9:思い出話と材料集め
午後からと言ったが、ベルはすぐに身支度を整えると逃げ出すようにゴーレムを連れ出掛けた。
人の往来が一番多い時間だろうが、そんな事気にしていられない。
行き交う馬車や買い物客の視線を一身に浴びながら、ベル達は街の出入り口まで来た。
「この時間の菓子通りはさすがに人が多いな。ベル、目的の素材とかはどこにあるか検討がついてるのか?」
街を出てすぐ、さすがに参ったとシエルがため息をつく。
「シエルさん達と会った辺りに見知った素材が何個かありましたけど、さすがに半日がかりで取りに行くのもなぁって思うので、あの小川沿いを歩いて探してみようかと思ってます」
ちょっと出掛けてくるとしか言っていない為、二人とも軽装。
半日がかりで目的地についても、あまり帰りが遅くなるとヴィゴが捜索隊を出しそうだ。
「ああそれから、昨日城に戻ってから野生の菓子園の事を何人かに聞いてみたが、やはり誰も知らなかった。王もずっとゴーレムがゴーレムがって騒いでたし、昨日は随分賑やかだったな」
シエルの言葉に、ベルはすっかり忘れていたと目を見張る。
そう言えば野生の菓子園の事をシエルに話したし、王からゴーレム作成依頼が来ていた。
ゴーレムに関してはついさっきヴィゴとそんな会話をしたにも関わらず、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
ベルは一度に何個も考えれない自分の頭の弱さに愕然とし、ゴーレムの手の中でぐったりと寝そべってしまった。
「やはりこのゴーレムは譲れないか」
ゴーレムの反対の手の中にいるシエルが、くすりと笑いながらそんな事をこぼす。
「実はこの子、自力で分裂出来る子なんですよ。二人に別れたら大きさもなにもピタっと半分になりますけど、あげようと思ったら簡単にあげれるんです。でも、実はもう半分になってて、もう一人は師匠と一緒に居るんですよ。せめてゴーレム同士がお互いの位置とか分かれば良かったんですけどね」
目の前にいるゴーレムですら、建物の二階分位の背丈はある。
ということは、分裂する前は単純にそれの二倍と考えると……。シエルはゴーレムの足から頭まで見上げながら、信じられないと言葉を失った。
そんなシエルの様子に気付いたベルは、へへっと笑いながら言葉を続けた。
「いっぱい分裂して貰って、工房を手伝って貰ってたんですよ。師匠は魔道具も作ってましたけど、趣味のお菓子作りの延長でちょっとしたお菓子も売ってたり、何だかんだ忙しかったんですよね。昼間は分裂して手伝ってくれて、夜は元に戻って工房の裏でごろーんって寝てお菓子を食べるんです。私が始めて作った大型魔道具がこの子なんですけど、師匠がすごく喜んでくれたんですよね」
そんな事を話ながら、街でのか暮らしを思い出す。
ゴーレムクッキーくらいの大きさまで分裂したゴーレム達が、せっせと魔道具作りを手伝ったりお菓子作りを手伝う姿。
分裂したまま菓子をあげるのは赤字になると、師匠は絶対元に戻ってからしか菓子を与えなかった事。
師匠の友達の魔道技師や菓子屋もゴーレムを気に入ってくれ、師匠の目を盗んでは菓子をくれた事。
色々な思い出が蘇り、ベルはひとりでふふっと笑う。
「師匠、朝御飯、美味しかった。毎日一緒だけど、美味しかった」
そんな事を思っていると、ゴーレムがぽつりとこぼす。
「ああ、手作りジャムと焼き立てパンケーキのセットね。お菓子作り好きなのに、御飯とかになるとズボラなのよねー。私の主食もお菓子って感じだったもん」
そんな話をしていると、お腹がきゅっと鳴った。
朝御飯らしい朝御飯は食べてなかったと思いだし、ベルは鞄の中をあさりだす。
昨日、リンゴンベリースコーンを作っているとき、自分用のご飯も簡単に作っておいたのだった。
ベルはパンパンに膨らんだこんがり焼けたピタパンを二つ取り出すと、一つシエルに差し出した。
「お米と具材を炒めたものを詰めて焼きしめたピタパンです。旅の途中で教えてもらったんですけど、器ごと食べれて気に入ってるんですよ」
ベルは簡単にそう説明すると、ざくっと良い音を立てピタパンに噛み付いた。
ポロポロとこぼれ落ちてくる中身を上手く受けながら、ベルは気にせず食べ進める。
「さすが、旅慣れしてる。出身はどこなんだ?」
「ずっとずーーっと東のカスティって小さな村です。師匠の街クッカから更に東の、ひどく辺鄙で遠いところです」
シエルは何度かカスティと小さく繰り返すも、やはり聞き覚えがないのかピンと来ていない様子。
ベルはピタパンを咥えると鞄から地図を何枚か取りだし、繋げて一枚の巨大な地図にする。
「たぶん今この辺り? この縮図ですと、クッカはここから地図五枚分東ですね。カスティは地図にのって無いですけど、この辺りですかね」
「遠すぎてどれ位時間がかかるのかも検討つかないな。国をいくつ跨いで来たんだ」
六枚目の地図の端を指差すベルに、シエルは参ったと頭を抱える。
ベルの取り出した地図は詳細地図ではなく、街や国が大まかに書かれた比較的広域の地図。
国も五、六ヵ国も先な上、途中で二度海を渡らなくてはならない。
真っ直ぐ向かったとしても、ひと月やふた月でたどり着けるとも思えない距離だった。
「なぁ、言っちゃなんだけど、さすがに目的の菓子園はこんなにクッカから離れちゃいないんじゃないか?」
「やっぱりそうですよね……。長旅でいろんな国の料理やお菓子、言葉や風習が覚えられて楽しいには楽しいんですけどね」
何度も挫け、ゴーレムと静かに過ごせる場所を探したとは言えない。
今では故郷の菓子や料理より、長旅で見聞きした物を作る方が多くなってきた。
随分遠くまで来てしまったなと、ベルは改めて地図を眺めながら思い知らされ、そっと地図をしまいこんだ。
街のそばを流れる小川につくと、ゴーレムはそのままざぶざぶと小川の中へ入っていく。
流れにそって歩くゴーレムの上から、ベルは手を伸ばし目的の草がないか物色する。
「何を探してるんだ?」
「鎮痛剤になる、このくらいの小さな水草です。表面がぬるぬるしたゼリーに覆われてるので、一目で分かるんですけど……」
上半身をのりだし、水中を物色しながらおかしいなぁと首をかしげる。
シエルも真似し、水に手を突っ込み物色しはじめると、ゴーレムが腰を屈め探りやすくしてくれた。
しばらくすると、それらしい水草があり、シエルは根ごと水草を引き抜いた。
「そうそれです! それをバスケットいっぱい集めたいです」
シエルが引き抜いた草に飛び付いたベルは、上機嫌でゴーレムの頭に被せていたバスケットを手に取る。
てっきりゴーレムの帽子かなにかだと思っていたシエルは、そのあまりに大きなバスケットにめまいがした。
そんな事気にもせず、ベルは水草のあった辺りを重点的に探し、群生地を見つけると次々に引き抜きバスケットに放り込んで行く。
元々小さな水草。
群生地を見つけたからとて、一向にバスケットが満たされる気配はない。
そうこうしていると、ゴーレムは二人を下ろし、自身も水草を摘み始める。
しばらく唖然としていたシエルだったが、やるしかないと気持ちを切り替えると、ざぶざふと水中に両手を突っ込んだ。




