短編集「山田くんのたたかいはつづく」
適当に読んでください。
俺、山田邦雄はとんでもなくすごい、すごくすごい指輪を手にいれた。そのすごくすごい指輪は、空に向けて「やっふぉい!」と言うと、思った場所に瞬間移動ができるのだ。
そしてもうひとつの能力がある。指輪をつけ、服を着たまま湯船に浸かると、なんと透明人間になれる。こっちはあんまり使っていない。実は、あんまり使っていない。
この指輪はそもそも、俺がバッタとガチで戦っていた時に、たまたま通りがかった人が取り扱い説明書ごと落としたものだ。
俺はバッタには負けたが、全く後悔していない。むしろ負けて得たものの方が大きかったからだ。
俺は早速、取り扱い説明書通りに指輪を使ってみた。二階の自分の部屋から、リビングへと瞬間移動したのだ。
急に現れた瞬間を、ボケ始めたおじいちゃんに見られたが「たかし…お前はほんまに落ち着きがないのぉ」と言われただけだった。たかしって誰だろう。
この力が本物だと確信した俺は、手始めに、ずっと欲しかったゲームをゲーム屋さんから盗んだ。罪悪感もあったけど、それよりも「もみもみっ!すごくエロいのですごくエロいのです」を手にいれた高揚が勝っていた。
でも、ゲーム屋さんで「やっふぉい!」と言うのはちょっと恥ずかしかったから、お金を手にいれて、普通に買おうと思った。
なので銀行にこっそり入って、お金を盗もうと思った。昼間に行った銀行に、夜に瞬間移動した。けれど、お金がどこにあるのかよくわからなくて、警報も鳴ったし、すぐに逃げた。
次の日にはニュースになっていた。けれど、たぶん捕まらないからこの指輪はつよいと思った。
でも、銀行に入るには、何か策が必要だと思った。けれど、考えるのが面倒だったから、毎回のように「やっふぉい!」と言って瞬間移動し続けた。
時には、俺をいじめたカマキリを闇に葬ったり、アリの巣を水攻めしてみたり、山に登って「やっほ~」と言ったり、プチプチを潰したり、楽しく能力を使っていった。
一度、透明化をするために服を着たまま湯船に浸かってたら、おじいちゃんに見つかった。おじいちゃんは「あ~、なんかようわからんけど若いってええなぁ。おじいちゃんも昔はようやったで…たかし…」と遠くを見つめていた。たかしって誰だろう。
透明化は湯船に3分浸からないとだめなので、めんどうだ。セクハラし放題……あまり使わない。全然使わない。
すなわち、俺は無敵だった。実際、野良猫からもうまく逃げた。これからの人生は薔薇色だなと思った。
なんか最近、指輪の調子がおかしい。思い浮かべた場所に瞬間移動しないのだ。この前なんか、女湯をイメージしたのに、パン屋さんの前に出た。あんぱんが美味しかった。お金は払ってないけど。
その前なんか、もっとおかしかった。普通に女子更衣室に瞬間移動しようとしたのに、家のトイレに瞬間移動した。おじいちゃんが入ってた。おじいちゃんは「おぉ、たけし、ちょうどよかった、お年玉渡しとらんかったから、ほれ」と言って、トイレットペーパーをちょっとちぎって渡された。たかしはどこへ行ったんだろう。あと今は6月だ。
試しに透明化もやってみた。なんか知らないけど体が温まった。お風呂はいいものだ。今度は服を着ずに入ろうと思った。
とにかく、能力がきちんと機能しない。これでは散々バカにしてきたダンゴムシに仕返しされてしまう。さすがに、丸まったダンゴムシに溶き卵投下はやり過ぎたかもしれない。謝っておこう。
とりあえず、使えない指輪を外そうと思った。けれど固くて外れなかった。無理に外そうとしたが、瞬間接着剤をお尻に塗って、剥がそうとしたときほどの激痛が走ったのでやめた。
外を歩いていると、あの時の通行人を見つけた。声をかけて、指輪を見せると「探していたけど、これはもう手遅れだねぇ」と言い残して去っていった。
追いかけようとしたら、宿敵のトンボがいたので、一度身を隠した。もう一度見てみると、目の前まで迫ってきていた。そのあとのことは、俺のボロボロになった服が物語っていた。
とりあえず、家に帰ろうと思って、俺は瞬間移動をした。久々にうまくいき、俺は家の前に立っていた。
しかし、次の瞬間には学校の前にいた。次は駅前にいた。次は交差点の真ん中に、ビルの屋上に、書店に、古代遺跡に、水中に、レストランに。
ちゃんと止まるように念じてみても、全然うまくいかない。それどころか、移動先はいっそうあべこべになるばかりだった。
俺は指輪を外そうとした。けれど、やっぱり指輪は外れなかった。これはたぶんもうダメなやつだと思った。
俺はそれから世界中を瞬間移動し続けた。今でも止まらずに、ずっと移動し続けている。
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