IT'S MY LIFE 3
ズルズルと部屋から引きずり出された瞬間、神獣達は宿主を抱え謁見の間から連なる三王の私室に瞬間転移をした。
三王はそれに驚く事もなくずっしりと濡れ重くなった制服をどうにか脱ぎ捨て、その隙に神獣達は宿主のセレモニー用の衣装を準備しつつ、紘王に憑く炎の人――イフリートはいくつか火の玉を作るとその熱でまとめて三人を乾かしていた。
「なんか毎回思うけど、本部にいる間ってセルフ着せ替え人形になった気分……」
ウエディングドレスのようにたっぷりとレースと花をあしらった裾の長いベアトップのドレスに袖を通しながら、目の前で髪飾りとネックレスを銜えているグリフォンに愚痴をこぼす。
が、全員を乾かしているイフリートに代わり紘王の衣装も準備しているグリフォンはそれに答える余裕が無く、憐王の膝の上に銜えていたものを置くとバサバサと紘王の私室に入って行った。
正直な話、グリフォンが動かなくとも誰かが自身に憑いている二体目を出せば済む話なのだが、全員が全員焦っているように見えて実は遅刻しようが構わないと思っており行動に移すことはなかった。
たっぷりとした長い髪が乾いたのを確認した憐王はしっかりと髪を纏め上げ固定し、ベール付きのティアラで顔を隠し胸元でマントを固定し一先ず着替え完了。
靴も二の腕まであるロンググローブも移動しながらで問題ない。
「紘―? 優―?」
着替え終わり自室の前に出てみると、なぜか女性の憐王よりも男性の二人の方が着替えに手間取っていた。
『丁度良かった憐。ちょっとうちの人手伝ってあげて、小物が多くて……』
優王の天馬――ペガサスには細かいチェーンや飾りを留める事が出来ず、おろおろと優王の私室から顔を出し困り果てていた。
紘王の部屋からも『この服が一番着るの面倒臭いんだよな』とぼやく声が聞こえる。そう言えば何年か前にセレモニー用の服が変わってから格段に三人共着替えが面倒になった覚えがあった。
ビー!
突如とし部屋中に鳴り響いた警告音。
着替え途中だった鉱王と優王が部屋から飛び出すと同時に、三王の耳につけられた通信機より通信が入る。
『セレモニー会場上空に一体観測、ランクB、中型の蟲と思われます。現在A1隊が迎撃に向かってます。繰り返します……』
「あ? 一年生が? 何考えてんだ本部は」
着飾った装飾品を毟り取りながら不機嫌そうにそう声を上げる鉱王の眉間には、深い皺が刻まれている。
ランクB中型は三王が出る程の規模では無いが、かと言って弱い蟲でもない。
先程通信で言っていた『A1隊』とは、近年適合したもの達を集めた隊であり、鉱王が『一年生』と表現するようにまだまだ力の使い方が未熟だ。
その為殆どがランク外の小型の蟲で実践を積んでいく事が多い。
「粗方俺達が居るからとか考えてんのか……っち」
毟り取った装飾品を自室に投げ捨てた紘王は、マントを翻すのと同時にその場から忽然と消え失せた。
紘王は瞬間転移のような細かい技は苦手としている。
場所や距離を明確にしなければ出来ない瞬間転移をする際は、憐王か自身につく神獣に依存する事が多い。
その紘王が自身で瞬間転移を行いセレモニー会場に転移したと言う事が、いかに緊迫した状況かが伺える。
その場に取り残された憐王と優王も、紘王に遅れをとりつつもすぐに後を追った。
三王がセレモニー用の衣装のまま瞬間転移した先は、予想以上に混乱に陥っていた。
そもそも蟲が現れた場所が悪かった。
セレモニーの参加者から、三王を一目見ようと訪れた観客で溢れかえった会場に中型の蟲が現れたのだから無理も無い。
混乱し逃げ惑う人々の喧騒の中、三王が見上げた先、ぽっかりと開いた天井には貼り付いたように空間に浮かぶ蟲と、その周りを空中バイク《モーヴィン》で飛びながら交戦しているA1隊が見えた。
そして何騎かのモーヴィンが無残に落ちてくるのも。
「憐!」
崩れ落ちるモーヴィンに追い討ちをかけようと動き出した蟲の方に、憐王が手をかざした瞬間憐王の手の甲が光り、花火が打ちあがったような音と共に一直線に蟲目掛けて一筋の光が放たれた。
真っ直ぐに突き進むその光りの柱は、まさに今モーヴィンに襲い掛からんとする蟲の足に当たり、触れた箇所とその周囲を形も残らず焼き尽くし貫通した。
蟲に当たった事等意に返さないかのように突き進んだ光の柱は、そのまま空に溶け霧散して行った。
自身の足に起きた異変ではじめて三王の存在に気付いた蟲だったが、気付いた時には既に紘王が張った結界の中に閉じ込められていた。
「A1隊、全員無事か?」
呆然と蟲を眺めていたA1隊員の頭をポンと軽く叩きながら、声を掛ける紘王。
突如とし現れた紘王に一瞬どよめいたA1隊員達であったが、紘王に続き憐王もふわりと舞い上がってくるのが見え、安堵の溜息が漏れた。
「ドレスで飛ぶと……。下で優が落ちた人達を手当してるから大丈夫。後の処理はこちらでやるので、皆は優の所へ」
ドレスの裾を気にしつつ紘王と合流した憐王は、ふわっとA1隊に笑いかけるとそのまますぐ隣の蟲に視線を移した。
憐王は口々に感謝の言葉を述べ地上へと帰還していくA1隊を横目で見送りつつ、目の前の蟲を眺めては深い溜息をつく。
『蟲』と表現されているが、その容姿は一般的に『虫』と言われる昆虫だけに限ったものではない。
その名称は『どこにでも出現する』『嫌悪』などの意味から、蟲と言われはじめ、いつしかそのまま定着してしまった。
現に今セレモニー会場に出現した中型の蟲は、はっきりと顔の位置が特定できないただの黒い塊だが、形状としてはタコのように何本も足を有する固体である。
今回の固体は中型との報告を受けていたが、体長は六~七十メートルはあろうかと言う程で、そのタコの様な足を広げれば更に倍はあるだろう。
「……いくら三王が揃ってるからって、これにA1隊をぶつけるのは考えものだね……」
「まだ自力で飛べもしない奴らに、あり得ないだろ普通。報告ついでにじじいに進言するか」
紘王は吐き捨てるように呟き、目の前に拘束されている蟲に向かい手の平をぐっと閉じる動作をする。
すると蟲を覆っていた結界が一気に縮み、いとも簡単に押し潰してしまった。
「うわ、力技」
「んなもんいつまでも生かしておく必要もねぇだろ。それに下みて見ろよ、あのパニック放っておいたらそのうち死人が出るぜ?」
お互い自身の遙か下、未だ混乱に陥っている地上を眺め溜息が漏れた。
*
セレモニーは予定よりも大幅に遅れてのスタートとなった。
本来ならあれ程人が集まっている場所に蟲が現れたら、セレモニーなど即中止となっていてもおかしくは無い。
だが、観客をはじめ関係者各位は、三王に対して盲目的な崇拝に近いモノを持っていた為か、同日中に再開までこぎつけた。
それは『三王が居るから安全』と言う、現人類に蔓延している良い意味での無責任さが顕著に現れたと言ってもいい。何にせよその過度な期待は三王の負担にしかならない。
セレモニーは無事始まったが、だからと言って三王が何をすると言う事も無い。
先日の謁見のように、ただピッチ上で行われる歌や踊り等をただただ観賞し、たまに行われる決まった口上に対し、何らかの形でアクションを起し返事をするだけ。
そんな退屈なものだが、普段恐ろしく多忙を極める三王にとって、セレモニー自体は休息に近い。
が、半分以上見世物に近い立ち位置に居る為、そこまでリラックス出来る環境でもなかい為複雑なものだった。
(この後ってもう本部での予定入って無かったよね?)
ベールで顔が見えない事をいい事にだらけきっている憐王が、半分寝ぼけたような声色で精神感応力で話しかける。
(えーと……確か三人揃っての公式の物は入って無かった筈です。個々に何かあるって感じですかね?)
いつものしっかりとした話方ではなく、若干歯切れ悪く答える優王。
きっちりと折り目正しい優王でさえ、気が緩んでしまう公式業務らしい。
空軍隊が披露している空中での演舞をぼんやりと眺めながら、ぽつりぽつりと話を続ける。
(優は負傷した兵の治療だったっけ? じゃあ私は紘と二人で新人さんの訓練でもしようかな? 最近やってなかったから依頼が溜まりまくってるんだよねぇ)
(あー……思い出させるんじゃねぇよ、折角忘れてたのに)
昨日処理し切れなかった書類の山もそうだが、きっと今こうしている間にも次々と仕事が追加されているだろう事を思い出し、落胆する三王。
(まぁ……三人で処理すれば書類く)
「三王陛下、そろそろ空軍隊の演舞も終わる頃ですので移動致しましょうか」
そう声を掛けて来たのは元老院。
三王はその元老院の言葉を聞き完全に硬直してしまった。
「……よもやお忘れではないでしょうな? 今回のセレモニーは適合者のお披露目も兼ねておりますので三王陛下のどなたかにお言葉を頂く運びになっていたはずですが……ベール越しでもお三方がどんな表情をしているか手に取るように分かりますな」
完全に失念していた三王は、驚きの声をあげそうになったのを必死で堪えつつ、ぎこちない動作で立ち上がる。
「そう……だった、な。じゃあ行こうか……」