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マンドラゴラの飴屋さん

書き始めた瞬間から思い描いていた世界観と違い、一先ず途中まで書いてみた作品です。

まだ登場人物の名前すら決まっていない段階でボツ……。

 歩く植物を見た。

 ずんぐりとした腹に似合わぬ、その小さな足で自ら歩き、小さな手で袋を引き摺りながら、その植物は庭へと消えて行った。

 いや、まだ居る。

 水差しを投げ出した○○は、そっと植え込みの間で揺れる小さな葉に近付いていく。

 石を組んで作った植え込みの囲いの小さな段差が越えられないらしく、それは持っていた袋を投げ出し、小さな手足を必死に引っかけ頭の葉を揺らしている。

 手が届きそうだと思った矢先、足が滑ってまた振り出しへと戻る。

 何度か尻餅をついたそれは、とうとう座り込み足をさすると、ぴたりと動かなくなってしまった。

 ○○は投げ出した水差しの元へと急ぎ戻ると、放置してあった園芸用の小さなショベルを手に再び囲いへと戻る。

 どこか寂しげに俯くそれの下に、そっとショベルを差し込んだ。

 急に不安定になった足元に、それはごろりと後ろに倒れる。

 ○○は急ぎつつも慎重にそれを垣根の上に運び、置き去りだった小さな袋もそっと手渡してやる。

 それは虫のように小さくチチッと鳴くと、葉を揺らし袋と自分の手、それから垣根の下と○○の顔を順番に見渡すと、○○の摘まむ小さな袋に飛び付き、逃げるように垣根の奥へと走って行ってしまった。

 

 自室に戻った○○は、ありったけの図鑑をかき集め、歩く植物について調べた。

 土の着いた手も洗わず、部屋が土塗れになるのも厭わず本を読みあさり、それに近い物をようやく見付けた。

 マンドラゴラ。

 引き抜けばその声に命を奪われると言われる植物だが、薬効がある薬草でもある。

 しかし、見た目が似ているだけで、自力で動き回るという記述はどこにも見当たらない。

 植物としての記述より、なかば物語の一節の様な事ばかり明記されているマンドラゴラに、○○はそっと本を閉じた。

 物珍しい植物ばかりを集めた庭園。

 きっとそんな魔性の場所に、妖精でもやって来たのだろうと、○○は無理矢理自分に言い聞かせた。

 

 翌日、再びその植物に出会った。

 朝の水やりをしようと水差しを取りに行くと、そのマンドラゴラと思われる植物は、水差しを転がし、注ぎ口を叩いては不思議そうに中へと体を半分滑り込ませている。

 傍らには昨日持っていた袋。

 よくよく見ればそれは枯れて葉脈だけになった鬼灯に葉を織り込んだ、マンドラゴラ手作りと思われる一風変わった袋だった。

 ○○が水差しの側にしゃがみ込むと、マンドラゴラは顔を上げ、また小さくチチッと鳴き、水差しを揺する。

 

「水が欲しい?」

 

 水差しを持ち上げてみれば、マンドラゴラはその場で何度も跳ね早くくれと催促しているようにも見える。

 昨日一目散に逃げていったとは思えない無防備なその姿に、○○は急いで水を汲みに行った。

 戻って来れば、マンドラゴラは水差しに飛び付き、注ぎ口から滴る水滴を丁寧に手で掬い、袋に詰めていく。

 しかし、ただ葉を織り作っただけの袋では、詰めた途端に隙間から漏れ出してしまう。

 マンドラゴラは何度か水を詰めては流れゆくのを見、袋を両手で掴んだまま助けを求めるように○○を見上げてきた。

 

「どこに持っていけば良いの?」

 

 あまりにも間抜けであまりにも可愛らしいマンドラゴラの姿に、○○は呆れつつ水差しをてに腰を上げる。

 すると、マンドラゴラはスキップでもするように昨日の垣根まで移動すると、くるりと振り返り持ち上げてくれと言わんばかりに両手を上げる。

 ショベルを取りに戻るのも面倒で、試しに手を差し伸べてみたところ、マンドラゴラは○○の手によじ登り、小さな手で垣根の奥を指し示す。

 言われるがまま垣根を押し分けて進んでみると、何者にも壊すことが出来ないと言われている庭園の壁に、ぽっかりと穴が開いていた。

 腹這いになれば人一人通れる程の穴は、そう仕組んだのか、丁度垣根に隠れるようになっている。

 庭園管理の為だけに存在し庭園内に住み外の世界を知らない○○は、庭園が破損した事を咎められると思うが先に、その穴の先を覗いてみたくなってしまった。

 覗くだけなら、こんな自分でも頭だけなら入れるだろうと水差しを地面に置くと、○○は先導するマンドラゴラについて行くように進む。

 思ったよりも庭園の壁は厚く、無機質で荒削りなトンネルが続く。

 案の定腰がトンネルに突っかかり庭園内に足先は残ってしまったが、どうにか○○の頭はトンネルの向こう側へと到着した。

 抜けた先は別段外の世界と言う分けでも無いらしく、生い茂った雑草と小石がごろりと何個か転がる程度の、ほんの小さな隠れ家の様だった。

 首を捻り天井を見上げてみれば、どうやら老朽化した庭園の壁の一部が崩れ落ちたらしく、地面に転がる小石はその残骸のようだ。

 まだ庭園の壁の中に居るのかと○○がため息をつくと、マンドラゴラが○○の顔を小さくつつく。

 ああと、○○は思い出したように抱えていた水差しを差し出すと、マンドラゴラは意気揚々と水差しに葉を突っ込み濡らすと、隠れ家の真ん中に据え置かれた平たい石を濡らす。

 何が始まるのかと眺めていると、マンドラゴラは袋から黄金色の粘度のある液体を取りだし、石の上に置く。

 そしてしばらく両手で捏ねたかと思うと、おもむろに自身の葉を一枚むしり取り、石で摺り下ろすようにしながら黄金色の液体と混ぜ合わせていく。

 次第に黄金色の液体は、マンドラゴラの葉と混ざり合い艶のある土色へと染まっていく。

 捏ね終えたのか、マンドラゴラは満足そうに土色の物体を小さく何個かに丸めると、もう一度葉を濡らし近くの小石の表面を洗い、その上に並べていく。

 マンドラゴラが両手で持つ程度の小さな土色の物体は四つほど出来た。

 その一個を○○に差し出したマンドラゴラは、意気揚々と残りの一つを取り上げ、思い切り自分の口の中に放り込んでしまった。

 貰った土色の物体を手にしたまま絶句する○○の前で、マンドラゴラは明らかに顔を顰め今口にした物を吐き出すと、チチッチチッと盛大に鳴き喚きながら水差しの中へと顔を突っ込んでしまった。

 食べ物を作っていたのかとその時始めて知った○○は、果たして貰ってしまったソレを口にすべきか、一世一代の決断を迫られていた。

 原材料はマンドラゴラの葉しか分からず、作った本人すらあの様である。

 しかし頂いてしまったからにはと、しばし土色の物体と睨めっこしていた○○だったが、意を決し口に運ぶ。

 ほんの小指の先程もない小さな物体だが、交わる事の無いその強烈な苦味と強烈な甘みに、○○は息を詰める。

 鼻から抜ける青臭さと、どこか嗅ぎ覚えのある花の香り。

 味わうことも吐き出すことも出来ず、そのまま丸呑みにしてしまったは良いが、気のせいか胃の辺りが気持ち悪くなってくる。

 そもそも目の前の植物がマンドラゴラである確証もない。

 未知の生物の作り上げた未知の物体を口にしただけだ。

 出来ることなら自分も水差しの水を飲み干したい所だが、顔中を水浸しにし落ち込むマンドラゴラを前に、どうしたら良いか。

 ふと、マンドラゴラの後ろに半透明な物が見えた。

 手を伸ばし拾い上げてみれば、ソレは古びた飴の包み紙だった。

 以前、庭園に子ども連れで訪れた一団がいたなと、○○は朧気な記憶を引き出していく。

 その時の子どもが落としたのか。そして何故それがこんな所にあるのか。

 微かに読み取れる包み紙の模様をぼんやりと眺めながら、○○ははっと息を飲んだ。

 

「今の、飴――」

 

 ○○が口を開こうとした時、ふと隠れ家の天井で軽い音がした。

 二人揃って見上げてみれば、天井には大きなヒビが入り、細かな破片がいくつか降り注ぐ。

 咄嗟にマンドラゴラを掴んだ○○は隠れ家を抜けトンネルから離れると、すぐに崩落音と共にトンネルの向こう側から砂埃が立ちこめる。

 更に、トンネルもその崩落につられるように瓦礫と共に潰れてしまった。

 間一髪の所で難を逃れたが、○○は水差しを忘れてきてしまったことを思い出し小さく声を上げた。

 頭を抱える○○の足元では、飴の包みを抱き締めたマンドラゴラが、か細い声を上げトンネルだった場所の前をうろつき回る。

 

「危ないから。それに、これだけ崩れたら人間が来る」

 

 マンドラゴラを持ち上げ言い聞かせるように顔に着いた泥を拭ってやると、意外にもすぐに納得したのか、一つ頷くと○○の手の上で大人しくなってしまった。

 

 遠く、庭園の遊歩道からいくつか声が上がり、その内の一つが砂煙に気付き近付いてくる。

 咄嗟にマンドラゴラを服の中に隠すと、○○はのろのろと遊歩道に向かい歩き出す。

 

「何だ今の音……あぁ、ここも崩れたか」

 

 ○○の姿を見付けた男は、声を上げると同時に崩落した壁を発見し、苦々しく顔を歪め頭を抱える。

 ここも、と言う事は他も崩れた箇所があるのかと、○○は暢気な事を思いながら、黙って男に一礼し遊歩道へと出る。

 

「○○、血が出てる。制御室で治療して貰いなさい」

 

 男は○○の触手の先を指差し持ち上げると、持っていたハンカチで患部を応急手当すると、他に異常が無いかまじまじと確認し出す。

 

「他に怪我は」

「多分無いかと……」

「そうか。少しでも異常があったらすぐに言うんだぞ」

 

 ○○は自身の触手を握り締めると、何度も何度も男に頷き返し、足早にその場を後にした。


 古代・幻想動植物研究所では、日夜幻獣などの保護と再生、古代植物の育成を行っている。

 目の開かぬうちに研究所に連れてこられたアルラウネの○○は、研究所にある古代植物の庭園の管理を任されている。

 厳密には庭園の管理をしている制御室と呼ばれる、気圧や気温、湿度などを一定に保っている施設で行われているのだが、数値で管理できない物もある為、細かな事は○○に任せている。

 ○○は、服の中で丁度良い場所を見付け丸まっているマンドラゴラを覗き込みながら、自分がこれの亜種にあたるのかと、親近感の欠片も湧かない現実に笑いがこみ上げてくる。

 

 庭園の外壁は至る所が崩れたらしく、遊歩道を多くの人間が走り抜けていく。

 巨大な花と触手からなる自身の下半身が邪魔にならぬよう、○○はなるべく端を歩く。

 自室に戻ろうとしばらく歩いていたが、先程制御室で治療を受けろと言われたのを思い出した。

 水差しを無くした事も言わなくてはならない。

 ○○は面倒そうにため息をつくと、来た道を戻っていく。

 

 制御室へ渡る廊下は人間しかいない。

 他の幻獣や妖精などは、それに見合った施設で管理されている。

 廊下を歩く○○に皆一度は顔を上げるも、相手が○○だと分かるとすぐ何も無かったように通り過ぎていく。

 

「あら○○じゃない。どうしたの? こんな所まで来るなんて珍しいわね」

 

 通り過ぎていく人の波の合間から、赤毛の長髪の男がひょいと顔を覗かせると、驚いたように口元を抑え○○に近付いてきた。

 

「壁が崩れて、これ」

 

 独特の口調で○○の顔を覗き込む男に、○○は触手の先のハンカチを見せる。

 思ったより傷が深いのか、ハンカチは緑色の体液で染まりかけていた。

 男は更に目を丸め驚きの声を上げると、行き交う人を押し退かし近場の部屋に駆け込むと、早く来いと○○に手招きする。

 廊下で佇むには○○の体は大きすぎる。

 体を小さく丸めていた○○は、逃げるように呼ばれた部屋へと駆け込んでいった。

 

「痛覚が無い訳じゃないワケじゃないでしょー? 千切れかけてるじゃない。ぼーっと歩いてないで、もう少し重病人みたいに大袈裟に助けを求めなさいよ」

 

 すぐに患部を洗い固定し始めた男は、笑って誤魔化す○○の耳を引っ張り、更に強く言い聞かせる。

 

「あんたは人間より脆い所もあるの! 次怪我をしたらすぐ私の所に来る事。分かった!?」

「わ、わかりました!」

 

 ○○の返事を聞いて満足したのか、男はふんっと鼻を鳴らすと、他に怪我が無いか触手を一つずつ確かめ始めた。

 

「ねえ、△△先生」

「なぁに? やっぱり他も怪我してるの?」

 

 ○○の触手を裏返し、腰の周りに咲いている巨大な花に異常が無いか確認していた△△は、片眉を上げ○○の顔を見上げる。

 

「この子、庭園の中を歩き回っていたんだけど、新しい子?」

 

 ○○は服の中からマンドラゴラを取り出すと、△△の膝の上にぽんと乗せる。

 真っ白な服の上に降ろされたマンドラゴラは、不思議そうに服を引っ張り周りを見渡すと、自身の上に垂れている△△の赤毛の髪に飛び付く。

 膝の上はしっかりと土と泥がつき、更に自身の髪に飛び付いて来た生物に、△△は絶句する。

 

「は、何これ、新しい子なんて私入れてないわよ……」

 

 やっぱりねと納得する○○をよそに、マンドラゴラは△△の髪をよじ登っていく。

 反射的に登ってくるマンドラゴラを掴み髪から離した△△だが、自身の手の中でイヤイヤと体をくねらせ鳴き声を上げる生き物に、絶句し声が出ない。

 身を捩り手から脱したマンドラゴラは、○○の触手にしがみつくや、助けてくれと言わんばかりに○○を見上げ声を上げる。

 ○○に拾い上げられ、飴の包み紙を手渡して貰ったマンドラゴラは、安心したのか何も言わず大人しく包み紙を抱きかかえた。

 

「自立するマンドラゴラ、よね。意思もあるみたいだし、新種、と言うよりも突然変異なのかしら。あら、あなた何持ってるの」

 

 まじまじとマンドラゴラを眺めていた△△だったが、飴の包み紙に気付いたのかそっと摘まみ上げてみる。

 しかし、取られまいと激しく鳴き声を上げ抵抗するマンドラゴラは、葉を使い△△の手を何度も叩く。

 意外にもしっかりした葉と茎に、△△の手には引っ掻いたような小さなミミズ腫れがいくつか出来てしまった。

 

「多分飴の包み紙だと思うのだけど、この子、飴が気に入ったみたいで自分で作ろうとしてたの」

 

 手をさすりながらマンドラゴラを観察する△△に、○○は今まで見た事を全て報告し、ついでに水差しを無くした事をさらりと告げる。

 話を聞き終えた△△がまず最初に口にした言葉は「何でそんな物食べたの」で、これには○○もその通りだと我が事ながら頷くしか無い。

 

「庭園の植物とあんたの健康管理、誰が責任者だと思ってるのかしら……? 全く、ほら、これあげるわ」

 

 △△は一人小言を言いながら戸棚に向かうと、飴を一つ取りだし、マンドラゴラに手渡す。

 葉をピンと立て見るからに興奮しだしたマンドラゴラは、器用に小さな手で包みを開けると、食べて良いのかと言いたげに二人を交互に見上げる。

 △△がどうぞと背中を押してやると、マンドラゴラは大きく口を開け、一口で飴を頬張った。

 人間用の飴はマンドラゴラには多き過ぎるのではと思っていたが、どうやら考えすぎだったようだ。

 マンドラゴラは二人が絶句するほど、体の半分近くを裂き、飴を取り込んでしまったのだ。

 咀嚼音などが聞こえるかと思っていたが、意外にも静かに飴を頬張るマンドラゴラは、感動を伝えようと小さな手を振り回す。

 どことなく幸せそうに輝くマンドラゴラに、二人は肩の力が抜け、深いため息をついた。

 

マンドラゴラ、可愛いよね。

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