食用ケルピー4
どれだけ時間がかかるのかと身構えていたが、半分冗談だったのか、ティモは練った生地こそは全て使いきったが、他の食材はそこまで使わなかった。
と言うより、今二人で食べる分と、セオドアの一週間分の主食を作っただけだった。
ほうれん草とチーズを挟んで焼いた軽いパンと、貝の酒蒸し。香辛料を効かせた肉団子を、潰した芋に添え、ベリーのソースをかけたもの。
スープを作るのを忘れたと残念がるティモに、セオドアは今日が人生で一番豪華な食事だと笑う。
二人は粉まみれの部屋から料理を運びだすと、すぐ家の前に料理を広げ始める。
作業中から二人の腹は鳴り続け、一刻も早く食べたくて仕方がなかった。
セオドアはまずパンにかぶり付く。
焼きたてでザクザクの薄いパンから、食べ応えのある具材が溢れかえる。
ダラリと延びたチーズがうっかり唇に張り付き、アチアチと外そうとして悶え苦しむ。
貝の酒蒸しにを食べ始めたティモは、喋るのも惜しいとばかりに次から次へと一心に貝を口に運ぶ。
食いっぱぐれると思ったセオドアも、急いでパンを頬張ると両手で貝を食べ始めた。
「スープ作らなくて良かったな。貝の汁が旨すぎる。スープの出番無し」
「な。肉団子もなんだこれ、旨すぎて飲み込めねぇ。いや嘘、気付いたら口ん中に無いわ」
美味い美味いと手を休めることなく食べ続け、あっという間に食べきってしまった。
皿に残ったベリーソースを最後のパンで拭い口に放り込むと、二人揃ってごろりと後ろに倒れる。
「大したこと無い材料なのに、すげぇ美味かったな」
一人言のようにぽつりと溢すティモに、セオドアは無言で頷いた。
「普段あんだけ高級魚を食卓にって言ってる俺らが、なんて事無い材料で作った飯を美味い美味いなんて言ってるんだもんな」
さっき人生で一番豪華な食事と言い切ったセオドアには、少し耳が痛い。
「俺、家でフグピー食った事無いわ。あ、貰ったやつじゃなくて、自分で買ったやつの話な」
「そんな事言ったら、俺だって買っても安い海老だよ。海老ピーなんて買ったこと無い」
そうだよなぁと、お互いため息をつく。
遠くで必死に胸を張ってアピールするロスマルの姿と、それを真似するタコケルピーの姿を微笑ましく眺めていると、再びティモが深いため息をつく。
食い過ぎたのかとティモに視線を向けると、ティモは真剣な表情で空を見詰めていた。
「なぁセオドア。本当に俺と行商と言うか、共同で仕事しないか? 次の第三浮島食用ケルピー農家の会で皆に言おうと思ってたんだけど、皆このままじゃ駄目だって言いつつ、結局なにもしてないだろ? なにも出来ないんだろうけど、挑戦もしない。……なぁ、俺の悪あがきに付き合ってくれないか?」
ティモの声は震えていた。
「共同で仕事って言っても、何をどうするよ。気持ちも分かるし焦るのも分かるけど、具体的に何から手をつけたら良いか。いや、責めてるんじゃねぇよ? さっき新しい料理を考えたのは楽しかったし、何か出来そうな気もした。それに、一人であーだこーだ足掻くより、二人でやった方が寂しく無いと言うか、変な話、二人ならその場の勢いで無茶な事もやってやろうって思えると言うか……」
座り直し身ぶり手振りでまとまらない言葉を必死に伝えようとすると、寝そべったままのティモの顔がゆるゆるとにやけてきた。
「……なんだよ」
「いや? 下手くそなプロポーズ見てるみたいだなって思っただけ」
セオドアの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
自分から誘っておいてなんだその言いぐさはと声を荒げたかったが、気恥ずかしさやら何やらで言葉が出てこない。
勢いよく立ち上がり、なにも考えずタコケルピーに向かって走る。
身構えたロスマルが腰を上げたが、そんな事は無視して思いきり正面からタコケルピーに抱き付いた。
さすがに驚いたタコケルピーの尾が不規則に暴れまわるが、立ち上がって突き飛ばすような事はしなかった。
思いきりタコケルピーの首に顔を埋め、背中を撫で回す。
そのまま首を撫で頭を撫で頬を撫でると、今度はロスマルの首を軽く叩き抱き付く。
少し落ち着いたセオドアは、深く深く深呼吸すると、くるりと振り返りティモに向かい叫ぶ。
「うちのタコピーは嫁にやらん! 上手い商売を考えて来たら検討する!」
セオドアの宣言に腹を抱えて笑うティモだったが、タコケルピーを気に入ったロスマルはたまったもんじゃないと右往左往する。
タコケルピーにその気がないのは明らかだし、そもそも種族が違う。
本気で嫁になどと考えているはずも無いが、ティモは任せろと拳を上げた。
共同で仕事をする事になり、さっそくティモと打ち合わせをする。
打ち合わせと言っても、ただいつも通り友人と茶を飲んだりしながら話すだけという、なんとも緩いものだ。
倉庫の脇のハンドルをぐるぐると回し、倉庫の屋根を開ける。
完全に開いたのを確認すると、今度はフグピー達が入っている網の固定を緩める。
すると、倉庫の屋根から網がゆっくりと浮き上がり、倉庫と自宅の上いっぱいに広がっていく。
「フグピーって放牧も必要なのか。手間だなぁ」
気持ち良さそうに空を漂うフグピーを見上げながら、ティモは見慣れない光景に感心する。
痛めた肩では上手く出来ず、放牧に時間がかかったがどうにか出来た。
ひとまず良かったと胸を撫で下ろすセオドアは、程々のところで網が外れないように固定し直す。
気を取り直してと、セオドアは茶菓子代わりの、小さく切って揚げたパスタをまとめて口に放り込む。
「品種改良は現実的じゃ無いから一先ず置いておくとして、今現状で出来そうな事は……販路の開拓、か」
揚げパスタに塩コショウを振ると、ティモもまとめて口に放り込む。
「販路って言えば、タコピーが居れば中央浮島以外にも行けるじゃないか。今までは手漕ぎたらい船しか無かったからアレだけど、タコピーなら高度の高い第二とかも余裕だろ。うちのロスマル君には無理な高度だ」
成る程と、セオドアは膝を叩く。
手漕ぎたらい船は速度も遅く、体力も異常なまでに持っていかれる。
その為、いつも中央浮島に行って帰るだけでヘトヘトになり、何も考えられずフグピーの世話をし一日が終わっていた。
「中央以外ですぐ使ってくれる料亭を見つけれればかなり違う。しばらくは浮島巡りとレシピを増やすのを同時進行で……。なぁ、ロスマルも第二まで上がれないなら、ティモも今まで行ってなかったって事だよな。運搬用ケルピーを持ってない他の食用ケルピー農家もそうだよな……」
セオドアは一人でぶつぶつと何か一人言を繰り返すと、すっかり満腹になり昼寝をし始めたタコケルピーとロスマルを眺める。
「大旦那に『一人で全部やってるなんて、信じられない』って言われたんだけど、俺たち第三食用ケルピー農家で組合でも作って、それぞれ役割を決めてやってみるのはどうだろう。いきなり大勢でってのは無理だろうから、まずは二人でどんな役割が必要か決めてやってみて、それから皆に提案するのはどうだろうか? 例えば、俺が第二まで皆の商品を売りに行っている間に、ティモが中央に売りに行くとか。餌の仕入れとか管理を担当してくれたり、組合で料理を作って売ってみるとか」
セオドアは真剣に話しているのだが、なぜかティモはうっすらと笑っている。
いきなり話が飛躍しすぎかと項垂れると、ティモが違う違うと笑う。
「二人で共同でって言ったそばから早速浮気かよこの野郎ってからかってやろうと思ったんだけど、良い案だなって思ってよ。第三内なら同じ資格持ちも居るだろうから、調整すれば大丈夫だろうけど、しばらくは俺とお前が納品担当になるぞ? あとは誰も運搬用ケルピー持ってないからな」
しばらくは納品担当。
販路を開拓してみないと分からないが、あまり時間がかかり過ぎるとフグピーの世話が出来なくなる。
その辺りの調整は人数が増えて来てからやるとして、まだまだ考えなければならない事が多すぎて、どっと疲れてくる。
「第一浮島の巨魚ケルピー達は、そもそも作業を分担しないとやってけないって聞いた事あるし、第一に話を聞きに行っても良いな。組合とかあるんかな? 中央で伝手を探してみるか。で、えーと何だ、まず最初にする事は……」
どっと疲れたのはティモも同じようで、やることだらけで何がなんやらわからなくなっているようだ。
地面に思い付く限りの事を書き始め、途中で分からなくなりセオドアの家から紙とペンを持ち出す。
セオドアにも紙とペンを押し付けたティモは、頭をがりがりと掻きむしりながら、再び思い付く限り書き出していく。
「最初にする事……タコピーの名前、かな」
眠るタコケルピーとロスマル、空に広がり漂っているフグピー達。
穏やかな光景をぼんやりと眺めながら、セオドアは紙の一番上に『名前』とだけ記した。




