8:焼きたてゴーレムクッキー
二人の言い争いは、クッキーが焼き上がると同時に自然と収まった。
焼き上がったゴーレムクッキーは、不思議とひび割れたり粉が舞ったりなどせず、普通のゴーレムのようになんの不都合もなく調理台の上を歩き回っている。
「おはよう、良い匂いだね。ちゃんとヴィゴさん達の言う事を聞いて、色々覚えるんだよ」
ベルは生まれたてのゴーレムを両手で持ち上げると、ゆっくりと言い聞かせ、ヴィゴに手渡した。
「クッキー生地ですけど、魔力が宿ってますので火も水も衝撃も大丈夫です。まだ生まれたてなので、ちゃんと躾をしないと悪さしちゃいますので、皆さんで色々教えてやって下さい。予定だと、この子はクッキーを食べるはずです」
全く贅沢な子なんだからと、ベルはゴーレムを指先でつつく。
ヴィゴの手から逃れたゴーレムは、先程作った鮮度を保つ匙を両手でつかむと、調理台に座り込みペタペタと印を捺していく。
早速いたずらを始めたゴーレムだったが、ヴィゴがなにも言わずじっとゴーレムを見つめているので、ベルを始め従業員達もなにも言えず見守っていた。
「ベルさん、王からの依頼のゴーレムはどうしましょう? こちらを渡してしまっても宜しいんですか?」
「その子はヴィゴさんの好奇心で生まれた物ですので、王様のは別でどうにか考えます。ちょっとしたマスコットだと思って使ってやって下さい」
ヴィゴはゴーレムを両手でそっと持ち上げる。
しばらくまじまじと眺めていたが、徐々に口角が上がり目尻が下がり出す。
「開店までにラングドシャ・トライフルを三種類用意したい! 内容は今ベルさんが食べたベリーとスポンジ。それと桃とチーズケーキにスモア。明日からはラングドシャをコーンにしたアイスも考える! みんな、頑張ってくれ!」
開店まであまり時間がないにも関わらず、ヴィゴは従業員達にはっきりと告げる。
早速動き出した従業員達を横目に、ヴィゴはゴーレムに鮮度の匙を持たせる。
「さぁゴーレム君。君の始めての仕事だ。この箱に印を捺していっておくれ」
持ち帰り用の畳まれた箱を大量に引っ張り出してきたヴィゴは、クッキーと共にゴーレムの前にどさっと置く。
すぐさまクッキーに反応し小さな両手で抱えるように食べると、ゴーレムは一心に箱に捺印し始めた。
突貫で作ったわりに、ゴーレムと鮮度の匙はとても良い仕事をした。
新商品のラングドシャ・トライフルは飛ぶように売れ、箱を作り終わったゴーレムも売り場でせっせと品出しをし、マスコットとしては上々の反応を貰っている。
ベルはそんな様子を、カウンターの端に座り保冷の匙を作りながら眺めていた。
保冷の匙も鮮度のショーケースも急ぎではない為、ベルは殺到する客達をただ楽しく見ているだけに近かった。
そして、今さらながらベルは従業員達と正式な挨拶を済ませた。
これでこっそり菓子を買いに行けなくなったとこぼすと、ヴィゴに堂々と厨房からくすねて下さいと言われる始末。
「ベルさん。中庭のゴーレムさん用のお菓子、用意出来ました」
ふと、そんなベルに従業員の一人が厨房から声をかける。
まだまだ新人で、品出しや簡単な盛り付けを担当している若い男性ーーと言うよりも、少年と言った方が良い彼は、バスケットいっぱいにスコーンやクッキー、パウンドケーキを手に駆け寄ってきた。
「ありがとうございます、ステファンさん! うわぁ! 贅沢! 二日分はありますね!」
山盛りの菓子を受け取ったベルは、早速ステファンと中庭へと向かう。
ベルの姿を見た途端、ゴーレムは嬉しそうに顔を上げベルを両手で掬い上げる。
やはり王の依頼とはいえ、このゴーレムは手放せないと、ベルも満面の笑みになる。
「ステファンさんにいっぱい貰ったの。ゆっくり食べてね。今日は午後から街の外に薬の材料になりそうなもの探しに行こ」
ゴーレムはベルとバスケット、ステファンを順番に見ていくと、丁寧にステファンも掬い上げた。
菓子のお礼を言いたいのか、ゴーレムは極々優しい力でステファンを何度かぎゅぎゅっと握ると、額を寄せてから下におろした。
ゴーレムに捕まれるなど慣れない経験をしたステファンは、降りるなりどさりとその場に尻餅をついてしまった。
「羨ましいですなぁ。ゴーレムさん、おかわりはいくらでもありますからね」
「羨ましい、ですかね? ベル、街の外には黙って行かないように」
いつのまにか中庭に顔を出したヴィゴとシエルが、呑気な会話を繰り広げる。
有名オーナーのヴィゴの姿を見たいのか、はたまたゴーレムが珍しいのか、二階のカフェスペースの客達がテラス席に出てきて、何やら賑わっている。
ステファンは顔を赤らめいささか気まずそうに立ち上がると、ペコペコと頭を下げ厨房に駆け込んでしまった。
「ベル、リンゴンベリー、スコーン、つれていく、か? リンゴンベリー、スコーンの素、つれていくか?」
「リンゴンベリースコーン、の素? を連れ? なに?」
突如話し始めたと思ったら、ゴーレムはそんな不可解な事を言い出した。
スコーンを持っていきたいのかとも思ったが、それにしては言い方がおかしい。
二人の時はもっと流暢に話すのにと、少しばかり不安に思っていると、ゴーレムはシエルとヴィゴを交互に指差しながら同じ言葉を繰り返した。
「もしかして、リンゴンベリースコーンってシエルさんの事で、リンゴンベリースコーンの素ってヴィゴさんの事じゃ……」
顔をひきつらせもしやと見上げると、ゴーレムはそうだと力強く頷いた。
完全に押し固まるベルに反し、二人は腹を抱え笑い始めた。
「ああ、スコーンの方は護衛だからついて行くぞ」
「素の方も出来ればついて行きたいんですけどねぇ。別で人をやって名残のベリーでも摘ませましょうか」
騒ぎを聞き付けた従業員がちらちらと中庭を確認しているのがわかる。
ベルは顔から火が出るほど恥ずかしくなり、必死に二人の名前をゴーレムに教え込んだ。




