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異世界ゲート4

「そう! だって貝を眺めて加工場を眺めて一日が終わりなんでしょ? ならその研究をしつつ自分の研究もこっそりしちゃえば良いじゃない! 資料を持って帰れないなら私とアーレが保管しておくけど、持ち込んだ本が持ち帰れないなんて事無いでしょ?」


 昔馴染みと話すかのような砕けた口調のメリアは、名案だとばかりに満面の笑みを浮かべ尾ビレを振る。

 いや、確かに名案かもしれないが、それはバレたらウェスターだけでは無く、俺達も相当面倒な事になるんじゃないだろうか。

 やる事は村の子ども達にしているような事だし、さして面倒な事でも無いのだが、こればっかりは即答して良いのかどうか。

 

「そうか。上司の研究の成果さえ出せば、隠れてないにしてたって問題は無いか。そもそも環境を破壊しかねない固有種の貝の養殖が良くて、ただの文化研究が駄目な訳無い」

 

 そんな俺の葛藤をよそに、、しばらく考え込んでいたウェスターは一つ頷くや、あっさりとメリアの意見に乗っかってしまった。

 

「ちょっと待て!? そんな簡単に決めて良いのか!? さっきまで散々規定がどうのって言ってたじゃねぇか!」

「だから隠れてやるんでしょ?」


 俺がおかしな事を言っているのだろうか。二人の真っ直ぐ過ぎる目を見ているとよく分からなくなってくる。

 そして絶句する俺を無視し、メリアは上機嫌に一度部屋を出て行くと、今度は一抱え程もあるカゴを持って戻って来た。

 中は何の事はないただの食材。メリアが普段使っている常温野菜保管用のカゴらしい。

 メリアは一度カゴを机の上に置くと、どさどさと一個ずつウェスターの前に食材を並べていく。

 

「この中に見た事・食べた事無い物はある?」


 本当にただ家にあっただけの食材を並べただけなので、机の上には根菜葉物、無秩序に食材が並んでいく。

 そして異世界人のウェスターからすれば、ありふれたこの食材たちは物珍しいらしく、一個ずつ手にとって匂いを嗅いでは、知っている物知らない物を分別していく。

 幼児に言葉と物の名前を教える時、こんな光景を目にするなぁ。

 ウェスターが休まずテキパキとメモを取り分別していくと、意外にも見た事も食べた事も無い食材は二つだけだった。

 

「こっちは私達がマカって呼ぶジュースの実。すっごく硬い実なんだけど、実は薄い殻に覆われてるだけで、中には甘いジュースが詰まってるの。少しヒビを入れば飲めるし、大きな実だからこれ一つで一日持つ。料理に入れると味がまあるくなるんだけど、大体は甘味にするかしら。大体は村の子どもが喉が渇いたってその辺から採って来る、手軽なおやつみたいな物ね」


 軽くそう説明すると、メリアはウェスターがメモを取り終わるのを確認し、骨足の先でマカの表面を引っかく。

 すると小さなヒビから乳白色のジュースが染み出し、それを急いで湯飲みに入れてウェスターに差し出す。

 匂いや色、ひび割れたマカと染み出す様子を確認したウェスターは、恐る恐るマカのジュースをひと舐めする。

 するとしばらく味わった後、舌を出したまま湯飲みを覗き込んで動かなくなった。

 

「甘くて美味しいけど、なんか……舌が痺れる?」

「あぁ、駄目か……。マカは合わないのかもな」


 舐めただけで舌が痺れる。

 今はそれだけで済んでいるかもしれないが、湯飲み一杯分飲ませたら下手したら全身痺れて呼吸が止まるんじゃ無いか?

 そっとウェスターの手から湯飲みを取り上げ、残ったマカのジュースはピッチャーに注いでおく。

 ウェスターは少し残念そうにテーブルの上に置かれたピッチャーを眺めながら、今の体験をメモしていく。

 

「マカは駄目、か。一度煮詰めたら変わるかしら? でもそれは追々ね……」


 何故かメリアも残念そうにピッチャーを眺めながら、湯飲みに残ったマカに口をつける。


「マカの発音はマカで合ってる?」

「もう少し〝カ〟で舌を巻く感じだ。マカ」

 

 相変らず異世界人には骨足種の言葉の発音は難しいらしく、何度も発音しては独特なアクセント記号をノートの端にメモしている。

 真似してノートの端に骨足種の文字とアクセント記号を書くと、次はこれはどう書くのかと食いついてくる。

 俺とメリアは異世界語こそは話せるが、さすがに読み書きが出来る程と言うわけでも無い。これをどう書くかなど、そんな嬉々とした表情で聞かれてもお手上げだ。

 そしてウェスターが口にした事の無い残りの食材は、俺達は普段生では食べない野菜。

 今軽く火を通して出しても良いが、もうそろそろ昼だ。ウェスターを他の研究者達の所に戻さなくてはならない。

 丁度研究者達の所に昼食を運び込む長老の姿が窓から見える。

 ウェスターを送り届けようと立ち上がったが、ふとある事を思い出し動きが止まる。

 

「ん? あぁ、もう昼なのか。靴……借りても良いだろうか?」

「俺も今同じ事思ってたんだが……」


 靴を貸すのは何ら問題ない。

 幸い俺は男で二足タイプの骨足種。今履いているのを貸せば何ら問題は無いのだが、相手は異世界の研究者。

 靴を貸しただけでも中央の人間が眉間に筋を浮かべそうな物だが、怪我をさせたとなればそれだけじゃ済まないだろう。

 

「素直に『怪我したので大事をとってしばらくここで療養します』って言ったら穏便に済むと思う?」

「大事をとってウェスターは強制送還だろうし、俺とメリナはありえない位怒られるだろうな」


 俺の言葉に『だよね』と相槌を打ち、本当に悩んでいるのかどうか怪しい飄々とした笑顔でウェスターは立ち上がる。

 どうやら痛みは引いたらしく、何度か右足で確認するように床を踏み締めると、満足そうに胸を張る。

 一人納得すると、ウェスターは机を回り俺に両手を差し出してくる。


「良し、これなら問題なく歩けるしきっとばれない。靴はー……ブーツじゃ危ないから丈夫なやつを借りたって事にしよう」

「事実ではあるけどー……。はぁ、昼食が終わった位にまた迎えに行くから、それまで大人しくしててくれよ。いくら頑丈な靴を履いたって、転ばれでもしたらたまったもんじゃない」


 骨足はそのままでも下手な鉱石より硬い為靴など履かないが、他の種族と同じ形状の方の足はさすがにそこまで頑丈ではない。

 異世界人よりはまだましだと言う程度位の強度しかない為、村で履く靴は動物の革と家造りに使用している硬い木の皮で作られた、相当強固な物。

 貝の破片くらいなら問題無く踏みしめて歩ける品物だ。

 

 靴を受け取ったウェスターは、口煩い親をあしらう様に飄々とした返事を返すと、靴の履き心地を確かめるようにその場で足踏みをする。

 

「あ、ごめん。室内で靴履いちゃった」

「ううん、気にしないで。むしろ履いててくれた方が私も安心出来るし」

「普段はそんなに室内にも刺さる物があるって事?」


 脱げ無い様にしっかりと革の紐を固定しながら、ウェスターは何の気なしにメリナの言葉に質問を被せる。

 するとメリナは、どうにも困ったように小首を傾げると、眉根を寄せたまま俺の方に視線を投げて寄越す。

 

「掃除は毎日するから刺さるものがあるわけ無いんだが……俺達の安全とウェスターの安全の基準が分からないんだよ」


 そう思っていた事を素直に伝えると、ウェスターは今日一番大きく何度も頷く。

 どうやらウェスターもやけに俺とメリナが過保護だと思っていたらしく、異世界人を快く思っていないと言う事前情報と随分態度が違うと疑問に思っていたという。結局それはいつのも異世界人への過剰な礼儀か何かかと判断し、特に聞く事も無かったが、言われてみればそりゃそうだと大いに納得した様だ。

 

「そうだよね。これだけ違えばそうだよね。さっきアーレの足の間を潜って歩いた時、これもし蹴られたり踏まれたりしたら大怪我じゃ済まないかもとは思ったんだ」

「じゃあそんなとこ歩くなよ! こっちも恐々爪先立ちだったんだぞ!?」

 

 突然の確信犯に近い告白に、つい声を荒げてしまった。

 まぁ、足を伸ばして歩けば人一人位、入れるスペースはあると思うが、足元をちょろちょろされたらこっちも怖いんだぞ? 足を上げた拍子に爪が引っかからないかとか、色々な気苦労がだな……。

 まぁ、本人も自覚しているのなら良い。次ぎやったら思い切り怒れば良いだけだ。

 で、その当の本人はさして気にした様子も無く、メリアに挨拶を済ませると、そのままとことこと小さな足音を立て玄関に向かう。

 そろそろ本当に送り届けないとまずい。研究者達は気にしないかも知れないが、神経が過敏になっている村長が何を言い出すか分かったものじゃない。

 短時間で目まぐるしく事態が一変しまくりだが、さっさとウェスターを送って、ついでにその足で散らばった破片の掃除でもしに行こう。

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