11 美少女ペット、ボコられる
ぽちの額に『アクトLOVE』の文字が浮かび上がっている間は気が気ではなかったのだが、しばらくすると消えた。
ハンドラーの腕にある、『ペトゥー』にした証は常に出ているが、メルヒェンの額にある、『ペトゥー』にされた証は、本人の強い感情がないと出てこないらしい。
ならばそんなに恥ずかしくはないか……とアクトは納得するわけにもいかなかった。
本当は別の言葉に置き換えたい気持ちでいっぱいだったのだが、一度変えると当分変えられないらしい。
それ以前にぽちが変えさせてくれなくて、切りすぎた前髪を隠すかのように額を抑えて逃げ回られてしまった。
本当に変えられないのか無理矢理にでも試してみたかったのだが、アクトは酒場にいる店員や客の目が気になって、できなかった。
オッサンが女子中学生を追い回すなど、世間では絶対に許されることではないのだ。
あきらめたアクトは、ぬるくなっていたパスタを口にする。
「……ぽちは俺にゲットされたって言ってたけど、ハンドラーはどうやって、メルヒェンをゲットするの?」
フォークに巻いたパスタを口に運びながら、ぽちに尋ねる。
「わんっ。痛めつけて、ボールを投げつけるというわけにはいきません。でもある意味ではそれより簡単で、ある意味それより難しいかもしれません。メルヒェンがご主人様のことを好きになれば、自然と『ペトゥー』になります」
アクトが、肩にぽちのペトゥーがあるのに気づいたのは、この幻想界に来て初日のことである。
ぽちは前前前……世でアクトに飼われていたと言っていたし、再会の挨拶を交わすより先にぺろぺろしてきたので、おそらくかなり早い段階でペトゥーになっていたのであろう。
「多くのメルヒェンに好かれる素養こそが、ハンドラーの適正なんです。だから多くのメルヒェンの憧れでもあるんです。……でも、『ピープ』と呼ばれるレアリテたちは、それを悪用しているんです」
「そういえば……ぽちのファンのひとりが、俺を『ピープ』なんじゃないかって疑ってたね。『ピープ』ってなんなの?」
「人間界からこの世界にやって来た、レアリテの蔑称です。レアリテはこの幻想界に恵みをもたらすために呼び寄せられるのですが……なかには悪いことをする人もいるんです」
「なるほど、その悪人のことを『ピープ』って呼んでいるんだね」
「わんっ。多くのピープは、ハンドラーのフリをするんです。そのほうが、メルヒェンを都合よく扱えるので……。でも、彼らはメルヒェンの気持ちなど考えずに、縛ったりして自由を奪い、暴力で言うことを聞かせようとするんです」
……ぽちに引き綱なんてしてたから、ボクは『ピープ』に間違えられたんだろうなぁ、とアクトは思う。
「でも、本物のハンドラーだって、ペトゥーに無理やり言うことを聞かせることなんてできないんだよね?」
「わんっ。ペトゥーに嫌われると、そもそもペトゥーが消えてしまいます」
「じゃあ、ペトゥーにすることのメリットってなんなの? 腕に入れ墨みたいなのが浮かび上がるだけなの?」
「本物のハンドラーだけにできることが、いくつかあるんですけど……やっぱりそれ、気になっちゃいますか?」
「うん、当たり前だろ。もったいつけてないで教えてよ」
「では、教えてあげます。でも、そのかわり……今晩いっしょのお布団で、寝てもいいですか?」
ちろり、とおねだりの上目を向けてくるぽち。
「うっ、取引かよ……しょうがないなぁ、今晩だけだよ?」
アクトが折れた途端、ぽちは両手とポニーテール、そして喜色満面を大漁旗のように掲げた。
「わーいっ! ではお教えします! まずは『ペトゥーのイン・アウト』です。ぽちのペトゥーを指で押さえながら、『戻れ、ぽち』と言ってみてください」
「わかった」
アクトは頷き返すと、ワイシャツの袖をまくりあげる。
少し前に、額に恥ずかしい言葉を書かされたことなどすっかり忘れて。
本来ならばやる前に、やったらどうなるのかを尋ねるべきなのだが……オッサンは女の子の好意以外は、あまり疑わない性格だった。
彼が「ちょろい」と言われる所以である。
注射の跡を揉むように腕を押さえながら、「戻れ、ぽち!」と宣言すると、
……シュウゥゥゥゥンッ!!
対面に座っていたぽちが、ひょうたんに吸い込まれるように、アクトのペトゥーの中に消えてしまった。
「ええっ!? ぽ、ぽちっ!?」
思わず目をひん剥いてしまうオッサン。
左肩にある犬の紋章は、黒一色だったのがカラーになっていて、ぼんやりと光を放っていた。
消えた……というより、このペトゥーの中に吸い込まれてしまったのは明白……!
でも、どうやったら戻せるのかわからなくて、アクトは肩を叩いて呼びかけた。
「おいっ! ぽち! おーいっ! いったいどうなっちゃったんだ!? どうすればコレ、元に戻せるんだっ!? おーいっ!!」
しかし返事はない。
それでも雪山で眠る仲間を叩き起こすようにビシバシやっていると、アクトは周囲の視線が集まっていることに気づいた。
あ……! しまった……!
これじゃアニメキャラの入れ墨に話しかけてる、ただのあぶないオッサンじゃないか……!
お、落ち着け! 落ち着くんだ! ぼ……俺っ!
『チョイ悪オヤジ』は、こんなことじゃ取り乱したりはしないはずだ……!
冷静さを取り戻したアクトは、思考を巡らせる。
そして、思いついたことをやってみることにした。
再びペトゥーを指で押さえ、今度は、
「出ろっ、ぽち!」
……シュバァァァァァァァ……!
光があふれだし、まるで巻き戻すかのようにぽちが再び目の前に戻っていた。
「よ……よかった! ぽち、無事だったんだね! ……あれ? でもなんで、そんなボコボコになってるの?」
「ご……ご主人様……出し方を教えなかったぽちも悪いですけど……引っ込めたあとのペトゥーを叩いたりしちゃ、だめです……」
ぽちは過激なギャグ漫画に出てくるヒロインのように、たんこぶとアザだらけになっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ペトゥーを身体の中に宿しているときに、ご主人様が怪我をすると中のペトゥーも傷つきます。ご主人様が亡くなると、中にいるペトゥーもみんな死んじゃうそうですから、注意してくださいね」
最後の注意でまとめたあと、次にぽちは『近距離通心』を教えてくれた。
「これは、ハンドラーとペトゥーが、オデコ、鼻、胸、股、膝、足のつま先……をくっつけることにより、ペトゥーの中を視ることができるようになるそうです。実際に、やってみましょうか」
ぽちが椅子を引いて立ち上がったので、後に続くアクト。
今度は何をやるんだろうと店の注目の的だったが、もはや気にならなくなっていた。
そんなことよりも……アクトの眼下では、とんでもない光景が繰り広げられていた。
30センチ以上の身長差があるので、ぽちはアクトに向かって顔を上げて、一生懸命に背伸びをしているのだが……、
「んっ……」
と瞼を閉じているその顔が、キスをせがんでいるようにしか見えなかったのだ……!
今はやりの追放モノを書いてみました!
★『駄犬』と呼ばれパーティも職場も追放されたオッサン、『金狼』となって勇者一族に牙を剥く!
https://ncode.syosetu.com/n2902ey/
※このすぐ下に、小説へのリンクがあります
追放されたオッサンが、冒険者として、商売人として、勇者一族を見返す話です!
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