0.1ここは何処?
「何で俺らは森の中にいるんだ?」
生が「俺」で無く「俺ら」と自分自身を呼んだのは訳がある。生一人では無いからだ。当然ながら生一人では「俺ら」とは言わない。
「はぁ…、良かった。マジで…。腕をもしつかめなかったら、ショウが時空の狭間に行ってたかも知れない…。」
「時空の狭間?えっ?時空の狭間?」
聞きなれた単語をショウは聞いた。しかし、それは現実で聞きなれた単語では無く、ゲームやアニメ、小説などでよく耳にする言葉だ。よく主人公達が別の世界、別次元の世界へと移動する際に時空の狭間にいってしまうと、もう二度と戻ってこれないという。
「本当だよ…もう。J世界から、空間移動によっての死者を出すところだったじゃない…。でも何で…?事前に転送警告の表示はされてなかったよね?」
「分からない。出現条件は満たしてなかったはずだ。J世界には、魔力がそもそも存在しないはずなのだから、異世界へのゲートが勝手に開くはずは無いはず…。だから誰かが学校内に座標を設定して開かせたと考えるべきなんだけど…。」
全く話についていけない。聞きなれない単語ばかり出てきて、よく分からない。J世界?魔力?異世界?ゲームの話でもしているのだろうかとショウは思った。
「よう。ちゃんと転送は出来たらしいなぁ。よかった。よかった。」
突然思いもよらない方向から声がした。今目の前に広がる場所は、森だ。木々で周りが覆われていて、どう考えても人が住んでいそうな場所ではないが…。とショウは思っているとショウの後ろの茂みの中から一人の長身の男が出てきた。
「突然学校内に転送陣を出すなとあれだけ言ったのだが?無関係であるショウまで巻き込んでしまったじゃないか!リン!」
どうやら秀一は誰が出てくるから分かっていたらしく、茂みの方向を振り返らずに、長身の男に話しかけた。
「すまんすまん。痛って!無言で腹を殴るなって。ミユ。」
この場所には生、秀一、秀一と一緒にいた女性、そして今リンと呼ばれた男性だ。リンと言われた男性はほんの少しだが髭を生やしている。いや、髭を数日間か剃っていないだけだろうという感じだが。そして身長は180cmはありそうだ。年は30代くらいだろうか。服装は、茶色の革のコートを羽織っていて足首までの長さがある黒いブーツを履いている。まるでゲームでよく見る冒険者の様な恰好だ。特に武器を持っている様子はないが、ゲームではよく見る冒険者の様な恰好をしている。対して、生、秀一、ミユと呼ばれた女性は共に学生服を着ている。この場所にそぐわない恰好である。しかし、生は制服を着ている事に対してはもうどうでもよかった。
「いや、仕方無いだろう?緊急だったんだ。ほら、周りを良く見てみろ。一人じゃあ対処仕切れ無い量の魔物だ。」
リンは、親指を自分の後ろの方向に立てた。
「魔物…?」
ゲームの中では散々聞いた単語が出てきた。しかし現実で耳にするとは。それもただ耳にしたわけでは無い。何かのゲームに出てくる魔物について言ったのではなく、はっきりと魔物が出たと言った事に対して生は聞き返さずにはいられなかった。
(魔物…?どうゆう事だ?)
生は魔物を一度たりとも現実で見た事はない。しかし、少なくともその魔物がどんな物であるかは曖昧だが浮かんでいた。
「確かに軽く100はいるという感じだね。魔物特有の魔力の匂いがプンプンするよ。でも何でこんな事になってるんだ?」
秀一は周りを見渡しながら、小声で言った。周りを見渡しても姿は見えないが気配を感じ取ったのだ。一方ショウは全く何が起きているのか分かっていない為、必死に秀一とリン、ミユのやり取りを聞き取っている。
「俺も分かんねぇ。しかし何故か俺に纏わり付いてくる。数100匹は倒せたんだが残りが結構強そうだ。さっき開けた場所に居たんだが、巨人兵やらオークやらが居た。」
「一匹だったら対した事が無いのにね。リンが倒したという事は、リンを襲ってきた魔物は合計で200体いたという事?」
「ああ。美優の言う通りだよ。本当に突然だったね。襲われたのは。最初は特に難なく、倒していたんだけどな。後ろの方に、強力なやつがいてな、そいつを倒す為の量の魔力を出せば民家に被害が出る可能性があると考えてな、一度山へと入ってきたというわけだ。俺達が民家の被害を出すわけにはいかないだろ?」
「だけど、そんなに沢山の魔物が集団行動するのか?」
「しないだろうな。多分いやほぼ確実に誰かの手によって操られているだろうな。もしくはこれだけの魔物の量となると一人では無く複数人のグループか組織で計画的にやっているのかもしれんな。」
「リン。一体何をしたんだ?こっちから何かしない限りこんなに多く魔物が襲ってくるわけが無いだろう?絶対何かしただろ?」
秀一はため息を吐きながら、リンに質問した。もう既に誰が発端でこの襲われる状況を作ったか秀一は分かって、それを確認する為の質問をリンにした。
「いや、今回は別に相手を怒らせた訳じゃない。ただ単にコアを盗んで来ただけだ。」
「「それだ。」よ。」
秀一と女性の声が一致した。もう答える準備が事前に出来ていたようだ。
「いや、仕方無いだろう?これも仕事なんだ。」
「はぁ…。リンってさ本当に人に怨まれる仕事ばっかりやってるよね。今回は人ではないけれど」
「…照れるなぁ…。」
「誰も「褒めてない(ねぇ)し」」
続けて秀一が小声で言った。
「何が『一人では無く複数人のグループか組織で計画的にやってる』だよ。すっとぼけやがって。はぁ…呼ばれた時から思ったよ。こうなるって。じゃあ…、転送警告が無かったのはこの装置の故障なのか?」
秀一はそう言いながら、自分の腕に巻いてある腕時計をポチポチと操作し始めた。ショウには何の変哲もない腕時計にしか見えないが、何か特別な機能でもあるのだろうか?そもそも、三人のいざこざに生ただ一人はついていけていない。一体ここは何処なのか全く分かっていないのだ。それに「魔物に襲われている」という常識から逸脱している状況。今見ている風景は自分が学校で寝てしまって見ている夢じゃ無いのかと思う。それかもしくは、この3人が演劇の練習をしていてそれを無理矢理見せられているとか?
「桐山、桐山。これは何だ一体?異世界?演劇の練習でもしてるのか?」
話を盛り上がっている所で自分が声をかける事はあまり気が進まないが、今何が起こっているのか、この場所が一体何処なのか、分からない以上この三人の中で唯一知り合いである秀一に話しかけるしか無いと生は考えた。
「えっ?あ、ごめん。そうだ。生、一般生徒を巻き込んでしまったんだよ。」
秀一は自分が仲間との話にのめり込んでいた事に気づき、生という転移魔法に巻き込まれた一般生徒がいた事を説明した。しかし、ショウが聞いた言葉は無視されてしまった。
「なるほど。で、君が『巻き込まれた一般生徒』のアサマショウか。災難だな。危険な目に合わせて本当に申し訳ない。君、本当に申し訳ない無いが少しの間俺達と付き合ってくれるか?その後、秀一と美憂と共に君の本来いる世界に戻すから。」
生に対しては初対面という事もあってか真面目に話した。そこで生は聞き慣れてはいるが現実でゲームの話以外に聞いた事が無い状況を耳にした。
「本来いる世界?」
まるで今いる場所が違う世界であるのかのような発言をリンはしたのだ。
「そうだ。ここはな、様は別世界。君たちのいる世界では、異世界って言ってたっけな?あっそうだ。ミユとシュウイチ。」
「何?」
「ん?」
秀一とミユはどうやら周りを警戒しているらしく、周囲を見渡しながら返事をした。
「まあ緊急召喚を要請する事になったには間違いなく俺のせいだ。」
「認めるんだ。珍しいねリン。いつもなら、絶対に自分の否を認めないのに。」
「うるせぇ。今回は明らかに俺のミスだからな。で、今回少し気になる事があったから召喚要請を行った時の事について、ミユとシュウイチの二人にも一応言っておこうと思う。俺はお前達が毎日通っているという『ガッコウ』という場所からこの場所まで秀一と美憂を移動させる為に緊張召喚装置を要請させたわけじゃねぇんだ。他の人に要請しようとはしていたけどな。」
「はっ?」
「えっ?」
ミユとシュウイチが周囲の警戒を中断して、リンの方向へほぼ同時に振り返った。
「それを先に言えよ!俺達を呼んでいないのに、俺達が来ているって事は…。」
「そうね。三つの可能性しか考えられない。一つは、誤作動で召喚装置が発動した事。」
ミユは、身体の向きを周囲の森へと向けて、目を凝らし始めた。
「二つ目は、リン以外に召喚装置を申請させ、神奈川支部から座標を設定して召喚装置を開いた事。」
「三つ目は…。まあほぼ可能性が無いとは思うが、大天使以上の存在が関与している場合だ。まあ三つ目はまずあり得ないだろうな。」
「俺達が来る直前に、何か変わった事はあったか?」
秀一もミユと同様に周囲の警戒をまたし始めた。しかし、今度は違って手が紫色に光っている様に見える。ショウは、秀一の右手の紫色の光を見た。しかしショウは自分の見間違いだと思い、目線をずらした。
「ああ、あった。その前にさっきの言葉を訂正するぞ。俺は召喚申請をしようと、お前らの世界にあるカナガワ支部に通信した。だが、返答が無かったんだ。このまま、この山で身を潜めても埒が明かない。だから俺は、加減は難しいが俺自身の魔力を使おうと考えていた時に、腕に巻いているこの機械に召喚情報が突然来たんだ。」
秀一は、今までの話を纏めた。ショウには何について話しているのは分からないが、少なくとも今の状態が良い状態ではないという事だけは、分かった。
「突然?えっ?リンの方からは座標を言ってはいないよね?そもそも支部から返答がないという事は、この世界からの座標を送信できないよね?」
「そう。こちらはあくまで発信機と変わらない機能しかないからね。そもそも、こちら側にそこまで精密な機械を持ち込めるかどうかは分からない。そもそも使われている技術が国家機密だからね。俺達もどんな技術が使われているかは正確には知らない。」
国家機密?国が関わってる?意味分からない。ショウは一人置いてけぼりになっていった。
「あの…、皆さん…。今何の話をしているのですか…?」
ショウはついつい敬語になってしまった。頼むから教えてくださいと懇願するかの様な声のトーンである。
「様は、召喚の失敗だ。何らかの干渉によって、召喚が失敗したとは思うけどな。」
「召喚の失敗?ですか?」
リンは見た目から判断して年上である上に初対面である事からショウは敬語で話すのが良いと判断した。
「オイオイ。敬語はよしてくれよ。俺だけ仲間ハズレ見たいじゃないか。」
生は語尾を敬語にするかどうか迷った。正直同年代では敬語にするべきかタメ口にするべきか分からないのだ。戸惑っていた生を見てリンは続けて口を開いた。
「大して偉くもねぇのに敬語を使われても困るんだよ。それに普通に名前も『リン』と呼び捨てにして良いからな。」
「わかった…。よ、よろしく、リン。」
ショウは目上の人にタメ口で話すという事が只々違和感しか無かったので、とてもぎこちない挨拶になった。
「最初俺達と会った時ともリンはこんな感じだったんだ。最初から馴れ馴れしく接してくるし。」
「ゴホン……。まあ召喚の失敗など色々今回の出来事にはあるが、それは後で本部に言うとして、とりあいず今の状況を整理すると俺が魔人の敵のコア…まあ平たく言えば宝だな。それを盗んできたが為に魔人が大量の魔族と部下を連れて、俺を襲ってきたわけだ。で、俺は俺一人じゃ対処しきれなくなった為にお前らを呼んだ。」
「ったく本当に自分勝手だな…。」
秀一がため息をつく。
「うるせぇ。だがそのコアは奪い返しておかないと後で厄介になるからな。」
「?どうゆう事?まさかアレを盗まれたから奪い返したとかいわないよね?」
美憂は腕組みをしながら言った。アレ?とは何だろうか。生はまたもおきざりにされようとしていた。
「アレというのは?」
生は美憂に聞いてみた。生以外の皆は見当がついている様で、リンはまるでもの凄く苦いお茶を飲んだ様な顔をしている。
「はぁ…、どうやら、リンは完全に図星な様ね。アレというのはサモンズリングコアの事を指しているの。この世界と私達がいる世界とを転送する為のパーツ。今私達が手首にはめている物の事よ。カモフラージュの為に少し大きめの腕時計型になっているけど、この中に埋め込まれてるの。これが無いと不安定なまま時空の狭間に入ってしまうから、酷い場合だと時空の狭間に取り残されてしまうかもしれない。でも本当に最悪な状況にならなくてよかったね。時空の狭間に取り残されると本当に出てこられなくなってしまうから。」
「確かにな。こちら側の世界の奴が金儲けの為とか、開拓の為だとかで時空の狭間に飛び込んで行ったがそいつらは誰一人戻ってこなかったからな。中には俺のダチも含まれてたな。でもあれだな。よく時空の通路を通ってこれたな。」
確かに目の前の視界がグニャリと曲がって目の前が何も見えなくなると思った時は本当に焦った。でも声が聞こえて手を掴まれた時は安心した。
「一瞬の事だったから良くは分からないけど誰かに腕を掴まれたんだ。最初一瞬桐山が腕を掴んだのかと思ったけどでも桐山は…。」
「ああ。美憂と俺は後ろだよ。転送装置が突然作動してその出入口が生の前に現れたんだ。だから俺達は生より前にはいない。」
「だよな…。じゃあ、掴んだのは秀一じゃないのか…。」
三人には聞こえない様小声でショウは言った。一体誰が、『よし掴んだ』と言ったんだろうか。明らかに秀一だったような気がするけどな…。と思いながらもまあいいかと思った。
「そんな事より、今魔物に囲まれているんだろ?もういつ襲ってくるか分からないんだ。戦闘準備をして、生を避難させておかないとまずいんじゃない?」
「いや、結界を辺り一帯に張っているから大丈夫だ。周りに完全に囲まれた状態になった方がこっちとしても都合が良いからな。まあ今襲いかかっても全く問題はないだろ?」
「うん。私達はそうだけど、そのショウくんは危ないと思うよ?少なくとも…、魔力がある無いに関わらず魔術は習ってないはずだよね」
ミユはショウの事をちらっと見ながら、手を腰に当てた。
「確かに…。防御魔術も使用せずに魔物の対峙するのは自殺行為だもんな。とりあいず、ミユとシュウイチは二方向に分かれてそれぞれ魔物を誘導して、討伐してくれ。俺はこいつを安全な場所に移動させた後で、魔物を迎え撃つ。」
「「了解」」
リンは素早くミユと秀一に指示した。すると秀一達はすぐさま周囲の森へと姿を消した。