アンダーグラウンドの紹介屋
ここは表には出れない人が集う場所。
アンダーグラウンドと聞こえはいい。
だが、その実際はヤクザ、無法者、闇医者その他諸々の、何かの理由で外を出歩けない人らが集っている。
闇の世界、そういう人もいる。
俺はここで紹介屋業をしている。
相談を受けて、誰かを紹介するという人の仲介屋だ。
今日も今日とて、人知れずに闇の人らを紹介する作業が始まる。
「あの……」
周りの視線を気にしているように、きょろきょろと部屋に入ってきたのは、良い服装をしている女性だ。
40代そこそこといった感じだ。
手にはこのあたりでは着けるべきではないブランド物のカバン、服装だって、それなりのブランドであろう。
左薬指に指輪をはめていることから察して、結婚しているだろう。
指輪だって、銀色のような鈍い光沢をしている。
「いらっしゃい」
読みかけていた中古で買った文庫本にしおりを挟み、脇に置く。
木でできたカウンターを挟んで、女性の姿を見つけると、すぐに頭の中で相談の内容を考える。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
俺はにこにことしながら話しかける。
俺以外、特にモノが置いていないのは、俺と一対一で話してくれるように誘導しているからだ。
一応椅子はおいてあるから、そこに座るしかない。
「ああ、荷物はこのかごにおいていただけませんか」
そう言って、籐で出来た30cm位のかごを渡す。
カバンをその中に入れると、さっそく俺に相談を持ちかけた。
「実は、ある人を殺してほしいのです」
「ふむ、これまた物騒なお話ですね」
身なりから見て、かなりいいところの家柄だろう。
もしくは夫の家のものなのか。
俺はいつも通りに録音機器のスイッチを入れる。
何かあった時、これが証拠になるためだ。
「誰を殺してほしいのですか」
俺はとりあえず目標を聞いてみる。
「夫です」
「ふむふむ。しかし、またどうして」
「あいつは、愛人を作った上に、私を置いて家を出ていったのよ。この苦しみが分かる?子供もいるっていうのに、あっという間に、あっというま、に」
最後は涙声だ。
同情を誘おうと考えているのだろうが、俺には効かない。
「それは大変でしたね」
しかし、ここは同情するのが一番早い手だ。
俺はそう言って、心にもないことを女性に話す。
「それで、どうやって殺してほしいと」
「……苦痛は求めていません」
「なるほどなるほど。効きますが、愛人の方とはやりとりは?」
「するわけないです。なぜ私の夫を奪った女としなきゃならないの?」
「ああ、これは失礼を。これを聞くのも仕事でしてね」
そう言いながら、一番重要なことを聞く。
「夫を殺すことによって、愛人のところに子供がいたとしても、後悔はしませんか?」
「しません」
そう言うと思っていた。
「とりあえず、それを考えてきて下さい。そうですねぇ」
女性をじっと見て、それから俺は期限を区切る。
「1週間後、また来てください。その時も同じ気持ちでしたら、受けましょう。料金についてもその時ということで」
「……分かりました」
そう言うと女性は憮然とした態度で立ちあがり、かごから無造作にカバンを取り出すと、ほとんど蹴飛ばすようにしてそのまま部屋から出た。
「ふぅ、やれやれ」
俺は息を吐いて、録音を止めた。
1週間後、女性はやってきた。
俺の方も準備を進めており、カウンター越しに女性を迎えた際、男を1人紹介した。
「やはり来ましたか」
「ええ、来ました」
この前来た時と同じ服装、ただ、カバンは頑丈そうなボストンバックになっている。
そして分厚い封筒を彼女の膝の上に乗せる。
「ではまずは紹介料10万、相談料10万、口止め料30万。合計50万ほど戴きましょう」
「……分かりました」
なにか嫌そうではあるが、それでも俺の言い値を支払う。
50万の束を封筒から取り出し、ドンとカウンターに乗せる。
「少し、検めさせていだたきます」
札を数える機械に、手野銀行の封緘を外して入れる。
バババッとあっという間に50枚あることが確認された。
「ありがとうございました。こちらの男を、暗殺者として紹介しましょう。腕は一流です。今後は彼と交渉をしてください。なお、金額については彼と相談のうえ決定します。また、その他契約書面を作りましたので、こちらに署名、捺印をしてください。印鑑がなければ拇印でも可です」
その契約書面は、口外しないことや、料金を誠実に払う等、法律や命令に触れない程度の契約が書かれていた。
「……分かりました」
俺が渡したボールペンを受け取り、それから名前と拇印を押す。
そしてバンとボールペンをカウンターにたたきつけ、契約書を俺につっかえしてきた。
これでいいんでしょという高飛車な態度そのものに感じる。
紹介した暗殺者と一緒にそのま部屋から出る。
俺はそれを見届けてから、ボールペンの指紋を慎重に取った。