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賢者と守護者

連載中の『やってられっか英雄家業!』の元ネタ?ボツネタ?です。

 毎日、よくもまぁ何処からこれ程罪人を集めて来たのか問いただしくなる程に、休み無く裁きは執り行われる。

 出突っ張りで休む暇こそ無い。

 しかし、やる事はこれと言って無く、アロマティカスはただただ罪状を聞き、罪人が裁かれる様をただただ眺めているだけで良い。

 元より、この王宮内にある法廷に連れてこられるのは、王宮直々に裁かなければならない者達ばかりで、その殆どは裁判などしなくとも結局はほぼ同じ結末を迎える。

 今は、家を焼き人を攫い人身売買をしたと言う男が、両手を後ろに組まされ、床に両膝を着かされて居るところだ。


「その者、以上の罪により〝赤の死刻紋〟とする」


 壇上にて、朗々と罪状を読み上げていた男がそう宣言すると、壇の横、アロマティカスの隣に座るフードの魔術師が立ち上がり、持ち手のついた小さな鉄の塊を罪人の肩に押し当て、小声で詠唱する。

 ほんの一説程の詠唱を終えると、鉄の塊を押し当てている場所から赤い光が放たれた。

 光が収束するのを待ち、ゆっくりと鉄の塊を外してみると、罪人の肩には四方に羽根が四枚散らばった紋が、赤々と輝いていた。


「赤の死刻紋は、徐々に身を焼き骨を溶かす。売られ殺された者達の苦しみを、その身が朽ちるまでじっくり味わうが良い」


 〝赤の死刻紋〟

 色により内容は多少異なるが、総じて言える事はその名の通り、その紋を刻まれた者は最終的には息絶える。

 断頭台に送られ即処分されるか、紋によりじわじわと処分されるかの違いでしかない。

 持ち手のついた鉄の塊――死刻紋が刻まれるた鉄製の印鑑を使い、法廷魔術師が魔術を流し、指定された色で刻印していく。

 その為、色はその都度違うが、死刻紋の形自体は一貫して同じと言う事になる。

 もう二度と自由にはなれない罪人の肩に、皮肉にも羽根の形を刻むのだった。

 赤の死刻紋を刻まれた罪人が、両脇を兵士に抱えられ起こされる。

 しかし、罪人はにやりと不適な笑みを浮かべると、息を大きく吸い込み、思い切り今刻んだばかりの死刻紋に吹きかけた。

 すると、赤々と輝いていた死刻紋が徐々に黒ずむと、砂糖菓子が砕けるように呆気なく消滅してしまった。

 これには死刻紋を刻んだ魔術師と罪状を読み上げていた男は目を丸くし、慌てて兵士に罪人を拘束させる。

 罪人は、自分を裁いた人間が慌てふためく様が面白いのか、裁かれ死を宣告されたと言うのに突如高笑いを始めた。


「上品ぶったお綺麗な世界しか知らない役人どもめ! 〝催眠の鷹〟と呼ばれたこの俺様が、こんなちんけな術の一つや二つ、解呪出来ねぇとでも思ってたのか! うははははは!」


 男の笑い声に法廷内はざわめき立ち、魔術師にもう一度死刻紋を刻むよう叫ぶ声が各所から上がる。

 その声に押され、魔術師が再度罪人に歩み寄った時、突如魔術師はぴたりと足を止めたかと思うと、その場に倒れ込んでしまった。

 急ぎ兵士が魔術師を端に運ぶも、魔術師は息はしているものの意識はない。

 〝催眠の鷹〟と自称する罪人に、一瞬にして昏睡させられたのだ。

 自称するだけあり、催眠の魔術に長けていると見られる罪人は、にやにやとした笑みを顔に貼り付けると、壇上で震える男に声をかける。


「さぁ、次おねんねするのは、誰かなぁ?」


 一気に兵士が雪崩れ込み男を取り囲むも、誰が次ぎに襲われるか分からず手の出しようがない。

 すると、それまで完全にぼぅっと座っていたアロマティカスは大きく欠伸をすると、今更ながらに周りの異変に気付き、きょろきょろと辺りを見回し立ち上がる。


「ん、もしかして解呪された?」


 のんびりと罪人に歩み寄りながら、アロマティカスは欠伸混じりにそう溢すと、床に落ちていた死刻紋の印鑑を拾い上げる。


「……あぁ、催眠の刻印を眼球に入れてるのか。だから多少魔術も使える、と。面白いね、もう一度やってみてよ」

 

 アロマティカスは罪人を少し眺めた後、にっこりと笑うと、罪人の肩に指をそっと添えると、もう一度死刻紋を刻み込む。

 

「はっ! 一度解いた術なんざ、意識を集中させりゃ一発……ああ?」


 再び刻まれた死刻紋を解呪しようと、罪人は得意げににたりと笑い肩に力を入れたが、全く解呪する気配がない。

 罪人は何度も何度も解呪を試み、何度も何度も息を吹きかけ力を入れるも、変わらず存在する死刻紋に、徐々に顔が青ざめていく。


「なんで、なんでなんだよ、なんでなんだよぉ!!」


 焦り暴れ回り肩を床に擦り付ける罪人は、半狂乱になりながら叫び続ける。

 罪人の前にしゃがみ込み成り行きを見守っていたアロマティカスは、罪人が死刻紋を解呪出来ないと判断すると、一気に興味を失ったように顔を背け、身構えたままの兵士に連れ出すよう指示する。


「す、すまない〝刻紋の賢者殿〟。本日はこれにて終わり故、もう戻られて結構ですぞ……」

「そう……」

 

 〝刻紋の賢者〟と呼ばれた途端、アロマティカスは気怠そうに立ち上がると、心ここに在らずと言ったそっけない返事をし、そのままふらりと部屋の端に倒れる魔術師の元に歩み寄る。

 そしてそのまま魔術師の前にしゃがみ込みと、無造作に魔術師の眉間に人差し指を突き立て、ぐりぐりと押し込むように指を動かす。

 すると、一瞬にして魔術師の目が開き、その直後魔術師は小さな叫び声を上げ大きく壁まで飛び退いていった。


「よし、起きた起きた。では、これで」


 アロマティカスは魔術師に問題が無いことをさらりと目で確認すると、再びふらりと立ち上がると、そのままふらふらと部屋を出て行ってしまった。

 法廷内は連れ出されていく罪人の叫び声だけが響く。

 その場に座り込む魔術師は、がたがたと震えながら自身の眉間に触れ、近くに居た兵士を仰ぎ見る。

 すると、状況に取り残され完全に動けなくなっていた兵士は、思い出したように首を振る。

 すると、魔術師はそれまで張り詰めていた緊張を全て吐き出さんとばかりに、盛大なため息をついた。


「私は、まだ生きれるのだな……。私は、私には、死刻紋は、ついて無いのだな……失敗した私でも、まだ生きる事を許されるのだな……」


 アロマティカスが触れた場所を何度も擦りながら、魔術師は心底安心したようにぽつりと溢すと、嗚咽をもらし床に伏せってしまった。

 

  石造りの渡り廊下を一人歩いていたアロマティカスは、突如廊下を外れ中庭に降りるや、辺り一面に咲き乱れるハーブに手を伸ばす。

 王宮の庭師が管理するこの中庭は、ハーブを好む王妃の為に、庭中がハーブで埋め尽くされている。

 今はローズマリーが盛りなのか、各所に植えられたローズマリーだけが、分かり易く生き生きと頭角を現している。


「……アロマティカス?」


 ローズマリーの束に顔を埋めていたアロマティカスは、後ろから自身を呼ぶ声が聞こえたような気がし、気のせいだと思いつつ、念の為にとゆっくりと遅れて振り向いた。

 すると、アロマティカスの後ろの廊下に一人の男が居た。

 良く知った顔の男は、呆れたように笑いながらアロマティカスを見下ろしていた。


「やっぱり。藍色のローブが花にめり込んでて驚いたぞ。さっき法廷の方が騒がしかったが、何かあったか?」

「ん……捺しが弱くて死刻紋が解呪されただけだよ」


 ローズマリーから離れ廊下に戻りながら、先程あった事を端的に告げるの、先程まで柔らかい笑みを浮かべていた男の顔が一瞬で曇った。

 服についた土と水滴を払っていたアロマティカスは、顔を曇らせる男の顔を、どうしたのだと不思議そうに覗き込む。

 すると、少しの間を置き、引きつった顔を手で覆った男は、ため息をつくとがくりと頭を下げ、アロマティカスの肩に手を添えた。


「その反応を見る限り、刻紋は捺し直したんだな。で、失敗した魔術師はどうしたんだ」

「罪人の術で昏睡したけど、すぐに起こした。でも俺の顔を見て酷く怯えたからそのまま置いて来た。名前を呼んで普通に接してくれるのはお前だけだよ、コモンマロウ」


 それまで無気力で気怠い表情だったアロマティカスは、コモンマロウにそうこぼすと、ようやく人間らしく少しだけ不満そうに眉根を寄せ口元を歪ませる。

 もう何千何万と聞いたアロマティカスの不満に、コモンマロウは小さく笑い声をもらすと、服についた草を軽く払ってやる。

 

「それが普通だ。俺達〝香草の御子〟は他の奴らからしたら、得体の知れない存在なんだろ。特にお前は王の命を救った賢者だ。おいそれと近付けないのが普通だよ」

「でも、せめて刻紋の賢者って酷い呼び名はどうにかして欲しいものだよ。それに、俺に触れられると死刻紋が浮かぶと本気で思っている奴がまだ王宮に居るのが不満だね。人を何だと思っているんだか」


 言い始めると不満がふつふつとわき上がって来るアロマティカスは、もう一度庭に降りるや、思い切り全身でローズマリーに中に飛び込んでしまった。


「飛び込むならせめてラベンダーにしろ。少しは落ち着くんじゃないか?」


 静かに荒れ始めたアロマティカスの姿に、コモンマロウは再び笑い声を上げると、廊下と中庭の境の段差に腰を降ろし、アロマティカスが満足するまで放っておく事にした。

 しばらくローズマリーの上で唸っていたアロマティカスは、更に体をねじると、上半身を完全に生け垣の中に潜り込ませてしまった。


「なぁ、俺は〝上品ぶったお綺麗な世界しか知らない〟世間知らずな奴かな。気付いたらここに居て、外の世界を見た事が無い……」


 ぽつりと、ローズマリーの中からアロマティカスの声が聞こえた。

 先程罪人が口にした言葉が気になっていたのか、それまで藻掻いていたアロマティカスは、急に動きを止め大人しくなった。


「お前は賢者だろう。賢者が世間知らずなわけあるか。それに、俺だって同じ香草の御子だ。花も木も緑も水も空も何もかも、この庭にある景色しか知らない」


 気怠そうに立ち上がったコモンマロウは、ローズマリーの生け垣の中に両手を差し入れると、完全に埋もれていたアロマティカスを引きずり出す。

 先程法廷で見せていた虚ろは顔は何処へやら。

 アロマティカスは拗ねた子どものように、むっつりと不満そうに、そして何処か寂しそうに歯を食いしばっていた。

 その表情があまりにもおかしくて、コモンマロウはついつい小さくふき出してしまった。

 

「たまたま精霊に好かれる体質で、たまたまそばに居る精霊が色々教えてくれるだけで、俺自身の知識じゃない。身の丈に合ってない。十五年前の戦争の、王にかかった死の呪いだって、俺じゃなく〝水のイライザ〟が助けてくれただけだ」

「その精霊が人の形で見えて、言葉が聞こえるお前だから治せたんだ。十分身の丈にあってるじゃないか。俺なんて、辛うじてお前の周りを飛び回る小さな光がたまに見えるかな位だぞ」


 コモンマロウはからからと豪快に笑うと、アロマティカスの右肩に手を差し伸べる。

 コモンマロウにはただの小さな光に見えるが、アロマティカスには自身の右肩に座る水の精霊イライザと、膝の上に寝そべる風の精霊のイザベラの姿が見える。

 差し出された手をじっくりと眺めたイライザは、嫌々と頭を振ると、アロマティカスの頭によじ登ってしまった。

 小さな光が異動して行ったので、精霊が嫌がって逃げたと判断するコモンマロウと、嫌がり泣きそうな顔で自身の頭をよじ登って行くイライザの姿が見えるアロマティカスでは、やはりその情報量は違う。


「うっすらとしか見えていないのに、地の精霊を体中に貼り付いてるお前の方が凄いと思うよ。地に好かれ過ぎて、何者も寄せ付けない鉄壁の防御を得てるからね」

「あぁ、そのせいで香草の御子なんだろ」


 〝鉄壁の守護神〟

 刻紋の賢者と呼ばれるアロマティカスに対し、コモンマロウは鉄壁の守護神と呼ばれ、王族の守護を担っている。

 現在、香草の御子と呼ばれているのはアロマティカスとコモンマロウの二人だけ。

 二人は物心つく前に、それぞれ当時の香草の御子の力により王宮に目をつけられ王宮で育てられた。

 王宮の敷地の外に出る事も許されず、ただ国の為にあれと育てられた二人は、こうして雑談できる相手も他にいない。 

 二人はそれっきりぷつりと口を開かず、段差に腰掛けたまま城壁の向こう側へと沈み行く夕日をぼんやりと眺めていた。

 しかし、廊下の端から歩いて来た一団が、座り込む二人を見付け足を止めたのが遠目で見えた。

 アロマティカスはため息を一つつき立ち上がると、腰を伸ばす。


「外の世界、見に行ってしまおうかな……」

「……は?」


 ぽつりと溢したアロマティカスの言葉に、立ち上がろうと腰を伸ばしたコモンマロウは、中途半端な体勢のまま素っ頓狂な声を上げ、自室に戻っていくアロマティカスの背中を目で追う。


「何でも無ーい」


 アロマティカスは、振り返ることなくひらひらと手を振りながら、離れへと行ってしまった。

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