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食べて除霊1

 サキは初めて格が違う不審者を見た。

 平日の昼過ぎ、オフィス街にある意識高い公園にある、噴水脇の小洒落たベンチで、引く程不釣り合いな不審者を見た。

 一見、スーツ姿の男がただベンチに寝そべっているだけのようだが、どうにも様子が違った。

 男はブツブツと何かを呟きながら、血走った目で通り過ぎていく人達を目で追い、時折襲いかかる勢いで飛び起きたかと思えば、何もせずまたベンチに横たわるのだ。

 痩けた青白い顔でその奇行。

 いつもはお弁当を持った意識高い人達で賑わす時間帯だと言うのに、今日は驚く程人が居ない。

 大学に馴染めず致し方なく公園で昼食をとっているサキからすれば、いつもとは違った居心地の悪さに足が棒立ちになる。

 しかし、残念ながら大学に戻り食べる気持ちにもない。

 あのキラキラした、一人静かに過ごさせて貰えない大学で食べるよりは、多少汚れても公園の芝に座ってささっと食べた方が気が楽だった。

 サキはくるりと不審者に背を向け歩き出したが、その直後、背後からドタバタともの凄い足音が近付いてきた。

 何事かと振り返ると、ベンチに寝そべっていたはずの不審者が、陸上選手のような美しいフォームで、猛然とサキに向かい突進してきていた。


「そこの女待てぇえええ!!」

「ぎぃやぁあああ!!」


 悲鳴と共に、サキは無意識に走り出す。

 明らかに自分を追いかけてきている不審者。

 何故なのか、自分が何をしたのか。

 湯水のごとく疑問は湧き出すが、今はそんな事はどうでも良い。

 助けを求めようと人の多い方に走り出したが、元々まばらだった人達はこの騒ぎで我先にと逃げ出し、むなしく二人の叫び声と足音だけが響いていた。

 ならばと小さな芝の丘を越え、大通りに出ようと道を反れ走り出す。

 しかし、ふかふかとした春先の芝に、申し訳程度しかないはずのヒールが刺さり上手く走れない。

 舌打ちをし、パンプスを脱ごうと前屈みになった時、すぐ後ろに男が迫っているのがチラリと見えた。

 直ぐさまパンプスを鷲掴みにし、男に投げつけ再び走り出すも、丘を越えた辺りで捕まってしまった。


「嫌! やめて!」

「うるさい黙ってろ!」


 腕を引かれよろけた顔に、男の手が近付いてくる。

 殴られる! そう思いギュッと目を閉じるも、想像した衝撃波いつまで経っても襲ってこなかった。

 恐る恐る目を開けると、男の手はサキの頭の上で何かを掴む動作をしたまま、固まっていた。

 先ほどまでよだれを垂らし目を血走らせていた男は、目を輝かせ高笑いをした。


「ひっさしぶりの飯だー! しかも上玉だー!」


 そう叫ぶと、男は何かを引き抜くような動作をする。

 途端にサキは、自分の体から何かが抜けて行くような不思議な感覚があった。

 唖然と男を見つめていると、徐々に男の手元から黒い何かが姿を現し始めた。

 布のような何か分からない黒い物が、男の手元からサキの背中へと続いていた。

 男の手元から自分の肩口へと視線を滑らせたサキは、絶句した。

 肩口に人の目があった。それも複数。

 ギョロギョロと好き勝手あちらこちらを見回していた複数の目が、突如一斉にサキの方を見た。


「ぎっ……!」

「いっただっきまーす!」


 悲鳴を上げようと息を吸い込んだ直後、男の元気な声が割り込んできた。

 男は掴んでいた黒い何かを全てサキの体から引き抜くと、全力で地面に叩きつけた。

 明らかに黒い何かも驚いき目が点になっているが、男はそんな事など気にせず、鼻歌交じりに鞄から何かを取り出した。

 串にカセットコンロに調味料。

 

「菴輔@縺ヲ繧九?!!!!!」

「うるせぇなぁ」


 叫びだした黒い何かに串をぶすりと刺すと、男はコンロの準備を進めていく。


「おいそこの女。この串でそいつめった刺しにしといてくれ」

「は、い……?」


 何一つ理解が出来ないサキの手に、男は太い串を一本転がした。

 無意識に手に視線を落とせば、串には小さな文字がびっしりと刻み込まれていた。


「おい、早くしろよ」


 男の言葉で、今度は足下に転がる黒い何かに視線を滑らす。

 男に串を刺されビチビチと跳ねる黒い何か。はっきり言って――


「気持ち悪い……」

「菴輔@縺ヲ繧九?!!!!!」

「気持ち悪いぃい!」


 再び叫びだした黒い何かに、サキはとっさに串を刺してしまった。

 刺す度に叫び跳ね絡みついてくるが、その都度男が黒い何かを殴り塩を刷り込んでいく。


「気持ち悪い気持ち悪い! 何コレ何やってるの私きっと夢! そう夢! 気持ち悪い夢!」

「残念ながら現実で、これは悪霊です。今は悪霊の肉質を柔らかくする為に刺して殴って塩もみしている所です。ほら、早くしないと宿主のところに帰るぞ。お前のところに」

「ぎぃいやぁぁあ!」


 全く理解は出来ていないが、確かに悪霊はサキにだけ絡みついてくる。

 宿主のところに帰ろうとしていると言う言葉が頭の中を横切る。

 気付けばサキも、奇声を発しながら悪霊を刺しまくっていた。


「よしよし、こんなもんかな」


 どれくらい経っただろうか、男が止めるまでサキは一心不乱に悪霊を突き刺し続けた。

 気付けば、悪霊は小さく白い球体へと姿を変えていた。

 男はその悪霊を、まるで粘土をこねるかのようにグイグイと引き延ばすと、魚の串焼きの要領で串に刺す。

 そして準備していたカセットコンロに火をつけると、鼻歌交じりに炙り始めてしまった。


「な、に……?」

「久しぶりの飯~久しぶりの~め~し~♪」


 軽く表面に焦げ目がついてきた辺りで火を止めると、男は一度ゴクリと喉を鳴らしてから、思い切りかぶりついた。

 ギュッと目をつぶり、バタバタと足を動かし感動に浸る男の横で、サキはただ呆然とその様子を眺めていた。


「はぁ~……。これはいい悪霊だ。念入りに叩いたお陰でもちもちでいて柔らか、吸い付くようでジューシーで……これはいい悪霊だ!」


 良い悪霊という、何ともおかしな単語を繰り返しながら、男は悪霊の串焼きを一気に食べてしまった。


「ごちそーさまでした!」


 男がパンっと手を合わせると、男の体からキラキラとした何かが天に昇っていく。

 それがあまりにも美しくて、ついサキはぼうっと見上げてしまった。


「で、除霊の料金だが」

「じょ、除霊の料金!?」


 サキは思わず声を張り上げてしまった。


「一体で腹一杯になるくらいな悪霊だったし、道具も無い状態での特急での除霊。安く見積もっても、五十万ってところかな」

「ごじゅっ……! 分かった、あなた詐欺師ね!?」


 勢いよく立ち上がったサキは、パンプスを拾い上げると、怒りに任せズカズカと歩き出す。

 どんな手を使ってあんなモノを見せたか分からないが、その手には乗らないと、丘を下っていく。


「ここ最近寝不足だったり、何故か人が離れて行ってただろ」


 後ろから聞こえた男の声に、ピクリと反応する。

 寝不足は昔からだが、確かにここ最近、人に話しかけられる事が無かった。

同じ大学の人はみんな友達~♪な大学内でさえ、最近ぱたりと話しかけてくる人はいなかった。


「あと地味ーな不幸が続いてたとか諸々、それ全部さっき喰った悪霊のせいだ」


 説明されても全く理解が出来ない。

 悪霊? 食べる? 除霊? 五十万円?

 確かに先ほどそれに該当するであろう光景を見てしまったが、だからと言って簡単には信じられない。

 このご時世、どんな詐欺の手口があるか分かったものじゃない。

 くるりと振り向いて男をにらみ付けると、男はカセットコンロをのんびり丁寧に鞄にしまっていた。


「悪霊を食べて除霊したから五十万寄越せですって? なら言わせて貰いますけど、腹一杯食べさせてやったんだから私に五十万寄越しなさいよ!」


 サキは全く意味の分からない理論を口走りながら、思い切り男を指さした。

 ぽかんと口を開けてサキを見上げていた男は、あきれたようにため息をつくと、鞄を手に立ち上がった。


「今ここで除霊出来て得したのはお前の方だろう。別に俺はさっきの悪霊じゃなきゃ駄目ってわけじゃない。だが、お前は早くあの悪霊を祓ってしまわないと、もしかしたらこの後事故に巻き込まれ死んでいたかも知れないんだぞ。五十万なんて安いもんだ。そもそも何で仕事して更に金まで払わなきゃなんねぇんだ」

「除霊してなんて頼んでない!」

「じゃあ返してやろうか? クーリングオフでーす」


 男が一度手を叩くと、二人の間の地面がボコボコと動き始めた。

 更に男が手を合わせたままお経を唱え始めると、割れた地面から黒い手のような物がぬるりと這い出してきた。

 思わず小さく息を呑み後ずさりしたサキは、たまらずその場に座り込んでしまった。


「分かったわよ! 払えば良いんでしょ払えば! でもね、こっちは貧乏学生なんだから、少しはまけなさいよー!」


 サキがそう叫ぶと、男はお経を唱えるを止めた。

 すると、地面を割って出てきていた手は、藻掻きながらまた地面の中へと帰って行った。


「分かれば良いんだ分かれば。そんなに生活が苦しいなら、うちで住み込みのバイトしろよ。飯も付くぞ~悪霊だけど」

「なんでそうなるのよ!」


 怒りや恐怖や感情が爆発し過ぎたサキは、思い切り男の胸ぐらを掴んで叫ぶ。


「なんでってそりゃ、お前は借金返せて、俺は雑用バイト雇えて、文句なしじゃねぇか。それに、お前引き寄せる体質みたいだし、飯には困らなそうだしな」

「待って、引き寄せる体質ってまさか、霊を引き寄せるって事……?」


 返事の代わりなのか、男の爽やかすぎる笑顔に、サキは持っていたパンプスを男の顔に思い切りぶつけてやった。

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