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ニハヤ様(仮) 1

神殿内に小さく木霊する足音が二つ。

 暗闇で灯りも持たず、定期的に止まってはまた動き出すを繰り返している。

 時折見回りの神官達が遠くから灯りを片手に歩いて来るのを柱や装飾品の陰でやり過ごし、ついに回廊の端、ロープを張られ立ち入りを厳しく制限された区域にまでたどり着いた。

 二人は逸る気持ちを抑え息を整えると、慎重にロープを固定している金具に手をかける。

 

「そこから先は禁域だよ」

 

 突如背後から掛けられた声に、二人はその場に縫い留められた様に動けなくなった。

 どれ位時間が経っただろう、実際はほんの数秒かと思われるが、二人はもう何時間もその場に縫い止められていた様な感覚に陥っていた。

 物心ついた時から決して立入ってはいけないと教え込まれた場所に侵入しようとしているのだ。この後の事を考えれば考えるほど、心臓は早鐘を打ち額には脂汗が浮かぶ。

 しかし、いくら経っても二人の背後に居る人物はそれ以上言葉を発する気配が無い。

 不審に思った二人が顔を見合わせゆっくりと振り返ると、そこには不思議な服装をした男が一人、物珍しそうに二人を眺めていた。

 この辺りではあまり見かけない褐色の肌に灰青の瞳。さらりと軽そうな生地の真っ白なハーレムパンツと、淡い若緑色の上衣。蜂蜜色の髪を覆う様にきっちりと頭に巻き付けた白い布の上で翡翠の飾りが揺れる。

 見回りの神官に見つかったものと思っていた二人は、いくつかの時代を超えた、壁画で見る様な装いの男の姿に、再び縫い留められてしまった。

 

「あれ? もしかして通じてない? もう言葉が変わったのか……」


 男が小さくそう呟き小首を傾げると、男の動きに合わせる様に耳飾りが軽い音を立てる。

 その音に我に返った二人が声を発しようと思った時、ふと目の前の男に違和感を感じた。

 足音がしなかったのは裸足だからだろうが、何故目の前の男はこの夜更けに灯りも持たず着の身着のまま禁域近くに居るのだろうか。

 もしや、そう思った二人が顔を見合わせると、腰につけた鞄から二人の精霊が同時にふわりと飛び出した。

 手の平に乗る程の大きさの人に、半透明な羽が一対生えた姿の精霊は、ふわふわと舞い上がったと思うと当たり前の様に男の肩に座ってしまった。

 

「へー、この時代の精霊は随分可愛いんだな。……ふぅん、二人は神官学校の学生か」

 

 男は自身の肩に乗った精霊を一撫ですると、納得がいたっとばかりに目を細める。

 

「もしかして……『 ニハヤ様(おわりさま)』ですか?」

 

 ロープに手を掛けたまま固まっていた学生の一人が恐る恐る口を開くと、ニハヤと呼ばれた男は意外そうに小首を傾げ少しだけ目を見張った。

 再び口を開こうとした時、ふとニハヤが後方に視線を向け、それにつられる様に二人も今来たばかりの道に視線を向ける。

 すると回廊の奥から神官がこちらにやって来るのが見えた。

 

「あぁもう、面倒臭いのが来た。二人共こっちにおいで」

 

 ニハヤは心底面倒臭そうに眉根を寄せると、ロープを飛び越え二人の腕を掴み、慣れた足取りで禁域の奥へと進んで行く。

 人の手が入らない場所だからか、灯りも無く禁域の奥に進むにつれ回廊は徐々に古くなって行く。

 数十年周期で改修を行っている神殿の表側とは違い、禁域の奥はもはや遺跡と表現してもおかしくは無い。

 神官の持つ灯りが小さな豆粒ほどに見える程奥まで走ると、ようやく回廊の再奥の部屋の入り口までたどり着いた。

 域も絶え絶えな二人をよそに、ニハヤは慣れた手つきで石造りの扉を開けると、二人を中に押し込みしっかりと閉める。

 押し込まれた二人は肩で息をしながらゆっくりと顔を上げた。

 するとそこは一見ただ何も無い空間に巨大な柱が数本立っているだけの部屋のように見えた。

 しかしよくよく目を凝らして見れば、扉から真っ直ぐ絨毯が敷かれ、その先、部屋の中央には祭壇の様な仰々しくも小さな机があり、更にそのすぐ脇には不釣り合いなクッションがあった。

 入り口で固まっている二人をよそに、ニハヤは柱に備え付けられた灯りに火を灯してまわり、それが終わるとどこからともなく大きなクッションを二つ抱えて戻って来た。

 

「余程の事が無い限り神官達はここに来ないから楽にしてくれ。お茶は用意出来ないけどこの果物は好きに摘んでくれて良いから」

 

 祭壇の前にクッションを放り投げたニハヤは、一仕事終えたとばかりに両手を掃うと、祭壇上に置かれた大きな銀の杯を指差す。先程は気付かなかったが、祭壇は溢れんばかりに盛られた果物に占拠されていた。

 ニハヤは未だ唖然としたままの二人を引っ張り半ば強制的にクッションに座らせると、自身も何処か嬉しそうに祭壇の前に腰掛ける。

 そのまま体を捻り無造作に祭壇上の杯を掴むと、二人の前にどんと置く。

 

「一応自己紹介しておこうか。俺はファラン・イスハーク……じゃなかった、今はファラン・ニハヤ・イスハークか。『ニハヤ様』で合ってるよ。それにしても、ひっさしぶりに神官以外と話すなぁ本当、いつ振りだ? まぁ、神官に見つかるまで話し相手になって行けよ、新人類の学生君」

 

 ニハヤは葡萄を一粒口に運びながら立膝をつきクッションに凭れ頬杖をつく。

 寛ぎながら楽しそうに話すニハヤとは対照的に、ニハヤの正面に座る二人はクッションに置かれたままの体勢で絶句していた。

 周囲を海に囲まれ他国から完全に切り離された新ウルカ聖国。

 国書にまで記されるウルカ聖国の伝承は二つ、他国から切り離される事になった『始まり』の話しと、精霊の国と謳われた旧ウルカ聖国が崩壊した大災厄『終わり』の話し。

 ニハヤと言う名は『終わり』の話しに登場する名。

 その身を投げ出し国を崩壊から救ったとされる『人柱』につけられた名前。

 何千年も昔、神殿の何処かに生きたまま埋められ英霊となった男の名前。

 その話は神官学校の学生でなくとも聞かされる事。

 それが今、二人の目の前でごろりと横になり嬉々とした表情で葡萄を頬張っているなど、神官学校の学生でなくとも絶句するに決まっている。

 学生はしばらくニハヤに釘付けになっていたが、ニハヤを見つめたままごくりと生唾を飲み込み、ようやく口を開いた。

 

「ご挨拶が遅くなりました。私は神官学校に所属し――」

「堅苦しい挨拶は良いよ。あとファランで良い、『ニハヤ様』はやめてくれ。何か知りたい事があって禁域を侵そうとしたんだろ? 俺で分かる範囲なら教えてやるから、ほらほら」

 

 ごろりと完全にうつ伏せで寝そべったニハヤ――ファランが言葉を遮る。

 新しいおもちゃを手に入れた子どもの様に目を輝かせて寝そべるファランの様子に、緊張していた学生もようやく力を抜く事が出来た。

 学生は自身の鞄から神官学校で使用している教科書代わりの国書を取り出し、教科書に記されていない細かな事を、嬉々とした表情でファランにぶつける。

 

「で、では! 早速ですが、いつからこの国では十歳になった時、自身に精霊降ろしを行う様になったのですかっ? その理由は? それとー……」

 

 一つ質問をすると、次から次へと堰を切ったように質問が流れでる。

 食器の起源に食の作法の確立、どのような速度で文明が発展し、反対にその中でどう言った物が衰退して行ったか等々、教科書を広げ次々と指差し質問して行く学生に、ファランも時には絵を描き加えたりと昔話を楽しんでいる様だ。

 そして頁をめくって行き、ファランが『ニハヤ』となった『終わりの話』の頁までたどり着いた。

 『終わりの話』はどの書籍にも詳細は記されていない。

 歴史として語り継がれてはいるが大災厄当時の詳細はおろか、それ以前の文明の事も含め記されているのは一頁にも満たない。

 それまで嬉々としてファランを質問攻めにしていた学生だが、本来一番知りたかったであろう事を、いざ本人に聞くとなるとどうにも気が進まないらしく、何とも歯切れ悪く口篭った後唸り声を上げてしまった。

 しかしファランはそんな様子を気にする事も無く、教科書に視線を落としたまま相変らず楽しげな口調で口を開く。

 

「なんだ、まだ一頁なのか。何度か神官達に聞かれて話してるんだけどなぁ……。って、あいつらさ、どうにも俺には精霊言しか通じないと思ってるらしくて、知ってる定型文をくっ付けたみたいな片言な精霊言で一生懸命話しかけてくるんだよ。まぁ頑張ってんなーとは思うけど、大災厄当時の言葉は精霊と一緒だったけど、さすがに俺でも時代に合わせた言葉位話せるっての」


 思い出したように笑い転げるファランをよそに、学生は何も気にせず現代の言葉で話しかけていた事に今更気付きぽっかりと口が開いたままになってしまった。

 言われてみれば、ファランは鞄から飛び出したままだった精霊と時折言葉を交わしていたような覚えがある。

 

「っはー笑ったー……。そうだ、学校を卒業したら神官になるんだろ? それからで良いから国書に書き加えておいてくれよ。他の神官達が分からなかった精霊言を翻訳しましたって手柄に出来るぞ。よし、じゃあちょっと長くなるけど覚えてる限り大災厄の時の昔話でもするかー」

 

 相変らずぽっかりと口を開けたままの学生をよそに、ファランはつい最近の事の様に当時の様子を語り出した。

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