10 美少女ペット、印をつけられる
「ここのお店、ぽちの作ったお野菜を仕入れてくださってるんですよ! なかでもチキンとベジタブルのクリームパスタが絶品で……!」
そうスイングドアを押し開きながら招き入れられた酒場に、アクトの胸はときめいた。
それはぽちに感じた、いちごのような甘酸っぱい感覚ではなく……肉汁が滴り落ちるような、ガッツリとした熱い想いであった。
なにせその空間は、ファンタジーロールプレイングゲームで抱いていた酒場のイメージそのままだったからだ。
真ん中にある大きな暖炉は大樹のように伸び、二階の吹き抜け席へと繋がっている。
広い店内に、ひしめきあうような木のテーブルと、背もたれのない丸い椅子。
奥はカウンター席と厨房になっていて、仕切りを隔てた隣にはクエストカウンターらしきものと、別館の宿屋へと繋がる通路がある。
昼間なので客の姿はまばらだったが、背中に剣を担いだ戦士っぽい者、ローブに身を包んだ魔法使いらしき者がいる。
彼らのような冒険者たちは街中でもよく目にしたのだが、外だとコスプレっぽい印象だったのに、酒場にいるというだけでまるで歴戦の勇者のように見違えてくる。
そして、なによりもアクトを色めき立たせたのは……壁一面に貼り出されたクエストの依頼書だった。
わら半紙のような安っぽいそれらは、ぽちからすると無数の蛾が張り付いているようにしか見えなかったが、アクトはオモチャ屋に迷い込んだ子供のように目を輝かせながら、あちこち見て回っていた。
ぽちはまたしても、しまった……! と犬耳とポニーテールをしおれさせる。
「あの……ご主人様、このお店じゃなくて、やっぱり別のお店……!」
「いや! 僕……俺はここがいい! ここにするっ!」
すっかり冒険者きどりで、暖炉のそばの席にどっかりと腰を降ろすアクト。
炉に火は入っていないのだが、まるで揺らぐ炎が見えているかのようにウットリしている。
そういえば、予兆はあった……とぽちは今更ながらに思い出す。
ぽちはロールプレイングゲームはというと、キャラクター性やストーリー性の強い、いわゆるJRPGが好きだった。
イケメンのキャラがたくさん出てきてくんずほぐれつする、『テルテル』は全シリーズをやりこんだほどである。
ちなみにひとつだけ譲れないこだわりがあって、それは仲間の名前を必ず『アクト』に変更してプレイすることだった。
対するアクトはJRPGはほとんどやらず、海外産で自由度の高いオープンワールドRPGを好んでプレイしていた。
オッサンは、主人公になりきって世界を旅するのが好きだったのだ。
洋ゲーに出てきそうな雰囲気抜群の酒場に、大興奮するのも無理はない。
でもこれで、さっきのことを忘れてくれるならいいかも……とぽちは気を取り直し、カウンターでパスタセットをふたつ注文してから席についた。
しかしアクトは開口一番、
「じゃあ、ぜんぶ教えてもらおうか」
魔法が解けたような顔で、ぽちを問い詰めた。
「ぜ……ぜんぶって、なにをですか?」
「さっき街の中で、ぽちがファンの人たちとしていた、やりとりのことだよ。メルヒェンだとかハンドラーだとか、俺が初めて聞く言葉ばっかりだったから、教えてほしいんだ」
「や……やっぱり気になっちゃいますか……?」
「そりゃ気になるよ! みんな俺を殺気立った目で睨んでいたのに、ハンドラーとかいうのだとわかると、急に大人しくなって……」
「それは、ハンドラーはメルヒェンを使役する存在ですから、ご主人様には勝てるわけがないと思ったんですよ」
「えーっと、じゃあさ、ひとつひとつ順を追って教えてくれないかな?」
「や……やっぱり気になっちゃいますか……?」
ぽちはその言葉だけで逃げ切ろうとしたのだが「もう一緒に入浴しない」という脅迫をチラつかされて、やむなく全部白状させられてしまった。
まず、『メルヒェン』について。
メルヒェンというのは、この『幻想界』に住む、人型の生き物の総称である。
人間そっくりの人族、ぽちのように犬耳に犬しっぽの犬族、猫耳に猫しっぽの猫族など、多岐にわたる。
アクトは人間ではあるものの、人族ではない。
『現実界』からやって来た『レアリテ』である。
メルヒェンには4つの階級が存在し、地位によってランク分けされている。
まずは一般市民である『メルヒェン』。
高い戦闘能力や生産能力を持つ『ハイ・メルヒェン』。
国の元首である『キング・メルヒェン』。
ちなみに女王の場合は『クイーン・メルヒェン』となる。
そして最後に『ゴッド・メルヒェン』。
神ほどの偉大な力を持つメルヒェンに与えられる、この世界では最高位の存在である。
ちなみに『ゴッド・メルヒェン』たちを束ねる『創造主』という存在がさらに上にいるのだが、それはまさに神様のことらしい。
「そういえばぽちは、ファンの人たちから『ハイ・メルヒェン』だって言われてたね。ということは、街の人たちより優れてるってこと?」
説明の途中でアクトが尋ねると、ぽちはえっへんと胸を張った。
「わんっ! ぽちはおいしい野菜を沢山作ったので、その功績が認められて、最近『ハイ・メルヒェン』に昇格したんですよ!」
「それって、誰がどうやって判定してるの? 試験か何か受けるの?」
「いいえ! メルヒェンたちの日々の暮らしを創造主様がご覧になっていて、昇格と判断されたら、ゴッド・メルヒェンである三蔵法師様から、昇格のお手紙と特典が郵送で送られてくるんです!」
アクトが「特典って?」と尋ねると、「異界の卵です!」と即答するぽち。
『三蔵法師』のことが気になったが、それはいったん忘れ、次に『ハンドラー』について尋ねた。
ハンドラーというのはレアルにとっての適性のひとつで、メルヒェンを『ペトゥー』にして使役することができるという。
「ハンドラーがメルヒェンをゲットすると、こうやって肩に『ペトゥー』が現れるんですよ」
アクトの左腕の袖をふたたびまくりあげて、肩の入れ墨を示しながらぽちは教えてくれた。
「これ、タトゥーじゃなくて、ペトゥーっていうんだ……」
「わんっ。ちょっとややこしいですけど、その入れ墨のことも、ゲットされたメルヒェンのことも、同じく『ペトゥー』っていうんです」
そう言いながら、ぽちは自分の前髪をサッとたくし上げる。
「ぽちはご主人様にゲットされたので、ご主人様のペット……『ペトゥー』になりました。このオデコにある文字が、その証拠です」
少女のシワひとつない額には、『Petoo』という文字が、古代文字っぽいフォントで浮かび上がっていた。
「ハンドラーをざっくばらんに言うと、ポ○モンマスターみたいなものですね。いつも傍らにいるぽちは、さしずめ電気鼠といったところです」
ピカーッと、本家にも負けない笑顔を見せるぽち。
「あ、そうだ! ペトゥーの額につく、『Petoo』の文字は、ハンドラーが自由にデザインできるんですよ! 試しに変えてみましょうよ!」
「え、変えるって……?」と戸惑うアクトの手をガッと両手で掴み、ぽちは自らの顔へと導いた。
「これからぽちの言うとおりの文字を、ぽちのオデコの上で書いてみてください。いいですか? まずは一文字目、カタカナの『ア』……」
積極的すぎる少女に流され、オッサンは言われるがままに指を動かす。
ぽちの額に、光り輝く『ア』の文字が刻まれた。
「カタカナの『ク』と『ト』……そして次はアルファベットです。すべて大文字で、『エル』『オー』『ブイ』『イー』」
「えーっと、ク・ト・エル・オー・ブイ・イー……っと……えええっ!?」
ぽちの額いっぱいに現れた文字に、自分で書いておきながらアクトは椅子から引っくり返るほどに仰天してしまった。
『アクトLOVE』……!
ファンクラブができるほどの少女に、とんでもない落書きをしてしまったのだ……!
しかし当のぽちは手鏡で確認した途端、サンタにプレゼントを貰った子供のように大はしゃぎする。
「うわぁぁぁぁぁあ……! 素敵……! すっごく素敵ですぅぅぅっ! ぽちの身体にご主人様の印がついたみたいで……! 素敵! 素敵! 素敵ぃぃぃっ! キャーッ!!」
パスタはとっくに運ばれてきているというのに、ふたりは手を付けようともしない。
アクトは魂を抜かれたようにボーゼンとしたまま、ぽちは嬉しさを抑えきれないようにクネクネと悶絶していた。
今はやりの追放モノを書いてみました!
★『駄犬』と呼ばれパーティも職場も追放されたオッサン、『金狼』となって勇者一族に牙を剥く!
https://ncode.syosetu.com/n2902ey/
※このすぐ下に、小説へのリンクがあります
追放されたオッサンが、冒険者として、商売人として、勇者一族を見返す話です!
。




