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002. 異世界転移 - Ⅱ

 宗夜(そうや)は失った手足や内臓、その他全身殆どの修復が完了し、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 着ていた制服まで元通りになっているのだから、その自動治癒の強さは目を見張るものがある。

 間違いなく、この世界で最も強い治癒魔法の一つに数えられるだろう。


「う……、な、何が起こったんだ……?」


 意識も回復し、宗夜は砲弾が直撃する前と殆ど同じ状態にまで元に戻っていたが、既にクロド達が目前(もくぜん)にまで迫っていた。


「なんだアイツ等? こっちに向かってきている?」


 事態を飲み込めず、呆然として突っ立ったままでいる宗夜に対し、騎兵隊は鬼気迫る表情で目の前の敵を睨んでいた。



「……射撃用意ッ!!」


 クロドの号令に従って騎兵達がクロスボウを取り出す。

 クロスボウは折り畳まれており、矢が装填されていないばかりか、(げん)すら引かれていない。


 しかし、騎兵達がクロスボウを持って念じ始めると、クロスボウは白く光り始め、ひとりでに展開して弦が引かれていった。


 クロスボウの用意が完了すると騎兵達は矢を装填し、次の合図を待つ。

 クロドが片手を上げ、それを勢いよく振り下ろすと、騎兵達は宗夜に向かって一斉にクロスボウを発射した。


 ヒュンッ!と風切り音を立てながら矢は真っ直ぐ宗夜の方へと飛んで行き、そのまま何本かは、バスバスバスッ!と、乾いた音を立てながら宗夜の頭や胸に突き刺さっていった。


「ぅ……、あっ………」


 突然の襲撃に対応できず、良いようにやられる宗夜であったが、胸に刺さった矢は即座に抜け落ち、再び傷口が緑色に光って治っていく。


「やっぱり、射るだけじゃ駄目かッ!」


 瞬時に再生する宗夜を見てクロドは冷静に分析し、次の戦法を検討する。

 宗夜はまだ頭に矢が刺さったまま、身体をくねらせて変な姿勢で突っ立ったままでいたが、突然、両腕を前に伸ばし、クロド達の方へと向けた。

 そして突然に、その両腕の周りが赤い魔法陣を描き、少しずつ赤く光り始めた。



「……攻撃が来るぞッ! 左右に散開しろッ!!」


 攻撃されるのを察したクロドが叫ぶと騎兵隊は一斉に左右に別れ、宗夜を中心にして回り込むように移動し始める。

 その間も宗夜の両腕から放たれる赤い光がどんどんと輝きを増していく。


 そして、その赤い輝きが最高潮に達したとき、一瞬だけ光が一点に収束したかと思うと、一筋の赤い閃光となって両腕から放たれた。


 赤い閃光は先程まで騎兵隊が居た場所を通り、空気を震わせながら草原を駆け抜ける。

 進路上にあった岩石に閃光が直撃すると、岩石はまるでバターのように溶け出して閃光が貫通していった。


 赤い閃光の照射自体はものの数秒で終わったが、その(かん)に閃光の進路上にあった物は、その物の強度や質量に関係なく溶けて消失していた。


「アレを食らう訳にはいかねぇな……」


 赤い閃光の威力を見て、クロドは静かに呟く。

 今の騎兵隊の防具ではおろか、大陸中を探したとしても、あの赤い閃光を食らって耐えられるような装備や防御魔法は無く、まして見てから避けられる速度でもない。

 せめてもの願いとして、赤い閃光は1発限りの切り札である事をクロドは期待していたが、既に宗夜の両腕は再び赤く光り始めていた。


「……まぁ、そりゃそうだよな」


 騎兵隊は宗夜の討伐どころか、いきなり全滅の危機に瀕していた。

 1射目は宗夜が狙いを定められなかったので当たる事は無かったが、今は宗夜の頭の矢も抜け落ちて傷も癒え、敵対心をむき出しにした目で騎兵達を睨んでいる。


 つまり、2射目は確実に狙いをつけて放ってくることは明白であった。

 正に絶体絶命という状況であったが、その窮地(きゅうち)の中でもクロドは楽しそうにニヤけていた。


 2射目のための赤い光がどんどんと輝きを増し、あと数秒も経てば再び赤い閃光が放たれ、それがクロド達に当たれば先の岩のように溶け死ぬだろう。

 騎兵達の表情にも焦りが見え始め、隊列に乱れが出てきた頃、ちょうどクロドから新たな命令が下った。


 クロドは、離れた騎兵達にも命令が届くようハンドサインで命令伝達し、騎兵達は片手を挙げて応答する。

 命令が全員に伝わったことを確認できたクロドは、そのまま宗夜に向かって突撃を始めた。



 騎兵達はクロドの命令に従って再び念じ始め、その手に白い光球のようなものを作り出す。

 その光球が出来上がると、今度は宗夜の居る場所に向けて次々と打ち放った。


『ボンッ!』


 光球が地面に当たると音を立てて破裂し、その中から大量の白煙が吐き出されていく。

 次々と打ち込まれる光球が同じように白煙を発生させ、宗夜の周辺が完全に白い煙で包まれると、クロドの命令どおり騎兵達は宗夜から離れていった。




「……どこだ? どこにいったアイツらは?」


 白煙で騎兵隊を見失った宗夜は、目をギラつかせながら周りを見渡す。

 しかし煙は濃く、数メートル先もろくに見えていない。(かろ)うじて頭上の太陽光だけがボヤけて降り注いでいる。


「……こうなったら!」


 宗夜は騎兵隊を探し出すのを止め、出鱈目(でたらめ)に撃って数撃てば当たる作戦に出ようと考えた。

 両腕の赤い輝きが増していき、魔力がどんどん充填されていく。

 とりあえず、煙で覆われる直前に騎兵達が居たような方向に両腕を向けて発射しようとしたその時──、


「ウオオオオォォォッッッ!!!!」


 突如、馬に乗ってハルバードを振りかざしているクロドが宗夜の前に現れた。

 クロドも白煙の中では周りが全く見えない状況であったが、煙の中でも宗夜の赤い光だけは鈍く輝いており、それが宗夜の居る場所を特定させていたのであった。


 クロドはハルバードを力強く握り、宗夜とのすれ違いざまに、宗夜の胴体めがけて薙ぎ払った。

 馬の速力に加え、クロドの腕力と合わせて放たれる薙ぎ払いは、人体くらいであれば容易に真っ二つにする威力を誇る。


 しかし、ハルバードの刃が宗夜に当たる直前、宗夜の体が青い光に覆われ、ハルバードの刃は胴体に数センチめり込んだところで弾かれてしまった。


「自動治癒に、高威力攻撃魔法! それらに加えて防御魔法も完備かッ!!」


 一撃で倒せなかったことに悪態をつきながら、クロドは再び煙の中に身を隠す。


「ぐっ! ……このっ!!」


 宗夜はクロドが消えていった方向に向かって赤い閃光を放ったが、煙に穴が空いただけで、すぐにその穴も周りの煙で覆われて見えなくなった。


 近くにはまだクロドが潜んでいることを考えていた宗夜は、両腕を三度(みたび)赤く光らせ始めたが、放つ直前まで溜めたまま撃とうとはしない。

 赤い光に釣られてクロドが襲い掛かってきたところを防御魔法で防ぎ、カウンターで掴みかかって零距離から赤い閃光を撃ち放つ算段をしていたのだった。



 煙の中、沈黙が流れる。

 このまま、どちらも相手の出方を見計らって動かないと思われたが──。


「おい、こっちだ! こっちに撃ってこいッ!!」


 宗夜の右斜め後方から、クロドが大声を上げて挑発した。

 即座に振り向いた宗夜だったが、まだ赤い閃光は放たない。


「お、挑発に乗らないのか? えらいぞッ!」

「う、うるさい! いきなり何なんだよ、お前ら!!」

「……何って、そうだな。まぁお前にも分かるように言えば、この世界を守る衛兵だな」

「え、衛兵?」

「あぁそうだ。お前みたいな厄介な奴らが来たら退治する、正義の味方ってやつだ」

「退治するって……、オ、オレはまだ、この世界に来たばっかりなんだぞ! 何も悪いことはしてない!!」


 宗夜の必死の弁明を聞いたクロドは顔をしかめ、宗夜のいる方向を睨みつけてボソリとつぶやいた。


「どうせ、これからするつもりだろうが……」


 クロドの顔面が少しだけ強張(こわば)ったが、軽く頭を振って気持ちを落ち着けると、宗夜に対し再び言葉を投げかけた。


「教えておいてやろう! この世界はな、『異世界からの侵略者』の存在自体を許しちゃいない! つまりな、ここに着た時点でお前は裁かれるべき存在だッ!!」

「そんなの納得できるかよ! 確かに、オレは異世界から来たはずだけど、この世界を侵略する気なんて無い!!」

「あぁそうか。どうせ侵略する気は無くても、この世界を好き勝手メチャクチャにする気はあるんだろ? 自分の世界じゃないから、何しても良いと思ってないか?」

「そ、それは……」

「俺はな、絶ッ対に、お前らの好き勝手にはさせねぇからなッ! ……ところで、俺とゆっくりお喋りしてて良いのか? そろそろ俺の仲間がお前を倒す準備を終えてしまうぞ?」

「……クソッ! この野郎ッ!!!」


 宗夜は、焦りと理不尽な仕打ちへの不満から、溜めていた赤い閃光をクロドの声がする方向へと撃ち放った。

 狙いも定めず撃った赤い閃光は、当然のようにクロドには当たらなかったが、クロドのハルバード近くを過ぎ去ったとき、ハルバードの刃部分が鈍く赤く光り始めた。


「……よし、これならいけるな。安い挑発に乗る奴で良かった」


 ハルバードの赤い光を見て満足気に(うなず)いたクロドは、馬から降りてハルバードを持ち直し、宗夜の方へと静かに動き出した。

 近づくギリギリまでバレないように、ハルバードの赤く光っている部分は身体の後ろに回して隠す。


 煙の中、四度目の赤い光が輝き始め、それが宗夜の位置を示し始めた。

 (いい加減、学習しろよ……)とクロドは内心思ったが、相手は戦いの素人であるガキだということを思い出し、仕方のないことだと勝手に納得する。


 宗夜の場所を特定でき、あと十数歩という距離まで近づくと、クロドは静かに寄るのを止め、一気に駆け出していった。

 そして、そのまま助走をつけて一気に踏み切り、宗夜に向かって飛びかかった。


 クロドは空中でハルバードを両手で握り直し、宗夜の首を狙い澄ましてハルバードを振り払う。

 振り払う直前、クロドと宗夜はお互い目が合ったが、片方は敵意のある目で、もう片方は憎悪する目をしていた。


 宗夜は反応が遅れて防御も反撃も間に合わず、ハルバードは赤い残光を残しながら宗夜の首めがけて真っ直ぐ進んでいき、そして、衝突した。


 宗夜の首にも防御魔法が展開されていたが、今度は赤い刃が防御魔法を砕きながら突破して喉元に食い込み、そのまま、いとも簡単に宗夜の首を()ね飛ばした。


 大空高く飛び上がり、そして、重力に引かれて落ちて転がっていく宗夜の生首。

 残った胴体部は、立ったままその場で痙攣(けいれん)を始めていた。



 しばらくして煙がようやく晴れ出し、付近に伏せて待機していた他の兵達も決着が着いたことに気づき出して、小さく驚嘆(きょうたん)の声を挙げている。


 しかし、異世界人を相手にしていた場合、特に今回のような自動治癒する相手に対しては、これでまだ討伐が終わったわけではなかった。



「辟易の箱を早くッ!!」


 クロドの叫び声に呼び寄せられたように馬車部隊がすぐに到着し、シロイの部下達が積んでいた箱の(ふた)を開ける。

 箱の中はドス黒く(にご)った水で満たされており、辺りには魚の腐ったような悪臭が漂い始めた。


 シロイの部下が宗夜の生首を急いで拾い、それを箱の中にゆっくり沈めていく。

 『ゴポッ、ゴポ……』と、怪しい音をたてながら生首が完全に沈んだことを確認すると、部下達は箱の蓋を閉め、厳重に鍵をかけて、さらに魔法で封印した。



「ふぅ、これで完了だな……」

「クロド、お疲れさま」


 一仕事済んで一息ついたクロドの後ろから、シロイがようやく到着して声をかけた。


「シロイか。ほら、大丈夫だっただろ?」

「我が国が誇る最強戦士の力量を疑ってた訳じゃないさ。ただ、異世界人はどんな異能力(チート)を使ってくるか分からないからな」

「……あぁ、確かにそうだな」

「まぁ結果は上々、今回は兵に死者も出ていない。ほら、ブドウ酒だ。氷魔法でわざわざ冷やしておいたんだぞ」

「お、気が利くな! ……が、この悪臭の中じゃ飲む気はしないぞ」

「なら、帰り道にゆっくりと飲めばいい」


 クロドとシロイがのんびりと談笑を始めていたところで、その後ろから若い兵士が申し訳無さそうに割り込んできた。


「失礼します。あの……、残った身体の方はどうしますか?」


 二人から少し離れたところで、宗夜の身体が地面に横たわっていた。


 戦闘によってできた傷は既に塞がっていたが頭だけは再生されず、首から上が無い状態となっている。

 近くの兵士達が恐る恐る近づき、槍で突いたり斬ったりしていたが、その傷もすぐに治癒して塞がるのを見て、皆で薄気味悪がっていた。


「ん? あぁ、持って帰るぞ。家畜のエサにする」

「か、家畜の……エサ、ですか……」

「そうだ。自動治癒する肉は家畜に食わせても勝手に再生してくれるからな。貴重な資源だ」

「は、はぁ…………」


 クロドの説明で、若い兵士は納得したのかしていないのかわからない様子だったが、命令に従って宗夜の身体を布で包んで縄で縛り、辟易の箱と一緒に馬車の中へと詰め込んだ。


「よし、これで異世界人討伐遠征は完了とする! 全員、撤収するぞ!!」


 クロドが勝鬨(かちどき)を上げ、それに合わせて隊全員が歓声を上げた。

 そのクロドの横で、シロイは小さく拍手をしている。



 こうして、クロドとシロイが率いる異世界人討伐部隊は任務を終え、自国への帰還を開始した。


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