0.3桐山の嘘
「………。」
「おいっ。生。呼ばれてんぞ!」
「………。」
「生!」
「え…えっ?何?呼んだ?」
隣に座る秀一が生に向かって声を出していると気づくのに時間がかかった。生は秀一の方へと顔をちらっと向ける。いつもと変わらず秀一がそこにはいる。秀一が着ている制服には、血が付着しているという事はない。
「何ボーっとしてるんだ?先生が呼んでるぞ?」
生は黒板の方向に顔を向けた。どうやら何度も先生は生の名前を呼んでいたらしく、先生は教卓から、他の生徒も生の方向に顔を向けていた。
「は、はい。」
先生が明らかに睨んでいるのを見て、生は自分が座っている座席をすぐに立った。だが、何故呼ばれているか分からなかったので、ただただ立っているだけだった。
「浅間!」
先生が大きな声で呼んだ。生はよくよく見てみると、先生が一枚の紙を持っている事が分かった。なるほどそういえば、先程小テストを返却すると言っていた様な気がする。そう思った生は、先生の前に行った。その時、先生の顔を見ると、まさに点数が悪いというような顔をしていた。
「勉強をしなさい。」
もうこの一言で生は全てを察した。先生から配られた紙の右上に、昨日行われた数学の小テストの点数が書かれていた。それを、自分の席を戻る途中で見てみると、
「………ハァ。」
半分以下だった。溜息を吐いた。点数が悪かったから溜息を吐いた。いや…、それだけでは無い。昨日のあの異世界の光景が脳裏に蘇ってくるからでもあった。正直に言って、昨日は本当に異常だった。もう二度と桐山秀一のあんな姿を見たくないと思った。
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昨日、異世界からは簡単に帰って来る事は出来た。驚くべき事に、本当に何もなかった様に自分の世界へと戻ってきたのだ。秀一が手首に装着している時計型端末で、時空を超えての通信を行った。どこに通信したのかは、生は分からなかったがその後、目の前の空間上に等身大の巨大な円が、出現した。そして驚く時間も無いまま自分達が元々いた学校の昇降口付近へと戻ってきたのだ。それだけあっさりと帰って来る事が出来るという事に驚いたのも、生にはあったのだが、もっと強烈に頭に残る出来事があった。それは、リンと合流した時と秀一とミユに合流した時の事だった。
生はリンと周りの光景に絶句した後、秀一、美優と合流した。予想はしたくは無かった。しかし、その予想は当然の様に的中した。秀一、美優にも盛大に血がこびりついていたのである。まるで二人が大量に人を殺した様に。学校の制服は黒であるから見えにくくはあるが間違いなく血がついていた。秀一、美優も大量に魔物を倒しているはずだからそれは当たり前なのかもしれない。しかし、それは生にとって異常である事は明らかだ。当然、本物の赤い血を見たのはせいぜい手を紙で切ったとか、盛大に転んだとか、そんなくらいだ。まして血塗れになるなんて事は、絶対に無い。映画で見る殺人現場の様にこびりついた血は、生を嘔吐へと追い込んだ。
「おえええええええええええっ!」
生はしゃがみ込んだ。しかし、しゃがみ込むと強烈な臭いが体内に入り込んでて来て更に生を追い込んだ。
「大丈夫か?生?」
秀一が笑いながらこちらの様子を見ている。いつもの様に。そう、いつもの様にだ。特にいつもの調子と何ら変わらず、何事もなかった様に接する。それはどう考えてもおかしいはずなのにと、生は思う。
「すまん…。桐山…、ちょっと…質問してもいい…か?」
「ん?何だ?」
秀一はいつもの調子でこちらにスタスタと歩いてきた。その間、リンとミユは何やら二人で会話をしている様だ。
「その…周りに広がっている…魔物は、全て…桐山…が倒したのか?」
「そりゃ勿論。魔物というのは害の有無に関わらず消滅させる対象と決まっているからな。それに今回の場合は集団で群れをなして襲ってきたのだから尚更だよ。」
「それにしても指揮官は、まさかのゴブリン亜種だったとはな。亜種は知性を持っているのか。成程。今後の探査で、この情報は大いに役立つだろうな。」
「そうね。でも、これ程の魔物を統括できるという事は、ゴブリン亜種は相当な魔力を持っているという事になるよね。」
「…」
リン、秀一、ミユはそれぞれ会話を交わしている。平気で。まるで何かのゲームが終わった後の反省会をする様なノリで。生は、何も言えない。あまりにも衝撃的な光景が目の前に広がっているからだ。まるでこの三人が殺人鬼の一味の様に見えている。
「………………………………………………………………………。」
「どうした?浅間?」
「…秀一離れろ…。こいつ何か変だ。」
リンが秀一へそう促しながら、リン自身も数歩下がって様子を見る事にした。
「アサマシュウイチ。大丈夫か?…。」
「………………………………………………………………………。」
生は考える。こいつらは本当は殺人鬼なのじゃないかと。そもそも、ここはどこかのバーチャル世界か何かで、そこで俺を驚かす為に秀一が仕掛けたものなのかもしれない。だとしたらコイツらは人の形をした怪物なんじゃないのか?そいつらが俺を殺す為に、ダマそうとしているんじゃないのか?ソモソモ、オレヲコロスタメ二キリヤマシュウイチガダマしてこんなコトヲシテイルノジャないか?ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、ソモソモ、じゃまモノ排除、ジャマモノハイジョ………………
「ハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョ……」
「おい!離れろ!シュウイチ!コイツは…一体何だ?黒い瘴気?黒いオーラがコイツの体から沸き出ているけど…。」
「オーラ?だけじゃない…。魔力もとんでもない量かもしれない。それも、体から沸き出ている。こんなのは…見たことがない…。生!大丈夫か!?生!!」
「……な、なんなの…これ…。」
三人は生の周りを、距離を取りながら戦闘態勢に入った。ミユは右手に銀色の拳銃の様なものを魔力を使用して生成し、リンと秀一はそれぞれ右手に両側に刃がある剣を生成した。それぞれその生成した武器から、オーラの様なものが放たれている。ミユの拳銃の様なものからは赤、リンからは青、秀一からもリンと同様に青のオーラの様なものが出ている。
「何でこんな事になってるの…?この子は…、一般の生徒でしょ?でも、これは…まるで上級の悪魔見たいじゃない…。」
「分からないな…。俺もこんな…黒い魔力は初めてみた…。おそれくだが、これは上級の悪魔などという可愛いレベルのものではない気がする。一体コイツは…、何者なんだ…。」
リンは、青のオーラを放つ剣を構えた。
「一旦これは…、気を失わせるしかないな。」
そう言うと、リンは剣に力を込めた。すると、生の顔が青い物体に覆われた。
「リン!それだと彼が死んでしまう!」
「いやこれ程の威力を出さなければ、気絶させる事は出来ないだろう。この少年が放つ魔力に力負けして、術が消えぬ様威力は通常より強くしたがこの魔術は、相手を殺す為の魔術じゃない。安心しろよ。俺は水の魔術の領域では、第一位に君臨する男だぞ?」
「リンの実力はそりゃあ信用していないわけじゃないけどさ。」
秀一はそう言うとリン、ミユと同様に構えた。しかし、秀一は生が自分の友人であるが故なのか、構えが安定していない。
生はというと周りに黒いオーラを放ちながら、息が出来ない事に気づきもがき始めた。リンの魔術に掛かったのだ。
「うっっぐ、ぐ………、ウッ…」
実際に生の体全体が水に浸かっているわけでないので、もがいても水の中から脱出する事は出来ない。顔全体が水で覆われているのだ。術者が術を解除しない限り呼吸をする事は出来ない。
「もう術を解いても大丈夫そうだ。」
「いやまだだ。秀一。お前は周りにダメージ吸収用の障壁をドーム状に貼れ。」
「何言ってんだリン!もう十分だろ?生はもう窒息寸前じゃないか⁉」
「お前こそ、その目は節穴か!自分の友人だからと害が無いと甘く見るのか⁉お前が何と友人になったかしらないが、コイツを見る限りコイツはただの人間じゃないぞ⁉」
秀一とリンが言い争っている間に、生から沸きだしていた黒い魔力は次第に威力が弱まってきた。それと同時にリンは術を解除した。そして具現化した剣を消滅させた。
「ゲホッ…、ゲホッ、ゲホゲホッ、ゲホッ…」
生は、そのまま倒れて意識を失った。
「生!おい、生!」
秀一もリン同様に、武器の具現化を解除して生が倒れたところに駆け寄った。
「…大丈夫だ。この魔術は、100回やって100回とも敵が死ななかった魔術だ。コイツは気絶しただけだ。後は、お前らに任せる。俺は…このコズモスでコイツの様な事例が無いか当たってみる…。これは一大事だ。本部への報告を忘れるな。」
「………分かった。」
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「はぁ………。」
4時間目の授業が終了して生はまた大きなため息を吐いた。もう何回ため息を吐いたかは分からない。様々な意味のため息だ。やっと午前の授業が終わったというため息、小テストの点数が勉強をしていなかったとは言え悪かったため息、昨日突然異世界に飛ばされてから戻ってくるまでの一連の出来事に対してのため息などそれら頭の中で考えている事が身体の表面上に現れた結果がこの一つのため息だ。秀一はというとあれだけのグロテスクな場面を見ておきながらいつも変わらない振る舞いをしている。それにしても秀一には説明して貰ったが、生は納得していない。帰ってくる前、一部記憶が無い部分があるからだ。
「どうした?そんなため息吐いて、小テストがあんまり良くなかったとか?」
秀一は昨日と変わらずに生に声をかけてきた。特に何気無い話をまたいつもの様にするのだろうか。
「まあ色々だよ。それと確かに小テストはヤバい点数だった。」
「まさか半分以下とか?……図星かよ。」
秀一は生の戸惑う姿を見て点数が半分以下と判断した。そしてアハハハと笑った。
「マジか。まあでも中間テストで取れれば大丈夫だろ。気にするなって。因みに俺は満点だけどな。」
「くそっ。嫌な奴だな。はぁ…。でもな、今な。小テストはどうでもいいんだよ。」
生の脳裏に蘇るのは、やはり昨日の事件だ。また、あのグロテスクな場面を見た以降から今日の朝までの記憶がすっぽりと抜けている事についても生は疑問に思っている。もしかして、俺が異世界に行ったなんてのは夢の中の話なんじゃないかと思う。
「……あのさ、昨日って俺は何かあったのか?」
「ん?どうゆう事?」
生は秀一にどの様に質問して良いのか分からなかった。昨日の事をもし詳細に説明して「寝ぼけてるのか?」なんて言われるかもしれない。あまりにも昨日の事が現実味を帯びていない為、生は具体的に昨日の事について質問すべきでないと考えたのだ。
「いや、昨日さなんかいつもと違う事は起きなかったか?」
「………。」
生はそう聞くと秀一が少し黙った。
「あのさ…、放課後暇か?」
「えっ?ああ、特に予定は入ってない。」
生は秀一が今のタイミングで何故放課後に時間があるのか尋ねるのかを考えた。多分こんなのは一つしか無い。
「その時に昨日の事件の詳細を話してくれるって事だな?」
「ああ。それから…、生…、君にやってもらわなければならない事もな…。」
妙に大人びた様な口調で秀一は言った。
「分かった。」
「まあそれはそれとして、生。ライクで宏が飯を屋上で食わないかと言ってるけど、屋上で食う?」
「ああ。いいぜ。食おう。」
生はほんの少しだけ秀一に対して違和感を感じた。だが何かの気のせいだろうと思ってその考えを、すぐ頭の中から捨てた。
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時は夕方の4時半を回った頃。授業が終わってHRが終わり、既に教室は生と秀一を残して空になっていた。特にいつも通りの放課後。変わった事は特に無い。生も普段通り、友達とたわいもない会話をした。その友達も部活に行くからと、放課後になればすぐ教室を出て行った。
「誰もいなくなったな。」
「そうだね…。さて…、話を始めるとしようかな…。生。」
桐山の雰囲気がやはりいつもと違う気がする。更には緊張感も漂う。生は違和感を感じながらもその事については、口にしなかった。そんな中教室の窓が開いていた事もあり、風が教室を駆け抜けて行った。
「昨日さ、突然異世界に行っただろ?まずそれは夢では無い事を始めに言っておく。」
沈黙を破ったのは、秀一だった。突然口を開いたと思えば、淡々と言葉を口から出していく。
「ああ。やっぱり夢じゃないのか…。あれは。」
「そう。あれは、昨日この地球がある世界とは別の世界で起こった小さな事件だ。夢じゃない。これを見てみれば一発さ。」
秀一は制服の腕を捲るとそこには、昨日も装着していた腕時計があった。
「腕時計型端末か。」
「な?つまり昨日起こった事件は、夢じゃないんだ。そして今から俺は、俺の所属している団体と俺の任務について簡単に説明して君にやって貰わなければならない事を言う。でも…その前に…、生に対して謝らなければならない事がある。」
「ん?何だ?」
生は昨日の事件に俺を巻き込んだ事について律儀にも謝ろうとしているのかと考えた。昨日の出来事が夢でなく本当であるそするならば確かに、秀一達は生を危険な事に巻き込んだ事になる。しかし、生は特に気にしていなかった。寧ろ気にしているのは、秀一の恐ろしさである。勿論秀一だけでなく、リンと呼ばれる小隊長の様な30代の男、こちら側の世界の人間で生、秀一と同じくこの学校に通っていると思われるミユに対しても生は、恐れを感じている。何か逆らう事をすると、異世界での魔物の様に簡単に自分が殺されてしまうのではないかという気がするのだ。だが、秀一に対しては元からの友人であったという事もあり、恐れは少しのみしか感じてはいない。
「本当にすまなかった…。俺…、私は…、今迄ずっと君を騙していたのだ…。」
「は?」
生は予想外の事に度肝を抜かれた。騙してきた?何を…?それに一人称が私に変わったぞ?
「どうゆう意味だよ、桐山?何だよ、騙してきたって。」
「私は、桐山秀一という偽名を使って変装していた。そして、私の本来の姿は…。」
この学校指定の制服を着ている秀一は、突然姿が変わったのだ。驚くべき事に瞬時に姿が変わった。そして、信じられない事に背中からだろうか、片側3枚の大きな黒い翼が徐々に伸びてきた。黒い翼が伸びると同時に秀一の周りにある机や椅子がいとも簡単に吹き飛ばされた。まるで秀一自身から突風が巻き起こっているかの様だ。生自身も自分の身体が飛ばされない様に踏ん張っている。
「なっ…………、は?いくら何でも冗談だろ?流石に…。秀一が…、天使??これは夢…なのか?」
「一応天使をこれでもやっている。堕落しているけれども。」
そう答えた秀一は最早秀一の姿をしていない。髪色こそ黒いままではあるが、そもそも髪質が違う。男によくあるサバサバした感じでは一切無くなっている。また、髪の長さは背中まで伸びた。また秀一は名前から分かる通り生と同じ学年のイケメン男子生徒であったが、今の秀一の姿は20代の美女だ。顔はモデルの様に整っている。声も秀一の声ではなく女性の声になっている。
「ごめんちょっと待って、マジで理解出来ない。えっ?どうゆう事?っていうかそもそもお前は秀一なのか?いや、偽名を使ってたと言うならそもそも秀一じゃないか、お前は桐山秀一と名乗っていた俺の友達なのか?」
「そう。私が桐山秀一として普通の人間と偽り、浅間生という人間を観察していたんだ。」
「観察?何の目的で?というかそもそも、お前普通の人間って言うならばお前は、に普通の人間にはなり切れていなかったんじゃないのか?」
「そうか?」
秀一だった何かの天使は、机の上に腰かけた。そして足を組んだ。この仕草は確かに桐山秀一と何ら変わりのない仕草だなと生は思った。
「そうだ。普通に考えてみろ?最早お前が桐山秀一という人間じゃないと言う事が、正直言って信じられはしないけど、明らかになったから言うけどさ。成績も学年1番、運動もお前いつも体育でいつも先生を驚かせてただろ?それだけじゃなく、学校内ではもの凄い人気者だ。学年生活最後の文化祭のミスターコンテストもお前が出場する事が、瞬時に確定しただろ?テニスでは、関東大会も出場するしさ。」
「人並に運動能力も大分抑えていたつもりなのだが…。」
「まじかよ…。あれで、抑えてたって…。」
生はもう桐山は人間ではないという事を理解いた。人間の思考では物事をきっと考えてはいないのだ。
「それはそれとして、私が何の為に観察する事になったのか…、だが。それこそ、信じてもらえるかは疑問なのだが…。」
「もったいぶらずに言えよ。もう俺の目の前にいる存在のおかげで今なら何言っても信じられる様な気ふがする。」
生は目の前で机の上に座っている女性に向けて指を差した。
「………君自体が暴走しない為の監視だよ。」
「…は?ごめん、それは…信じられないわ。暴走?それこそ意味わかんねぇ。いくら目の前の光景が真実だとしても、それは信じらない。暴走って、まるで俺が特別な力でも持っているようじゃねぇか。もうそれこそ完全な中二病だろ。流石にそこまでくると笑える。おい、秀一、いつまでお前は芝居を続けるつもりだよ。いくら何でも度が過ぎるぞ?最初は俺をバカにする為に用意したいたずらだと思ったけどさ。もういよいよ信じられないな。お前はもういいよ、演じなくて。誰に言われたか知らないけどさ。」
ここまで酷い悪ふざけはされた事は無いがよくヤンチャなヤツ達から色々とからかわれる事がある。生の口調だったり、趣味だったりと。その中で桐山秀一ただ一人が生を一人の友人として、接してくれた。正直言って桐山秀一がこの学校に転校して来てからだ。いじめの様なものが無くなったのは。
「…。昨日、君はこちらの地球がある世界に帰って来る時の記憶が無いだろ?」
「…何で…知ってるんだ?」
それは、秀一とミユ、それからリンという男しか知らないはずだ。なのにその情報を知っている。
「その時暴走しかけたんだ。」
「…。」
生は確かにあのグロテスクな光景を見た後から、翌日の朝までの記憶が無い。起きた時には既に学校にいたのだ。
「一方的で本当にすまない。でも君を守る為には自分自身で自覚を持ってもらうしかない…。」
「自覚を持つ?」
「ああ。自分の能力について認識をしてそれを制御出来る様にするんだ。そして自分のものにして誰かをその力で救う。その為にも、生にはこれからコズモスに行って修行して貰う。」
秀一だった女性の天使はぴょんと机から降りた。身長は生よりも若干低い。生は大体170cmくらいだから、女性の平均よりも大きい事にはなる。
「…なあ。俺はさあまり疑問を持ちたくはないけど…。昨日突然異世界へ行く道を開いたのは、まさか秀一…だったのか?」
「…さあ…。」
「そうか。お前かよ…。」
生はため息を吐いた。
「でもさ、お前は分かってると思うけどさ、俺らは今年受験だぞ?その勉強もしなきゃいけないだろ?」
「分かってる。けれど…生が暴走してしまえば、大変な事になってしまう。生自身も傷つけるのだぞ?」
「…俺自身も傷つく?」
「そう。だからお願いだ。自分自身を傷つけない為にも、コズモスで自分自身が一体何なのか見つけてきて欲しい。」
「…。」
生は、もうここまで言われると何も言えなくなってしまう。何故こんなにも必死になって、この天使が生にコズモスに行って欲しいと頼んでいるかは分からない。けれど…。
「桐山には色々と恩がある。桐山がいなければきっと俺は、もっとひどいいじめを受けていたかもしれない。だから、桐山に恩返しするというつもりで俺はコズモスに行くよ。」
「本当か?ありがとう!」
悪意が無い笑顔を女性天使は見せた。生はその笑顔に顔が赤くなってしまった。
「で…、コズモスってどこだ?」
やっと序章が終わりました
次から第1章に入ります。
2019/2/16にかなり変更を加えました。申し訳ありませんが、2019/2/16以前にお読みになった方はもう一度読まれる事をお薦め致します