5:それでは張り切ってスコーン作りです
路銀をどう稼ぐかという事もあり、焦らずゆっくり情報を集め計画を立てる。
この周辺国には目的の物が無いとだけ分かったベルは、ひとまずそう結論付け店を後にした。
店を出ると、店に入る時は気づかなかったが道の先に古城が見えた。
すべての区画が接する中央の広場からすぐの城と比べ、古城は随分と遠い。
「今日は疲れただろ。街の散策も良いけど、ゆっくり休んで明日出直しても良いんじゃないか?」
ぼんやりと古城を見上げていると、シエルがそんな事を言い出した。
てっきり満腹でぼぅっとするのかと思っていたが、言われれば体がずしりと重い。
自覚してしまったらどっと疲労が押し寄せ、ベルはたまらず大あくびをしてしまった。
「ただ食事をしに外出しただけになっちゃった……。悔しいけど疲れたー」
今にも座り込みそうなベルにくすりと笑ったシエルは、さぁさぁ帰るよと背中を押し歩き出す。
中央広場の近くの一等地にトータトータ・ベールはある。
今日は広場を突っ切って少し歩いて旧市街へ食事をしに行っただけとなってしまった。
店に戻ると、店の前に何やら一台の馬車が停まっていた。
立派な魔道具で出来た馬で二頭立て。馬車自体は小振りだが見るからに手の込んだ見たこと無いほど高価な造り。
不信に思いながら馬車に近づくと、シエルがそっと服装を正した。
「知り合いですか?」
「知り合いと言ったらそうかな……。城管理のでは無く、王の私用馬車の一つだよ。一番早馬の馬車だ」
シエルの言葉にベルはぱっと馬車から離れる。
幸い御者台に一人待機しているだけで、中は無人のようだ。
二人で遠巻きに馬車を眺め、人が乗って無い事を確認すると恐る恐る店へと入る。
相変わらず店内は賑わっていた。
賑わっていたと言えば上品に聞こえるが、丁度焼き上がりの時間なのか、客がカウンター近くに殺到しごった返している状況。
こんな高級店でそんな状況を見る事になるとは思っていなかったベルは、人波に巻き込まれないようにぐるりと遠回りして二階に駆け上がっていく。
二階も変わらず満席で、席が空くのを待つ客が何人も確認できた。
「表の馬車に乗って来た人、居ました?」
三階への階段を登りながら、ベルは振り返る。
「いや。王の使いでも王ご本人でも、こんな表の空間に居るはずがない」
言われればそうかと、ベルは気にせず部屋のドアノブに手をかける。
「あ、私たぶんもう今日はお店から出ないですけど、シエルさん……」
当たり前のように扉の隣に立ったシエルに話しかけるも、ごにょごにょと尻窄みに。
言いたいことが分かったのだろう、シエルはすっと壁際から離れると、ははっと軽く笑った。
「安心して。そこまできっちりした護衛を期待されている訳でもないし、今日のところはこれで失礼するよ。また明日店が開く頃に来るけど、気にせずゆっくり休むと良い」
「ごめんなさい。ありがとうございます」
申し訳ない気持ちで何度も頭を下げるも、シエルは気にした様子もなくベルの頭をひと撫でし降りていった。
部屋で一人になると、気が抜けたのか立っていられない程疲れが押し寄せ、たまらずベッドに倒れ込む。
鞄の中でがさりと音がなり、そう言えばスコーンを買ったのだとテーブルに置いておく。
ヴィゴからたくさん菓子を貰ったと思うが、約束のゴーレム用のリンゴンベリースコーンも作りたいし、余ったリンゴンベリーでジャムも作りたい。
重い体をどうにか動かし、備え付けのキッチンへと向かう。
その途中で、買ったスコーンを一つ取りだし、準備をしながら何の気なしに頬張った。
途端にその美味しさに釘付けになり、棚から出したばかりのボウルを落としてしまった。
作って時間が経っているにも関わらず、外はサクッと中はほろりと崩れる絶妙な食感。
鼻に抜けるバターと小麦の香りもたまらないが、所々顔を覗かせるリンゴンベリーの酸味が良いアクセントになり、ジャムもクリームも無く食べれてしまう。
スコーンのイメージは中も外もモサモサとし、水分が無ければ食べられない。
いや、水分があったとしても食べきるか窒息するかの戦いだとベルは思っていた。
しかし、このスコーンは全くの別物だった。
小麦やバター、ベリーなど全ての配合が完璧で、食べても食べても飽きることは無い。
ぺろりと一つ食べてしまったベルは、この店の人気の理由が分かったと同時に、この味でこの値段なら確かに安いのかもしれないとその場に力無く座り込んだ。
ふと、クッキーの詰め合わせ等もスコーンと同じ価格帯だったのを思いだし、ベルは明日買うものを心に決めた。
これ程上等なスコーンを食べたあと、同じリンゴンベリーを使ったスコーンを作るのは少し憚れる。
しかし、作ってみたい欲求も無くもなく、ベルはしばらく唸ったあと結局スコーン作りを開始した。
二種類の小麦粉とベーキングパウダー、牛乳と卵にバターと砂糖に塩。それとリンゴンベリー。
普段ならここまで材料を揃えることもなく、簡単な物を作るだけ。
しかし、今は疲れも飛ぶほどやる気に満ちている。
全ての材料をはかり、順番に混ぜ生地を作っていく。
ふと、普段使うのは乾燥ベリーで、生の物を使うのは初めてだったと気づく。
生の水分がどう影響するか悩んだが、気にせず混ぜ込むことにした。
ここであまり混ぜすぎると、ボソボソとした窒息覚悟の仕上がりになってしまうので注意か必要だ。
生地が耳たぶよりやや固めにまとまったら、一時間ほど休ませてから型抜きをする。
その間ベルは、今日あった事やこれからの予定をノートにメモしていく。
目指すものはこの辺りには無いこと。路銀集めの案を何個か。戻るルートと情報収集。
意外にも書くことが少なく、街の地図と出会った人の情報をさらっと添える。
色々まだまだ考えたいことは山ほどあるが、今日はもう頭が回りそうにない。
そうこうしているうちに、一時間経った。
休ませた生地を二センチ位に伸ばし、丸く型抜きしオーブンで十分と少し焼く。
中途半端に余ってしまった生地も、適当な大きさに切り焼いていく。
しばらくすると、お菓子が焼ける独特の良い香りが漂ってきた。
この焼き上がりを待っている間が、一番もどかしく楽しい時間でもある。
焼き上がったら網の上にとりだし、持てる程度にあら熱をとる。
綺麗に並んだスコーンを前に、アツアツのうちにゴーレムに持っていってやろうと、トングで何個かトレイに乗せ、そっと部屋を後にした。
ゴーレムは中庭に居る。
二階の中庭に面した窓からなら、ゴーレムの顔に丁度近いだろうと、二階のカフェスペースの裏に回り込む。
すっかり暗くなった中庭には、ゴーレムが膝を抱え大人しく座っているのが見えた。
「遅くなってごめん。いっぱいお菓子貰ったと思うけど、約束通りスコーン焼いたよ」
窓を開け声をかけると、ゴーレムはぱっと顔を上げベルを両手でつかんだ。
留守番させられていた犬のように、ベルに甘え離そうとしない。
美味しい贅沢な菓子をいっぱい貰ったにも関わらず、自分をこれ程待っていてくれたのかと思うと、ベルは嬉しくなりこのまま手の中で寝てしまおうかとさえ思った。
気を取り直しゴーレムにスコーンを与えると、思っていた以上に胸が赤く光った。
丁寧に作ったスコーンが良いのか、それともリンゴンベリーとの相性が良いのか。
どちらにせよリンゴンベリースコーンはゴーレムと相性が抜群に良いようだ。
次々に口にスコーンを放り込むゴーレムの姿に、ベルはほっと胸を撫で下ろし、ゆっくり食べなさいと口許をぬぐってやった。




