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蟹の脱皮士(仮題) 3

 三人は飲み物を買うと、売店の側のテーブル席に腰を降ろす。

 席に着くなり飲み物を一気に煽り、頭を抱えたまま士長は動かなくなってしまった。

 様子がおかしいのは明らかだが、ヘタに声をかけて噛み付かれでもしたら面倒だ。

 事情を知っているであろう○○は、本日三杯目となる葡萄ジュースをゆっくりと飲むだけで、何も言うつもりは無いらしい。

 キコは士長が自分から口を開くのを気長に待つことにした。

 キコが二杯目を飲み干し、○○がサンドイッチを二個食べ終えた頃、ようやく士長が顔を上げた。


「俺ぁ別にキコでも良いと思うんだよ。いや、でもって言い方はあれだな。実力で見たら他に適任はいない」


 士長の話し方に、一瞬で売店が酒場になったような錯覚に陥る。

 士長はそこで一度言葉を区切り深くため息をつくと、テーブルに残っているサンドイッチを手に取り、真ん中から思い切り齧り付く。

 長めにカットされたソフトバゲットが真ん中からくしゃりと折れ曲がり、端から解した海老の身とソースがぼろぼろと落ちる。

 その姿にキコと○○は「あーあ」と声を上げ士長の顎の下に皿を滑らせ、テーブルを紙ナプキンで拭く。

 


「ってのに、俺がお前を蹴って技術不足の方を採用しただぁ? 冗談じゃねぇ。こっちは座学を教えてた時からお前に目をつけてたってんだよ。合否を決めるのは総士長じゃねぇか」


 サンドイッチの残骸を片手に、指についたソースを舐めながら士長は声を荒げていく。


「大体よ、女の脱皮士を輩出したくねぇならはなっから候補生として受け入れなきゃ良いって話なんだよ。受け入れ拒否は対面が悪いから、とりあえず入れておこうって考えが気にくわねぇ。受け入れてみて成績が悪けりゃ期限内に採用され無いからな、規則に従い他の採用されなかった奴らと一緒にはいさようならって出来るもんな」

「昔から目をつけてたって、そこだけ聞いたら誤解されそうっすね」


 大声で愚痴を言い始めた士長だったが、その○○の言葉にふんっと鼻を鳴らすと、サンドイッチの残りと皿に落ちた具を口に詰め込む。

 口の中の物を飲み込むと、即座に二つ目のサンドイッチの真ん中に齧り付く。

 二つ目は鶏ハムサンドだったらしい。

 端から落ちた野菜とハムが皿に降り注ぎ、立派なサラダを作り上げている。

 その食べ方が癖なのだろう、ぼろぼろと落ちるのも気にせず、ぺろりと平らげてしまった。

 

「偉い学者様になれって、賢くなれって座学を教えてるんじゃない。内容もそんなもんじゃねぇ。ただ脱皮士になるなら脱皮士の決まり事と蟹の事を理解しろって言ってんだ。なんでこうするのか、こうしたらいけないのか。何が危険で何が安全かってな!」


 ついに苛立ちが最高潮に達したのか、士長は思い切りテーブルを叩きつける。

 音に驚いた売店の売り子が駆け寄って来たが、○○が曖昧な笑みで対応し、取って付けたように飲み物を頼む。

 注文を終えたのを見計らい、キコは○○に手招きし体を丸めると、声を落とし耳打ちをする。

 

「ちょっと、何があったらこんなにグチグチねちっこくなるのよ」

「配属された新人が今まで何をどうして来たのか、まーったく何にも出来ないんだってよ。出来ないだけならまだしも、自己流も自己流自己流が過ぎるって……」


 そう言うわけかとようやく理解したものの、果たして何をどう自己流に出来るところがあるのかと、キコは首を捻り士長の顔を覗き込む。

 何も出来ないと言っても、配属されたのはキコを除く次点以下の成績上位者。

 その上位者達が何をしたら、配属された日に士長の逆鱗に触れれるのか。

 いや、成績上位者と言ってもそもそも今期の候補生のレベルが低いのかも知れない。訓練後の片付けを思い出せばその可能性も否定出来ない。

 と言う事は、もしかしたら自分はその程度のレベルの中での首席であって……と、考えれば考えるほどキコは俯きテーブルの陰へと沈んでいく。

 

「あれ見てみろ」


 キコのそんな様子など無視し、士長は窓の外を指差す。

 外では先程の候補生達が壁に張り付いて居る。

 雑談し時折大笑いしながらも、意外に手を止めず壁を蹴り続けているようだ。

 

「あいつらの手元だ。ノミをどう扱ってる」

「どうって……普通に踏み付けてる」


 ○○とキコは言われた通り窓に張り付き、訓練の様子に見入る。

 それなりに距離があるせいか、○○が言った通りここからだと通常通りなんの問題も無く使用しているように見える。

 振り返り士長の顔を見上げると、士長は首を振りもう一度外を指差す。

 一度顔を見合わせた二人は、窓を開け身を乗り出すと、もう一度舐めるように何処がおかしいか探っていく。


「あっ」

「ノミを縄に繋いでる」


 ほぼ同時に声を上げた二人は、答え合わせをするようにもう一度士長を仰ぎ見る。


「そうだ。本来手首に通すストラップを縄につないでからベルトに固定してる」


 なる程と、二人は三度窓の外に目をやる。

 普段なら手首にストラップを通すため、ノミを手放すと当然手首からぶら下がる。

 しかし、目の前の候補生達はベルトにつながる縄に通している為、股の間でノミが揺れている。

 

「完全に両手が空く。手からぶら下がっているのが煩わしいって理由らしいが、あれの何が駄目か分かるか?」

「足元にある方が邪魔臭い気がするけど、男の人は違うの? あれ間違えて踏んじゃったり……って、まさか切り出す時縄ごと踏み付けるの?」

「あれは邪魔臭くて苛々するなぁ。しかもあんな振り子みたいに揺れたら、直接繫がってる命綱に変な振動が行くだろうに。すげぇわ、よくあれでバランスが取れるわ」


 食い入るように訓練風景を見ながら、キコと○○は初めて見た光景に次々と意見を上げていく。

 その二人の姿に、士長は何度も何度も深く頷いた。


「風も振動も無い、訓練用のあの岩だから出来るんだろう。実際、昨日配属になった奴はバランスが取れずずっとぶら下がったまま何もせず揺れてただけだ」


 二人は変に納得したように声を上げた。

 蟹の脚は体の中央部から甲羅の外側へと放射線状に生えている為、甲羅から降下を始めてすぐはほんの少しだけ何も無い空中を下りる事になる。

 脚の動きや風を読み真っ直ぐ降下し、脚に辿りついたらすぐにバランスをとり張り付かねばならない。

 

「実践でこれは駄目だって分かったなら直せば良いのに」

「あれでしか訓練してこなかったから、手首にあると力加減やら感覚やらが分からなくなるんだと。まぁそりゃそうだ。俺も今すぐあの方法でやれって言われても出来る気がしねぇ」


 ほんの些細な違い。

 しかも端から見れば腰につながっている方が格段に正しいように見えるが、何故ストラップを手首につけるようになっているか、実際にやってみれば違いは明らかなようだ。

 あまり風が強い時は、手首に下がるノミの揺れですら煩わしく感じ風が収まるまで握っていたりする。

 風に煽られバランスが保てない状態で、股の間で不規則に揺れ縄を暴れさせるノミを捕まえ、更に体勢を立て直さなければならないとなると、考えただけでも気が滅入ってくる。

 

「他にも、『切り出し午前に剥がし午後』って段取りをな、同じ所を何度も行き来するのは効率が悪いって、勝手に細かく切り出して、切り出した側から剥がそうとしやがる」

「うははは! そりゃ、帰る頃には足場が無いっすわ! 上から落ちてくる殻が怖くて作業どころじゃ無いわぁ」

「笑い事じゃねぇ。下に居た漁師の舟に殻が落ちたんだからな」


 それまで笑い声を上げていた○○が目を見張った。

 

「その漁師は無事で?」

「運良く舟の穂先に当たっただけで済んだから怪我は無かった。ただ、小さな舟だったから損傷が酷くてな、修理が終わるまで漁には出れないらしい」


 事の重大さにキコも○○も言葉を失ってしまった。

 士長はしばらく外の訓練の様子を眺めていたが、深くため息をつくと、自身の目の前に散らばる紙ナプキンを無造作に一纏めにする。

 丁度売り子が追加の飲み物を持って来た事で、心なしか場の空気が和らいだ。


「まぁ総士長に文句言って他の候補生に変えて貰うか、今回は我慢して座学と実技の見直しをして貰うかなんだが、昨日から再三文句を言っても変える気はねぇみてぇなんだよなぁ。ったく、使えねぇ男より使える女だろうが。さっさとキコ寄越せってんだ」


 士長は折角和らいだ雰囲気をぶち壊す勢いで捲し立て、そのまま思い出したように売り子に顔を向け口を開く。


「あーあれ、確かあれがあっただろ。レバーペーストと何かのサンド。あれを一つ……いや三つ、持ち帰りで頼む」


 突如話の矛先が自分に向いた売り子は嫌な顔一つせず、あれあれと言葉が出ず雑な注文をする士長の言葉に頷くや、爽やかな笑顔で返事をし早足に戻って行った。


「右脚がそんな様子なら、下っ端の俺は当分左と右を行ったり来たりかぁ……。左脚うちの士長に上手い事言っておいて下さいよぉ?」


 すぐにレバーサンドを持って戻って来た売り子に礼を言いながら、士長は了解したと○○に軽く手を振り、手にしたばかりのレバーサンドにかぶりつく。

 持ち帰りで頼んだのではと、薄ら笑いを浮かべ二人は皿に降り注ぐレバーとアンチョビを見つめる。

 

「オープンサンドとか、絶対に薦めちゃ駄目だろうなぁ……」


 最近近場に出来た人気のオープンサンドの店に思いを馳せながら、キコと○○はにやりと笑う。

 士長がかぶりついている隙に、二人はさっと残りのレバーサンドに手を伸ばすや、士長に習い真ん中から思い切り噛み付いた。

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