007. 勇者様御一行の入国 - Ⅴ
「うぅ……、なんだ、いきなり……」
優斗は地面にうつ伏せになって倒れたままであった。
『絶対防御』の加護を受けた服のお陰で怪我はなかったが、酔った身体で地面を転がったためか、猛烈な頭痛と吐き気に襲われている。
いきなりクロドに投げ飛ばされたことは覚えている。
なぜ投げ飛ばされたのかは分からない様子であったが、とりあえず倒れたまま考えても埒が明かないため、優斗はゆっくりと身体を起こし顔を上げ、前を向いた。
そして、目の前に広がる光景に言葉を失ってしまった。
店の周りには大勢の兵が取り囲んでおり、全員が優斗の方を睨みつけている。
近くの建物上にも兵が展開されており、手にクロスボウを構えながら射撃の合図を今か今かと待っていた。
そして、その兵達の中心にはシロイが静かに佇んで優斗を見ていた。
「な、何これ……」
クロドと優斗達が店に入った後、尾行していた偵察隊員が一部始終を本部に報告し、クロドが時間稼ぎをしている間にシロイが指揮して、周辺の避難勧告と包囲網形成を完了させていたのであった。
呑気に酒を飲んでいる間に周りを取り囲まれてしまった優斗は、この時点でようやくクロドに嵌められたことを理解した。
優斗の心底から少しずつ怒りの気持ちが沸いてくるが、一旦この場から逃れるために立ち上がろうとした瞬間、シロイが「撃てッ!」と号令を下した。
その命令と共に、クロスボウを構えていた兵達が優斗に向けて射撃を開始する。
クロスボウの一つ一つが引き金を引くと同時に風切音を出しながら矢を発射するが、大勢の兵が一斉に射撃を開始したためか、まるで暴風の如く風切音が連なって聞こえ、そして、雨の如く矢が優斗に降り注いだ。
酔って反応と判断力が鈍っている優斗は逃げず、反射的に両手で頭を守ろうとしたが、そのせいでなすがまま射られ続けることになった。
兵達は、自動装填魔法によるクロスボウの装填と射撃を繰り返し、過剰攻撃と言えるほど優斗を撃ち続ける。
相手は異世界人、確実に殺ったと分かるまで兵達は手を止めるつもりはない。
が、しかし、どんなに矢が優斗の身体に命中しても決して刺さることはなく、呆気なく跳ね返って地面に落ちていくだけであった。
シロイが目を凝らしてその様子を観察を続ける。
「効いていないな……、これ以上は矢の無駄か」
シロイがそう認識して次の手を考え始めたその時、店の入口にクロドの姿が見えた。その顔は、遠く離れていても判るほど鬼気迫る表情となっていた。
クロドの考えを察したシロイは急いで射撃中止の合図を出し、兵達が射撃を中止していく。
「攻撃が、止んだ……?」
矢の当たる感触が無くなった優斗は、構えを解いて体勢を整えようとしたが──、
「いや、まだだッ!!」
射撃が終わったのとほぼ同時に、クロドは優斗の元へと走り寄っており、そのまま走った勢いをつけて優斗の背後からハルバードを薙ぎ払った。
ハルバードは優斗と背中部分に当たったが、やはり刃が通らず優斗に傷は負わせられない。
しかし、クロドはそのままハルバードを振り切り、振り切られた優斗は大きく吹っ飛んでいった。
「ぐあっ!」
優斗は再び地面を思いっきり転がっていく。
しかし、それでも怪我を負った様子は一切無く、しばらくして転び止まった後、優斗はまた身体を少しずつ動かして立ち上がろうとしていた。
「チッ、効かねぇか……」
今のクロドが繰り出せる最大の攻撃を叩き込んだつもりであったが、"その程度"では『絶対防御』を突破することは叶わない。
だが、それがわかったからと言ってクロドが優斗を倒すことを諦めるつもりは毛頭無く、優斗が立ち上がるのであれば何度でも攻撃を加える事に変わりはなかった。
薙ぎ払いが駄目であれば刺突による一点突破はどうか、あるいは目や口といった急所を狙うのはどうかと、いろいろと思いつくが、手探りの状態で決定打となる妙案は浮かばない。
とりあえず、ひと通り思いついた攻撃を試すために、クロドは優斗に向かって駆け出そうとしたところ……、
(待て、クロド!)
クロドの頭の中に、シロイの声が響いた。
遠くにいるシロイの方を見ると、シロイはクロドに向かって伝達魔法を放っていた。
伝達魔法とは、遠くにいる人物の脳内に直接要件を伝えられる魔法で、通話魔法とは異なり、受け手側の魔力の有無に関わらず使用することのできる魔法である。
(クロド、少し離れていてくれ。大砲を撃ち込むぞ)
「なるほどな。よし、ブチかましてやれ!」
クロドが片手を挙げて了承したことを伝え、優斗から少し距離をとって留まる。
それを見たシロイは、後ろに待機させていた大砲隊を前進させ始めた。
「うぅ……」
優斗が呻き声をあげながら立ち上がりつつある。
酔いは先ほどより一層酷くなり、頭の中では頭痛がガンガン響いているが、このまま留まっていると何度でも攻撃され続けてしまう。
怪我を負うことは無くても、一方的にやられることはあまり気分の良いものではなかった。
「わかったよ、そっちがその気なら……」
優斗は下にうつむいたまま立ち上がると、腰に巻いていた小さな鞄に手を伸ばし、中腰になって構えた。
「覚悟しっ──『ドォォン!!』
優斗が啖呵を切って戦闘態勢をとったのと同時に、優斗の目の前にまで移動していた大砲が発射され、周囲に轟音が鳴り響いた。
砲兵が大急ぎで準備し狙いもろくに定めていなかったが、至近距離で撃たれた砲弾は弾道が逸れることなく優斗の方へと飛んでいき、そのまま優斗の腹部に見事直撃した。
着弾した砲弾は貫通せず服ごと優斗にめり込み、その衝撃で優斗は後ろに吹っ飛んでいく。
そして、勢いそのままに優斗は建物の外壁に叩きつけられていった。
まるで虫の標本のように壁にへばりついた優斗であったが、すぐに壁から剥がれ、外壁と共に崩れ落ちていく。
「……どう思うシロイ、流石に効いたと思うか?」
「これで倒せないなら手詰まりの状況だな」
クロドとシロイが、瓦礫に埋もれ倒れたままの優斗を観察しながら様子を見る。
普通に考えれば砲弾を腹に受けて死なない人間なんていないだろう。過去にも大砲による一撃で倒せた異世界人は大勢いる。
今回の砲撃も、それなりに自信のある攻撃であったが──。
「うっ…………、はぁ、はぁ……」
瓦礫をどかしながら優斗はゆっくりと身体を起こし、立ち上がってきた。
服に砂埃が着いているが怪我した様子は無く、砲弾が命中した腹部も焦げ跡一つ無かった。
その様子をクロドは歯軋りして睨みつける。
「これでも駄目だったか……ッ!」
「待て。よく見ろ、クロド」
優斗は立ち上がってはいたが、表情は先ほどより明らかに悪くなっている。
足もとがフラつき思わず壁にもたれかかろうとしたが、その前に吐き気が限界を超え、優斗は前のめりになりながら盛大に嘔吐物を撒き散らした。
さしもの『絶対防御』でも慣性までは無効化できず、砲弾直撃による急加速と、建物の壁に打ちつけられての急停止により、優斗の耳石や三半規管には甚大なダメージを負っていた。
「何度か撃ち込めば、殺せないにしても行動不能には持ち込めそうだな」
「その隙に辟易の箱に突っ込んでやるか。 よし、大砲を撃ち続けるぞ!」
嘔吐きながら涙目でクロドの方を睨みつける優斗。
だが、勝機を見つけたクロドはニヤけながら睨み返す。
二人が対峙するその裏で、シロイは着々と砲兵への指示を進めていった。
シロイが持ってきていた大砲は二門、交互に砲撃を繰り返し行えば、優斗には抵抗する隙も与えず完封できるだろう。
クロド達が勝利するための条件は十二分に揃っている。
その勝利の鐘を市場中に響かせるために、大砲の砲撃準備が滞りなく完了した。
「よぉし! 撃てぇッ!!」
クロドの号令に合わせてシロイが砲兵に命令伝達すると、砲兵は大砲に火を入れて砲撃を開始した。
1射目と同様に辺りに轟音を響かせながら、大量の煙とともに鉄の砲弾が優斗に向かって飛び出していく。
先ほどは不意打ち気味に撃ったため避けられることなく命中したが、今の優斗も次の砲弾を避けられるとは到底思えない。
この場にいる兵の誰もが、勝利を確信していた。
だが、この時すでに優斗は腰に巻いていた小さな鞄を開け、中に片手を突っ込んでいた。
この鞄は『底無しの収納鞄』と呼ばれている異能道具で、物の大きさや重さを無視して際限無く物を収納できる代物である。
優斗達が大荷物を持たず旅が出来ていたのはこの鞄のお陰であり、飲食物から食器類、組み立て済みのテントから入浴道具一式、女三人組の下着に至るまで全てが収納されていた。
そして、この鞄には当然ながら、優斗の武器も収納されていたのであった。
──次の瞬間。
優斗の後方にあった壁が突然爆発し、大きな砂埃を上げた。
周りに居た人間、クロドやシロイまでもが、いったい何が起きたのか理解できなかった。
ただ、目の前に見えている優斗がその場から一歩も動かず、無事のまま立ち続けていることだけは理解できた。
優斗の方は片手を高く掲げ、その掲げた手には、一本の刀剣が握られている。
その剣筋はまったく見えなかったが、優斗の姿勢から何が起きたのかは、おおよその予想がついた。
「まさか……、こいつ、砲弾を斬りやがったのか!?」
そのまさかである。
優斗は手に持った刀で砲弾を一刀両断にし、砲撃を避けるまでもなく防いだのであった。