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食用ケルピー3

「いやぁ良かった。なにかあったんじゃないかって、皆で心配してたんだよ」

 

 最後の老舗料亭の裏口で、普段は顔を出さない大旦那がわざわざセオドアの無事を確かめに来てくれた。

 ひたすらペコペコと頭を下げ、遅れたお詫びだと昨日仕込んだ昆布締めフグピーを渡す。

 

「大旦那にこんな粗末なもの、詫びにも何もなりゃしないでしょうが、昨日仕込んだんで丁度良い塩梅かと思いまして……」

「いやいやこれはありがたい! こんな良いものが貰えるなら、毎日遅れてくれても良いんだぞ? うははは!」

 

 気っ風の良い大旦那の笑い声で、作業が遅れていた板場の空気も和やかになっていく。

 

「そのタコケルピー見事なものだ。その尾だけで何人前になるか。なぁ、それも置いていかないか? いくらだ?」

 

 後ろからセオドアの頭に顎を乗せ待っているタコケルピーに、大旦那の目がきらりと光る。

 

「すみません、こいつはその、売り物じゃなくて……」

「分かってる分かってる、冗談だ。いや、巨大なタコケルピーに乗ったフグピーの行商が居ると、買い出しに出掛けた若いのが聞いて来ていったい誰かと思ったら、まさかセオドアだったとはなぁ。良い商売を始めたじゃないか」

 

 大旦那の後ろで、ティモが納めたであろう大きな海老ケルピーが瞬く間に捌かれお造りにされていく。

 更にタコとマグロと鮭が盛られ、最後に真ん中に主役とばかりにセオドアのフグピーが盛られ、運ばれていく。

 その全てを一つの皿に盛るのか。いったいいくらになるんだ。贅沢なような節操無しなような。

 セオドアは大旦那の話に相づちをうちながら、縁遠いきらびやかな世界の料理をしっかり目に焼き付けていた。

 

「それにしても、全部一人でやってるなんて、信じられないねぇ」

 

 大旦那のついこぼしてしまったようなその言葉に、セオドアは顔を上げる。

 しまったと大旦那が苦笑いをすると、裏口の板間にどかっと腰を下ろし指折り数え始めた。

 

「うちには料理人が一、二、三と……まぁ、見れば分かるがごちゃごちゃと大勢いる。それ以外に料理を運んだり下働きだと、まだ他にもごちゃごちゃといる。でも、セオドアは仕入れから飼育販売搬入を、全部一人でやっているのだろう? いやぁ、正直な話、良く今日まで何事もなかったもんだなって思ってよ」

 

 なぁ? と大旦那が振り返れば、すぐそばでフグピーを捌いていた料理人が何度も大きく頷いた。

 

「出来れば誰か雇いたいもんなんですけどね。如何せん資格必須の貧乏農家なもんで」

 

 セオドアがぺろりと舌を出すと、大旦那はまたがははと膝を叩いて大笑いをする。

 

「そうなんだよな。廃業なんざされたらうちが困っちまうが、今のままじゃそっちが食っていけねぇんだよな。ティモのやつといい、高級品を扱う農家はみんな同じ悩みを抱えてんなぁ」

 

 事情は分かっているが大旦那も何か手があるわけでも無いらしく、話はそれで終わってしまった。

 大旦那はさっと立ち上がると、改めてセオドアに労いの言葉をかけると、奥へと戻っていってしまった。

 

 無事に全てのフグピーを納めたセオドアはすっかり気が抜けてしまい、ぼんやりとタコケルピーの背中で揺られ帰路につく。

 タコケルピーに乗りフグピーの行商。贅を尽くした刺し盛りに、活気づく料理人達。

 何か新しい販路に繋がりそうな気がして、何度も何度も今日の出来事を思い返すも、すっかり気が抜けきってしまった頭ではなにも思い付かない。

 ゆっくりと自宅に戻ってくると、ティモがまだ倉庫の前に居た。

 手を振り無事終えた事を伝えると、ティモは大きく手を振り返してくれた。

 

「いやぁ、本当にありがとうな! どうにか間に合った。なにか礼をしたいんだが、何が良い? あ、悪い、やっぱりちょっと待ってくれ」

 

 タコケルピーから降り、一度ティモの方に駆け出したセオドアだったが、はたと思い出し踵を返す。

 再びタコケルピーの元に戻るや、全力でタコケルピーの鼻先から頭、首や体を撫で回し労いの言葉をかける。

 そして朝準備しておいた貝を取り出すと、嬉しそうに何度も前脚を持ち上げ興奮しているタコケルピーに与える。

 タコケルピーはまた貝をバキリと砕くと座り込み、堪能するようにゆっくり貝を咀嚼し始めた。

 もう三つ程貝を見繕ってから、セオドアはティモの元へ駆け寄った。

 

「悪い待たせた! で、何が良い?」

「そうだなぁ、俺にも朝飯ご馳走してくれよ。うちのロスマル君にも」

 

 ティモはセイウチケルピーのロスマルを指差しながら、ニカッと歯を見せて笑う。

 ロスマルで慣れているのか、タコケルピーの食事風景を見てもなんとも思わないらしい。

 それどころか「ロスマル君のがよく食うぞぉ」と、どこか楽しそうにタコケルピーと張り合ってきた。

 そう言えばと、セオドアはふと思い出す。

 第三浮島で高級魚を扱う農家で、運搬用ケルピーを持っているのはティモだけ。

 もしかしたら、ティモは運搬用ケルピー仲間が増えて嬉しいのかもしれない。

 確かに、小魚ケルピーばかりの第三浮島で、うちの子のが良く食うなどと張り合った事はない。

 朝とは違いすっかり落ち着いたロスマルを見上げながら、セオドアは覚悟を決めた。


「よし、分かった! ただ、うち今なんもなくてな、ちょっと時間かかるから手伝ってくれ。ロスマル、その間うちのタコケルピーと待っててくれな。喧嘩するなよ」

 

 そう言って首を叩いてやると、ロスマルは大きく胸を張り天高く牙をつき出す。

 それはどういう意味なんだとティモに視線を移すと、ティモも不思議そうにロスマルを見上げていた。

 ロスマルは一度頭を下げると、更に勢いをつけのけ反り胸を張る。

 その時、ちらりとタコケルピーを見ているようだ。

 

「これは……威嚇? 違うな、何かアピールしてる、のか?」

「求愛じゃないとは思うけど、何か意識してるみたいだな」

 

 何度ものけ反り存在をアピールするロスマルだったが、タコケルピーはちらりと一度だけロスマルを見上げるも「はいはい、見ました見ましたよ。これで満足ですか」と言いたげに歯を見せ笑うと、すぐにまた貝を咀嚼し始める。

 喧嘩をするよりは良い。ロスマルはめげないしタコケルピーも邪険にはしていない。

 しばらくその光景を眺めていた二人は、何事も無かったかのようにそっと朝食作りにとりかかった。

 

 とりあえず、自宅と倉庫にあるまだ使えそうな食材を手当たり次第にかき集めてみる。

 粉と脂、果物と卵に、萎れかけた芋をはじめとした野菜の欠片達が少し。それと腸詰めとチーズの晩酌セットと、フグピーの餌の材料。

 思ったより色々あったと満足気なセオドアの隣で、ティモは苦笑いをする。

 

「お前の主食は何だ? まさか毎回粉練って……あ、朝その日一日分のパン焼いてるのか? いや、お前に限ってそんな事ないな」

 

 酷い言い分だと反論したい所だが、セオドア自身も全くその通りだと頷いてしまった。

 そしてたまたまある粉と脂は昨日貰ったものだと説明すると、ティモにやたら納得されてしまった。

 

「まぁ、こんなのしか無いから、好き勝手パーっと使っても良いよ」

 

 白い目で見てくるティモの雰囲気に耐えられず、話を反らすように良い放つ。

 すると、それまでとは打って代わり、ティモの表情は晴れやかにあれこれ吟味し始めた。 

 

「まず主食をどうするか決めないと、おかずも決まらないな。ささっと無発酵パンにするか時間かけて発酵させるか、薄く焼いて巻いて食うか茹でパンにするか。それとも麺にするか……。具材を包んで、煮ても焼いても揚げても良いな」

「忘れてた。料理が趣味なマメな男だった……。全部まとめて汁物にして、粉練って千切って入れるんじゃ駄目なのか? 朝御飯って時間でもないし、手軽だし腹一杯にもなるぞ」

 

 しまったと思った時には遅かった。

 使うであろう食材をわけ始めたティモは、セオドアのその言葉でまたため息をつく。

 

「だからモテないんだよ」

「おおお前も独身だろ」

 

 二人でむっと睨み合うも、どちらともなくすぐ顔がにやけ、しまいにはガハハと笑い出す。

 

「そんな事より飯だ飯! ロスマルの飯もやるんだから、時間が無いぞ」

「あー……。先にロスマル君にやってからにしようかな」

 

 そんなに時間をかけるつもりなのか。

 その言葉をぎりぎりで飲み込んだセオドアは、餌を持ってロスマルの所に急いだ。

 

 タコケルピーに相手にされずすっかり拗ねてしまったロスマルの愚痴をたっぷりと聞き、タコケルピーとロスマルにたんまり餌を渡してから戻ると、床に座り込み巨大な生地をせっせと伸ばすティモの姿があった。

 子ども用の物語に出て来そうな巨大な生地は、入り口付近まで広がり部屋に入れない。

 

「一袋全部使ったのか?」

 

 丁寧に畳まれた粉の大袋を見つけ、呆然と戸口に立ち尽くす。

 

「ああ、一回やってみたかったんだよ。今食べる分が大体これくらいで、あとは日持ちする物をあれこれ作って一週間分ってところか?」

「お裾分けして一週間だな。少し持って帰ってくれよな」

 

 楽しそうなティモにもう何も言うまいと腹をくくったセオドアは、生地を飛び越えテーブルの脇の少しだけ開いた場所に降り立った。

 

「せっかくだから、新しいフグピー海老ピー料理を考えても良いかもな。【ご家庭で簡単! 新・フグピー海老ピー料理】って作り方を配りながら実演販売とか。タコピーとロスマル君も居るし、目立って良いかも知れないな」

 

 生地の一部を切り取り捏ね始めたティモは、嬉しそうに新しい料理はどうだこうだと話し始める。

 タコケルピーで行商。

 大旦那とそんな話をしたばかりだったので、セオドアは少しだけ驚いたが、同じ話をティモにもしていたのかも知れない。

 下処理さえしてあれば素人でもフグピーは扱える。

 高級魚を自宅でなんて機会は滅多にないだろうが、料理が増えれば可能性も広がる。

 

「海老ピーを細かく切ってパン生地で包むとか、生地自体に練り込むとか。ああでも、それだとティモのところの海老ピーを使うには贅沢すぎるな。形を生かして使うとなると……揚げるとかチーズ焼きとかになるのか? 海老は幅広く使えて良いな」

「露天で買って食べるみたいな気軽さが欲しいな。フグピーは……フグピー、難しいな。唐揚げしか思い付かない。フグピーの包み焼き……まぁ間違いなく美味いだろうけど、身がしっかりし過ぎてるから食べにくそうだ」

 

 セオドアはうんうん唸りながらも、テーブルの上に準備されていたチーズとほうれん草、玉ねぎとにんにくをボウルの中で合え、塩コショウとレモン、少しの脂を加え更に混ぜる。

 そしてこれまた既に準備されていた鍋で炒めていく。

 しかし、どうにも手順か手付きかなにかが気に食わなかったティモは、あれこれ料理を考え生地を切り分けながらも、セオドアの手元を凝視する。

 そんなティモも視線に気付きながらも、セオドアは知らんぷりを決め込み、ささっと炒めていく。

 

「高級品って立ち位置じゃなければ楽だったのにな。まぁ、それを仕事に選んだのは自分なんだけど。高級品だからこそ、本来俺達なんかと縁の無い人らと知り会えたんだけどな。あーあ、毎日ぐるぐるおんなじ事ばっかり言ってて、進歩しねぇな、俺」

「誰だったか昔、もっと安く売り出せるように改良しよう! って言ってきた奴がいたな。そんな一か八かに賭ける度量も金も俺には無かったし、そもそも品種改良された結果が今のフグピーなんだよなぁって」

 

 切り分けた生地を伸ばし、その半分に炒めた具材を乗せる。

 具材がはみ出さないように生地を折り曲げ、上手く端をくっつけていく。

 それを二人分作り、鍋で焼いていく。

 自分一人だったら絶対に作らないなと思いつつ、セオドアは小まめに裏を確認しながら焼き上げていく。

 ふと見ると、ティモが残りの生地の一部を別け始めていた。

 作り置きすると言っていたし、朝昼兼用の男の食事でこれは足りないかと思うと同時に、普段料理に時間をかけないセオドアは、かなり面倒臭くなって来ていた。

 

「あと何品作る予定?」

「生地と材料が無くなるまで」

 

 セオドアは焼けた料理を皿に移すと、タコケルピー達に追加の餌をやりに行った。

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