008. 勇者様御一行の入国 - Ⅵ
「はぁ、はぁ……」
優斗は呼吸を乱しつつも刀を降ろして構え直し、その双眼でクロドの方を睨みつける。
その据えた目は、迷うこと無くクロドの命を捉えていた。
優斗が持つ刀の名は『史ヲ語継グ剣』。
この刀は、今までの所持者の剣術をすべて累積記憶し、それを次の持ち手に伝えることができるという妖刀である。
そのため、まったく刀を握ったことのない素人が持っても、刀に記憶された剣術によって熟練の剣豪より鋭く刀を振るえるようになり、優斗はこの刀の能力で最強の大剣豪と化していた。
もちろん、意志力の弱い者が持てば刀に意識を奪われて逆に身体を乗っ取られてしまうというような危険性も無く、完全なノーリスク・ハイリターンの異能武器である。
「なんて剣さばきしてんだよ……」
クロドは優斗の剣技を見て、素直に驚愕していた。
今まで大砲の直撃に耐える異世界人や、砲弾の雨を避け切る異世界人なら何度か相手をしたことはあっても、目の前に迫ってくる砲弾を叩き斬って防ぐ相手は初めてであった。
そして、それほどの剣技を持つ異世界人が今、自分の命を狙って刃を向けている。
死を予期するには十分過ぎる状況であった。
優斗は、刀を構えたまま前に歩み始めた。
かなりおぼつかない足取りで、一歩一歩踏み出すのも苦しそうな表情をしているが、殺意だけははっきり伝わってくる。
あらゆる物理攻撃が効かず、大砲すら見切る剣術。魔法による攻撃はまだ試していないが、それで倒せる望みも薄いだろう。
絶体絶命の状況であったが、クロド達はまだ諦めてはいなかった。
「おいシロイ、何か手はあるか?」
「……今、後詰のヘルマン達には救援を要請した、魔術師隊を送ってくれるはずだ。それまでは耐えるしか無いな」
「要するに、何も思いついていないってことか……」
「…………あぁ、そういうことだよ」
接近を許せば容易に斬り裂かれる。
時間稼ぎするとしたら、遠距離から攻撃するしか他なかったが──、
「シ、シロイ様! 異世界人が止まりませんッ!!」
「うろたえるな! 撃ち続けろッ!!」
今できる遠距離攻撃として、シロイはありったけの大砲とクロスボウによる斉射を命じているが、優斗は足を止めること無く大砲を難なく防ぎ、クロスボウに至っては、もはや防御すらしていない。
「はぁ、はぁ……。無駄だよ、この刀と『絶対防御』の前にはね……」
優斗は、自分が有利であると自覚し始めると、次第に強気になっていった。
女三人組に格好良いところを見せられないのは少し残念に思っていたが、今から目の前に見えている敵を全て倒してストレス発散し、いっそのこと、この国を乗っ取ってやろうとすら考え始めている。
「チッ、このままだと押し負けちまうな。アレの方はもう少し時間が掛かるだろうし……」
打つ手無しの状況に、流石のクロドでも焦りの表情を隠せない。
だが、優斗の様子を観察していたシロイは、あることを思いついていた。
「……クロド、すまないがアイツの足を止めることはできるか?」
「あの剣さばきを相手に足止めしろってのか……? ったく、とんだ戦術家だな!」
そう悪態をつきながらクロドはハルバードを握り直し、優斗の方へと歩き始めた。
「……あの強さだ。あんまり待たされると、俺でも厳しいぞ」
「わかっている。だが、アイツを倒す方法を思いついたんだ」
自信満々に言い放つと、シロイは部下の兵達に命令を伝え、市場へと走らせていった。
「……ジャマだ!」
「ぅ……、うわぁ!!」
優斗が大砲にまでゆっくりと近づいていくと、そのまま刀で大砲を両断した。
砲兵は怖気づいて逃げ出そうとしたが足がもつれて転んでしまい、無防備な背中を優斗に晒す。
そして、その隙を優斗は逃さなかった。
ゆっくりと砲兵へ近づいていき、軽蔑するようなものを見る目で砲兵を見下す優斗。
上段から振り下ろして縦に斬り裂いてやろうと考え構えを取り、いま振り下ろさんとした、その時──、
『ガキィンッ!!』
優斗の脇腹めがけてハルバードの横薙ぎが飛来し、すんでのところで気づいた優斗は、咄嗟に刀の腹で受け止めた。
通常なら刀は折れていてもおかしくなかったが、『絶対防御』の効果が刀にも及んでいるようで、傷一つついていない。
「……お前の敵は、俺だろッ!」
そう言いながらクロドは力を込めてハルバードを振り切り、優斗を再び吹き飛ばす。
だが、今度は吹き飛ばされても優斗は転がっていかず、吹き飛んだ先でなんとか着地して留まっていた。
クロドは砲兵を引っ張り起こして逃がすと、優斗を睨みつけながら前に立ちはだかった。
「随分と調子良さそうだな、最強の勇者様よぉ!」
「はぁ、はぁ……。どうして、僕を殺そうとするんだ……?」
「……どうして? 本当に分からないのか?」
この期に及んで、まだ自分が犯した罪を理解していない優斗にクロドはやや呆れる。
クロドは深い溜め息を吐いた後、優斗の罪について説明し始めた。
「まず門番達を殺傷して強行突破し、この国に不法侵入した。お前の世界じゃどうだったか知らないが、たとえお前が異世界人じゃなかったとしても、この国の法じゃ死刑相当の重罪だ」
「……それは"正当防衛"って」
「正当な理由があれば、な。どこの世界に行けば、門番を殺すと勝手に侵入しても良くなる国があるんだよ!」
クロドの正論に言い返せない優斗。
まさか、昔やったテレビゲームでそんな国があったから……とは、口が裂けても言えなかった。
「それに、盗賊集団とオークの殺害の件。……お前、女の前で格好つけたいために、わざと見つかって挑発したんだろ? 少なくとも、オークの方はよほどのことが無い限り、人間を襲わない」
「ぐっ……」
「さぞ気の晴れる思いだったんだろう? なんせ、絶対に負けないことが分かってて好きなだけ一方的に殺せるんだからな。おまけに、殺した分だけ周りの女からは称賛の声!」
図星を突かれた優斗は、苦い顔をしながら黙って聞き続ける。
「……有り体に言えば、女からちやほやされたいために人を殺す殺人鬼、ってところか? まぁ、盗賊集団の方はまだ見逃してやってもいいが、オーク殺害はやり過ぎだ。俺達の国は、亜人種と協力関係を結んでいるんだからな」
「そ、それは知らなかったから……」
「知らないで済むわけねぇだろうが! この後、オーク達にどれだけ事情説明しなきゃならないか分かってるのか!?」
クロドの怒声に思わず尻込みする優斗。
前の世界でも味わった"大人に怒られる"という苦い経験が、沸々と蘇ってくる。
「あと、女三人の誘拐容疑もか。何言って誑かしたのか知らないが、どうせろくな理由じゃないだろ。……これらが、俺が思いつく限りのお前の犯罪だ」
クロドの説明を聞いて、優斗自身も重ねた罪の重さを理解したが、それでも認める事はできなかった。
一度認めてしまえば、自分が勇者でも何でも無く、ただの犯罪者だということを実感させられてしまう。
実際のところ、ただの犯罪者なのであるが。
うつむいたまま黙ってしまった優斗に対し、良い感じに時間稼ぎが出来ていると内心ほくそ笑んでいるクロドは、もっと時間を稼ぐために会話を続けた。
「せっかくだ、この国について3つ教えておいてやろう。まず1つ、この国に王はもういない。……今から15年ほど前、お前と同じ異世界人がこの国で暴虐の限りを尽くして王の一族を皆殺しにしてな、今はもう王政ではなく共和制になっている」
「僕と同じ異世界人が……」
「あぁ、安心しろ! お前は王様に会いたいとか言っていたが、俺が責任を持って会わせてやるよ。お前を殺してな!」
クロドに大胆な挑発をされても、優斗は口を紡ぐしか無い。
そんな優斗を無視して、クロドは次の話へと進めていく。
「2つ目、この国での決闘の仕来りだ。二人の人間がそれぞれ立会人を用意して向かい合い、手に持った金属製の物を3回ぶつけ合うと決闘開始の合図になる。こう、カンカンカンッてな」
そう言いながら、クロドは手に持っていたハルバードの石突部分で大砲を軽く叩き、音を鳴らした。
その音は少し濁っていたが、先ほどクロドと優斗が乾杯した際に鳴らした音を思い出させるには十分であった。
そして、それはつまり、クロドは最初から酒宴を楽しむ気など無く、笑って会話していた裏で自分の事をどうやって殺すか考えていたのだと、優斗に思い知らせたのであった。
「最初から、僕と殺すつもりだったんだな……っ!」
「なんだ、今さら気づいたのか?」
クロドを睨みつける優斗とは対象的に、クロドは酒場で見せていた笑顔より何倍も楽しそうな顔をしている。
「最後の3つ目だ。この国で王が殺された後の話だがな、同じ悲劇を繰り返させないために、ここではあらゆる趣向を凝らして都市開発されている。いつ何時、異世界人がやってきても良いようにな」
「……だったら、何!!」
「つまりな、異世界人をご招待する準備は万全だったってことだ」
「どういうこ……っ」
優斗が反論しようとしたが、突然身体が震えだし、頭痛と目眩が激しくなって言葉に詰まった。
辛うじて刀を掴む手は離さなかったが、手足の指先が痺れ始めて次第に感覚が無くなっていく。
そして更に、優斗の身体には猛烈な吐き気と腹痛が襲ってきていた。
「……やっと、効いてきたな!」
突然苦しみだした優斗の姿に、クロドは少しだけ満足そうな笑みを浮かべていた。
この国にある酒場のうち、"ある契約"を国と交わした酒場にだけ支給される物がある。
一般人が間違っても飲まないよう厳重に秘蔵され、迂闊に存在を漏らすだけでも厳罰が下されると言われている代物。
それは、この国の薬学の粋を結集して醸造され、赤と青の荷札が付けられた"毒酒"であった。
強力な即死毒は見破られやすいので使われていないが、手足を痺れさせて自由を奪う麻痺毒と、強烈な頭痛・目眩・腹痛を引き起こして集中力を低下させる毒を合わせた複合毒が混入しており、更に、その毒自体は無味無臭。
酒に混ぜられていても気づかれる可能性はまず無く、わざわざ銀食器に反応しないものを厳選して使用されている。
この毒酒を用いて異世界人を弱らせた後、一気に仕留めてしまうというのが、この国に侵入してきた異世界人討伐方法の一つであった。
欠点を挙げるとすれば、異世界人に酒を飲ませるように仕向けること自体が困難であることと、毒が遅効性のため症状が現れるまで時間が掛かってしまうということである。
クロドは優斗達を毒酒の置いてある店に誘引し、優斗に疑わせないため自分も毒酒を飲んでみせたが、あらかじめ用意していた解毒剤を既に飲み終わっていたため、毒の症状は殆ど現れていない。
「ぐ、ぐぅぅ……」
「その様子だと、この国自慢の酒を随分と気に入ったようだな! ……さぁお喋りも終わりだ、そろそろやり合おうか!!」
クロドが構えて戦闘態勢を取り、そのハルバードの矛先は、優斗をしっかりと捉えていた。