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食用ケルピー1

 遥か上空を悠然と泳いで行く錦鯉ケルピー。

 上へ上へと昇っていくその美しい姿を目を細め見送り、今日は一日快晴だと誰もが確信する。

 重種ケルピーの二頭立ての巨大な荷車は、重苦しく荷車が軋む音とケルピーの鼻息を携え、ゆっくりと空を駆けていく。

 空に点在する浮島から飛び立った荷車達は、皆ある場所を目指していた。

 

 

「第三浮島産のフグケルピー入ってるよ! この時期の第三フグピーは絶品だよー!」

 

 中央浮島名物の朝市。

 賑やかな朝市の中心で、一際客を集める人気の大店があった。

 店先には一尾いくら一山いくらと書かれ、種類ごとにザルに盛られた商品がずらりと並ぶ。

 そのうちの一つ【今が旬! 絶品フグピー(下処理済み)】と書かれた、真ん丸に膨らんだフグの体に申し訳程度の馬の脚と頭がくっついたフグピーだけは、こんもりと売れ残っていた。

 

「奥さん奥さん、フグピーどう?」

「フグピー……ごめんなさいね。そっちの鮭ピーを頂くわ」

 

 呼び止められた女性は巨魚の棚を指差し、話を濁す。

 今日の巨魚は、鮭のケルピーと鱈のケルピー、それから鰤のケルピー。

 それぞれが綺麗に捌かれ、馬と魚の柵切りセットで売られている。

 鮭ピーを一山袋に詰めペコペコと頭を下げ客を見送った店主は、店先に立つ男にちらりと視線を流す。

 

「セオドアさん、悪いね……」

「いやいやこっちこそ無理言って悪い。売れ残ったら全部買い取るから、もうちっとだけ置かせてくれ」

 

 セオドアは店主に丁寧に頭を下げると、【フグピーの美味しい食べ方】と銘打ったレシピを一心に書き上げていく。

 

「刺身、唐揚げ……。言っちゃ悪いが、それじゃ普通のフグと同じじゃねぇか。同じだからみんな安い普通のフグの方を買ってくんだよ」

 

 レシピを覗き込んだ店主は隠しもせず大きなため息をつくと、さっと接客に戻ってしまった。

 

「同じじゃないんだ、食ってもらえば分かる。フグより大きいから食べ応えがあるし、唐揚げは脚を持って食えるし、たてがみと尾が立派だから滋味深い贅沢なヒレ酒が味わえる。身もしっかりしてるし味だって普通のフグより……」

 

 食ってもらえば分かるでは駄目なんだと項垂れ、レシピをくしゃくしゃに握り潰す。

 そもそも、みんなフグピーの味を知らないわけでは無い。

 そこそこ値が張る料亭なんかではフグよりフグピーを扱う。

 しかし味を知っていても、味を知っているからこそ、自宅で食べるなら多少旨味は劣るが安価で十分旨いフグの方を選ぶのだ。

 フグピーは高級店で食べるもの。

 その認識は、普段より安く手に入る朝市でも変わらないものだった。

 

「セオドアさん、そろそろ朝市が終わる時間だけど、どうするよ。商品を返品するのはこっちとしても良い気がしなくてなぁ……。うちと実家で二セットは消費出来るとは思うが……」

「いや、返金させてくれ。で、二セットは今日の迷惑料として貰って欲しい」

 

 セオドアは申し訳なさそうに腰を屈める店主にニカッと笑いかけると、二セットだけ残し、残りのフグピーをあっという間に回収していく。

 フグピーを入れた木箱を縛り、よっこいせと背負い、ザルに代金を入れ店主に突き出す。

 何か言わんとする店主にニコニコ手を振り、足早に去る。

 歩く度に背中の木箱がピチャピチャ揺れる。

 見上げれば、買い物を終えた人が高速ケルピー便であちらこちらに帰っていくのが見える。

 朝市に高速便なんて金持ちだなぁなどと独り言を言いながら、頭上を飛び去るケルピーを見ながら、無意識に歯軋りをしてしまっていた。

 

「……昆布締めと、あと半分は唐揚げにして配るか」

 

 溢れそうになる涙をどうにかこらえると、セオドアは浮島の端に停めていた手漕ぎたらい船に飛び乗ると、ゆっくりと雲の海を越え帰路についた。

 

 

 

 上半身が馬で下半身が魚であるケルピーは、その特徴から人々の暮らしに無くてはならない存在になった。

 海に在る原種のケルピーは自在に水中を泳ぎ回るが、そこから派生したケルピー達は空を泳ぎ回る。

 馬車用ケルピー。ペット用鑑賞用ケルピー。レース用ケルピー。

 華々しく大空を舞うケルピーもいれば、人々の一攫千金の夢を乗せ走るケルピーもいる。

 だが、フグピーに代表される一部の食用ケルピーだけは、上手く庶民の生活に浸透出来なかった。

 

「また売れ残ったのかい。いやね、うちはこうやって高級品をお裾分けして貰えるから嬉しいけどさ。フグピーどころかフグだってうちじゃ買えないからね。まぁ、お陰ですっかり子ども達が贅沢舌になっちまったけどね。あはははは!」

 

 夕方、フグピーの唐揚げをご近所に配りながら、セオドアはいつも通りのその言葉にニコニコしながら相槌を打っていた。

 特に普段から親しくしているわけでもないが、この家は十六人家族とこの辺りで一番の大家族。

 他の家はそんな高価な物と遠慮して受け取らなくなってきたが、ここの大奥さんはお互いの利害が一致している為か、喜んで受け取ってくれる。

 大奥さんは大笑いしながらセオドアの背中を叩くと、お返しにととんがり帽子の様な貝殻を背負ったイカ、殻イカを二杯ザルごとセオドアの胸に押し付ける。

 

「おお! 大振りの殻イカ!」

 

 普通に考えればフグピーのお返しにしては貧相すぎるのだが、セオドアは大奥さんに抱きつき大喜びする。

 

「いつもみたいにパンも付けてやりたかったんだけど、孫がお茶会ごっこに持ってっちゃってねぇ。あ! それでイカ団子にしなよ! ちょっとまってな、粉と脂持ってくるから」

「いや大丈夫だよありがとう! このまま焼いて食うのが好きなんだ」

 

 家の奥へと戻っていく大奥さんを捕まえるも、押し問答の末セオドアはたっぷりの粉と脂を貰ってしまった。

 満足した大奥さんとにこやかに別れ、暗くなって来た道をとぼとぼと帰る。

 ランタンを咥えた夜光ケルピー便が流れ星のように夜空を駆ける時間だが、セオドアは自宅ではなく養殖所へと足を運ぶ。

 大きな倉庫の中は半分網で仕切られていて、その網の中を丸々と太ったフグピーがぷかぷかと浮かんでいる。

 セオドアに驚き一斉に小さな手足を動かし逃げていくその姿は、ペット用として売り出しても良いのではないかとさえ思ってしまう程愛らしい。

 セオドアは何をするわけでもなく、暗い倉庫の中でただぼんやりとフグピー達を見上げる。

 この中の何匹が売れる事やら。

 毎日料亭に卸す分だけ育てようか。いや、それでは到底生活していけない。

 毎晩のように同じ事をぐるぐると考えては、結局答えなんか出ずため息をつくばかり。

 すっかり倉庫の奥の方へと逃げていってしまったフグピー達を眺めていたセオドアは、餌の残量を横目で確認し倉庫の戸締まりをする。

 セオドアは倉庫のすぐ脇に座り込むと、貰った殻イカを一杯地面に突き刺し、周りに炭を置き火をつける。

 殻イカがじりじりと焼けはじめ良い匂いが漂ってくると、寝ていた腹の虫が起き出し元気に鳴き出した。

 しばらく殻イカの位置を変えたり炭をいじったりし、あっという間に良い具合に焼けた。

 大奥さんから貰った粉と脂と残りのイカはまた別の料理にしようと一旦端に寄せ、焼けた殻イカを地面から引き抜く。

 腹が減りすぎて思いきり殻を掴んでしまい、アチアチと何度か殻イカが宙を舞う。

 ふぅふぅと息を吹き掛け、ゆっくりと殻から引き抜くと、ぷりんと綺麗に焼けた身が姿を表した。

 ここでいつもセオドアは少し悩む。

 尖った胴体から大胆にかぶりつくか、くるりと丸まった足からちまちま食べるか。

 胴か足か、何度も口を行ったり来たりさせ、まずは落ち着こうと殻の中に溜まった汁をすする。

 口の中に広がる濃厚な旨味に、せめて酒を持ってきておくべきだったとセオドアは酷く後悔した。

 そのままの勢いで胴の真ん中にかぶり付く。

 なりふり構わず一気に食らい付き、残った骨を口からちゅるりと引きずり出す。

 もう一度殻に残った汁をすすり、今度は味わうように足を一本一本慎重に口に運んでいく。

 ちみりちみりと食い千切りながら、ぼんやりと炭火を眺めていると、いつの間にか殻イカの事からフグピーの事を考えていた。

 

 フグピーもこれくらい気軽に手軽に食べられたらあるいは。

 いや、殻イカが身近なだけで、何種か居るイカケルピーも気軽に食べられているものは少ない。

 やはりそもそも食用ケルピーの存在自体が、庶民の暮らしに寄り添ったものじゃないのか。

 腹が満ちてくると、忘れかけていた事がまた頭をもたげてくる。

 食用ケルピーとして身近な存在は、鮭や鰤、鱈に鮪あたりだろうか。

 どれも通常の魚より大きく育つ種類で、その為安価で手に入る。

 カブト焼き等を作るなら通常の魚でないと駄目だが、庶民が自宅でそんな物を作る機会など一生で一度あるかどうか。

 頭の無いアラで良ければ、ケルピーでも十分。

 やはり値段が大きな問題なのだとごろりと寝そべるも、フグピーは値段以外にももう一つ理由があったと思い出した。

 

 普通のフグの何倍もの毒を持ち、飼育にも運搬にも、隣の水槽に移動させるのにさえ資格が必要。

 無毒化すればまだ気軽に食べられるのだろうが、フグピーは毒が強ければ強いほど旨味が増す為、フグピー農家はあえて毒性の強いものを餌として与えている。

 旨味は劣るが無毒化し安価に提供するか、なにか別の打開策を探すか。

 他の打開策があればとっくにやっている。

 何度も同じ事をぐるぐると悩み続け何年経ったか。

 苛立たしくごろりと寝返りをうつと、何かがびちゃりと顔にぶつかった。

 飛び起きて見ると、すぐ隣で野生のタコのケルピーが、避けておいた殻イカを殻ごとバリバリと貪り食っていた。

 本当に目と鼻の先に巨大なタコケルピーが居たと言うのに、考え事をしていたセオドアはこれっぽっちも気付かなかった。

 見事なタコの足が馬の尻の部分から八本。たてがみもタコの足で、その一本一本が好き勝手動くせいか、時折煩わしそうに頭をふる。

 馬の脚の部分にも吸盤やヒレの様な物が見てとれ、他のケルピーより馬と魚の部分の境界が曖昧で上手く混ざりあっている。

 フグピーやサメのケルピーなどは、その危険性から常に監視しておかなくてはならず、気性が異なる別種のケルピーを同時に飼育する事は基本的に出来ない。

 フグピーの養殖をしているセオドアも勿論フグピー以外は育てていない。

 その為、フグピー以外の食用ケルピーを見るのは珍しくとても新鮮だった。

 タコケルピーも気性が荒いと聞いていたが、そんな事より好奇心のが勝ってしまう。

 殻イカを補食中は大丈夫だろうと、なんとセオドアはタコケルピーの正面に回り込み、じっくりと観察しはじめる。

 

「おまえ、立派な体してるなぁ。重種の馬のタコケルピー。色艶も良いし吸盤も綺麗で足も太い。見れば見るほど見事だなぁ。どっかから逃げてきたのか? いやぁ見事だ」

 

 ついにはタコケルピーの前にあぐらをかき、腕を組んで見事だ見事だと話しかけはじめてしまった。

 タコケルピーはバキバキと殻イカを噛み砕きながら、そんなセオドアを静かに見詰め返していた。

 いつの間にかすっかり殻イカを平らげていたタコケルピーは、じっとセオドアを見詰めると何かを訴えるように鼻先でつついて来た。

 タコよりはさらりとした体だが、馬にしては瑞々しく軟らかい不思議なさわり心地。

 ぐいぐいとつつく鼻先の感触を堪能していると、たてがみのタコの足がべちべちと跳ね頭に貼り付いてくる。

 フグピーでは経験出来ない事だ。

 

「なにかくれてやりたいけど、さっき食っちまったから殻しかないんだよなぁ」

 

 手を伸ばしさっき食べた殻イカの殻を取り、タコケルピーの鼻先で振ってみる。

 殻を左に振ればタコケルピーも左に傾き、右に振れば右に傾く。

 その様子に思わずにやけた時、タコケルピーがガバリと口を開け牙を剥き、殻にかぶり付いた。

 目の前に迫った牙に、セオドアは背筋が凍った。

 しかし、タコケルピーは殻を咥えると、セオドアから距離をとるように数歩下がり、ぺたりとその場にしゃがみ込みバリバリと食べはじめた。

 やはり体は柔軟なようで、前脚は猫の香箱座りのように組んでお上品に座っている。

 時折揺れる尾のタコ足が猫の様だ、殻を器用に前脚で挟んで食べる姿もまたなんとも愛らしいと思いつつも、セオドアの心臓は跳び跳ねたまま落ち着きそうもない。

 良い経験をした。

 セオドアはそう言い聞かせると、後ろ手で粉と脂を手繰り寄せると、じりじりと倉庫のすぐ脇の自宅へと下がっていく。

 タコケルピーは時折顔を上げてセオドアを確認するが、すぐにまた殻を貪りはじめる。

 ゆっくりゆっくりと自宅前まで下がって行き、扉を開け体を滑り込ませると、そっと慎重に閉め鍵をかける。

 張り詰めていた緊張から解放されたセオドアは、扉から少し離れたところで腰から砕け座り込んでしまった。

 顔に残るタコケルピーのしっとりと貼り付く感触が、あれは夢では無かったのだと証明していた。

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