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理想都市浮遊島下、糞尿街図書館跡地右の頑固親父の長靴弁当1

「 魔道具だって恋がしたい、遊びたい、ご飯食べたい、休みたい。魔道具にも人権を!」

 

 耳に馴染んだ言葉に、○○はもうそんな時間かと時計を見上げた。

 

「休みは確保してるし遊ぶ金も渡してる。飯も残り物と賄いばっかだが三食きっちり食わせてる。恋愛に関してはてめぇの責任だ他に文句はあるか?」

 

 頃合いを見計らったように炊き上がったご飯をひと混ぜし、○○もいつも通りの言葉をぴしゃりと浴びせる。

 すると××は不満そうに両頬を膨らませると、乱暴に炊飯器の蓋を閉じた。

 

「たまには麺とかパンが食べたい!」

「んな高級品、簡単に買えねえって言ってんだろ! 良いからさっさと買い出し行ってこいよ。列車が来る頃だぞ」

 

 ○○は××の顔に買い出しリストと金を押し付けると、再び炊飯器の蓋を空け混ぜていく。

 毎朝繰り広げられる問答。もはや朝の挨拶。

 その為、あれだけ不満そうにしていた××だが、それ以上なにも言わずあっさりと買い出しに向かう。

 八つ当たりするように思いきり扉を閉めると、店先で古ぼけた吊り下げ看板がか細い悲鳴を上げ揺れる。

 『頑固親父の長靴弁当』

 ガラス越しに店の奥で○○が店を壊す気かと憤慨している姿が見えるが、××はふんと鼻を鳴らし気付かなかったように歩きだした。

 

 むわっとした湿った暑さにやる気が削がれる。

 店のすぐ左側、元は川かと思う程大きくえぐれたわだちを滑り降りると、頭上で汽笛が鳴った。

 煌々と七色に光る車輪の魔道列車は、ぐるりと中央棟の回りを一周すると、すっぽりとその中に収まっていく。

 どこまでも続く列車の尻尾は、さながら巣に戻ってきた蛇のよう。

 通りに居た人達も一様に列車を見上げていたが、早々に各々の用事へ向け何事もなかったように動き出す。

 

「お客様に真心と温もりを。安心安全有袋類タクシーです! お嬢さん、ご利用いかがですか?」

 

 背後にどすんと重い音がした後、そんな決まり文句が頭上から降ってきた。

 振り向くと、巨大なネズミのような二足歩行の生き物の首にまたがった男が、帽子を取り軽く会釈する。

 

「大丈夫。それに有袋類タクシー、臭いもん」

「この個体は新しい消臭石を入れたばかりですので、ご安心ください!」

 

 そう言うや男はひらりと飛び降りると、ネズミの腹にある袋をぐいっと広げて見せた。

 確かに真新しい石がごろりと入っているのが見えたが、××の用事はすぐ近所で事足りる。

 それに、こんなにも蒸し暑い日に生き物の腹の袋に入るなど、たとえ金を積まれても遠慮したい。

 すぐそこだからと、××はひらりとネズミをかわし歩き出す。

 

 列車が着きかき入れ時なのか、どこを見ても有袋類タクシーがひょこひょこと跳ね回っている。

 

 上空に浮かぶ理想都市から糞尿が垂れ流されていたのは遥か昔の事。

 その時代の名残で、頭上も足元も汚れない有袋類タクシーが残っているが、今はほとんど観光客用だ。

 わだちにそって歩きながら、ふと自分は観光客に見えたのだろうかと思い、足が止まった。

 義手義足はきらりと光る魔道具製。

 着ているものもその辺りで売っている一番安いもの。

 明らかに糞尿街の住人と言った自分が観光客に? と思いつつ、そう見えたのならこの上なく嬉しいと思わず走り出す。

 ひび割れ砕けた石の道が義足とぶつかり細かな破片を散らす。

 思いきりジャンプをし一回転でもしたい気分だが、ポケットからちゃりちゃりと金の擦れる音が聞こえ我に帰った。

 今さら買い物リストに目を通す。

 

 【鶏肉。卵。安い根菜を二、三種類。適当な豆。安い葉物野菜。卵に混ぜたら旨いもの】

 

 いつも通り、あまりあてにならない適当なリストに目を細めるも、早速近場の八百屋に飛び込んだ。

 

「おじさーん。【安い根菜を二、三種類。適当な豆。安い葉物野菜】を適当にくださーい」

 

 リストが適当なせいで注文も適当になる。

 店に入るやそう叫ぶ××に、店の主人も慣れたもんだとニカッと歯を見せる。

 店主は××のリストをひょいっとつまみ上げると、さらりと読み流し腕を組む。

 商品が山積みになっている店内を一周ぐるりと眺め、もう一回ぐるりと眺める。

 

「根菜はゴボウと大根と人参。葉物は……大根と人参の葉で不満なら小松菜。豆は大豆だな」

 

 それで良いかと店主が視線を戻すと、××はもうその気らしくすでに金を準備していた。

 

「季節ものでとか言ってくれりゃそれなりに見繕えるってのに、安いの何て言われたらいつも同じになっちまう。たまには贅沢しろって○○に伝えておいてくれ」

 

 おまけの干し小海老を袋に入れながら、店主が呆れたように笑う。

 八百屋で干し小海老。

 この店主も大概いい加減で、商品も私物も関係なくおまけしてくれる。

 

「うちは決まったメニューを出す弁当屋じゃないから、安いので良いんだってさ。いつもありがとおじさん! また来るね!」

 

 リストを見た店主がそこまで考えておまけしてくれたのかどうか分からないが、【卵に混ぜたら旨いもの】はおまけの干し小海老で良いだろう。

 一品浮いたと足取りも軽くなる。

 残りは鶏と卵。

 これもいつもの店なら一括で手に入る。

 足取りも軽く、徐々に有袋類タクシーで込み合って来た通りを抜け、いつも通りいつもの店を目指す。

 

 買い物を済ませ店に戻ると、既に朝食の準備がなされていた。

 

「お帰り。早かったな。今日は奮発してうどんにしたぞ」

 

 袋を受け取った○○は手短に言うと、××に朝食を勧める。

 

「女の子が麺って言ったら、おしゃれなパスタの事でしょ」

「じゃあパスタって言えよ」

 

 ○○がうどんに手を伸ばすと、それを遮るように××が飛び付いた。

 

「いただきます!」

「はい、どうぞ。おかずもあるからな」

 

 ××は味をみもせず、潤沢な薬味と柚子七味をたっぷりとかけ、うどんにかぶりつく。

 その迷いのない動きに○○もつい笑ってしまう。

 副菜として置かれているのは、常備菜のきのこと生姜の佃煮。

 それと半端に余っていた細切れ肉を甘辛く煮付けたものと、うどんの出汁の味とかぶってしまってあまり目立たないがほうれん草のおひたしと温泉卵。

 うどん自体はシンプルな素うどんだったが、××は何口か食べ進めては副菜をうどんに乗せ、また何口か食べては乗せるを繰り返し、気づけば具沢山うどん。

 その具沢山を、××はあっという間に汁まですべて飲み干してしまった。

 

「〆にごはんも食べて良い?」

 

 どんぶりと佃煮を手にしたまま、××は炊飯器をじっとりと見つめている。

 うどんの〆がご飯。おかしな言い分にも聞こえるが、ただ食べ足りなかったのだろう。

 

「おお、食え食え。今日の分の弁当を売り切ったら、いつも通り外に食材採りに行くからな。今のうちにたんまり食っとけ」

 

 ○○は返事を待たずしてご飯をよそいに行く××を追いかけ、よそっている間に盛大に汚した口元をぬぐってやる。

 そして××が戻る前に、これまた盛大に汚れたテーブルを軽く拭く。

 ほどなくして戻って来た××の前に追加の漬け物とちりめん山椒を置き、ようやく○○も朝食を食べ始める。

 月に一度、列車が滞在する一週間。いつも通りの騒がしい朝が始まった。

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