001. 異世界転移 - Ⅰ
──草木が青々と生い茂る大草原。
空は雲も無く晴天で、暖かい日差しが降り注ぐ。
心地よい風が吹き抜けていき、時間だけがゆったりと過ぎていくような場所であった。
そんな大草原の真ん中に、宗夜は仰向けになって寝転んでいた。
ブレザータイプの学校制服が草とシワだらけになっていることも気にせずに、宗夜はスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
そのまま宗夜は寝返りを打って横向きになった際、草が優しく宗夜の頬を撫でた。
「……うぅん、………………ん?」
いつも寝ているベッドとは違った感触に気づいた宗夜は、少しずつ目を開ける。
「……ここは? 確か、オレは学校からまっすぐ家に帰った後、ベッドで寝転んで……」
見えているものが現実か夢かもわからず、寝ぼけ眼で身体を起こす。
宗夜は、ボーっとする頭で何が起きたのか考え始めた。
目の前に広がる大草原。
家の近くにこんな草原があるというのは聞いたことも見たこともない。
見慣れたマンションや建物は見当たらず、帰宅途中によく寄り道していたコンビニも無い。
そもそも、家のベッドで寝ていたはずだと記憶を思い起こし、まだ夢の続きかと思って腕を少しつねってみるが、当然のように痛みを感じる。
目の前の景色が現実だとして、一体何が起こったのか。
いきなり草原で寝転んでいるような状況があるとすれば何があるのか、宗夜は延々と考え続けた。
友達や家族がグルのドッキリ?
寝ている間に超能力に目覚め、草原までテレポートした?
それとも、死んで天国にやってきた?
色々な可能性を模索し、その中で宗夜自身が納得できる、もっともらしい答えが何なのか必死に考え、そして、一つの答えにたどり着いた。
「ここは……、もしかして、異世界か!?」
宗夜は目を丸くして急に立ち上がった。
そして、その場でぐるっと回転して周りを見渡す。
「全く知らない景色! 味わったことのない新鮮な空気!! そうか、オレは異世界にやってこれたんだ!!!」
前から異世界に行きたいと妄想をしていた宗夜は願いが叶ったと信じ込み、その場で小躍りする。
「この草原がどこなのかわからないけど、こういう場合は近くに村や街があるはずだ! とりあえず、そこに向かって、武器とか可愛い女の子とか探すか!!」
妙なテンションで舞い上がっている宗夜が、靴も履いていないことを忘れて草原から旅立とうとした、その時──、
『ダンッ……、ダダンッ…………』
遠くの方で、何かの音が響いた。
「ん? 何のおt─」
音に気づいた宗夜が、周りをキョロキョロと見渡しながら独り言をつぶやこうとしたが、その言葉を言い終わる前に、宗夜めがけて握りこぶし大の鉄球がいくつも降り注いだ。
『ドガァンッ!! ドガァッ、ドガァンッ!!!』
鉄球は草原の地を抉り、大きな砂埃を上げて、宗夜が居た場所に着弾する。
そして、着弾した大きな音と共に、宗夜の腕や肉片が空高く舞った。
* * * * *
「……命中した。全砲弾、目標どおりだ」
その様子を、遠くから手持ちの望遠鏡で覗いて確認する人物がいた。
上質で丈夫な布の服を纏い、ツバの長い羽根帽子を深く被っている。
帽子からは黒くウェーブかかった髪がはみ出ており、その整った顔立ちと、華奢な体型からは、どこか耽美的な雰囲気を醸し出している。
そして、胸元には"補佐官"を意味するバッジが着けられていた。
その人物は、遠く砂埃が晴れてきてバラバラになった宗夜だった物が見え始めても眉一つ動かさず、冷静に状況を確認する。
「あれは……。うん、即死だ。砲兵はいい仕事をしたよ」
補佐官らしき人物は望遠鏡から目を外し、近くにいる大男に話しかけた。
大男は腕を組んで木に持たれかかりながら、宗夜が居た辺りをじっと見つめている。
補佐官らしき人物とは対照的で、雑に伸ばされて獣の鬣のようになっている赤髪が背中まで達しており、全身は筋骨隆々の見た目。
その大きな上半身には、くすんだ銀色の胸甲とガントレットを身に着けている。
そして、顔面には大きな古傷が左頬から胸元にかけて走っていた。
「いや、まだわかんねぇぞ?」
大男が少しニヤけながら太い声で応える。
それを聞いた補佐官も少しだけ鼻で笑い、再び望遠鏡を構えた。
「目標は依然バラバラのまま。起き上がる素振りもなし。……いや、待て。目標周辺が緑色に光っているな……」
補佐官の声が少し低くなる。
「目標は、自動治癒魔法持ちだ」
「……また面倒な奴が来やがったのか」
宗夜は砲撃の衝撃で文字どおりバラバラになっていたが、半分欠けた頭部と、手足をいくつか無くしたままの胴体はギリギリくっついた状態で残っていた。
通常の人間であれば間違いなく即死と断言できる惨状であったが、不思議な事に宗夜だった物の周りには光り輝く緑色の粒子が飛び交い、それが宗夜の肉体を修復し始めていた。
「大砲隊は次弾装填を急いでくれ!! ……一旦、時間稼ぎしたいところだが、間に合うかどうか微妙だな」
目の前の状況にどう立ち回るべきか必死に考え始めて少し曇った顔をする補佐官。
その悩める補佐官の肩を大男が軽くポンポンッと叩き、ニヤけながら言い放った。
「シロイ、ここからは俺に任せろ。……アルスッ! 出陣だ、俺の馬と武器を持って来い!!」
「ハッ! クロド隊長!!」
「クロド、もうお前が出るのか。まだ相手の異能力は判明しきってないんだぞ」
「心配すんな、厄介な異能力を使われる前に仕留めてやるさ。それより、この分は国に戻ったら一杯おごれよ」
クロドの言葉に、シロイは少しだけ悩んだが、
「……お前の一杯は高くつくから止めてくれ。代わりに、"辟易の箱"は私の部下で受け持とう」
「チッ……、あぁわかったよ。それで手を打とう」
しばらくしてアルスと部下数人が、クロドの馬と大きなハルバードを携えて戻ってきた。
ハルバードは随分と使い古された代物であったが、手入れが十分に行き届いているのか刃は鋭く光っており、その刃の側面には小さく刻印が彫られてる。
クロドは馬に跨ってハルバードを受け取ると、集合していた騎兵隊の先頭へと移動して大声を張り上げた。
「騎兵隊、出るぞ! 俺が先頭だ、お前たちは掩護を任せたッ!」
「「ハッ!!」」
騎兵隊はクロドを先頭にして列となる長蛇の陣を形成し、宗夜の元へと突撃していく。
その後を、シロイ直属の馬車部隊が大仰な箱を積んで追いかけていった。