表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/88

蟹の脱皮士(仮題) 11

 見知った景色が瞬く間に通り過ぎ、荷車は猛然と突き進む。

 飛び跳ね転げ回り洗濯物に埋もれるキコは、もう止まってくれと悲鳴を上げそうになる。

 第三脚第四脚をあっと言う間に通り過ぎ、ぷつりと街が切れたと思えば、今度は畑とフジツボ鉱山が顔を出す。

 第四脚を抜けた辺りから、坂は一気に急になる。

 荷車を曳く犬がぐいっと横に反れ踏ん張る。

 木の車輪が甲羅で擦れ火花が上がるも、すぐに荷車は止まらない。

 しばらく盛大な音をたてながら横滑りしていた荷車だったが、一番近くにあった小さなフジツボ鉱山にぶつかり、ようやく止まった。

 犬が踏ん張ってすぐ、何個かの洗濯カゴと一緒に外に放り出されてしまったキコは、フジツボ鉱山にぶつかった荷車が大きく歪み跳ね上がるのを、少し離れたところからぼんやりと見守っていた。

 乗っていたリコリス達や荷車、曳いていた犬達が心配になる。

 しかし、なんとも無いかの様にリコリス達は洗濯カゴを手に、大急ぎで荷台を降り始めた。

 

「キコー大丈夫かーい? 休んでる暇はないよー!」

 

 大きく手招きするリコリスに、キコははっと我に帰ると、散らばった洗濯物をカゴに押し込み、リコリスの元へと急ぐ。

 

「あはは! 大丈夫そうだね。あんた細っこいからさ、絶対あそこで落ちると思ってたよ」

 

 駆け寄って来たキコの肩を遠慮無く叩き大笑いしたリコリスは、こっちにおいでと、すぐ気持ちを切り替え歩き出す。

 大丈夫かと言われたら大丈夫では無い。

 全身くまなく打ち付け、一歩踏み出すごとに膝が軋む。

 しかし、置いて行かれてなるものかと、キコはどんどん先を行くリコリスを走って追う。

 第五脚は農場やフジツボ鉱山などが集まっている。

 点在するフジツボ鉱山の合間に畑があったり、布を作る工場やと畜場がある。

 リコリスはフジツボ鉱山をぐるりと周り、第五脚の付け根の方へと歩いて行く。

 大小様々な畑を折れフジツボ鉱山を越えると、そこにはたくさんの女性達が集まり、洗い物をしていた。

 

「ここが洗い場だよ。水はそこの鉱山から貰って、甲羅に擦り付けて洗うんだよ。今日は私の石鹸を貸してあげるけど、次からは持ってくるんだよ。あと、水は大切にね」

 

 リコリスはそう端的に説明すると、その場でカゴをひっくり返し、中身を全て出す。

 そして、割れたフジツボの窪みに溜まった水を桶で汲み洗濯物を濡らすと、全面に石鹸を擦り付けていく。

 キコもリコリスに習いシーツを水に浸し、石鹸を擦り付ける。

 すると、何を思ったかリコリスは靴を脱ぐと、石鹸を馴染ませた洗濯物を思い切り足で踏み付け、ぐりぐりと甲羅に擦り付けはじめた。

 

「今日回収した辺りの人はさ、たまーにしか出さないからこうでもしなきゃ取れないんだよ。そのシーツも真っ黒だろ?」

 

 キコの視線に気付いたのか、リコリスは言い訳するように早口で話す。

 スカートの裾を握り締めぐしぐしと洗濯物を踏み付けるリコリスをしばし観察した後、キコも腕まくりをしシーツを踏み付ける。

 二度三度踏み付けると、泡だった石鹸で足を滑らせる。

 転んで全身が泡だらけになり、立ち上がろうと手をつくもぬるりと滑りまた転ぶ。

 二回三回転び、まんべんなく泡だらけになる。

 また転ぶと、そのまま洗濯物の上をついっと滑り、体が勝手に異動して行く。

 

「り、リコリスさん助けてぇ」

 

 弱々しい声を上げ滑っていくキコに、一緒に洗濯していた他の女性達も腹を抱えて大笑いする。

 

「あんたどこ行くんだい」

「あっははは! 斬新な洗い方だねぇ!」

「リコリスさぁん!」

 

 ついにはキコの体を押し滑らせる人まで出て来た。

 再びキコがリコリスに助けを求めると、笑いすぎて目に涙をたっぷり蓄えたリコリスが、ようやく重い腰を上げた。

 

「ちょっと、あんまり笑わせるんじゃないよ! あっはははは!」

 

 キコの手をとり引き摺って歩くリコリスは、それすら面白いのかまた大笑いし蹲る。

 

「リコ、この子新しい子だろ? あんたの洗い方はまだ無理だよ」

 

 見かねた一人の女性が、キコの手を取り立たせてくれた。

 その言葉に周りを見渡してみれば、足で洗ってる人は誰も居なかった。

 唖然と見上げれば、リコリスは「そうかい?」と、ただ首を傾げるのみだった。

 皆で協力し、集めた洗濯物を洗い上げるも、息つく間もなく次の作業へと移る。

 洗い場に溜まった泡や石鹸カスを綺麗に洗い流すと、水でさっと流したカゴの中に洗った洗濯物を詰め込んでいく。

 洗濯物を全て詰め込み終わると、丁度良く先程の荷車が到着した。

 

「さ、次はこれを全部干すよ。これが一番辛いんだよ」

 

 リコリスは手短に説明すると、気合いを入れてカゴを持ち上げ、荷車に積み込む。

 水を吸った洗濯物は信じられない位に重い。

 二人がかりで積み込むカゴも幾つかあり、カゴを乗せる度に荷車は大きく軋む。

 キコも次々に送られてくるカゴを持ち上げ積み込んで行くも、二個三個カゴを持ち上げただけで腕が震え言う事を聞かなくなってきた。

 最後の方は皆同じ様な有様で、一つのカゴを三人四人でどうにか持ち上げ、強引に積み込んだ。

 御者台に座った女性が犬を走らせるも、洗濯物が重くなかなか動き出さない。

 犬達の荒い呼吸の合間に、か細い鳴き声も加わり耳を塞ぎたくなる。

 女性達が後ろから押すと、ようやく荷車はのろのろと動き出す。

 ゆっくりゆっくり全員で押し、荷車を動かしていく。

 時折ぶつかるフジツボ鉱山の些細な段差に引っかかり、荷車は止まってしまう。

 一度止まると動き出すのにまた苦労する。

 なるべく平坦な道に犬達を誘導するのが、御者の腕の見せ所だ。

 フジツボ鉱山をぐるりと周り、畑を突っ切り洗い場とは反対側へと荷車を押し進める。

 時折畑仕事をする人達と挨拶を交わし、ついでに洗濯物を回収しながらどうにか目的地へと辿り着いた。

 そこは、フジツボ鉱山と荒々しい蟹の棘が入り乱れた場所で、棘やフジツボの間に幾つも縄がかけられていた。

 

「水を絞ってここに干して、乾いたやつから取り込んで持ち主に届けてお終いだよ。さぁさぁ、早く干さないと乾かないよ。皆あと一息だよ!」

 

 リコリスの声に、全員が天高らかに応え、作業に取りかかる。

 キコもすぐ洗濯物を絞り出したが、小柄なキコは物干し担当だと、さっさと追い出されてしまった。

 脚立にのぼり、次々押し寄せる洗濯物を片っ端から干していく。

 脚立には立派な車輪がついており、そのまま動かせるようになっている。

 キコが干し、場所が無くなったらキコごと脚立を動かし移動し、また一気に干す。

 それを洗濯物が無くなるまでひたすらに続けていく。

 最後の一枚を干す頃には、腕はパンパンに張り上がらなくなっていた。

 どうにか干し終えると、辺り一面どこまでも色とりどりの旗がはためくような、壮観な景色が広がっていた。

 

「お疲れさま。乾くまで少し休憩だよ。乾いたやつはとって、日当たりの悪いやつは移動させての繰り替えしさ」

 

 脚立を降りたキコを労うように、リコリスは飲み物を投げて寄越す。

 

「どれ位で乾くかしら」

「今日は天気が良いからね、手拭いなら一時間くらいじゃないかい? この時期だと大体あの辺が乾くのが早いよ」

 

 遠くを指差しながら、リコリスは首を回す。

 隣に居ても聞こえてくるごきごきという音に、キコは苦笑いを浮かべながらそっと肩を揉んでやる。

 

「この後、取り込んで配達するんですよね。重労働……」

「まあね。隔日だから出来る仕事だよ」

 

 岩のようにこり固まったリコリスの肩と格闘しながら、キコは気が遠くなる作業に膝から崩れそうになる。

 どっと疲れが押し寄せ、リコリスの隣に腰を降ろす。

 蟹の頭の方が風が通ると思っていたが、意外にも尻の方が風通りは良いらしい。

 張り詰めていたものがぷつりと切れたのか、キコは今更ながら風の強さに驚いた。

 はためく洗濯物の下で、女性達が適宜数人の塊を作り、弁当を広げはじめた。

 慌ただしく駆け回り一日分の労働をしたような気分だが、時間はまだ昼にさしかかった頃。

 ふと、昼の準備など何もしてこなかった事に気付く。

 午後の事を考えると何か食べなければと思うも、疲労感からか食欲がない。

 このまま洗濯物が乾くまで横になっていようかと、周囲を見渡し寝転ぶのに丁度良い場所を探していると、キコの膝の上に何かが降ってきた。

 反射的に膝に視線を落とすと、膝が陰りすぐ頭の上でリコリスの声が聞こえた。

 

「今食べずに寝ようとしたでしょ? 残念だけど、おばさん達それは許さないよ~」

 

 不適に笑ったリコリスに身動ぎすると、近くに居た女性達が弁当を手にじりじりと集まってくる。

 

「何? まさか食べないつもり?」

「お弁当忘れたんでしょ? 言ってくれれば良いのに~」

 

 女性達は一斉に弁当を広げると、適当なおかずを一品ずつ弁当箱の蓋に乗せ、キコの膝にどさどさと乗せていく。

 

「だ、大丈夫です! お気になさらず――」

「良いって良いって。食べなきゃ倒れるよ? と言うのは建前で、みんな味見して欲しいのよ」

 

 気付けば膝の上は山盛りになり、誰よりも多い弁当になってしまった。

 しかし、みんな適当に出しあっているように見えたが、よくよく見ればしっかりと肉や野菜のバランスが取れている。

 急かされるまま躊躇いがちに口に運ぶ。

 

「あ、唐揚げ美味しい」

「そうだろう!? もぉ、嬉しい事言ってくれるねぇ」

「こっちのおひたしはどうだい?」

 

 気を使って貰って申し訳ないと思いながら次々口に運びながら、味見をして欲しかったと言うのも、あながち嘘ではないのだと、キコは吹き出しそうになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ