異世界ゲート5
ウェスターを送り届けると、村長はじっとりと不満そうな目で俺を見上げて来た。
まぁ多少遅くなったから予想はしていたが、まさか本当にそんな事で不機嫌になるとは思ってなかったと言うのもある。
村長としても、元々望んで村に入れた訳でも無いだろうし、出来る事なら事件も起きず機嫌が良いまま帰って欲しいと願っているのだろう。
村長の訝しむ目をさらりとかわし、一時間後にと言う話しで研究員の家を飛び出して来た。
で、今はメリアと二人、破片と残りの貝の加工を行っている。
ちなみに、俺達でも加工中は貝を固定する左手は頑丈なグローブで覆う。メリナなど一部の女性は、ノミを持つ右手もグローブで覆ったりする。
普段貝の片付け位なら、骨足でまとめて持ち上げて、そのまま砕いて海に沈めるだけの作業なのだが、今は靴が無い。
骨足なら問題無いが、さすがに裸足で貝の破片の上を歩く勇気は無い。
その為、骨足で片足立ちをしつつ、もう片方の骨足で引っかき一箇所に集めておくので精一杯だ。
動物が巣作りしているような、なんとも行儀の悪い事だが、手で拾うにしても、屈めば足が着いてしまうのだから致し方が無い。
どうにも便利なような、そうでも無い様な骨足だと自分でもたまに思う。
「加工さ、ウェスターさんが戻って来てからの方が良かったかな?」
粗方加工場の端に破片を集め終わると、それを待っていたかのようにメリアが口を開いた。
メリアは午前中にやっていた貝の加工を再開させていたのだが、どうにも手が止まったまま研究員達の居る方をぼんやりと眺めていた。
つられてメリアの視線の先を見るも、研究員達の姿が見えるわけも無い。
「んー……加工中は結構破片が飛ぶからなー。俺達みたいに気付いたらすり傷まみれって訳にもいかないだろ。加工を見せるのは服と手袋を作ってからだな」
貝の加工は、まず貝の一番硬い中心以外を落とすことから始まる。
この時に、割れて弾き飛んだ物がいつの間にか服の中に入っていたりすると、作業を終え風呂に入る時にピリピリとお湯が沁みる。だがウェスターはお湯が沁みる程度では済まないだろうな。
この要らないな所を落とす作業が終わってしまえば、後は角を磨いて形を整え、決まった刻印を刻んで完了。破片が飛び散る事も無い。
削りの作業なら服が無くとも見せてやる事も出来るな。
あぁ、だがこんな目立つ場所に連れて来る訳にもいかないのか? どうしたものか。
一人うんうん悩みながら貝を開いていると、ふと隣に座るメリアが笑っているのに気付いた。
何がおかしかったのだろうか。あぁ、もしかして普段加工なんか手伝わないからか?
開いた貝の中身を取り出したらいに居れ、貝殻の方をメリアに突き出すと、ようやくメリアは顔を上げた。
「何だかんだ言って、アーレも結局世話焼きさんだよね」
何事かと思えば。白羽の矢さえ刺さらなければウェスターと関わる事も無かったよ。
「……メリアこそ、許婚を前に他の男にせっせと世話焼いちゃって」
「あら? 異世界人に嫉妬してくれるの?」
「うーん……?」
口篭ると華麗な尾ビレビンタが炸裂する。
毎度の事でわかってはいたが、人魚タイプのやつは何だかんだ尾ビレを武器として使ってるよな。
ヒレの先が当たると一際痛く、いくら額をさすっても一向に痛みが引く気配が無い。
「村の女の子の中には、他の種族と恋愛結婚したいって子も居るのよ?」
「骨足種が他の種族と結婚?」
あまりにも意外な言葉だったのでつい聞き返してしまったが、再び飛んで来た尾ビレビンタに選択を誤った事を実感させられた。
今度のビンタは頭の上をかすっていったが、一発目の時より明らかに速かったような気がする。
「夢見るだけなら構わないでしょ。どうせこの姿じゃ、外で生きていく事自体難しいんだから」
そこまで言うとメリアは作業していた貝を横に置き、ごろりと後ろに寝そべってしまった。
メリアの半身、人魚の部分は見た目の柔軟さに反し、硬い鱗で覆われている為、こうして貝の中に直に座ってしまっても傷付く事は無い。
人魚タイプと二足タイプどちらが良いか、子どもの頃は無駄にそんな話ばっかりした記憶がある。
力仕事をするなら二足タイプ。そう考えると俺は今の姿で良かったのかも知れないが、こうして自由に何処にでも座れるメリアを見ていると、人魚タイプも捨てがたいと思う。
「メリアはどうなんだ?」
「許嫁に聞いちゃうのそれ? ……私は良く分からない。物心ついたときからアーレのお嫁さんになるって思ってたし、それが不満だとも思わない、かな」
「じゃあ良いわ」
さらりと話を切り上げ、さっさと加工場を片付ける。
今日は今は作業している物以外、加工は無いはずだ。貝の加工は持ち回りで行うが、今日メリアの番の日が楽な日で良かった良かった。
時たま貝が一気に成長した日なんかの加工番は、そりゃ悲惨な顔して作業をしてるからな。
淡々と貝を砕いていると、メリアがじっと黙ったままこっちを見ているのが分かる。
まだ多種族との結婚話を続けたいのか?
「あー、間に合わなかった。今日はもう終わっちゃったのか……」
顔を上げた瞬間、加工場の端から素っ頓狂な声が聞こえ危うく悲鳴を上げそうになった。
メリアもまた尾ビレを跳ね上げそうになったのか、ぎゅっと自分の尾ビレを捕まえ押し固まっている。
「ウェスター!? 一時間後に迎えにって……待て待て危ない!」
「靴履いてるし絶対に何も触らないよ」
慌てて動き出した俺とメリアに、すっかり過保護に慣れた様子のウェスターは、片手をひらひらと振ると、加工が終わって並べてあった物を繁々と眺め出す。
加工場の真ん中に立っているせいで、俺達が焦って動けば余計危なかったかも知れない。
恐る恐るメリアと二人、体勢を整えると、持って来ていたカゴからグローブを一対取りだしウェスターに手渡す。
念の為、と言う事でグローブを手渡したが、ウェスターもそれを理解しているのか、グローブははめた物の宣言通り何にも触れず、ただただ加工済みの会話を眺めている。
「加工済みの物なら角も丸く整えてあるし触っても大丈夫、よね?」
「た、多分な。でも一回真水で洗うか……」
メリアと二人、おっかなびっくりのまま、加工済みの貝を一つ取り上げ真水で洗うと、本当に角が無いかもう一度確認してからウェスターに差し出す。
こんなにも緊張する加工チェックは初めてかも知れない。
「凄い、本当につるつるだ。二枚貝の貝貨ははじめて見た。これって本当に割れないの? 思い切り指で潰してみても良い?」
「割れない。けど俺がやるから見てろ」
グローブをしているので掴みにくそうにしているが、ウェスターは親指と人差し指で丸く削り出した貝を摘むと、不穏な事を聞きながら既にぎゅっぎゅと指で潰し始める。
指で潰した位では割れないはずだが、万が一異世界人の隠れた馬鹿力なんて物があったら不安だ。
俺はウェスターの言葉に即答すると、貝を取り上げ力一杯潰してみせる。
思い切り骨足で摘んだら割れるが、指で摘んだ位ではびくともしない。
むしろ力を入れ過ぎて無駄に指の第一関節の辺りが白く変色し始める位だ。
一通り色々な角度から握り、潰れない事を確認してから再びウェスターの手の上にころりと落とす。
安全を確認したウェスターは、俺から貝を受け取るや楽しそうに貝を潰し始める。
その様子を見る限り俺より力が無いと自覚しているのか、それともただ単に好奇心に勝てなかったのか。どちらにせよ俺が試した意味があまり無いような気もする。
「人の力じゃ割れないけど道具を使えば割れる、か」
「あぁ、そのせいで大昔は貝貨を砕いて粉にして毒殺するって事件がしょっちゅうだったらしいな。今はこの上から更にコーティングして割れない様にしているし、そもそもこんな高価な金、今持ってるのは富裕層位なもんだからな。誰が毒殺したかなんてすぐにばれる」
ふうんと気の無い返事をしたまま、ウェスターは黙り込んでしまった。
今もこの貝は貨幣として世界に流通してはいるが、その希少さからゲートが出来た頃に価値が大きく変わった。
昔は貝貨に紐を通し、腰から下げるか首にかけるか等し、持ち歩いていたらしいが、今は貝貨一粒で昔の首飾り一輪分の価値があるらしい。
その為、今も貨幣としての価値はある物の、その多くが富裕層の宝物庫や屋敷内に飾られている。
村長は一応今も貨幣を作っている村として誇りに思っているらしいが、俺やメリアは貨幣貝、貝貨と呼びはするものの、富裕層向けの展示品アクセサリーの様な物を作っていると言った感覚だ。
「身も殻も猛毒か。致死量は? 幻覚作用とかあるの? 加工に使った貝の身を食べるの?」
「毒の事は知らん。俺からすればでかくて綺麗な美味い貝。食用は別で育てる。と言っても、ただもっと小さいうちに食べるってだけ」
「美味いんだ……」
一気に質問攻めにして来たと思ったら、また俯いて貝を眺めだす。
そんなに見つめてもお前には食えないから。そしてこの問答はいつまで続くのだろうか。
そう言えば飯も食わずに片付けを始めたんだった。ウェスターも考え込んだまま動かないし、問答は飯を食いながらでも良いだろう。
砕いた貝の破片を箱に入れ立ち上がると、メリアも加工済みの貝と荷物をまとめだす。
「今日はうちで飯にするか。靴も取りに行かなきゃなんないし」
「んー……蒸す用の葉っぱが無いから採りに行きたいんだよね。お弁当作って家に行くから手伝って」
「蒸す用の葉っぱ?」
ウェスターの興味を引いたらしく、先程まで貝を観察してはメモを取っていたウェスターが、足元を気にしながらひょこひょことメリアに近付いていく。
メリアは人魚タイプだから、何かあった時にとっさに動けないんだ。そんな無防備な格好で加工場を歩くなって。
「普段は現代的な調理器具を使ってるんだけど、今日は村長が昔ながらの調理法で伝統的な料理を作って中央の人達に振舞いたいんだって。今はまだ無理だけど、中央が許可したら異世界の人達もいつか食べられるかも」
簡単に説明しながら、メリアは荷物から靴と同じ素材で出来た布を引っ張り出すと、何の躊躇いも無くウェスターの体を包むと、グローブをつけたウェスターの手にどさりと荷物の入ったカゴを落とす。
「ウェスターさんも一緒に行くわよね? ちょっと手伝ってー」
そのままメリアはウェスターの返事を聞く事無く、ウェスターの背中をぐいぐいと押しながら行ってしまった。
ウェスターもウェスターだがメリアもメリアだ。今日は色々急展開な事が多くてついていけない。




