異世界ゲート7
一通り軽く説明していくと、ウェスターはカニの足を咥えたまま夢中でメモを取っていく。
こんな辺境の種族の知識で申し訳ないが、それを土台に各所で知識を集めてくれれば良い。
メリアはメリアで、今更毎日のように子ども達に教えている事に興味は無いらしく、いつの間にか畑の草むしりをし、気付けば畑の端にいた。
「もしかして、貨幣貝の養殖場の中にあった恐ろしく巨大なクリスタルも種石なのか?」
「あぁ、あれな。そう言えばあれもそうだった。毒の塊みたいな物だから触れないけどな」
メモを取りながら顔を上げる事無く尋ねて来たウェスターの言葉に、ふと思い出す。
すっかり忘れてたが、五色の海の真ん中に小さな山ほどはある種石が鎮座してたっけ。
確か先代の村長の子供の頃に出来始めたと言っていたから、百年経ったか経たないかと言ったところだったか。
村では他のもっと浅い場所で種石も取れる為、わざわざ海に潜ってとる必要が無く放置し続け、中央の人間からしたら毒の海にある種石など、怖くて手に取れないと放置し、気付けば五色の海の色を反射する巨大な種石が完成していたと言うわけらしい。
種石自体が夜に発光する為、それだけを見に観光に訪れる現地人も居るには居るが、当たり前過ぎてすっかり存在を忘れていた。
「ふぅん……そうか。この村の水は単色でも毒だって距離を置くくせに、現地人の生活に色水は欠かせないんだな」
「まぁな。一昔前まではこの世界はマカみたいに薄皮で包まれてて、中には大量の水が詰まってるって思われてたからな。今はみっちり土が詰まってるだけって理解しているが、そもそも元々の生活の根底がその信仰基準のせいで、現地人は水にはうるさいな。水の産地と色で価格が変動する位だ」
そのせいで村の水が安全な物かどうかの審査が厳しいんだけどな。
ウェスターはメモの視線を落としたまま、再びふぅんと気の無い返事をする。まだ半日程の付き合いだが、こういう時は放って置くのが一番だ。
確認の為ウェスターの口元にハジャンを一切れ近づけてみると、迷う事無く食いついたので意識はある。良し、放置しよう。
振り向けばいつの間にか畑の草むしりは粗方終わっており、メリアは畑の横を流れる沢で弁当箱を軽く濯いでいた。
ようよう手持ち無沙汰になってしまったので、火の処理をして俺も沢に向かう。
この後どうなるか分からないが、今の所ココガニはウェスターでも食べられた。
となると、やはりこの沢の水は大丈夫と言っても良いだろうし、この沢の水で育てた野菜も大丈夫なはず。
骨足種の食文化、と言うわけでは無く本命の貨幣貝を食べれたわけでも無いが、異世界人でも問題なく食べられる食品があるのはウェスター的には嬉しいだろう。
メリアと一緒に弁当箱を濯ぎ始めると、沢の端の方にココガニが顔を出すのが見えた。……と、同時に、ウェスターが沢に飛び込むのも見えてしまった。
「獲った! ココガニ!」
「きゃぁぁぁ!!?」
盛大に腹から沢に飛び込み、両手で見事にココガニを捕獲したウェスターは、沢に寝転んだ体勢のまま歓喜の声を上げるが、それと同時にメリアは盛大な悲鳴を上げる。
慌ててウェスターを沢から引き上げると、騒ぎを聞きつけた村の連中がこちらに向かってくるのが遠目で確認出来た。
「さっきのより一回り小さい、かな?」
「指っ指気をつけろよ!? そいつのハサミは枝程度なら切り落とせる位強いんだっ!」
「ああああアーレっ、早く早く」
暢気にカニを掲げるウェスターを抱え上げると、いち早く荷物をまとめたメリアが村とは反対側に続く獣道を指差し走り出す。
いくら安全性を説いた所で、大事な異世界人で実験したとあれば大問題だ。
今は子どもがはしゃいでただけだと思って引き返してくれる事を願うしか無い!
必死にメリアと二人で林を走りぬけ平野に出ると、そのまま近くの森に駆け込む。
林から村の若い男達が顔を覗かせるのが確認出来たが、一通り周囲を確認し異変が無い事を確かめると、男達は元来た道を引き返して行った。
こんなに罪悪感にかられるのは、昔黙って出荷用の貨幣貝を盗み食いした時以来だ……。あの時は結局見つかって思いっきり怒られたな……。
両手でウェスターを抱え、骨足でカニのハサミを摘みながら、メリアと一緒に完全に人の気配が去るまで息を潜める。
食後の全力疾走は気持ち悪い……。
しばらくして、人の気配が感じられなくなってからメリアはこそっと森から顔を出す。
目の前に広がる平原も林も、何事も無かったかのようにいつも通りのどかな光景が広がる。
「村長のところに蒸し葉届けるの、もう少し後でも良いよね……?」
完全に腰が砕けているメリアは、べったりと地面にうつ伏せになったまま引きつった笑みでぽつりと呟く。
その気持ちは痛いほど分かる。
ぐったりと隆起した木の根に寄りかかりながら、ただ無言で頷き続ける。
「ウェスター……何処か調子悪いとか……」
「ん? 今の所全くの健康体。勢いで水も飲んじゃったけど問題無さそうだね」
無邪気に俺の上に腰掛けたまま、ココガニの尾をめくり観察するウェスターは、どうやら無事らしい。
メリアに視線を向けると、メリアもそれを聞いて安心したのか、大きくため息をつくとその場に寝そべってしまった。
「あのなウェスター、興味が尽きないのは研究者としては大変正しい事なのかも知れないけどな、研究者なら慎重に安全に臆病に行動してくれても良いんだぞ? さすがにあそこまで大胆な行動されると、俺もメリアももう大変と言うかだな……」
「そうよウェスターさん……何が毒かも分からないんだから、もう少し気をつけてくれないと。いくら私たちが気をつけても……」
怒鳴り散らしたい所だが、今はそんな元気も無い。
とりあえずウェスターを降ろしやんわりと止めてくれと伝えた所、ウェスターはしばし無言でいたが、すぐにココガニをカゴの中にしまい込む。
「さすがに大胆過ぎた?」
「それはもう。今すぐ異世界に送り返したくなる程に」
じっとりと睨み嫌味を言ってみるも、ウェスターはただ〝それは困る〟と唸るだけ。
しっかりと機材さえ持って来れればこんな苦労は無いと言うのに……。と言っても、そもそも異世界には色水なんて物は無く、それに含まれる毒もあるわけが無い。調査した所で解毒の方法が確立するのはいつの事になるやら。
食から離れればウェスターも安全に行動をしてくれるだろうか?
とはいっても、衣食住と歌と祭りと生態調査だったか……。服作りはウェスター用のを作るときで良いとして、住居も今ここでは説明のしようが無い。そして祭りは考える間もなく却下。
となると生態調査と歌と言う事になるが……。
改めてウェスターに向き直ると、いつの間にかウェスターはメリアの尾ビレを掴み引っ張ったり引っかいたりと、早速生態調査を始めた様子。
そしてメリアも取り立てて気にした様子も無く、相変らず地面に寝そべったまま好き勝手されている。
「他種族であまり気にして無いかも知れないが、その手に掴んでるヒレ……女だぞ?」
「ごめんなさいっ!!」
あまりにも無遠慮にヒレを広げ鱗を引っかくものだからつい気になって言ってみれば、やはり色々忘れていたらしく、ウェスターは飛び上がるや思い切り後退しながら謝罪する。
今まで打っても響かない性格のやつかと思っていたが、この反応を見る限り一応常識はわきまえているようだな。
あまりにも必死に頭を下げるものだから、逆にメリアが困り果てている。
「その、折角だから生態を調査させ……って、ヤラシイ意味じゃ無いよ!?」
「わ、分かってるからおっきな声で言わないでー!」
たまらずメリアはウェスターに飛びつき口を塞ぐも、お互いココガニ以上に真っ赤に茹で上がってしまった。
許婚を前に気まずいのも分かるが、二人共俺に助けを求める視線を向けて来ても助けてやらないぞ?
で、改めて見ると、メリアってでかいんだな。
泳ぎやすさに特化しているからか、魚の下半身はすらりと長い。
ウェスターに乗っかった状態で改めて観察してみれば、上半身まではほぼ一緒の大きさだというのに、腰から下はウェスターの倍ほどもある。二足タイプの俺は精々ウェスターと同じ位だが、人魚タイプはでかかったんだな……。
そして言わずもがなで骨足の存在感は凄い。自分の胴よりも太くなる骨足は、完全にウェスターを押し潰しているとしか表現が出来ない……って、押し潰してる……?
「メリアっ! ウェスターが死ぬ!」
ぼんやりと観察していたが、押し潰しているものが何か理解した瞬間、メリアを持ち上げウェスターを救出する。
「し、死ぬかと思った……」
「おお、死んだと思った……」
メリアの下から泥にまみれたウェスターを引きずり出すと、意外にもウェスターは意識があり、目を見開いたまま乾いた笑い声を漏らす。
分かってはいた事だが、やはり毒以前に俺達の体も異世界人には優しく無いらしい。
今度はメリアが平謝りするのを眺めながら、ようやく人心地つく。
「案外異世界人も頑丈なんだな。ちょっと見直した」
「いや、骨足が眼前に迫った時の絶望感は凄かった。こんな明確に〝あ、これ死んだ〟って思う経験なんてなかなか……」
その程度の感想で済んで良かったわ。




