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01 オッサン、本気を出したら美少女にprprされる

 ホワイトノイズに包まれた世界に、横たわるオッサン。

 「今日は、本当にいろいろあったなぁ」……と思っていた。


 彼が寝そべる先には、毎日のように通り掛かるタバコ屋と店主。

 「そういえばあのお婆さん、耳が遠いんだったな」……と思っていた。


 バーサンは店の小上がりにある、お茶の間でテレビを見ている。

 ボリュームがやたらとデカイので、テレビの音はオッサンのいるところまで届いていた。



『お昼のニュースをお伝えします。……ハジキカンパニーの(ハジキ)シエル社長が、世界初の有人転移に成功したと発表しました。これにより、宇宙、深海と並ぶ、第三の世界、「異世界」の解明がさらに進んでいくものと思われます』



 オッサンは心の中でつぶやく。



 ついにやったのか、シエル……。

 彼もずいぶん、遠いところにいったなぁ……。


 僕も少しでも追いつこうと思って、こんなカッコをしてみたんだけどな……。

 追いつくどころか、どうやら追い越してしまったようだ……。



 ワインレッドのベストとスラックスは、どす赤く汚れていた。

 買ったばかりだったのでちょっとショックだったが、もういいか、とオッサンはすぐに諦める。



 それにしても……今日は、本当にいろいろあったなぁ……。


 20年勤めてたコンビニを辞めて、ちょいワルオヤジを目指して服を買って、はじめての美容院で髪を赤く染めて……。


 ……そして、トラックに轢かれた。



 オッサンのアパートが目と鼻の先にあるこの裏道は、ほとんど人が通らない。

 だからトラックがガードレールを突き破っていようが、オッサンが路傍の石になっていようが、誰も咎めることはない。


 冷たい雫が硬い地面に当たり、あちこちで跳ねている。

 濡れたアスファルトの匂いを、こんなに間近で嗅いだのは子供の頃以来だった。


 オッサンは、孤立無援の自分が死んでも誰も泣いてくれないだろうな、などと日頃から思っていたのだが、意外にも世界は別れを惜しんでくれているようだ。


 ゴロリと仰向けになると、鼻の中に残っていた血が引っ込んで、口いっぱいに鉄臭い味となって広がる。

 不快な思いをしてまで見上げた空は、雲ひとつない青空だった。


 最後に仰いだのが、アパートの天井じゃなかったことだけが僥倖(ぎょうこう)だった。

 誰からも発見されずに、腐乱死体となることだけは避けられたからだ。


 オッサンは、最後に笑う。



 ……パシュッ!



 空気が破裂するような音の直後、コンピューターの電源を落とすかのように、五感がすべてシャットダウンした。


 死は、想像していた以上に安らかだった……。

 とオッサンが安堵したのも束の間、瞼の裏が急に赤く染まる。


 視界が蠢く蠕動に埋め尽くされ、蛆に目玉を食われているような激痛が走った。



 ……ぐわっ! なっ……なんだ、なんだこれっ!?

 いっ……痛っ……! ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?



 意識はハッキリしているのに、金縛りにあっているかのように身体は動かない。

 というか、肉体があるのかどうかもわからなかった。


 身体を確認すると、皮膚の中で米粒のような物体がウジャウジャと這い回っていた。



 ……うっ……!?

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?



 オッサンにとって生涯で一番の苦痛だったのは、生牡蠣を食べた帰りの電車の中で腹痛に見舞われた時だった。

 その時は生き地獄のようであったが、いまは死に地獄……比較にならないほどの痛みと苦しさだった。


 生きたままの身体を蛆から食われるという、おぞましい感覚だけではない。

 死神から口に手を突っ込まれ、臓器をひとつずつ引き抜かれているかのようなのだ。


 最初に声帯を奪われ、悲鳴があげられなくなる。

 そのあとは肺を引きずり出され、呼吸できない苦しみが加わる。


 水の中でカッパの群れに襲われ、口から尻から手を突っ込まれ、自分が抜け殻にされていくような感覚。


 冷たい手はついに心臓を掴んできて、全身が凍りつくような戦慄が走った。


 いよいよヤバいと覚悟を決める。

 そして願った。この苦しみから開放されますようにと。


 ……不意に、祈りのなかに光を見た。


 ハイビームを向けられたような、目もくらむような光。

 しかし新たな力を与えてくれているような、力強い光。


 必死になってそれに手を伸ばすと、柔らかかった。

 なんだかずっと触っていたいような、心地よい感触だった。


 痛みも忘れ、すがるようにその物体を揉みしだいていると、だんだん光が大きくなってきて……包まれた。



 ……ハアッ!?



 深海から水面に飛び出したかのように、息を吐くオッサン。


 同時にカッと瞼を見開くと、中学生くらいの少女がいた。

 身体じゅうが一気に覚醒してしまうほどの、すさまじい美少女だった。


 オッサンは何が起こったのかわからなかったが、その少女もまた信じられないような表情をしている。

 澄んだ青さのポニーテールを光沢とともになびかせ、深い青さをたたえる大きな瞳で、オッサンをじっと見つめていた。


 首にはお揃いの色のアンクレット……というかどう見ても犬用の首輪にしか見えないものを巻いている。


 さらに視線を落としていくと、和装が目に入った。ミニスカ和服だった。

 こんな時だというのに、あどけないわりに豊かな胸と、清純そうなのに短い丈から覗く白いふとももに目を奪われてしまう。


 そこまでの時間を経て、オッサンはようやく気付いた。


 自分の両手が、少女の胸にあてがわれていることに……!

 苦痛の中で感じたやわらかな物体は、この少女の胸であったことに……!



「……わっ!? ごっ、ごめ……!」



 オッサンは慌てて後ずさろうとしたが、それよりも早く少女のほうが飛びかかってきた。

 まるで兵役から帰ってきた飼い主を迎える犬のような勢いで。



「……ああっ、ご主人様、ご主人様っ……! 本当にご主人様をお呼びできるだなんて……! 夢みたいです……!」



 そして感極まった声とともに、ぺろり……! とオッサンの顔をひと舐めする。

 頬を走る生暖かい感覚に、オッサンは最初、自分が何をされたのかわからず、固まってしまった。


 それをいいことに、少女は本格的な歓迎に入る。

 オッサンの顔に舌をあてがい、ひっきりなしに舐めまくりはじめたのだ……!


 それはさながら、皿いっぱいのミルクを差し出された、ハラペコの子犬同然……!


 ハッハッと荒い息を繰り返しながら、ペチャペチャと必死になって舌を動かす美少女。



「ああっ……! 想像どおりのテカテカしたお顔……! この脂の乗りようは、銀座の若ママもビックリです……!」



 彼女は鈴を転がすような声でうっとりとつぶやきながら、オッサンの顔を唾液まみれにしていく。


 他人から顔を舐められるなど、オッサンの生涯では一度たりとも起こりえなかった事だ。

 しかも、こんな美少女に……!


 いや、いくら美少女であれ何であれ、見ず知らずの人間から顔を舐められるなど、唾を吐きかけられるも同然……!


 しかし、不思議と不快感はなかった。

 むしろ、フェイシャルエステをされているかのように気持ちいい……!


 目のまわりを舐めまわされると、彼女の口まわりがアップになる。


 桜の花びらのような唇から時折覗く、輝く白い歯。

 その奥にあるのどちんこまで控えめで、可愛らしい。


 いたずらっ子のようにぺろりと出す舌は、もぎたてのブラッドオレンジの果肉のよう……!


 美少女という生き物はこんな所まで整っているのかと、オッサンは感心しきり。

 ついされるがままになっていると、彼女は頬と額、そして目や口のまわりまで舐めまわしたあと、いったん顔を離す。


 何度見ても、千年にひとり……いや、十億年にひとりのアイドルのような美貌だった。


 その背後には七色の花畑と、燃えるような夕焼け空。

 赤金色に輝く雲が、少女の肩から鳳凰の翼のように生えている。


 後光のようにオレンジ色の光に縁取られた少女に、オッサンは確信した。


 ここは、あの世なんだと……!


 至ってシリアスな気持ちになっていたのだが、眼前の女神さまはなぜか瞼を閉じ、キス顔をオッサンに近づけてきていた。


 それがあまりにも魅惑的というか、恐れ多いほどだったので、オッサンは口から心臓が飛び出さんばかりに叫んでしまう。



「……うっ、うわあぁぁぁぁっ!? 待って! 待って! ちょっと待って!!」



 迫ってくる女神の肩を掴んで押し返すと、彼女は瞳をパチクリ音がしそうなほどに瞬かせた。



「……どうしたんですか? ご主人様? 変身中に攻撃されたヒーローみたいな声を出して……」



 俗っぽい例えツッコミに、オッサンの緊張もいくばくか和らぐ。

 しかし心臓は、腹の底から重低音を響かせるほどに暴れていた。


 高鳴りを抑え込むように、胸に手を当てながら……オッサンは尋ねる。



「……ここは、どこなんだ? 君は……いったい誰なんだ?」



 すると少女は意外そうな顔をしたが、すぐに顔を明るくした。



「あっ、そっか、いきなりだったからビックリしちゃってるんですね!」



 そう言って、にぱーっと放たれた笑顔はまさに女神……いや、アスキーアートのように輝いていた。

挿絵(By みてみん)

「わたしです……! 前前前前前前前世であなたに飼われていた、犬の『ぽち』です……!」

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