12 美少女ペット、背伸びする
酒場の真ん中で、身体を密着させているオッサンと少女。
少女はこの街でも知らぬ者がいない高嶺の花だったので「いいなぁ……」なんて声が漏れ聞こえてくる。
噂の美少女、ぽちはアクトの腰に手を回し、身体をぎゅうっと密着させていた。
ハンドラーの能力である『近距離通心』をやるためには、対象となるペトゥーと、額、鼻、胸、股、膝、足のつま先を合わせないといけないらしい。
膝と足のつま先は何ら問題ない。
しかしそれ以外の箇所はヤバすぎる。たとえ満員電車であったとしても、触れれば完全に捕まってしまう箇所だ。
なんといっても強烈な存在感のある胸……!
やわらかなクッションが、驚くほどの弾力をもって形を変え、押し当てられているのだ……!
それも、ぽちが懸命に背伸びを繰り返しているので、こすりつけられているかのように、ずにゅり、ずにゅり、と上下している……!
「あ、あの……それはマズいよ、ぽちっ……! せ、背伸びはやめて……!」
「背伸びしたい年頃なんです! ……っていうかご主人様、お顔をこちらに向けてください! 届かないから背伸びしてるんです!」
本棚のいちばん上にある本を取ろうとしているような、少女の懸命の伸び上がりを無視し、ひたすら天井のシミを数えているのには理由があった。
泡おどりのような胸の感触を、頭から追い出そうとしているだけではなかったのだ。
股間がひっきりなしに、未知の感触に襲われていたからだ……!
『未知の感触』と自分をごまかしているのは、はっきりと意識すると終わるのがわかっていたため。
ぽちのミニスカ和服の丈は、ただでさえ短い。
背伸びをしたあと、それがちょうどめくれあがるような感覚があって……そして、シルクのような感触が、しゅるんと股間を撫でていくのだ。
パから始まって、ツで終わるもの……!?
しかしアクトは決して、その三文字を反芻することはなかった。
それは彼にとって、ラピュタの滅びの呪文に等しかったからだ。
しかし……その誘惑には打ち勝ったものの、まだまだ自分は青二才だと痛感させられる。
なんと……そのなめらかな感触の向こうに……亀裂を確かに感じたからだ……!
それはわずかな一筋ではあったが、モーセの海割りの奇跡のような、圧倒的な存在感をオッサンに与えていた。
まずい……! このままではエジプト軍のように、飲み込まれてしまう……!
偉大なる、母なる海に……!
こじらせたオッサン特有の、よくわからない下ネタを頭に思い浮かべながら、必死に時が過ぎ去るのを待つアクト。
「もうっ、ご主人様! いい加減こっちを向いて、オデコをあわせてください! でないと近距離通心できません!」
「そっ……それはマズいよっ、ぽちっ……! いま顔を下げたら、鼻血が出るかも……! そしたら、ぽちにかかっちゃうよ……!? だから、いったん離れて……!」
「ご主人様のでしたら平気です! ぽちのお顔に、どばーってぶっかけちゃってください!」
ぽちはご主人様の顔をぺろぺろする口実ができるので一向に構わなかったのだが、その天然すぎる一言に、アクトはついに脳が焼き切れてしまった。
しばらくクラクラと頭を揺らしたあと、
……ゴツン!
頭突きの雨を、ぽちの額に降らせてしまう。
……シュワァァァァァァァ……!
すると、炭酸の泡が立ち上ってくるように、ぽちの感情が流れ込んでくるのを感じた。
『……あっ!? うまくいったみたいです……! これが近距離通心ですよ、ご主人様……! 唇を動かすのではなくて、頭の中で思ってみてください……!』
鼓膜を通してではなく、頭の中に直接ぽちの声が響いているような感覚。
不思議な感じだったが、アクトは口をつぐんで、言葉を思い描いてみた。
『こ……このテレパシーみたいなのが、そうなの……?』
『わたしもはじめてなので、はっきりとはわからないのですが……たぶんそうだと思います』
『で、でもさ……こんなに身体を密着させて、テレパシーだなんて……直接話したほうが、早くない……?』
『わんっ、でも、近距離通心の目的は会話ではないんです。ペトゥーの能力を確認することができるそうですよ』
『能力……?』とアクトが繰り返すと大きな泡が浮かんできて、そこには文字や数字が並んでいた。
--------------------------------------------------ぽち
レベル76
階級 ハイ・メルヒェン
種族 犬
属性 地
性格 元気・一途
技
(1)ここほれワンワン
(1)枯れ木に花を
(0)くんくん
(2)ぺろぺろ
(1)ぱたぱた
(1)高速ベロ
『これが……ぽちの、能力……?』
『わあっ! そうです! これがそうだと思います! わたしも、初めて見ました!』
『レベルに、技って……本当にポ○モンみたいだ……この技の名前の前にある、カッコの数字は何なの?』
『おそらく、技のレベルだと思います。ゼロのものは、まだ未習得の技なんでしょうね。ぽちは「くんくん」なんてしたことありませんから。でもレベルがあがると技ポイントが増えて、ハンドラーが自由に割り振れるようになるそうですよ!』
ペトゥーではないメルヒェン……ぽち曰く、『野生のペトゥー』の場合、レベルアップしてポイントを得ても、当人が意図せずに勝手に振られてしまうらしい。
ペトゥーであれば、得たポイントはストックされるようになり、ハンドラーの意思によってポイントを振れるようになるそうだ。
『……なるほど、ペトゥーの能力を確認したい時と、技ポイントを振りたい時に、この近距離通心を使うってわけなのか』
『その通りです!』
ふと、鐘の音がふたりの間に割り込んでくる。
『3時を知らせる街の鐘ですね』とぽちは言った。
『通心中だと、外部の音は水の中にいるみたいに聴こえるんだね……ところでこれを終えたい場合はどうすればいいの?』
『わん、くっつけた身体を離せばいいそうです』
アクトがゆっくりと顔をあげると、そこにはぽちの顔のドアップがあった。
少女の澄んだ瞳を埋め尽くすように、オッサンの顔が映りこんでいる。
吐息を感じるほどの距離。
リンスのいい香りに混ざって、肌のふわりとした匂いがする。
アクトはもちろんドキリとしたが、ぽちもポッと頬を染めていた。
ぽちにとっては、いつもぺろぺろしている距離だから、なんともないだろうに……とアクトは思ったのだが、
「……エヘヘ、こうしてると、なんだかキスした後みたいですね……」
彼女は初めてのキスを終えた直後のように、はにかんでいた。
潤艶ピンクの唇が動くたびに、爽やかな香りが漂ってきて……近距離通心によって忘れかけていた、未知なる感覚が……一気にぶり返してくる……!
きっ……キスとぺろぺろは、別の行為だとぉ……!
そ……そりゃ……そりゃそうだろぉぉぉぉぉぉっ!!
や……やはり彼女は犬なんかじゃない、人間の……それも清らかな乙女だった……!
ぺろぺろだとなんともなくて、キスだと意識したとたん、恥ずかしがるだなんて……!
かっ……かわいすぎるやろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
オッサンの魂の叫び、その直後であった。少女の顔が鮮血に染まったのは。
今はやりの追放モノを書いてみました!
★『駄犬』と呼ばれパーティも職場も追放されたオッサン、『金狼』となって勇者一族に牙を剥く!
https://ncode.syosetu.com/n2902ey/
※このすぐ下に、小説へのリンクがあります
追放されたオッサンが、冒険者として、商売人として、勇者一族を見返す話です!
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