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004. 勇者様御一行の入国 - Ⅱ

 太陽も下がり始めた昼下がり、市場は大勢の人で活気だっていた。

 この国一番の市場ということもあって、通りには所狭しと店が並び、それぞれの店が様々な商品を自慢げに取り扱っている。


 飲食物を販売している店や道に敷物を引き品物を並べている店もあり、この地域では連日お祭りでもあるかのような賑やかさとなっていた。


 集まっている人々は、当然ながらこの市場で買い物をするためにやってきたのであり、食材を買いに来た人や、店頭に並べられた道具や保存食を眺めている旅人らしき人、昼過ぎから酒場で呑んでいる人々など、商品の種類と同じくらい様々な人々が買い物を楽しんでいた。



 普段どおり賑やかな場所で、普段どおり大勢の人が集まって、普段どおり買い物をして過ごす。

 そんな普段どおりの時が流れている市場の入り口前に、とある集団が現れていた。


 その集団は男が1人に女が3人。

 全員が二十歳にも満たない若々しい印象を受ける顔立ちだったが、その全員が、この国の住人とは明らかに異なった雰囲気を出していた。


 特に、先頭を歩く男の格好は飛び抜けて異質なものをしており、布や獣皮とは違う見たことのない材質でできた黒い衣装を纏い、上着の前面や(そで)には精巧なレリーフが彫られた金色のボタンがいくつも散りばめられている。


 この国の住人でないことは確かであったが、他の旅人のように大荷物や武防具は身に着けておらず、他に持っているものは腰に巻いている小さな鞄だけであった。



 その男の半歩後ろからついてきている三人娘達は男ほど異質ではなかったが、それでも周りの人々から浮くような格好をしていた。


 派手な柄と色で染められた布の服から、やたらと肌を露出している髪の長い女性。

 明らかに旅向きでない仰々(ぎょうぎょう)しいローブに、使途不明の装飾をふんだんに着けた大人しそうな女性。

 防具としては心もとない面積と厚さしかない鎧を身に着け、身の丈に合わない大剣を(たずさ)えている少し背の低い女性。


 いずれも、この国の住人や旅人はまた異なった風貌(ふうぼう)をしている。


 近くを通り過ぎる人々も、この4人組に対して一瞬だけ奇異の目を向けるが、関わるべきではないと思ったのか、そそくさと離れていった。



 そんな周りの視線も気にしないかのように、4人は市場の中へと進んで行くと、いきなり髪の長い女性が大声を張り上げた。


「さすが、この大陸一の国ね! こんな大きな市場なんて初めて!!」


 目をキラキラとさせながら目の前に広がる市場を見つめている髪の長い女性の姿を、少し背の低い女性がジッと睨みながら(たしな)めた。


「アリシア、そんな田舎者丸出しの反応しないで。近くにいるボク達が恥ずかしい」


 アリシアと呼ばれた髪の長い女性はムッとなって反論する。


「なによ、ベラ。あなただって初めて見る光景でしょ? この市場を見てワクワクしないの?」

「それは、……否定しないけど、みっともないから」

「あっ! あそこに美味しそうな食べ物売ってるよ!」

「……」


 忠告も聞かず、好き勝手行動するアリシアに、ベラと呼ばれた少し背の低い女性は軽く苛立ちを覚え始めていたが、それを見ていた大人しそうな女性がベラを(なだ)めた。


「ベラ、多少は大目に見てあげましょう。初めてやってきた場所なんだから」


 しかし、ベラは構わずふくれっ面をしており、到底納得しているようには見えない。


「前々からだけど、ネリーはアリシアに甘すぎる! コイツが今まで好き勝手して、何度危ない目に遭ったと思ってるんだ!!」

「それは、その……」


 ベラの怒りの矛先を向けられたネリーはたじろぎ、声が小さくなっていく。

 しかし、それと反比例するかのようにベラの怒声は大きくなっていった。


「ちょっと! ネリーをいじめないでよ!」

「あ、アリシア……」


 アリシアが二人の間に割って入り、ベラの前に立ち塞がる。


「も・と・は・と・言・え・ば……、お前が原因だろッ!!」

「あの、ケンカはちょっと……」

「なによっ!!」

「やるのかッ!!」

「あの~……」


 3人を巻き込んだ言い争いはどんどんと加熱し、騒ぎに気づいた周りの人々も注目し始める。

 いつ掴み合いに発展するやも知れない空気となってきたが、それを阻止せんがために男が声を上げた。


「はいはーい、ストップ! ケンカは止めよう!!」


 男の一声で3人は黙り込み、ジッと男の方を見る。


 さすがのアリシアとベラでも、男の言うことはきちんと従うようだった。

 ネリーはこれで何とか収まったと胸を撫で下ろしていたが、それでもまだアリシアとベラは納得していないようで、今度は男の方へと詰め寄っていった。


「優斗、貴方に決めてもらうわ」

「うん……?」

「僕とアリシア、どっちが正しいと思う?」

「まぁ聞くまでもないことよね、優斗?」

「……えっ!」


 優斗と呼ばれた男は、二人からいきなり難問を吹っ掛けられて戸惑った。

 どちらを選んでもロクでないことになるのは経験則からわかっており、その回答に(きゅう)する。

 優斗からしてみれば、先の門番の件があっても、悪目立ちしなければ多少はしゃいでも気にしないつもりであった。


「「はやく!」」

「あ、えと、その~~……」

 

 急かされても答えは出ない。

 しかし、何か言わないと目の前の二人は納得しそうにもない。



「あの、優斗さん」

「あ、ネリー!」


 究極の問いを前にした優斗は、ネリーから救いの手が差し伸べられたと思い笑顔になったが、


「私の意見も正しかったか、ご判断を……」

「………………」


 その願望は呆気なく打ち砕かれた。


 3人に囲まれて言い寄られる優斗。

 その頭の中では、如何にしてこの危機的状況を脱するかについて頭を回している。



「うぅ~~~~ん…………、ん?」


 優斗が熟考するポーズを取りながら辺りを見渡し、何か解決策に繋がるヒントが無いか探していた所、市場で扱われている様々な商品が目に映った。


「そうだ! あの市場で一番良い物を買ってきた人が一番正しいってことにしよう!!」


 何の脈絡も無く、何の基準で良いと一番で、そもそも良い物なら何故正しくなるのかもよくわからない思いつきの発言であったが、


「……なるほど! その方法なら公平に一番正しい奴を決められるな!」

「さっすが優斗ね!! 冴えてるわ!」

「よくわからないですけど、それなら私でも一番になれるかも……!」


 3人とも、何故かそれで納得してしまった。


(……ホッ)


 とりあえずの危機を脱した優斗は安堵すると、市場の中へと進んでいき、その後を3人がついていった。


 途中、屋台で見つけた値打ち物をどっちが買うかでアリシアとベラが再び言い合いになったり、ネリーが迷子になったり、アリシアが無茶な値切り方して一悶着を起こしたり、ベラが子供扱いされて怒ったり、アリシアがお腹が空いたと駄々をこね出したり、それにまたベラが怒ったりと、色々と(主にアリシアが)トラブルを起こしていたが、概ね問題なく市場を回ることができた。



 歩き疲れた4人は壁にもたれかかって休憩する。


「ハァ……、疲れた」


 散々振り回された優斗が深い溜め息を吐く。


「そうですね……。ところで、さっきから気になっていたのですが、建物に描かれたあの模様、いったい何なのでしょう? 魔法陣のようにも見えますが……」


 ネリーが相槌を打ちながら目の前にある建物を指差した。

 ネリーの言うとおり、建物外壁の端に赤・緑・黃の模様が描かれていた。賑やかな市場ではあまり目立たなかったが、よくよく見ると全ての建物の角に必ず模様が描かれている。


「う〜ん、言われて見ると、確かにどの建物にも描かれているね。この国の風習とかかな……?」


 ネリーの疑問に素っ気なく答える優斗。

 優斗はそんなことよりも、どこかで冷たい物でも飲みたい気分であった。


 そして、近くに飲食店が無いか優斗が周りを見渡していると、少し離れた所から一つの人影が近づいて来るのが見えた。

 丈夫そうな布の服を着た赤毛の巨漢。

 その足取りは、間違いなく優斗達の方に向いている。


 その男と優斗の目が合ったかと思うと、男は突然大声を出しながら優斗達の方へと駆け寄ってきた。


「ようやく見つけたぞ!!」

「……ん?」

「ホント、市場中を探し回ったぞ……。お前達が異世界人かッ!」

「えと……、あ、はい。そうですけど、……おじさんは一体?」


 男にいきなり話しかけられた優斗は、少し驚き戸惑った。

 後ろの三人娘もかなり警戒している。

 男の体格は優斗より一回りも二回りも大きく、顔の傷がさらに威圧感を出していた。


「あぁ名乗らないとな。俺はこの国で兵隊長をしているクロドって者だ」

「この国の兵隊長……、ってことは門番絡みで来たってことですか」


 クロドは軽く自己紹介したが、クロドがこの国の兵士だと知った優斗は睨みつけながら腰の鞄に手を当てて身構える。

 しかし、クロドの方は両手を上げて(おど)けたような素振りを見せた。


「いやいや、そんなに構えなくていい。南門での出来事はもう聞いている。門番達がいきなり襲い掛かってきたんだろ?」

「……えぇ、いきなり向こうが襲ってきたので返り討ちにしちゃいましたが」

「何か手違いがあったようでな、それは申し訳ないと思っている。だから、こうして俺が派遣されてきたんだ」


 陽気そうに受け答えするクロドを前にしても、優斗はまだ構えを解こうとしない。


「それで、その門番達の仇討ちにやってきたんですか……?」

「おいおい、そんな風に見えるか? こっちは武器も無いし、防具すら着けてないんだぞ? おまけに一人だ」

「……じゃあ、何故?」

「せっかくこの国に異世界人が来たんだから、丁重に歓迎しろってお達しでな。こう見えて、俺は国内だとけっこう偉い人間なんだぞ?」

「失礼ですが、とてもそうは見えませんけど……」

「ハハハッ、それはよく言われるな! まぁ立ち話も何だ、どこか店に入ろうか」

「……ちょっと仲間達と相談させてください」


 優斗は回答を一旦保留すると、三人娘の方に向き直りコソコソと相談し始めた。


「みんなどう思う? 悪い人じゃ無さそうだけど」

「良いんじゃない、この国の人なら美味しいお店知ってそうだし!」

「アリシアは黙って。……ボクは反対だ。門番をあれだけ痛めつけたのにお咎め無しなんて怪しい。きっと仲間の潜んでいるところに案内して襲ってくるつもりだ」

「う〜ん、その可能性は確かにありえそうだ……。ネリーはどう思う?」

「私が見た限り、あの人は武器を持ってないですし、魔力も感じられません。それに、たとえ襲ってきたとしても、優斗さんに勝てるとはとても……」

「まぁ、あらゆる攻撃と魔法を無効化する『絶対防御(アブソリュートプロテクト)』の加護を受けたこの服を着ている限り、何が起きても大丈夫だとは思うけど」

「それに、ボクと優斗が組んで戦えば、この国の兵士全部相手にしても負ける気はしないしな」

「ベラあんた弱いじゃん」

「なんだと!」

「あぁもう、今はケンカストップ!! ……とりあえず、何かあったら僕が何とかするし、あのクロドさんって人について行こうか」


 ひとまず誘いに乗ると決めた優斗達はクロドにその旨を伝え、そのままクロドに(いざな)われるがまま、ついて行くことに決めた。


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