピョコンと頷いて、
「わんっ! ならぽちは、ウェブデザイナーになります!」
「……いや、ぽち、冗談じゃないんだ。ぼ……俺はずっと考えてたんだ。このままぽちに世話になりっぱなしじゃいけないって」
「どうしていけないんですか?」
「だって……俺はぽちの倍以上も歳上なんだよ? 年齢的にいえば、俺がぽちを養わなきゃいけないのに……」
「あっ、年齢を気にしていたんですか? それでしたら、ぽちは実をいうと10万15歳なんです! ぽちのほうがずっとお姉さんですから、気にすることはありません!」
「……ぽちって、さらっと嘘つくよね。それもすぐバレる嘘を。……それに気にしているのは年の差だけじゃないんだ。この前の誕生日に決めたんだよ、本気になるって。なにに本気になるかずっと考えてたんだけど……やっと見つけた! 冒険者に、俺はなるっ!」
「そんな、海賊王みたいに言わなくても……それにご主人様は、前世でいっぱいがんばったじゃないですか、どうしてそれ以上がんばろうとするんですか?」
「いや……俺はまだまだがんばってなんかいない。がんばってコンビニの店長だなんて……それも友達に世話してもらってその程度だなんて……。俺が本気になれば、もっとやれるはずなんだ」
「でも……よりによってなんで冒険者なんですか? 冒険者って危険な職業なんですよ? モンスターと戦ったり、罠だらけの地下迷宮を……」
言いかけている途中で、ぽちはハッと口をつぐんだ。
『モンスター』『地下迷宮』と聞いたアクトの瞳が、カツオブシを発見した猫のように輝いているのに気づいたからだ。
「やっぱり……この幻想界には、モンスターがいるんだね!? そしてソイツらは、地下迷宮とかに棲んでいるんだね!? ニュースで時たまモンスター被害が取り上げられてたけど、アレはやっぱり本当だったんだ!」
そこまで知識を得ているのであれば、もはや誤魔化しようがないとぽちは唇を噛んだ。
別方面からの説き伏せを試みる。
「そ……そうなんです! 暗くて狭くてじめじめしてる地下迷宮には、落とし穴とかビックリ箱とかの罠がいっぱいあるんです! ちょっと触っただけでズドーンですよ!? しかも、怖いモンスターもいっぱいウロついてて、目が合うだけでズドーンってされちゃうんですよ!?」
ぽちは自分なりに精一杯怖がらせているつもりだったが、なぜかアクトは微笑ましいものを見るような顔をしていて、なんだか腑に落ちなかった。
「ず……ズドーンってなっちゃうんですよ!? そうするとケガをして、血とかいっぱい出ちゃうんですよ!? いいんですかそれでも!?」
「でも、ぽちがぺろぺろしてくれれば治るんでしょ?」
事もなげに返されて、ぽちのほうがズドーンとなってしまった。
初めて雷鳴を耳にした子犬のように、ショックで固まってしまう。
……それは彼女にとってはまさに、晴天の霹靂だった。
「け……ケガしたご主人様を、ぺろぺろできる……!?
おやすみ前以外にも、ぺろぺろしていいだなんて……!?
だ……ダメっ! ご主人様がケガするだなんて、とんでもない……!
でっ、でも……! そんな大変なときに、ぺろぺろしてあげたら……!
『ありがとう、ぽち。ぽちは渋谷駅で待ち合わせのシンボルになるくらいの忠犬だよ』
なんて……キャーッ!?!?」
自分の世界に旅立ってしまった少女は、天にも昇らんばかりに舞い上がっていた。
思っていることを全部、口に出しているとも知らずに。
アクトはコホン、と咳払いをして、その妄想を遮る。
「……と、とにかく……俺は冒険者になるって決めたんだ。ぽちがどんなに反対しようとも、この気持は変わらない。……いいね?」
「わ……わかりました、し、仕方ありませんね……ご主人様がそこまでおっしゃるなら、もう反対しません……。さ、さっそく、ハンドラーの武器を買いにいきましょう……」
まんざらでもない様子で、ぽちは頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ぽちは酒場で会計をすませたあと、アクトを武器屋へと案内した。
武器屋も想像どおりのファンタジー空間。
鈍い光を放つ剣や、黒光りする斧が釣り竿のようにずらりと並べられ、壁一面に盾がディスプレイされている。
店の奥は鎧を扱うスペースになっていて、様々な材質の鎧を身に着けたマネキンが立ち並ぶ。
金持ちの家にあるような全身甲冑もあるが、ここでは美術品ではなく、実用品の扱いなのだ。
品揃えの素晴らしさに感嘆のため息を漏らしながら、アクトは尋ねた。
「……そういえば、ぽちはさっき『ハンドラーの武器』って言ってたよね? ハンドラーには専用の武器があるの?」
「わんっ。この世界の冒険者は、メイン武器とサブ武器といって、ふたつ以上の武器を使いこなします。たとえば弓矢使いがメイン武器にロングボウを、サブ武器にショートソードを使うようなカンジです。ハンドラーの場合は、メイン武器は自由なんですが、サブ武器が『ハンドラーウイップ』になります」
そう言うなりぽちは、武器コーナーの一角にアクトを導いた。
そこはコルクボードに、『ハンドラーウイップ』と焼印が押されていて、様々な形状の鞭がぶら下がっている。
その名の通り、鞭らしい。
カリスマ店員のように振る舞うぽちが、さらに教えてくれた。
「ハンドラーというのは伝説級の存在ですが、憧れる人が多いのでどの武器屋でも人気武器みたいです。『ハンドラーウイップ』には3種類あって、柔鞭タイプと硬鞭タイプ、そして両用タイプがあります」
柔鞭タイプは、いわゆる普通のムチだった。
長く、材質は革や鎖などでできている。
硬鞭タイプは、教鞭のような硬い棒だった。
短く、材質は鉄や木などでできている。
両用タイプは細いワイヤーのような材質で、長さは柔鞭タイプと硬鞭タイプの中間くらい。
普段は柔鞭のように柔らかいのだが、ハンドラーの適正を持つ者が使うと長さと硬さを調整できる。
普段は鞭のようにしなやかなのだが、硬くするとレイピアのような刺突剣にもなるという。
護身用具であるサンダーベルトのように、腰に巻きつけられるというコンパクトな形状が気に入り、アクトは両用タイプを選んだ。
「……でも、ハンドラーってムチで戦うんだね。イメージしてたのと全然違ってた」
「『ハンドラーウイップ』はモンスターにも使えますけど、いちばんの用途はペトゥーをおとなしくさせるために使うんです。サーカスの猛獣使いみたいなものですね」
「ええっ!? このムチでペトゥーをぶつの!?」
「わんっ。ハンドラーウイップは『殺気』を抱いても致死には至らないようになっているので、ペトゥーを躾けるのにちょうどいいみたいです」
「でも、ムチで叩いて言うことを聞かせるなんて、『ピープ』とかいうのと全然変わらないんじゃないの?」
「『殺気』がなくて『愛情』が込められていれば、ぶたれたペトゥーは愛のムチだってわかるそうですから、ピープとは全然違うと思いますよ。なにかの本で読んだことがあるのですが、愛のムチだと痛気持ちいいらしいです」
「そ……そうなんだ……」
「試しにぽちで、使い心地を試してみますか?」と勧められたが、アクトは即座に断った。
これが小学生同士であれば、ジャイアンとスネ夫の関係ですむのだが、オッサンと少女ではそうはいかない。
「……ピッ……シィィィーーーンッ……!
店内に、乾いた音と、『キャッ』とかよわい悲鳴が響き渡る。
なよなよと床に倒れ伏した少女は、着物の裾がはしたなく捲れあがっていることに気づき、慌てて戻した。
そして、潤んだ上目遣いで、主人を見上げる。
『お……お許しください、ご主人様……!』
しかし、少女はこの時、身体が疼くのを抑えきれずにいた。
そして、まだ幼い身体でひしひしと感じていたのだ。
オッサンから与えられたムチの感触に、確かなる愛と……初めての官能を……!」
……今度はアクトが、自分の世界へと旅立ってしまっていた。
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