異世界ゲート6
支度を終えメリアとウェスターと合流すると、一先ずメリアの家の裏の林の中にある畑を目指す。
林の中の畑を通り過ぎ、再び林を抜けると、森と林と川に囲まれた草原に出る。その草原をひたすら道なりに行けば街に行き着く。と言っても、車で丸一日程かかるがな。
歩きながらウェスターに何となく村とその周辺の地理を説明して行くが、ウェスターは異世界から来たのだ、最寄りの街まで車で丸一日かかるのは体験済みだったなと今更ながらに思い出す。
「普段は自給自足なのか?」
「いや、期待に添えなくて悪いが、さすがにそこまで原住民らしい生活はしてないな。村にも店はあるし車もある。買って済ます事の方が多い。今から行く畑も趣味程度の家庭菜園だな」
獣道程度の、村の人間が踏み締めただけの道を歩きながら後ろを歩くウェスターに視線を向ける。
するとよたよたと危なっかしい足取りで歩きながら、メモと周りの木と地面と、興味が尽きないと言った具合に落ち着き無く周りを見渡していた。
ウェスターの後ろを歩くメリアが、ウェスターが動く度に不安そうに手をばたつかせている。そんなに暴れると今日の昼飯が……。
「あ、アーレちょっと待って」
ウェスターを気にかけていると思いきや、メリアは荷物をウェスターに押し付けると、林の中を流れる沢にざぶざぶと入って行ってしまった。
木が邪魔で良く見えないが、魚か何か居たんだろう。荷物の少なさから見るに、弁当は主食位しか持って来ていないらしく、足りない分は現地調達か。
弁当を作ると言っていた割に、支度が異様に早かったのはそう言う理由か。
「先行ってるぞ?」
「待ってってば! ウェスターさん、カゴ貸してー」
突如呼ばれたウェスターは、慌てて荷物を俺に渡すと、カゴを抱え緩い傾斜を降りメリアにカゴ差し出す。
五色の水が混ざる村の海はウェスターに毒だが、単色の沢の水は大丈夫、だと思う。
大丈夫だと思うが……念には念を入れ、ウェスターが水に触るぎりぎりの所で体を持ち上げておく。
「この水も駄目なの!? って、でかい沢ガニ……」
ぷらりと沢の上に吊る下がる形で持たれるウェスターは、不満そうに俺を見上げて来たが、ずっしりと重くなったカゴに視線を戻すと絶句する。
一抱え程あるカゴには、はみ出さんばかりの大きな沢ガニが這い出そうと大暴れしている。
沢から上がって来たメリアが大慌てでウェスターの手からカゴを受け取ると、そのままカゴに蓋をし獣道へ戻っていく。
「ウェスターさん水に触っちゃった? カニには?」
「全く何にも触れてない触りたい……」
いまいち噛み合っているような噛み合っていないような会話をしつつ、ふて腐れたウェスターを下ろすこと無く目と鼻の先の畑を目指す。
畑はウェスターに言った通り、本当に家庭菜園程度の物。
別に街に出荷する事も無く珍しい物を作るわけでも無く、ただただ季節の野菜を食べれる範囲だけ作っている。
畑の端にウェスターを下ろすと、ウェスターは相変わらずふて腐れたままだが、すぐにメリアの持つカゴに飛び付き中を覗き込む。
「畑には興味無いのか」
「先に沢ガニが見たいだけ!」
子どものようにメリアに飛び付きカゴの蓋を開けると、沢ガニは待ってましたとばかりによじ登りカゴから飛び出してきた。
海と川に挟まれたこの村だからか、沢ガニと言ってもその大きさは海のカニと大差ない。
カゴから逃げ出し畑の上を這い回る沢ガニは、この辺りでは珍しくも無いもの。雨が降ると沢から這い出し、気付いたら家の中を歩いていた何て事もしょっちゅうだ。
「丁度良い大きさのカニも捕れたし、お昼はこれで良いよね。焼く? 蒸す?」
脱走したカニを掴みカゴに戻すと、メリアは持って来た弁当を地面に広げる。
弁当は予想していた通り、炊いた米をただ弁当箱に詰めただけで、副菜の一つも無い潔すぎる弁当だった。
「結構でかいから、焼くと蒸す両方でも良いな。蒸し葉採ってくるわ」
畑の端に座ったまま弁当を広げ始めたメリアにウェスターを預けて、一先ず目的の葉を採りに。
伝統的な料理に使う蒸し葉は、広げたらウェスターの身長ほどはありそうな長細い葉で、畑で栽培しているわけでは無く、これまたこの辺りではよく見る果物の葉だ。
まぁ、地産地消しか選択肢が無かった大昔から伝わる伝統的な物なのだから、この周囲で採れる珍しくも無い物なのは仕方が無い。
この葉はなかなかに便利で、くるりと巻けば皿にも水筒にもなるし、鍋にも蒸し布にもなる。
村長が何の料理でもてなそうとしているか分からないが、四・五枚もあれば十分だろう。
背の高い木に足をかけ、村長用の葉と今から使う用の葉を収穫し、ついでに実も採取していく。
マカはウェスターに合わなかったが、この実は中央でもよく見かけられる物。水がどう影響しているか分からないが、基本は食べられるはずだと思う。
よく熟れた真っ赤な実を一つもぎ、メリアとウェスターの所に戻ってみれば、既にカニは半分にされ、小さく掘った穴の中には火も準備されていた。
メリアに蒸し葉を渡すと、さっそくカニの半身を葉で包みぽんっと火の中にくべてしまい、残りの半身は葉の上に乗せ火の上に置く。
調理と言っても恐ろしく原始的で恐ろしく簡単な方法だ。
「昼飯はカニと米だけか。あ、ハジャンも採ったんだった」
遠火で米を温め始めたメリアにさっき採った実、ハジャンをぽんっと投げ渡す。
「カニと野菜を炒め煮にしても良かったけど、ウェスターさんも味見するなら単品の方が良いかなって思って」
慣れた手付きでハジャンの皮を剥き葉の上に並べながら、メリアは隣に座るウェスターに笑いかける。
ウェスターは相変わらずメモをとっていたが、思わぬ所で自分の名前が出て来た事に驚き顔を跳ね上げた。
「えっ、食べて良いの?」
「様子を見ながら、身だけ、な」
目を丸くし座り込むウェスターの隣に腰を下ろし、ふつふつと焼けて来たカニを裏返す。
河口とは言え単色の沢に毒は無いはずだ。そしてこの沢ガニにも毒は無い。もしウェスターに合わなくとも、マカの様にすぐに分かり易い症状が出てくれれば良いのだが……。
許可を出しておきながらぐるぐると嫌な事ばかり頭の中を行ったり来たりする。
それはメリアも同じなのか、カニの様子を見ながらうんうんと唸り声を上げている。
まぁ、試しに一口囓ってみても良いだろう。肝を食べなければまだ大丈夫だ。
試しに足を一本もぎ、殻を剥く。この沢ガニは良く捕れる上に身離れが良い。何の苦労も無く食べれるのは有り難い。
殻を剥いたカニの足を葉に乗せウェスターに差し出すと、ウェスターは一度俺とメリアを交互に確認してから少しだけ口にする。
そのまま確かめるようにゆっくり味わっていると思いきや、次は思い切り一口で残りを頬張ってしまった。
「美味しい! これ何てカニ? カニみたいだけどエビみたい」
「本当に大丈夫か? 様子見ながらにしておけよ?」
ウェスターは嬉しそうに頬張っては居るが、俺もメリアも心配でそれどころでは無い。
昼飯を畑で食べるってメリアの判断は正解だったかもな。村の中じゃ人目が気になって食べさせられない。
「一見上から見るとカニだけど、裏返すとエビみたいに丸まった尻尾がある。異世界にも似たカニがいたはず……エビだったかな?」
「村では〝ココガニ〟って呼んでるから、カニの分類かな?」
足を一本丸々平らげてしまったウェスターは、余程嬉しかったのか、メモ帳にココガニの名前だけでは無く絵まで描き始めてしまった。
まぁ、見た限りウェスターに異変は無さそうだ。
気を取り直して俺とメリアも食べ始める。
「よし、決めた。今回の滞在では衣食住と歌と祭りと骨足種の生態を調べよう」
「こんか……――滞在はあと十日だろ? 無理じゃないか?」
今回は、と言う事は次も来るつもりと言う事か……。そう言えばメリアもノートを預かっておくって言い切っていたな。
やる気に満ち満ちてるところ悪いが、見せてやろうにも祭りは当分予定されていない。
そんな俺の意見をよそに、ウェスターは上機嫌に一口大にカットされたハジャンをひょいっと口に放り込む。
「まずは取っ掛かりを作る為に表面的に広く浅く調べようと思ってね。そもそも文化史って〝建築史〟とか〝衣装の歴史〟とか、もっと一種類を突き詰めた物が多いしね。そんなの十日間じゃ無理無理。そもそも火の熾し方から異世界とは違うんだから。確か、根本的なエネルギー源が違うんだっけか」
何故か自信満々なウェスターは、二切れ目のハジャンを口に放り込みメモに視線を落とす。
ウェスターの相手をしている間にカニが蒸しあがったのか、メリアが木の棒を使い上手い具合に火から葉の包みを引っ張り出す。
良い具合に蒸しあがったカニは真っ赤に色付き、焼きカニとは違った柔らかな匂いが辺りに充満する。
程よく冷ましてから再び足を一本剥きウェスターに差し出すと、ウェスターはメモをとるのをやめ早速かじりつく。
相当ココガニが気に入ったらしく、一気に頬張りたい気持ちを抑えるようにちびちび食べている姿がまるっきり子どもみたいだ。
「根本的なエネルギー源……種石の事か」
「そうそう種石。骨足種の言語に夢中でその辺り、あまり調べてこなかったんだよね……」
カニの足を齧りながら、ウェスターの言葉を反芻すると、どうにも研究者らしくないずさんな発言がウェスターから飛び出した。
研究者って言うのは自分の興味のある事しか学習しない物なのだろうか……。
「じゃあ、俺の知ってる範囲で簡単に」
研究者相手に、村の子どもに説明するレベルのやつで良いのか不安だが、一応念の為導入と言う事で。
異世界での代表的なエネルギーを上げるなら電気と言ったところか。他にもガスや石油なんかもあるらしいが、一先ずそれは置いておく。
その電気はこちらの世界には存在しない。その代わりに先程話しに出た〝種石〟と呼ばれる鉱石の一種がこちらの世界でのエネルギー源となる。
この種石は異世界の鉱石とは違い、地中に出来る物ではなく水辺に現われる。
見た目は異世界のクリスタルにそっくりだと以前中央の人間に聞いたが、厳密に言うと種石は鉱石では無く、微生物が水と混ざり固まって出来た物らしい。
その為、鉱石のように決まった場所から産出されるのではなく、微生物がたまたま寄り付いた水辺に現われる生き物のような物だ。
その種石が、現地では唯一のエネルギー源。
無色透明な物ほど純度が高くエネルギーとして良質な物で、向こう側が見えない程に白く濁り力も無い物は、土産物屋で子供用のおもちゃとして売られている。
その種石をどう使うか言うと、種石をぎゅっと強く圧縮するだけ。火を熾すのであれば、圧縮の加減と種石の純度によって火力が変わってくる。
異世界のライター程度の、先程メリアが火を熾す時に使った火起しなんかは、一般人が気軽に使える程度の力しか無い。
もっと純度の高い種石を二つ合わせ圧縮した物なんかは車に使われ、定期的に無色の水を補給してやりさえすれば、どこまでも走る事が出来る程だ。
更に性能や早さに拘った車は、どこにでもある無色の水ではなく決まった色水を使うらしく、維持費も桁違いだという。それでも無色の水を使う車の何倍もの性能になると言う事で、レースなんかに使われる車は希少な色水を使う物が多くなって来ている。
種石から得られるエネルギーは多方面に使う事が出来る。
種石その物も明かりとして使えるが、その力で火を熾す事も出来るし電気のように機械を動かす事も出来、その上寿命が恐ろしく長い。種石一つあれば、その家は四代は火に困らないと言われている程だ。
そして一番電気と違う所は、種石と水と空気だけで新しい物質を生み出せる事だ。
現地の空気の中には異世界と同じ酸素が含まれているらしいが、やはり違う世界と言う事もあり異世界とは違う物質も多く含まれている。
その物質と決まった色水、そして種石を組み合わせ機械に通す事で、何も無かった場所に全く新しい物を生み出す事が出来る。
俺達現地人からしたら全く珍しくも無い事なのだが、この話をすると異世界人はなかなか理解が出来ないらしい。
その技術の代表的な例と言えば、一見ただのパンにしか見えない〝グリム〟が上げられる。
昨今異世界の影響を受けた一部の健康思考者達が大絶賛する食品であり、原材料は色水と空気だけ。
廃棄物も出ない為環境に優しく、産地不明な物も余分な物も一切入っていないと言う事で、価格は普通のパンの倍以上するものの、安心して口に出来ると中央で評判になっている。
この技術はここ何年かで普及し始めた事もあり、まだまだ高価で馴染みは無いが、近いうちに専門店も出来ると、今一番熱い投資先と言われているらしい。
そうなって来ると、この村も色のついた水は豊富にあるのだから、毒素の心配さえ無ければ村の新しい産業に出来るかも知れない。




