地底の花
今の時代、金で買えないものはない。
金さえ出せば店で無くとも、道端で、家で、食事中でも仕事中でも、買えないものはない。
わざわざ人一人買うのに古めかしいオークション会場に足を運ぶのは、一部の酔狂な道楽家だ。
そしてロバートも、そんな道楽家の一人であった。
『お次の商品は、最北の辺境出身の織物名人。彼女が生み出す糸と織物・刺繍は国宝級! 五十万から!』
会場に響く、いやに盛り上げようと声を張る司会者の声。
彼女の纏う民族衣装が、司会者の簡単な説明を確かなものにしている。
数年前にその存在が発見された最北の希少民族。
出回るには早いと思っていたが、こんな所で出会えるとは。
目新しい商品は道楽家にとって是非ともコレクションに加えたく、それが目当てでわざわざこんな所に来ていると言って良い。
元々の価格があまりにも低かったのもあり、我先にと客は値段をつり上げていき、早々に百万を越えていった。
しかし、ロバートは買い付けようとしない。
ロバートも道楽家だが、どんな商品があるか眺める、ウインドウショッピング程度の感覚で来ている道楽家。
ただただ眺めて珍しいなと、世間の流れの早さを感じとる為だけに来ているようなもので、よほど気に入た商品でないと一日無言で座ったままだ。
気づけばいつのまにか落札されていたらしく、まばらな拍手が響く。
喜ぶ男の元へ、商品が髪飾りを届けに行く。
男は受け取った髪飾りを誇らしげに胸元へ挿し、商品は一礼し下がって行った。
男は自慢したくすぐに髪飾りを要求したらしいが、他の客は次の商品がなにかで男など眼中にない。
ロバートもまた、最終価格がいくらになったか聞き逃したのが悔やまれる程度にしか思っていなかった。
『お次も希少民族、地底から双子の贈り物! 発光する紫陽花の角を持つ姉と蓮の角を持つ妹のセット! 七十万から!』
壇上にたたずむ十かそこらの幼い双子の姉妹。
揃ってマリアヴェールをはずすと、説明通り発光する花の形をした角が現れた。
光の届かない地底に住まう民族の中で、確かに自身が発光する民族がいるとは小耳に挟んでいた。
「五百」
ロバートはそんな事をぼんやりと考えていたが、気づけば手をあげ金額を口にしていた。
「六百」
一気につり上げたと言うのに、間髪入れず更に声が上がった。
ちらりと横目で見れば、壁際に座る若い男が手をあげていた。
「千二百」
ロバートが迷わず倍額を口にすると、若い男どころか会場中が静まり返ってしまった。
オークション終了後、無事競り落とした双子を迎えに行くと、商品の引き渡し所は大混雑だった。
今日のオークションの商品は人がメイン。
自ずと人口が増えてしまう。
巨大な体躯の商品を連れた商人風の男や、色男ばかり競り落としたマダム。
その人混みの中に、双子を競り合った男の姿があった。
男はロバートに気づくと、軽く会釈し近づいてきた。
「失礼ですが、これからあの双子をどうなさるおつもりで? あの角も、出品者がつけたおもちゃかもしれませんよ?」
不躾な言葉に、ロバートは静かに男を見上げた。
「目的があって買った訳ではない。もし偽物なら偽物に大枚はたいた馬鹿だと言いたいのだろうが、本物でも偽物でも目的があって買った訳ではない」
ピシャリと良い放つと、ロバートは振り返ることなく人を掻き分け引き渡し所へと足を進める。
引き渡し所の奥では、何人かの商品がおどおどとしながら不躾な視線に耐えていた。
もちろんその中に、双子の姿もあり、二人はぎゅっとお互いの手を握り端に身を寄せ座りこんでいた。
ロバートの顔を見た引き渡し所の職員は、すぐに双子に声をかけた。
あれだけ値段を気にせずつり上げたのだ、顔を覚えていたのだろう。
一度身をすくませた二人が急いで立ち上がると、そばにいた女性が二人の頭を愛しそうに撫でた。
「失礼、あの女性は?」
双子を気遣う姿がどうしても気になってしまった。
家族には見えない。と言うことは商品。
しかし、終始オークションに参加していたというのに、彼女が出品されていた記憶がとんとない。
「あぁ、今回の売れ残りですよ。南方出身の甘味作りの名人なのですが、それだけではどうにも買い手が」
ちらりと女性を一瞥し言葉を濁す職員は、寄って来た双子をささっと男の方へと押しやる。
確かに、金さえあればなんでも手に入る時代。
多種多様な甘味も溢れ返っている街で、それだけで買い付ける人はいないだろう。
ふぅんと生返事をし双子に視線を落とすと、二人は小さく女性に手を振っていた。
「そうか。で、いくらだ」
ロバートの言葉に、職員は目を見開き小さく声を漏らした。
すぐに脇にいた司会の男が資料をめくり、最低金額を確認する。
小さな紙にさっと書かれた値段は二十万。やはり破格の価格だった。
ロバートは百万をぽんっとその場に投げ置くと、女性に向かって手招きする。
動揺する女性に、ロバートは双子の背中をつつき、二人にも真似して手招きさせる。
可愛らしい二人の手招きに、女性はほんのり柔らかく微笑むと、すぐに立ち上がり駆け寄って来た。
騒然とする引き渡し所。
目立ちすぎたと内心後悔しつつも、ロバートは顔には出さず三人を連れ悠然と帰路についた。
家に着いた途端、どっと押し寄せた疲労感に、思わずソファに倒れ込んでしまった。
三人は部屋の入り口でおろおろと困惑している。
そういえば、引き取りに行った時に名前や歳などの簡単なプロフィールを貰ったなと思いだし、ロバートはソファに腰掛け直し、ついでに三人に座るよう促す。
さっと三人のプロフィールを確認するも、出身と名前、あとは角が光るや甘味名人程度しか書かれていない。
強いて言うのなら、双子の注意事項欄に【読み書き不可。地底語限定】と書かれている程度。
ここの言葉から教えていかなくてはならなくなったが、甘味の女性は言葉が通じる事が分かり、ほっと胸を撫で下ろした。
「えーと。ダリアさん? 早速だけど、ここで生活していく上でなにか欲しいものはあるかい?」
早速甘味の女性、ダリアに質問をぶつける。
すると、ダリアは目を見開き押し固まってしまった。
「あれ、やっぱり言葉……」
「いえ、いえ! 言葉、分かります! ただ、想像していた生活とあまりにも違って……」
ダリアの言葉に、ロバートはああと納得する。
昔のように見世物にされる事は少ないだろうが、ダリアのように低価格の商品は扱いが酷い。
全く何も考えず三人を連れ帰って来たロバートからすれば、奴隷のように扱うなどそれこそ考えていなかった。
「いや、何も考えてなかったから普通に家の事を手伝ってもらって、空いた時間は自由に過ごしてもらおうと。あとこっちの……リムとリタは、どうやら言葉が通じないらしく、そちらの世話も協力して欲しい」




